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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
after debut 2009/7/16~
130/318

♪130 engagement

 オフはオフらしく、のんびり過ごす。

 ふらりと買い物に出かけてみたり、その途中で文庫を1冊買い、いつもの喫茶店で読んでみたり。ある程度売れてしまうと(あきら)とデートなんてことは出来ない。2人で並んで外を歩くのはたいてい番組のロケだ。

 今夜はおそらく、ヒレカツとハンバーグだろうな、と思ってみる。ヒレカツは章灯(しょうと)の、ハンバーグは晶の好物である。何せ、今日は特別な日なのだから。

 晶からは『5時までには帰って来てくださいね』と言われている。章灯は腕時計を見た。現在は4時半。そろそろ良い頃だと思って店を出た。


「ただいま」

 そう言って玄関のドアを開けると、案の定揚げ物の香りが漂ってくる。

 リビングのドアを開けると、赤いエプロンを着けた晶が真剣な表情でコンロの前に立っていた。

「お帰りなさい、章灯さん」

「ただいま。今日の飯、何?」

「……想像つきませんか?」

「つくけどさ」

 そう言って笑い、指摘される前に洗面所に向かう。うがいと手洗いを済ませて再びリビングに戻ると、どうやらもう少しかかるらしく、晶はキッチンから出てこない。

「何か手伝おうか」

「じゃあ、出来上がったものを運んでいただけますか」


 夕食は章灯の予想通りのヒレカツとハンバーグだった。2人共結構いい年なのに好物がお子様だよなぁ、と言うと、晶は少し顔を赤らめた。

 食後には小さなチョコレートのホールケーキを出す。記念日だから、と帰りに買ってきたのだ。

 せっかくだからとシャンパンを開け、グラスに注ぐ。

 あらかじめ預かっておいた婚約の証を取り出し、テーブルの上に置いた。

「あまりかしこまるのもちょっと違うかもしれないけど」などと前置きをして、じっと晶の目を見つめる。

「まだ俺らの方は2年も経ってないけどさ、このまま仲良くやってこうな」

「はい」

「ユニットが落ち着いたら、結婚しような」

「はい」

「……はい、だけじゃなくて、もうちょい何かねぇのかよ」

 章灯は口を尖らせ、拗ねたような口調で言った。「俺ばっかりしゃべらせんなよ」

「そんな……」

 晶はすっかり赤くなった頬に手の甲を当て、熱を冷まそうとしている。

「あの……、これからも……よろしくお願いします……」

「……後は?」

「えぇ? えーっと……、不束者ですが……?」

「まぁ、たしかに『不束』な部分はある……かな……」

「あとは……、あとは……」

 晶は次の言葉を探しておろおろとしている。その様子を見て章灯は脱力した。自然と笑みがこぼれる。

「いい、いい。その方がアキらしいわ。とりあえず乾杯しようぜ」

 そう言ってグラスを手渡すと、晶は困ったような顔でそれを受け取る。

「乾杯」

「乾杯」

 2人のグラスがチン、と音を立てて重なる。切り分けられたケーキを食べ、出来上がったペンダントトップにチェーンを通した。晶がデザインし、2人で選んだトップだ。身体を動かす度にじゃらりとチェーンが揺れる。

「やっぱり、いいな」

 晶の首にかけられたトップに触れながら言うと、そうですね、と笑った。シャンパンのせいだろうか、ほんのりと染まっている。

 そのまま手を頬に移動させ唇をつけると、晶の頬は一層赤く染まった。これは酒のせいではないだろう。

 いつまでも初心な反応を見せてくれる晶に章灯は苦笑する。

「お前は、いつになったら慣れるんだよ」

「すみません……」

「いや、そういうのもいいんだけどな……」

「どっちですか」

「どっちでもいいんだよ、どっちもアキなんだから」


 まったく、出会った頃はただの無愛想な男だと思っていたのに。まさかこんなにもお前に夢中になるなんて思わなかったよ、俺は。


 ぽつりとそう呟いて、章灯は再度、ゆでダコのような晶に口付けた。


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