♪126 ファウル
「あの番組、というか、もう松竹さんとの絡みの仕事はNGです!」
興奮冷めやらぬ状態で控室に入ってきたのはマネージャーの白石麻美子だ。
章灯と晶は、結局『Up To ME !』だけではなく『黄金色の坂道』までサービスしたところで、やっと収録中止を言い渡され、まだもう少し歌いたかったな、と後ろ髪引かれる思いでスタジオを出た。もっとも、そう感じていたのは客もだっただろうが……。
「『シャキッと!』の方は……?」
目を血走らせている麻美子に恐る恐る尋ねると、彼女は気持ちを落ち着けるためだろう、一度大きく深呼吸した。
「それは山海さん単独のお仕事ですし、ORANGEで出る時もたいてい終了20分前に演奏と告知のみですよね。それくらいであれば」
「ああ、良かった。さすがに俺の権限で降板させるとかそういうのは無理なんで……」
ただ、もし今日のことが知れ渡ったら、わからんぞ、などと思ってみる。例えば、カナレコの社長がぶちギレて番組プロデューサーに抗議する、ということもあり得る。それにおそらく、今日の『SpreadDER』は祭り状態になるはずだ。いくら箝口令を敷いたところで、晶の狂信的なファンが番組の『SpreadDER』に過激なSpreadを投稿することだろう。
「しかし……、アキ、お前大丈夫か……? その……」
そう言いながら、晶の股間に視線を移す。章灯にまじまじと見つめられ、晶は赤面して鞄を膝の上に置いた。
「大丈夫ではありませんが、でも、ああでもしないと収まらないと思いまして……。それに、『男』になる時はソコに詰め物もしてますから、ばれないと思いましたし」
「詰め物……?」
そう言えば『男』のアキの股間なんてじっくり見たことがない。そんな立派な詰め物なんてしてたのか……。
「何て言うんですかね。何か、格闘技をやる方が着けるやつだと聞きました。一応、その中にガーゼを詰めて……」
「ファウルカップか! 成る程! それでガチガチって言ってたんだな……」
「私もびっくりしましたが、たしかにあの場はああでもしないと、最悪、チャックを下ろされたかもしれませんね。……本ッ当許せません! 大体、何ですか! あのだまし討ちみたいな企画は!」
いつもは温厚な麻美子が顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。
「白石さん、もう落ち着いて下さい……」
晶が席を立って麻美子の背中を撫でる。章灯がすかさずソファを勧めると、それは固辞されたため、やむなく折りたたみ椅子に座らせた。
「とりあえず、今日の収録もなくなりましたから、もう帰っても大丈夫ですよ。ファンクラブのHPに載せる前で良かったです。一応、来ていただいたお客様にはSNS等でも口外しないようにと釘を刺したようですが……」
そう言って、麻美子は苦笑した。「まぁ、でもたぶん無理でしょうね」
それもそうだ、と章灯はため息をつく。
いそいそと帰り仕度をしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。麻美子が立ち上がり、ドアを開ける。すまなそうな顔をして入ってきたのは千晴と松竹の2人、そして番組プロデューサーである。
麻美子はどうしますか、という視線を章灯に送ってくる。まぁ、仕方ないよなと思いながらも「どうぞ」と言った。4人はうな垂れながら章灯と晶の前に並んだ。
正直、謝罪の内容は頭に入らなかった。時折、媚びたような視線を送ってくる竹田へのいらだちを押さえることに必死だったからだ。ファウルカップを装着していたとはいえ、自分の彼女の局部を触られたのである。もっとも、晶が自分から触らせたのだろうといえばその通りではあるのだが。
明日が金曜日で本当に良かった。
金曜日は松竹がロケに行くため、スタジオにはいないのだ。
ただ、来週から、どんな顔して絡めばいいのだろう、と章灯は頭を抱えた。




