表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
after debut 2009/7/16~
119/318

♪119 ファンの違い

「ちょっとアキ聞いてくれよ!」

 帰宅した章灯(しょうと)は真っ先に今日の報告をしようと、キッチンに立つ(あきら)に声をかける。

 いつもなら「ただいま」から入り、その次にはだいたい「今日の飯、何?」と続くはずなのに、と訝しんだ晶が首を傾げていると、その様子を見て自分の失敗に気付いた章灯は、やや気まずそうに「ただいま」と言った。

「お帰りなさい、章灯さん。それで、どうしたんですか?」

 晶は鍋の中身を皿に盛りつけながら、尋ねる。「ああ、でも、その前に……」

「わかってる、うがいと手洗いだろ」

 そう言って、洗面所に向かった。ついでに軽く顔を洗う。俺は何でこんなに浮かれているんだ。単に共演した女の子がたまたま自分のファンだったというだけだろう。

 だって、面と向かってファンです、なんて言われることほとんどねぇんだもんなぁ、俺。いや、もちろん0ってわけじゃない。わざわざ「SHOWさんのファンです!」って言ってくれる『女の子』が少ないというだけだ。

 リビングへ戻ると、晶はテーブルの上に料理を並べている。手伝おうとすると「スーツが汚れたら大変ですから、着替えて来てください」と指摘されてしまった。

 部屋着に着替えてリビングに戻ると、テーブルの上はすっかり準備が出来ている。晶は行儀よく正座をして章灯を待ちかまえていた。お待たせ、と声をかけてから着席する。

「それで、一体どうしたんですか?」

 晶は味噌汁を一口啜ってから問いかけた。冷静に尋ねられると、何となく照れくさい。

「いや……、今日さ、番組に出てくれた若手の女の子……。こないだMプラで共演した……」

「わかります。ええと、たしか……MINAMIさん……でしたっけ」

「そうそう。彼女がさ、どうやら俺のファンだったみたいなんだよ!」

「……はぁ」

 興奮気味の章灯とは対照的に、晶はいつも通りの無表情だ。

「予想はしてたけど、やっぱりその程度の反応か……」

「そう言われましても……」

「まぁ、アキからすれば日常茶飯事なんだろうけどな。俺はこんなこと滅多にないんだよ」

「章灯さんのファンはおとなしめの方が多いみたいですからね」

 晶の女性ファンに共通しているのは、TPOをわきまえずにとにかく突進してくる点である。それに反して章灯のファンは晶に群がるファンの後ろでもじもじと視線を送ってくる子が多い。この違いは一体何なんだろうか。そしてそれは業界内でも同様で、共演者等でも「ファンです!」とぐいぐい来るのはたいてい晶のファンなのである。

「でも、出来れば、私のファンの方もそうであってほしいんですが……」

 そう言うと晶はため息をついた。ファンの存在はありがたいものの、それでも少し対応に頭を悩ませているのである。

「そうだなぁ……。でも、俺はアキみたいにちやほやされるのが羨ましかったりもするけど」

 顔をしかめている晶に章灯はニィっと笑みを向けた。それを見て、晶の表情も少し緩む。

「それにさ、アキの場合は男のファンもぐいぐい来るじゃん。『AKIさん見て俺もギター始めました!』なんつってさぁ。ああいうのは嬉しくないか?」

「それは……ちょっと嬉しいですね」

 晶は俯き加減で顔を赤らめている。かつて自分が母親に対して抱いていたような憧れの感情を向けられているというのが照れくさいのだろう。

「いいよなぁ。『SHOWさんの影響で歌い始めました!』なーんてことはまずないもんなぁ。歌なんて誰でも何かしら歌ってるからなぁ」拗ねたようにそう言う。

「それでも章灯さんの歌声に憧れてる人はいますよ」

「いるかなぁ……」

「絶対いますよ」

「……随分自信満々で言ってくれるな」

「じゃなかったら、曲なんて作りませんから」

 それだけ言うと、晶はぷいとそっぽを向いて黙々と食べ始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ