表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
after debut 2009/7/16~
114/318

♪114 クロッカス

「あい、どうぞ」

 味のある渋い声が聞こえ、章灯(しょうと)は扉を開けた。

「失礼します。本日はよろしくお願い致します。ORANGE RODと申します」

 深々と頭を下げ、顔を上げると、人の良さそうな60代の男性が2人、こちらを向いて手招きしている。

「失礼します」

 再度そう言って、楽屋の中央に設置されたソファへと歩みを進める。(あきら)もそれに続いた。

「何や、あんちゃんほっそいなぁ」

 ちゃんと食うてる? と、にこやかに話しかけてくる。随分と気さくな方のようだ。

「ええ、結構食べてるんですが……」

 苦笑しながらそう言うと、「何や、声も小さいのぅ。もっと腹から声出せぇ」と喝が入る。

「すみません!」

 姿勢を正して声を張ると、ギターを抱えた男・原田光利はガハハと笑い、「それでええんや、あんちゃん」と言いながら、ポロンポロンと愛器を爪弾く。

「で、後ろのあんちゃんは何や、しゃべられへんのか」

 ……まずい。やはり年配の方には晶がしゃべらないというのは伝わっていないようだ。第一、こういうタイプはどんなに理由を述べたところで納得するかも怪しい。それでもダメ元で、と言ってみる。

「申し訳ありません、コイツはちょっと喉が弱くて、大きな声が出せないんです」

 また指摘されないように、しっかりと声を張ってそう言うと、それまで一言もしゃべっていない髭の男・佐原大輔は「あんちゃん、喉は大切にしぃ。俺の飴ちゃんやるさかい。本番まで舐めときや」と言いながら、ポケットをまさぐり、ほんのり温まったのど飴を晶に手渡した。

「ありがとうございます……」

 さすがに礼をしないわけにはいかず、精一杯の低い声でそう返す。

「ホンマに蚊の鳴くような声やなぁ……。歌うのんは君やな?」

 そう言って章灯の方を見る。

「はい、僕です。こっちはギターで」

「ほぉ、ギターか。ほっそい体で頑張るのぅ。もっと食わな、あんちゃん女と間違われるで」

 佐原が原田と顔を合わせてガハハと笑う。「せや、たしかに女みたいやな!」

 ……正真正銘の女だよ。心の中でそう思いつつ、力なく笑う。

「ほな、本番でな。頑張れよ、あんちゃん達!」

 元気よく送り出され、彼らの楽屋を後にする。

 何だかどっと疲れ、ほんの数時間前に来たばかりの自分達の楽屋が早くも恋しくなっている。

 精神的な疲れは、アキに癒してもらうか、などと考えながらドアを開けると「おう!」という声が聞こえる。

「お疲れぇ~」

 中央のソファにドカッと座り、にこやかに手を振っているのは湖上(こがみ)長田(おさだ)である。

 ……この2人がいたんじゃ、アキを抱きしめることなんて出来ねぇな。

「おう、どうした章灯。何か疲れてんな」

「どうしたどうした。本番はこれからだぞ? ん? よく見たらアキもぐったりしてんな」

 中年2人は腰を上げると2人を取り囲み、騒ぎ出す。

「いや、ちょっとあいさつ回りを……」

「あいさつ回りか……。えーっと、今日は……MINAMIと、クロッカス……か」

「クロッカスって俺らが小学生の頃からいるよな、たしか。大御所じゃねぇか」

「はい、そうみたいです。何ていうか……パワフルなおじいちゃん達でした……」

「ああ、それでやられてんだな。呑まれてんじゃねぇぞ、章灯!」

 強く背中を叩かれ、章灯は声を上げた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ