♪102 彼と彼女の願望
「で、章灯はどうしたいんだよ」
良き相談相手である長田の都合がつかず、目の前にいるのは晶の『親父』こと湖上である。湖上は喫茶オセロのいつもの席で難しい顔をして腕を組んでいる。
「俺は……、結婚したいと思ってますが……」
湖上から視線を外してコーヒーを一口飲む。
「だったら、いいじゃねぇか。何に遠慮してんだ」
湖上はいかにも面倒くさそうに頬杖をついた。いやいや、そんな簡単に言うけど、コレ、アンタの『娘』の話だからな。
「何にって……。世間的に、と言いますか……」
「世間ん~?」
湖上は素頓狂な声を上げた。
「俺、長男なんで、親には式を挙げろって言われてますし。あと、結婚報告とか……。アキが女だってばれちゃうし……」
「まぁ~、結婚報告なぁ……。でもアレって必ずしもしなくちゃなんねぇもんでもねぇだろ。ダメなのか? お前の局で公表してないけど結婚してるってアナいねぇの?」
「そりゃあいますよ。いや、俺も一介のアナウンサーだったらここまで悩まないんすけど、ユニットの方でだいぶ名前が売れちゃったっていうか……」
「あ~、成る程な。まぁ、でもいいと思うけどなぁ……。んで、式だってよ、海外とかでひっそりやりゃいいんじゃね? どうせアキの親戚なんて俺と郁くらいしかいねぇんだし。アイツ、友達とかそういうのも皆無だからな」
たしかに国内で盛大にやろうとすればどうしたって招待客のバランスが取れなくなるだろう。だったらいっそ海外で、というのはアリかもしれない。
「俺はそれよりも、問題はアキだと思うけどな」
「へ? アキですか?」
今度は章灯が声を上げた。
「いや、だって、アキだぞ? 結婚願望とかあると思うか? 真っ白いウェディングドレスへの憧れとかさぁ。薬指に輝くダイヤの指輪とかさぁ……」
湖上は身を乗り出して章灯の目の前で人差し指をくるくると回した。
「それは……たしかに……」
「それでもまだ和装で神前式ならわかんねぇけどさ、海外挙式っつったらチャペルでドレスだろ?」
「なんかむしろ、タキシード着ちゃいそうですね……」
「そうそう。そんでむしろお前より似合っちゃうみたいなさ」
そう言って湖上はガハハと笑った。
「とりあえずさ、結婚自体は問題ねぇと思うぞ。それよりまずはアキがOKと言うかだと思うがな」
今夜は俺も予定が入ってるからな。そう言って、湖上と別れたのは午後3時のことである。
さて、今日はこの後どうするかな。
章灯はオセロで2杯目のコーヒーに口をつけ、頬杖をついて窓から道行く人を見た。
プロポーズかぁ……。指輪の下見にでも行くかなぁ……。あ、でも、俺アキのサイズ知らねぇぞ……。
そんなにすごいやつは無理だけど、一応、それなりのものを買えるだけの収入はある。ただ、問題はアキがそれを望んでいるかどうかだ……。
いずれにしてもサイズは調べないとな。
章灯は残っているコーヒーを一気に飲むと、ふぅ、と大きく息を吐いて立ち上がった。




