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果樹園の指と釣具店の声  作者: 宇部 松清
before debut 2007/12/12~2008/4/7
1/318

♪1 マル秘企画!

「山海、例の件で話がある」


 民放局『日の出テレビ』のビルの5階。トイレに向かう途中で局長の榊に呼び止められた山海やまみ章灯しょうとは、切羽詰まる股間に意識を集中させながら、「いま……ですか?」と答えた。

 榊は章灯のその様子を見て苦笑し、「いや、後でも良い。済んだら俺のデスクに来てくれ」と言うと、身体を左右に振る独特の歩き方で去っていった。


 例の件――。そう言われて、章灯は「あれだな」と呟いた。


 心当たりはある。

 4月から始まる朝の情報番組『シャキッと!』である。

 章灯は入社5年目にして、この番組のメインMCに抜擢されたのだった。

 当初は相模さがみ陽祐ようすけという先輩アナウンサーが内定していたのだが、数ヶ月前、彼の不倫スキャンダルが週刊誌にすっぱ抜かれてしまったため、その代わりとして彼の名があがったという流れである。

 これが《ただの不倫》ならばさっさと謝罪するなり何なりし、何食わぬ顔で4月を迎えれば良かったのだが、少々相手が悪かった。その上、彼の妻もまた日のテレの重役の娘である。今回の抜擢にしても義父である重役の推薦が大きかったために急遽下ろさざるを得なかったというわけだった。

 彼は『シャキッと!』の前枠である早朝5時からの情報番組『WAKE!』のミニコーナーを約3年務めており、朝の顔としての爽やかさも持ち合わせている上、土壇場にも強い。すらりとした長身でそこそこの容姿とくればメインターゲットである主婦層からの支持も期待出来るだろうというのが抜擢の理由だった。


 番組スタートまであと4ヶ月といった現在、まだ決まっていないものが2つある。

 一つはメインテーマであるオープニング。そして、エンディングテーマである。

 とはいえ、これもまた、ほんの数ヶ月前までは若者に人気の某ロックバンドにほぼ内定していた。オープニングエンディングのみならず、番組内の効果音やら何やらまでをその若きミュージシャン達に依頼していたのだ。

 ――が、まさか彼らが揃いも揃って違法ドラッグの所持使用で逮捕されるとは、全くの想定外だったというわけだった。


 様々なアーティストに打診している最中だという話ではあったのだが、ここまで来ると、この番組は何だか呪われているのではないかと、根も葉もない噂が立ってしまい、やんわりと、あるいはきっぱりと断られてしまうのである。


 しかし、いよいよ決まったのだろうか。


 どんなアーティストでも良い。でもせっかくなら、誰もが知っているようなベテランではなく、この番組と共に大きくなってくれるような、何ならそれを踏み台にしてくれるような、そんな勢いと野心のある若手に担当してもらいたい。章灯はそう思っていた。まぁ、引き受けてくれれば、の話ではあるのだが。


「――局長、先程は失礼しました」

 オフィスフロアに戻り、榊のデスクに向かった章灯はそう言って頭を下げる。椅子に深々と腰掛けた榊は「良い、良い」と苦笑しながら、引き出しを開け、ホチキス留めの冊子を手渡した。

「これ、目ぇ通しとけ。急ですまんが会議は明日だ。忘れるなよ」

 それだけ言うと、もう行け、とばかりに手で払われる。章灯は冊子を受け取ると、頭を軽く下げてから自分のデスクに戻った。

 椅子に座り、まじまじと表紙を見つめると、そこには、


『モーニング・センセーション! シャキッと! マル秘企画』


 とでかでかと書かれていた。


 何だ、オープニングとエンディングじゃないのか。


 そう思いながら表紙をめくる。

 しかし、それには肝心の企画内容は記載されておらず、その代わりに明日の会議の詳細と、参加メンバーの名前がずらりと並んでるだけだった。


 12月12日(金)15時 日の出ビルB館3階第2会議室


【カナリヤレコード】

 社長 渡辺京一郎

    湖上こがみ勇助(Bs)

    長田おさだ健次郎(Ds)

    飯田(あきら)(Gt)

    白石しろいし麻美子(Mg)

【日の出テレビ】

 社長 日野健夫

 局長 榊雄三

    山海章灯


 レコード会社ということは、やはりオープニングとエンディングの件なのだろう。やっと引き受けてくれるという奇特なアーティストが現れてくれたらしい。

 カナリヤレコードといえば最近勢いのあるレコード会社で、アニメのタイアップに特に力を入れている。BsやらDs、Gtというのはわかる。楽器の略称だ。では、このMgというのは何なのだろうか。ていうか、これだとヴォーカルがいない。


 章灯は首を傾げながらじっと参加メンバーを指でなぞり――、

「げぇっ、社長も参加するの?」と呟いた。


 しかし、それ以上に章灯の目を引いたのは、自分の名前の下に書かれていた一文だった。


『なお、この企画については他言無用の事!』


 他言無用……?


 章灯はちらりと隣のデスクを見た。運良く主が不在であるそのデスクは、みぎわ明花さやかという後輩のもので、彼女は章灯よりも2年遅れて日の出テレビに入社した女子アナウンサーである。

 昨今の女子アナといえば、大学在学中に『ミス○○大』に選ばれるのが通例のようになっているが、この明花が北海きたみ大学で選ばれたのは『ミス学食』という、学食のメニュー全制覇(大盛メニューも含む)がエントリーの条件となっている色物コンテストであった。

 若さゆえか、はたまた体質なのか『痩せの大食い』を地で行く彼女は、グルメリポートが特に好評で、頭の回転も速く、局内でも注目のアナウンサーだ。顔もとびきり美人というわけではないが、笑うとえくぼが出て、可愛らしい。

 そして、今回『シャキッと!』では章灯と共にメインMCに抜擢されている。


 これは汀さんにも内緒なのだろうか。


 章灯は本人が不在であることを幸いに、デスクの上に自分が持っているものと同じ冊子が無いだろうかとチェックした。しかし、雑然としているその机上には似たような書類が散乱しており、本気で探そうと思えば、本格的に整頓をしなければならないだろう。そして、彼には当然その権利などない。


 ――まぁ、良いか。

 どうやら会議に参加するのは自分だけのようだし、企画というからには追々彼女にも話は通るだろう。


 章灯は冊子を引き出しの中に入れ、途中だった業務の続きに取り掛かった。


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