あたしを見て!
部屋の明かりが点く。帰ってきたわ! 愛しい愛しいあの人が、帰ってきた!
ああ、大丈夫かな。ひどく疲れた顔でソファーに寝転んでしまった。
いつも疲れて帰って来るけど、あなたは毎日、何処に行っているの?
あたしも連れて行ってほしいのに、ここから出たらあたしはきっと死んでしまう。
あなたがあのドアの向こうに消えてしまうたびに、あたしは胸が張り裂けそうよ。外で何をしてるの? もしかして女の子と会ってるの? やだやだ! あなたにはあたしがいれば十分でしょ! あたしほどあなたを愛している女なんていないわ!
あら? テレビがついたわ! 今日何を見るの? いつも見てるバラエティー? それとも月9? 野球の観戦?
と思ったら、テレビが消えて、あなたがあたしに近づいてきてくれた。ねぇかまって! ずっとあなたを待ってたの。今日もずっと待ってたの!
あっ……あたしを素通りしてキッチンに行くなんて。でもいいの。お腹が空いてるのねきっと。
またインスタントで済ませる気? ちゃんと栄養の取れるものを食べないと。だからいつも疲れるのよ? あたしのご飯には気を使ってくれるくせに、自分の事となったらいい加減になるんだから。もう。
だからね、あたしが作ってあげたいの! でもだめね。きっとそれは叶わないわ。あたしはここから出られない。
あの人がラーメンをすすってるわ。なんてかわいいの! あなたの横顔を見ているだけで、あたしは幸せ。うそ。ほんとはもっと触れたいのに。どうしてあたしはこんな体なの…
だめだめ! 落ち込んじゃ駄目よ! いつも前向きでないと。 あなたの好きなタイプは知ってるの。綺麗で明るくて優しい人が好きなんでしょう? だからあたしはいつも綺麗で明るくて優しいのよ!
あの人があたしを覗き込んだ。ねぇあたし、綺麗でしょ?
愛しいあなたの手にキスをする。何度も、何度も。愛しさを込めて。あなたのくすぐったそうな顔にキュンキュンするわ。あなたがあたしをすくってくれたのよ! 他に何百もいる中から、ただ一人あたしを選んですくってくれた。小さいお水の中にいれられた時はどうなる事かと思ったけど、あなたはこんな立派な家を買ってくれたの!
でもあたし、ここから出たいわ。たとえ呼吸が出来なくても。あなたにもっと触れたいの。
水面から顔を出して、あなたの手にキスをするあたしの想いをあなたは分かってくれてるのかしら。あたしをこんなにたらしこんでどうする気? 罪作りな男ね。でもそこも魅力的なのよ。
声が出たら、伝えられるのに。あなたが好きだって伝えたいのに。キスをするだけで精いっぱい。ねぇ。ここから出して。
あたしはその後、1週間で死んでしまったわ。
あの人は大丈夫かしら。あの人は、寂しがってるに違いないわ。待ってて! すぐに行くから!
あたしは4本足で駆けていく。あなたの匂いを追って、あなたを探して、
昨日は雨に振られてしまったけど、あたしはそんなのへっちゃらよ! だってあなたは、綺麗で明るくて優しい人が好きなんだから!
ああ、でも。
あたしは水たまりの前で、しゃがみ込んで身だしなみをチェックした。
昨日の雨で泥が跳ねて、あたしは少し汚れているわ。こんな身体じゃ会えないのに。どうしよう…
後ろから誰かに持ち上げられて。心臓がひっくり返ったわ。でも振り返るとあなたがいて、もっと心臓が跳ねたのよ。
ねぇ。今はちょっと汚れているけど、黒い毛並みが綺麗でしょ? またあたしを飼ってくださいな。 あなたが好きです。大好きなんです。
「にゃー」
「舐めるなよ。くすぐったいな。……俺ん家くる?」
「にゃー!!」
男の子に彼女が出来たら、大変なことになります。