キミコちゃんの絵ハガキ
キミコちゃんは、自分のお部屋から外をながめていました。
キミコちゃんはすこし身体が弱くて、よく学校をお休みします。今も、学校でかぜがはやっているらしくて、キミコちゃんは元気なのにお休みになってしまいました。かぜをひいたらいけないのでなるべく外に出ないように、とママもパパも言うのです。だから、ずっと家にとじこもっています。
お友だちはみんな学校に行っているので、テレビを見たり本を読んだりしていたのですが、もうあきてしまいました。
キミコちゃんの家は、丘のてっぺんにあります。ながめがとてもよくて気持ちがいい家ですが、街まで少し遠いし坂を登ったり降りたりしなければならないのが大変です。
キミコちゃんのお部屋は二階なので、家のまわりがよく見えます。今も、坂道を自転車に乗った人がのぼってきます。
あれは郵便屋さんです。キミコちゃんは家にいることが多いので、郵便屋さんの服をおぼえてしまいました。
見ていると、郵便屋さんはキミコちゃんの家の前で自転車をおりました。すぐに、玄関のチャイムが鳴ります。
キミコちゃんは、いそいで玄関に行きました。ドアを開けると、郵便屋さんが手紙をもって立っています。
「かきとめなのだが、はんこはあるのな?」
郵便屋さんは、キミコちゃんをみるとほほえみました。いつものお兄さんとちがって、今日はおひげのおじさんです。いえ、おじいさんといった方がいいかもしれません。おひげはまっしろだし、ずいぶん太っています。
それでも、笑った顔はとてもやさしそうでした。
「はい」
キミコちゃんは、はんこを出して郵便屋さんにわたします。郵便屋さんは、はんこを紙に押してから、お手紙といっしょにかえしてくれました。
お手紙はママやパパあてのものだけでした。キミコちゃんあてのものはひとつもありません。もっとも、キミコちゃんもお手紙なんか出したことがないし、お友だちはみんな近くに住んでいます。キミコちゃんに手紙がとどくはずもありません。
「どうしたのかね?」
郵便屋さんは帰ろうとしていましたが、キミコちゃんが悲しそうな顔をしたのが気になるのか、ふりむいて話しかけてきました。
「お手紙、来ないの」
郵便屋さんは、ふかくうなずきました。
「ふむ、それは困ったものだね。最近はわれわれも忙しくてな。ちょっと待っておくれ」
郵便屋さんは、肩にかけていた大きなカバンを玄関において、中をかき回しました。
「これはおばさん向けか。これは男の子あて、と。おお、これだこれだ」
郵便屋さんは、にこにこしながら紙を取り出して、うやうやしくキミコちゃんに渡してくれました。
「すまないことをした。お嬢ちゃんあての手紙があるのを、忘れていてな」
キミコちゃんは、その紙をうけとってびっくりしました。ずいぶん大きなハガキみたいに見えますが、ただの絵です。絵のうらに、ハガキみたいにあて名と文章が書いてあるだけです。
「これ、何なの?」
「もちろん、絵ハガキじゃよ」
郵便屋さんはまじめです。キミコちゃんはそのハガキのあて名を読んでみました。
丘の上の家の女の子 様
それだけです。住所もありません。
「これ、わたしあてじゃないよ」
「そんなことはないぞ。お嬢ちゃんは、丘の上の家の女の子じゃろう?」
郵便屋さんは、ほほえみながら言います。
「そうだけど」
「だから、それはお嬢ちゃんあての絵ハガキなのだよ。読んでみなさい」
絵ハガキには、こう書いてありました。
お元気ですか。
いつも空を見ています。
ときどき海も見ます。
木のみどりがきれいです。
いつかいっしょに行けたらと思います。
とてもきれいな字でした。お習字のお手本のようです。きっと、きれいな女の人が書いたのでしょう。
うら返して見ると、広いみどりの野原と、その向こうにある海、青い空、そして野原の真ん中に立っている木を描いた絵がありました。明るくて、わくわくするような絵です。
「これ、本当にわたしあてなの?」
「そうじゃよ。お嬢ちゃんがうけとったんだから、それはお嬢ちゃんあての絵ハガキなんじゃ」
「でも、だれからなの。出した人が書いてないよ」
「さあ、それはわからないのう。わしはただの郵便屋で、手紙やハガキをとどけるだけだからの」
郵便屋さんは、そう言ってカバンを肩にかけました。もう帰るつもりです。
キミコちゃんは、思わず叫びました。
「待って!お返事書くから!」
キミコちゃんは、いそいで自分の部屋にもどりました。机の中から、この間学校でかいた公園の絵を取り出します。いちばんよくかけていて、先生にもほめてもらった絵です。
ちょっと考えて、いそいで絵のうらに手紙を書きました。
このこうえんはとてもいいところです。
きれいでうるさくなくて、みんなしんせつです。
いつかいっしょにあそびたいです。
あの絵にかいてあった字のようにはきれいに書けませんでしたけど、いっしようけんめい書きました。
それからあて名を絵のうらに書いて、キミコちゃんは玄関に戻りました。
郵便屋さんは、まっていてくれました。
「これ、おねがいします」
郵便屋さんは、キミコちゃんの絵ハガキのあて名を読んで、ほっほっとわらいました。
「なるほどなるほど。ちゃんととどけるから、安心していなさい」
郵便屋さんは、キミコちゃんの絵ハガキをだいじにカバンにしまいます。それから手をふって、玄関から出ていきました。
キミコちゃんが二階から見ていると、郵便屋さんが自転車に乗って、丘を下っていきました。ほかの人にも、手紙やハガキをとどけるのでしょう。
キミコちゃんは、じぶんあてにとどいた絵ハガキをもういちど見てから、大事に机にしまいました。ママが帰ってきたら、さっそく机の前にはってもらうつもりです。はじめての自分あての絵ハガキ。たいせつにしなければなりません。
もういちど窓の外を見ると、ちょうど郵便屋さんが角をまがるところです。おひさまにてらされて、郵便屋さんの制服が赤くそまって見えました。気のせいか、白い大きなふくろをせおっているようにも見えます。
クリスマスだけしかお仕事をしないのかと思っていましたが、あのおじいさんは毎日はたらいているのかもしれません。
でも、クリスマスとちがって、プレゼントをとどけた人から次の人あてのプレゼントを受け取るなんて、やっぱりあの人はただの郵便屋さんなのでしょうか。
でも、キミコちゃんは大まんぞくです。絵ハガキをもらうのもたのしいですが、絵ハガキをだれかに出すのは、もっとたのしいことがわかったのです。キミコちゃんから絵ハガキをもらった人は、キミコちゃんとおなじようにうれしく思うにちがいありません。
さて、キミコちゃんの絵ハガキは誰に届くのでしょうか?
(終わり)