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砕け!必殺めいどぱんち!

※タイトルと内容には違いがある場合があります



最初から意味を成していない人物表

アリス・イン・ワンダーランド

汚くてもいいじゃない、主人公だもの ロリコンだってやればできるさ!


お嬢様

いまいちキャラが決まらない上に空気過ぎるヒロイン 問題は立場か…


駄メイド

脳筋☆竜娘 邪魔する奴はぶっとばしちゃうぞ☆ミ だが立場はメイド長


あーちゃん

起源(アカシックレコード)の化身 好きなのはトランプ 名前はお友達募集


サキさん

同僚のメイドさん 2話でちらりと出てきた人 今後に活躍はあるのか!

「では、外で待っておりますので御用の際はお呼びください」

「はい」

「お嬢の事は安心して私に任せなさい!」

「…この変態が何かした際にもお呼びください。二度と日の目を浴びれない様にしますので」

「ふっ…駄メイド如きにやられるとでも…」

「何かしたときではないと呼んではいけないのですか?」

「お嬢っ!?」

「面白い見世物になるかはわかりませんが、気晴らしに呼んでいただいても構いません」

「そう、わかりました」

「え…そんな気晴らしで私を叩き潰そうだなんてしないよね?お嬢は優しい子だもんね?」


 駄メイドはお辞儀をすると、わざわざ私を睨んでから部屋から出て行った。私も負けずにあっかんべーをして追い出す。

 何はともあれ、お嬢が私の部屋に来たのは喜ばしい事である。例え目的が私ではなく私が持っている本だとしても!本だったとしても!

 しかし呼んだら来るとは厄介ね。それじゃお嬢とチョメチョメと楽しいことできないじゃない。いや…呼んだら来るってことは、呼ばなきゃ来ないってことだから、つまり口を封じれば…。


「アリス」

「は、はい!なんでしょうか!?」

「本はどこ?」

「こちらでございます!」

「…」

「…あははー」

「…」


 お嬢の無言の圧力に対して愛想笑いで耐えていると、もそもそと本棚へと向き合った。心臓が止まるかと思ったので、幸せ家族計画は断念することにしよう。

 しかしお嬢の尻尾をゆらゆら、耳をぴょこぴょことしている姿を見ていると…こう、むらむらくるね。

 神は言っている。合意ならば問題は無いと。


「おっ嬢ーっ!私といいことしない?」

「嫌です」

「神は死んだ…」


 即答されたので大人しく崩れ去る。溢れだす愛も引き際を間違えるとそれは変態であり、犯罪である。だから私は大人しく引く、こうやって項垂れてればお嬢がなでなで踏み踏みしてくれるかもしれないから!

 全神経を尖らせてお嬢の気配を探る。高いところにある本を取るべく背伸びしているその姿は私の脳内へと伝わり、鼻から愛が溢れ出そうになる。

 よく考えたらここは密室である。密室という事は、お嬢の息が室内から逃れる事無く私の体内へと入り渡り、そこから発せられた者もお嬢の中へと入る。つまりは離れながらも私たちは1つになっているのである!

 …ちらりと試し読みしているお嬢の姿を確認してから、優雅な動作でティッシュを引き寄せた。


「ふぅ…お嬢、飴ちゃん食べる?」

「子ども扱いしないでください…どうしてそんなに息が荒いの?」

「ちょっと見えない強敵との戦いがあってね」

「ついに幻覚まで見始めましたか」


 さらりと毒を吐きながらも飴ちゃんは受け取るお嬢。微笑ましさを隠さず笑顔を向けると、さらりと視線を避けられた。そんな連れないあなたも好きよ。

 私も飴を口に含むと、真剣そうに本を選んでいるお嬢を眺める。コロコロと飴玉を転がしているのか、頬が膨らんだり凹んだりしているのがとても愛らしい。


「飴は美味しい?」

「…うん」


 心ここにあらずと言った感じで返事をするお嬢に耐え切れず、視線を外へと向けながらさりげなくティッシュを鼻に当てる。濃厚な鉄の香りがして、何の飴を舐めているのかわからなくなってきた。


「アリス」

「ん?なーに?」

「この本…なんでティッシュ持ってるんですか?」

「お嬢の愛らしさに負けたのよ」

「…」


 輝く笑顔を向けてみたら、ゴキブリを見る様な目で見られた。脳内麻薬が出てティッシュが赤く染まる。もしかしたら…私は今日で死ぬかもしれない。


「それで?その本がどうしたの?」

「ん…」


 このままでは生命の危機を感じるので、さすがに話を促す。お嬢はいくつかの本をサイドテーブルの上に置いた。


「これってどんな話?」

「それは桃太郎っていう若者が悪さをしていた鬼達をねじ伏せて、一生を楽しく暮らす話ね。悪人には何をしても許されるっていう教訓があると言える」

「ふーん…それじゃこれは?」

「シンデレラっていう娘が玉の輿に乗って一生を幸せに暮らす話ね。過程よりも結果が大切ってことよ」

「玉の輿って?」

「お嬢には関係ない話だから気にしちゃダメ」

「それじゃ…こっちは?」

「赤ずきんちゃんとオオカミの、殺るか殺られるかという心理戦を繰り広げるサスペンスストーリー。ちなみに最大の被害者はお婆ちゃん」

「…真面目に説明してます?」

「ワタシ、ウソ、ツイテナイヨ」


 ジト目で聞かれた。嘘じゃない。ちょっと曲解して答えてるだけ。

 お嬢は少し悩んだ結果、赤ずきんを選んだ。しかしこの状況、赤ずきんちゃんと酷似している事に彼女は気づいているのだろうか。へっへっへ…人は簡単にオオカミになるんだぜ!

 けれども真剣に絵本を読んでいる姿を邪魔しちゃ悪いと思い、ティッシュのみが消化されていく。今の私の姿を他人が見たら、あまりの紳士具合に感涙するでしょう。


「お嬢」

「何ですか?」

「なでなでしてもいい?」

「嫌です。子ども扱いしないでください」

「お嬢って子供じゃないの?」

「…子供だと思ったんですか?」


 お嬢は絵本を閉じると、自虐的に笑った。その瞬間、微かに空気が変わったのを感じる。もしかして子供じゃない?ならばすべきことは一つ!


「結婚しよう」

「はぇ!?」

「お嬢が大人なら即ち合法!つまり何も犯罪ではない!ということで結婚しよう」

「…あ、生憎ですけど、私は子供なので結婚はできません」

「尚良し!」

「…あなたってよく捕まらずに生きてますね」


 ぐっとサムズアップをすると、お嬢は呆れた用にそっぽを向いた。彼女の耳と尻尾も感情を表わすかのようにゆらゆらと揺れている。


「も、もしも…私が大人だったら、あなたはどうしたんですか?」

「私たちが出会う事は無かったでしょうね!」


 当然である。私はちびっ子以外に興味はない!

 私が言い切った瞬間、お嬢の瞳の色が深くなった。あ、ヤバいと本能で察したけれども、既に遅い。


「そうですか…では時間でなりましたので帰ります」

「アレ、お嬢?もしかして怒った?」

「怒ってません、返事ですが…後に手紙を送ります」


 そう言い残すと、お嬢は私の部屋から出て行った。ドアが閉じる音を聞いた瞬間に、楽しい幸せの時間が終わりを告げた事を知る。

 だが待ってほしい。お嬢は即答ではなく、返事は手紙ですると言った。

 これは「ホントはオッケーだけど口に出すのは恥ずかしい…」的な可愛い心理が働いたのではないだろうか!

 そこから始まる甘く切ない蜜月!しかしお嬢は多忙であり、私も仕事がある身。少ししか会えずに涙する彼女に私はこういうの「大丈夫、離れていても私たちは一緒よ」っと!

 ここに希望が無くてどこにある!神はまだ生きていたのだ!


「アリスさーん、そろそろ仕事の時間ですが…あー」


 部屋のドアをぶち破る勢いで入ってきた侵入者(サキ)は「えいっ」とか抜かしながら、私の顔面を打ち抜いた。吹っ飛ぶティッシュと吹き出る鼻血。


「うわっ汚ー!」

「ちょっと!いきなり何するの!」


 せっかく良いところだったのに…私の幸せ家族計画が…。


「何するも何も、仕事です。妄想は暇なときにしてください」

「あ、はい…」


 この世界に夢も希望もないのか。いや、希望はまだある!あるはずだ!



□ □ □ □



 駄メイドが巻き起こす破壊と悲劇の悲鳴をバックに、紙のこすれ合う音が部屋の中に鳴る。騒音の中でも互いの視線は相手のカードに集中しており、片時も目を離さない。手札の枚数はこちらが2枚で向こうが1枚。

 彼女(あーちゃん)の見た目はちょうど私の幼年期に酷似していて、自分が二人いるみたいな奇妙な感覚を覚える。どういう訳か、この感覚だけは何時までも抜けることが無い。

 あーちゃんはやっと決心がついたのか、震えを抑える様にして手を伸ばすと1枚のカードを摘んだ。


「本当にそれでいいの?」

「っ!」


 揺さぶるために声を掛けると、ビクッと肩を震わせる。視線は迷ったように彷徨い、指は2枚の間を行ったり来たり。

 余りにも真剣な姿に笑いそうになるけれど、勝負は勝負なのでポーカーフェイスを保つ。決して…決して!彼女が少女の姿だからにやけそうになっている訳ではない。さすがの私も過去の自分にそっくりな奴に手を出す気にはならない。

 結局、彼女は最初に選んだのとは逆のカードを引き抜いた。内心でガッツポーズをしながら、手元の道化師(ジョーカー)が去るのを待つ。

 カードを反転させて絵柄を見た瞬間、あーちゃんの顔が凍りついた。


「それじゃ仕切り直しね」

「ま、まだ!」


 こそこそとカードを入れ替える姿を笑いながら待つ。

 そして差し出されたトランプの片方を摘むと、相手の反応を伺った。あーちゃんは少しだけ顔をにやつかせて、もう片方のを摘むと少しだけ眉をひそめた。


「ふーん…」

「な、なに?」

「あなた、もう少しポーカーフェイスとか学んだ方がいいんじゃない?」

「あっ!?」


 眉をひそめた方を抜くと、絵柄は道化師(ジョーカー)ではなくハートの3。早速手元のカードと合わせて手札を捨てる。これで手元に残っていたカードは全てなくなり、仲間外れた彼女の手の元に。


「また私の勝ちね」

「ううー…!」


 勝利宣言をすると、悔しそうに唸った。その姿に不覚にも食指が動きそうになったけれど、貴重な理性を働かせて阻止する。


「はいはい、敗者は片づけお願いね」

「次は絶対勝つ…」

「はいはい」

「むぅー…!」


 涙目で片づけをしている姿を見ていると色々と危険な事になりそうなので、視線を入口へと移した。呼び出しが来ないところを見ると、仕事の時間はまだらしい。

 あーちゃんの気配を感じながら『コイツに反応するのは幼児成分が足りぬからだ!』という至極真っ当な決断を出し、懐から写真を取り出して穴が空かない程度に見つめる。

 生死を彷徨う潜入作戦を繰り返す事幾数回。我々はついにお嬢の貴重なおやすみシーンの撮影に成功した。暖かそうなもこもこの掛け布団から見えるあどけない寝顔と浴衣が私の網膜に焼き付いて、堪えきれなかった鼻血(ちゅうせいしん)があふれ出る。惜しむべくはお嬢の隣に邪魔者(ダメイド)が写ってる事だけど、排除しようとすると社会的どころか世界から私が排除されかねないから致し方ない。いつか添い寝する権利を賭けて武器を手にしなくてはならないだろう。

 写真越しに呪いが掛けれないかと睨みつけていたら、部屋のドアに何か白いものが挟まっているのが見えた。チリチリとした視線を後頭部に感じながら拾ってみると、白い物は手紙である事が判明した。

 その手紙を見た瞬間、脳内を走馬灯の如く昨日の記憶が流れる。

 そう…確かに私は告白をし、その余りにも真摯な態度に照れたお嬢は顔を赤くしながらこう答えたのだ。


『…後で手紙を送りますね』


 つまりこれは告白の返事という判断をしてもいいだろう。そして恥らっていた事から予想するに、私の告白は限りなくオーケーに近い返事である事は明らか!

 そこから広がる未来予想図。お付き合い!結婚!結婚初夜!おはようのちゅーからおやすみなさいのちゅーに、寒さを偲ぶという言い訳で1つのベットで暖めあう夢の様な世界!

 けれどもお嬢は真面目な性格だから、性別という壁で子孫を残せない事に悩むに違いない。そこで私はこういうのだ。


「子供は居なくても、私が居るわよ」


 その辺りでこのまま妄想を続けていては現実が危険だと判断したのか、はたまた私の後頭部目指して高速飛行してきたトランプケースが原因か、脳指令部が強制着陸指令を出した。名残惜しいけれど、いつまでも妄想の中に居ては現実のお嬢が寂しがってしまう。私は現代に生きているのだから、楽しい未来予想図はここまでにしなくては。鈍い痛みと共に床下に広がったトランプが赤く汚れていたけれど、これは見なかったことにしよう。

 このままでは失血死の恐れもあるので、絶え間なく流れる鼻血を処理すべく振り向くと、そこにあーちゃんは居なく、一冊の本だけが置いてある。

 帰るなら帰るで挨拶くらいしていけばいいのに、連れない奴だ。そしてトランプを投げるのは止めなさい。片付けが面倒だから。

 まぁ、あんな何を考えてるのかてんでわからない奴の事は置いておこう。今はお嬢の告白を読むことが大切であり、しかる後に恥ずかしがり屋の彼女へとアプローチする必要がある。

 期待に胸を膨らませながら手紙の封を破ると、文面を読む。

 そこには幼さの残る字でこう書いてあった。


『くたばれペドやろう』


 …意外と短いね。

 だが短いからと言って諦めてはいけない。今の私に課せられた使命はこの中からお嬢の真意を読み取る事であり、そのためには全力を出さねばなるまい。

 さて、問題は『ペドやろう』なるものが誰を示しているのかであるが、これは送り先を間違えたのでなければ私の事を示してるんだろう。私は『淑女』であって『野郎』じゃないという根本的な疑問も浮上したが、あの聡明なお嬢がその程度の事に気づかない訳があるまい。という事はこの『やろう』は結婚式の際、どちらがお嫁さんになるかを暗に示しているのではないだろうか?つまりお嬢はウェディングドレスが着たいと言っているんだろう。

 そうならそうと直接言えばいいのに、愛い奴め。

 問題はこの文からは告白の返事らしい返事が読み取れないところか。もしかしたらウェディングドレスの様に暗号として隠しているのかもしれない。恥ずかしがり屋なお嬢が直接『あなたが好きです』と書くには羞恥心が爆発しそうになったので『くたばれペドやろう』という短い9文字にすべての返事を込めた可能性は大いにある。

 しかし暗号を解くにはいささヒントが足りない。足りないどころか文面が短すぎる。

 ここでハートマークかキスマークの一つも付いてればすぐさま駆けつけてちゅっちゅするのだけど…。

 これは大変難しい議題である。

 数分ばかし悩んだ後、発想を変えることにした。最近は自分でも忘れそうになるけれど、私は人形遣いである。つまり暗号解読用の人形を使えばいいんじゃない?

 そんな簡単な事に何で気づかなかったのか!と我ながら思うけれども、私が生きてきた人生で暗号にぶち当たる事なんて五指に入る程度しかなかったのだから、しょうがないよね。

 早速、色褪せて元の色が何色だったのかもわからなくなったトランクから人形を取り出すと、テーブルに乗せて背中のネジを回す。


「おてがみよむのー!」


 小さな男の子の姿をした人形は可愛らしくそういうと、私が手渡した手紙を「ふむふむー」と読み始める。

 いくら解読用とはいえこの難解な暗号を解読するのは時間は掛かるだろうから、窓を全開にして空気の入れ替えをする。ついでに本を手にして適当なページを開くと『現実を見ろ』という一文が書いてあった。

 …コイツは何をいってるんだろうか?

 別に理解する気もないから笑顔で本を閉じると、ちょうど人形の解読が終わった。


「よんだのー!」

「早いね。で、返事は?」

「…」


 人形は無言で手紙を置き、懐から煙草を取り出すと指先で火をつけた。何で懐にタバコを持っていて、何で指先から炎が出るのか。そして何よりも、あどけない男の子だったはずの顔が何故おっさんになっているのか。一体製作者は何を考えているんだろう。


「くたばれペドやろう」

「…んー?」


 疑問を感じていたら人形が何を言ってるのか聞き取れなかった。なんかくたばれ…とか言ってた気がするけど、気のせいだよね。


「なんだってー?」

「ふぅー…くたばれ、ペドやろう」


 よく聞き取るために顔を近づけると、紫煙を私に吹きかけてもう一度同じことを抜かした。


「…」

「おてがみよむのー!」


 笑顔を形作ると、無言で人形の身体を掴む。何やら戯言が聞こえる気がするけど、私には何も聞こえない。そのまま窓際までいくと、大きく振りかぶる。


「くたばれペド…」

「お前がくたばれぇぇぇぇぇぇ!」


 叫びながら投げ飛ばすと、傍に置いてあった本を手にしてページを開く。パラパラとめくられるページと一緒に片手を振り上げると、ページが定まった瞬間に振り下ろす。


「潰れて消えろ!」


 最後にそう叫ぶと、空から地面に叩きつけられた人形目指して何かが降ってくる。


「ふぅー…くたばれペ…」


 空から落ちてきた巨大埴輪は最後の一服をしていた人形を押しつぶすと、腕と腰を振りながらダンスを踊り始める。シャカシャカとリズムに乗って動く両腕は残像を見せるほどに速度を増して、周囲に風を巻き起こす。

 庭掃除をしていたメイドたちの困惑と悲鳴の声を聴きながら荒い息を整える。やっぱり人形になんか頼ったのが間違いだった。最後は自分の手でこなすべきだよね。

 ムムムと悩みながら手紙を睨んでいると、部屋のドアが開いた。


「なんかメイド長が怒ってるんだけど、まーたアリスさんが何かしたのー?それと休憩時間おしまいだから、さっさと準備してねー」


 どうやら休憩が終わったらしい。しかし暗号の解読を中断させられるのはよろしくない。あと少しで何かが掴めそうなのだし。


「…ちょっと物理的異文化交流をしてね。どうしても外せない用事があるから休憩伸ばせない?」


 そう思って交渉をしてみると、彼女は「むむむー?」と悩みながら私の手元を覗き込んできた。


「用事ってその手紙の事ー?」

「そう、何を隠そうこの手紙はお嬢に告白した返事なのだよ!」

「ふーん…でもコレ、メイド長の筆跡だよ?」

「…うん?」


 今さらりと、とんでもない事実を突き付けられた気がする。


「筆跡が…なんだって?」

「お嬢様の字はもっと綺麗だし、間違いなくこの字はメイド長のだねー」

「嘘…でしょ?」

「嘘も何もお嬢様は野郎って漢字で書けるし…何よりペドなんて言葉知らないもん」

「…この世に神は居ない」


 つまりアレか、私がお嬢からの手紙だと思っていたのは実は駄メイドが書いたもので、そもそもこの手紙に暗号何てなかったってことか?


「あのー…アリスさんダイジョブ?」

「フ、フフ…何を言ってるの?わ、私は元々大丈夫よ?」

「いや、元々から手遅れだと思うけど…さらに危ないよー?」


 な、中々面白いこと言うのね、この子。

 お嬢がこんな酷い事をするとは思えないし、今回の事には裏で糸を引いたやつがいるんだろう。駄メイドとか、側近のメイドとか、いつも私を足蹴にするアイツとか。

 思えば駄メイドは幾度となく私の妨害をして来た。それまではまだいい…うん、許そう。だが私の純情を弄んだ事だけは許さない。

 薄々感じてはいたけれど、今回の一件ではっきりとした。

 奴は万死に値する。

 生かしておけぬ。


「そのー…アリスさん?顔が怖いですよ…?」


 何か言っている気がするけど、聞こえない。今の私は神様にだって殴りかかる。


「アリス!またあなたですね!」

「良いところに来たな!駄メイド!」


 怒りながら部屋に来た駄メイドを指さす。


「私の純情を弄んだ事は万死に値する!」

「いきなり何を変な事言ってるんですかあなたは」

「しらばっくれるな!今日という今日こそ我慢できぬ!叩き潰してやるから勝負しろ!」

「あ、あのー…私が悪かったから出来るだけ穏便に…ね?」

「この馬鹿、本格的におかしくなったんですか?」

「いやー…アハハ…」

「あれ?あれあれ?もしかして駄メイド負けるのが怖いの?」


 同僚の乾いた笑い声をバックに、駄メイドの顔が引き攣った。


「はぁ?私があなた程度に負けると?」

「ん?戦ってないから負けないでしょ?それとも何?白黒ハッキリつける?」

「はっ!いいでしょう。私もあなたの行動には腹を据えるものがありました。今日という今日こそ、二度と日の光を浴びれない身体にしてあげましょう」



□ □ □ □



 こうして、売り言葉に買い言葉という風にあれよあれよと言う間に勝負が決まった。

 ルールは簡単、降参もしくは二度と立ち上がれない様になったら負け。敗者は勝者のいう事に絶対服従。つまり勝てば官軍、負ければ賊軍。実に単純明快である。

 つまり私が負けた場合、十中八九お嬢の近くに居られない様になるだろう。残る一、二割はすなわち私の人生が終了する場合だと考えていい。


「ということで情報求ム」

「いやいや、何がということなのかわかんないんだけどー」

「こまけぇこたぁいいんだよ!」


 箸を振り回して答えると、湯気が立つ鍋の向こうで同僚(サキ)が呆れた顔をする。場所はお気に入りの鍋料理屋。あの日あの時あの場所でお嬢を誘拐…もとい連れ去ってから二度と来ることは出来まいと思っていたけれど、まさか使う日が来るとは思わなかった。

 店員の視線が冷たいのは…気のせいという事にしておこう。


「ところでアリスさん…何かしたのー?」


 チラチラと警戒するような視線を送ってくる店員に疑問を感じた様で、サキが小声で聞いてくる。ココで正直に「公園で見かけた幼女(ねこみみロリ)を攫って懐柔しようとした」等と言ったら、私の信用が地に落ちるから言ってはいけない。

 だいたい私は『あわよくばチョメチョメしようとした』訳であって『実際何かした』訳じゃない。過去形ではない。勘違いしてもらっては困る。


「哀しい見解の相違があってね…」

「どーせアリスさんの事だから、ちっちゃな子連れて怪しい事しようとしたんだろうけど」

「…」


 こいつ…見てたのか?

 まぁそんなことは良い。お嬢ほどじゃないけれども、コイツもコイツでグレーゾーンな見た目をしている。前科持ちと勘違いされている私が悠長にお喋りを楽しんだら、怖すぎる大人(けいさつ)のお世話になる可能性が跳ね上がってしまう。まだ手も出して無いのに捕まってたまるか!


「それはいいとして、あなた審判するんでしょ?」

「ややや?よく知ってるねー。という事はつまりはアレ?私をばいしゅーしようとしてるの?」

「いや、買収するならお嬢みたいなちっちゃな子がいいからソレは無い」

「…不覚にもアリスさんの事が凄い人に思えて来るよ」

「褒めてもここの代金はあなた持ちだからね」

「まぁまぁそれは置いておいてー。ふと思ったけど、アリスさんって針金入ったプリンみたいな脳してますね」

「全くわからん!」


 針金入っててもプリンはプリンじゃないのか!


「んーと…硬めなプリン?」


 ああ、それならわかった。


「つまり豆腐ね!」

「そうそう豆腐!」

「とーふは美味しいなぁー」

「全くでござる」


 せっかくだから、どぱどぱーと話題の豆腐を鍋へと入れる。一瞬で鍋がふわふわの白い物体に占拠された。コレは豆腐鍋だったっけ。いや、待てよ?


「…豆腐の事とっぷっていうと幼児度が上がると思わない?」

「とっぷ…確かに上がるね!」

「そうよね!」

「美味しくてふわふわなとっぷを食べませぅー」

「全くでござるな!」


 ダバダバーとお玉を突っ込むと、力なく崩れていくとっぷ達。グツグツに崩れたそれらは道連れを作るがごとく他の食材に絡みついて、白いぶつぶつを付けていく。

 二人とも服はいつも通りのメイド服。サキは「アリスさんに見せる私服なんてあるわけないじゃないですかー!」と華麗に言い放ち、私は「他に私服があるわけないじゃないですかー」と誇りを持って言い放った。結果として「とっぷとっぷ」と言い合いながら豆腐まみれの鍋をつつくメイド2名。店員さんが奇異の目を送るのも無理はない。

 違いがあるとしたら、防寒用に選んだ上着の違いくらいか。私はフードの付いた赤いコート、サキの方もこもこした青いジャケット。寒さと外界から守ってくれるそれらは夏と暖房の前では凶器とまでなるので、今は椅子の背で虎視眈々と出番を窺っている


「ところでアリスさん、とっぷの如きゆるゆるな思考を持っているアリスさん」

「会計以外の話題ならいいわよ」

「そ、そんな!!私今月危ないのに…」

「原因作った奴がよく言う」

「ぶーぶー」


 先手で釘を刺すとぶーたれるサキ。嗚呼…コイツが後数年若ければなぁ…。

 時の流れの残酷さを味わっていると、もぎゅっもぎゅっとお椀の中の食材を口へと放り込み始めたので、いかんいかんと思い直した。

 このままでは私の分がなくなる!全てのちびっ子を愛すると誓ったあの日から、私の社会的交流の場は貴重なのである。他人の金で飯を食えるなんて今後あるかもわからない。

 という事で私も負けずにもぎゅっもぎゅっと口の中へと放り込み始める。


「ふぉれへいっひゃいなにふぉ」

「ふひのなふぁのものふぉふぁくしてふぁら」


 大食い&早食いバトルと会話を両立させようとしたら、まるで異星人同士の会話みたいな言語が流れた。仕方ないのでアイコンタクトで対話することにする。


『とりあえず食べてからにしよう』

『そうだねー』


 …何故私はお嬢という触れ合うどころか魂まで結合したい子ではなく、こんな生き過ぎてストライクゾーンから若干外れてしまった同僚と以心伝心になっているんだろう?


「「はぁ…」」


 互いにため息を付くと、無言でもぎっゅもぎゅっと胃に食べ物を送り込む。余りに急ぎ過ぎた為にとっぷまみれの白菜が私の口内で熱々なコサックダンスを踊り、縦横無尽に火傷という戒めを振りまく。サキの方も涙目になっている辺りを見ると、向こうも傷を負った様だ。

 二人で声にならない二重奏(ひめい)を上げながらも手を休めることはなく、山の様になっていた食材も私たちの胃の中へと納まる事となっていった。代償として舌がひりひりとするけれど、構わず〆の雑炊を器に盛った。


「それで私に何の様なのー?」

「ちょっとルールの確認と出来れば情報の提供を求めたくて」

「ルールの確認?」

「そそ」

「まぁ前にも言ったと思うけどー…」


 『るーるぶっく』と書かれた本が取り出されると、つらつらと聞いた事のある説明が始まる。ふむ、付け込む隙はなさそうかな?


「まぁ、要は最後まで立っていた方の勝ちだねー」

「いくつか質問」

「答えられる事ならー」

「魔法はあり?」

「んー…グレー!」


 サキは少し悩んだ後、ペンを取り出して書き込んだ。今ルールを作っていくのか。というか追加はアリなのか。


「つまりアリってことか…もう一個」

「何じゃろな!まぁ、そもそも決闘自体初めてだから細かいルールが無いんだよね」

「私が戦うのって人相手でいいんだよね?」

「ん、んー…まぁ…人の形はしているんじゃないかな?」

「何それ?人以外と戦う気はないからね?」

「喧嘩を売った側がまさかの発言!」

「ミタメ、タイセツ、トテモ、大切。実は駄メイドが姿形を自在に変えられる軟体生物で蛸みたいな形になったら、私は容赦なく勝負を投げる」

「まぁ…うん。人の形はしてると思うからいいんじゃないかなー?」

「それって書いてある?」

「書いた方がいいー?」

「プリン食べたくない?」


 「仕方ないなー」と言いつつも笑顔で書き込み始めるサキ。それが終わるのを確認した後、店員さんを呼んで特性プリンを注文する。保険も済んだし、期待できない話をしよう。


「ところでサキさんや」

「なんだいアリスさんや」


 いくらプリンを前にして目を輝かせていても、私のノリに乗ってくれる。本当にコイツがちびっ子だったらなぁ…。


「駄メイドについて知ってることがあったら教えて欲しいんじゃがのぅ…?」

「も、もしや私にメイド長の弱点を教えろと言うのか!」

「あるならば是非!」

「へっへっへ…お主も悪よのぅー」

「へへへ…お代官様ほどじゃありやせんぜ」


 全く期待しないで答えたら、全く期待できない返事が返ってきた。しかし弱点を教えてもらえるならばありがたい。このアリス、正々堂々なんていう言葉は遠い昔に置いて来たわ!


「で、弱点は?」

「え?」


 何事もないかの様に『はふはふ』と雑炊を食べているので促すと、キョトンとされた。仕方ないので私も『はふはふ』と雑炊を放り込む。はふはふ…良い響きね。是非ちびっ子がしているところが見たい。


「駄メイドの弱点」

「ああ…ホントに知りたいの?」

「是非とも!」

「しょうがないにゃぁー」

「へへへ…お主も悪よのぅ」

「へっへっへ…お代官様ほどじゃありませぬぞ」


 似た様なやり取りをした後、ちょいちょいとジェスチャーをされたので耳を傾ける。口が寄せられた耳にサキの吐息が潜り込んできて、なんともくすぐったい。


「メイド長はねー、耳が弱いのー」

「…なるほど」


 頷いてみたはいいけれど、耳が弱いとはこれいかに。ただまぁ…文字通り耳が弱いのであれば、そこを切り落とすなりこそげ取るなりする選択肢はあるのかもしれない。


「ところで武器の持ち込みってあり?」

「もちろん無し」

「…」


 いきなり可能性が途絶えた。生憎と私は素手で肉を千切れる様ほど人間やめてはいないから、耳を攻撃するのは無理だろう。耳殴るなら頭殴るでしょ、普通。


「あれ?あれあれあれ?もしかして本気に取ったー?」

「本気にしてみたけど可能性が潰えた」

「まぁまぁ、有益ではない情報をあげるからこの場は収めてください」

「無益でも貰えるものは何でも貰う主義である」

「ならここの伝票も…」

「謹んで辞退する心意気でござる」

「そんな殺生な…」


 サキは人差し指を自分の口に当てて「内緒だよ?」と前置きし、「まぁみんな知ってる事なんだけど」と数秒で前置きをぶち壊してその言葉を言った。


「人じゃなくて(ドラゴン)なんだよねー、メイド長」



□ □ □ □



「という事があったんだけど、どう思う?」

「それで?」


 視線を目の前のトランプから一ミリも動かさず、あーちゃんが答えた。絶賛トランプで建設途中のピラミッドは着々と大きさを更新していて、いじめっ子よろしく壊したくなる。泣かれそうだから壊さないけど。

 嗜虐嗜好を抑え込むためにも、ナイフで目の前の小石に傷をつける。私は吊り橋を走って渡る程度には準備をする人間だから、来るべき駄メイドとの戦いの仕込みはしておかねば。

 それにしても、嘘じゃなければ竜とかいう化け物と私は素手で戦わないといけないのか…さて、どうしようかね。


「いやー、店員が受話器を取り出したから笑顔を保って逃げ出したよ」

「…」

「…」

「…」

「ぬーーん」


 たくさんの天使が私たちの間を通り過ぎていると、頭上からぬめぬめした液体と催促するような鳴き声が降りてくる。ナイフを机の上に置くと手を頭上に持って行き、ふさふさのソレを撫でる。暫く撫でていると大人しくなったので、顔を滴り落ちる液体を無視して再びナイフを手にした。


「…何が聞きたいの?」

「竜って伝説でしか聞いたことないんだけど、ホントにいるの?絶滅したんじゃないん?」

「そう聞いたのならそうでしょう?」

「…真面目に答えないとそのピラミッドが可哀そうな事になるぞ」


 さもめんどくさそーな返事が来たので脅しを入れると、ピクっと身体が震えた。是非とも真面目に答えないで頂きたい。


「…視点の違い」

「視点の違い?」

「竜にとっては絶滅したと思われた方がよかった」

「なるほどー。くらーい話っすか?」

「…」


 コレ以上言う気はないとばかりにそっぽを向かれたので、笑顔でピラミッドに頭上のナメクジ猫を投げつける。ねちょっという音と共に「あー!」という悲鳴と「ぬーーん」という抗議の鳴き声が聞こえてきた。

 数秒後地獄から聞こえる様にも聞こえなくはないほど悔しそうに唸る声をバックに、竜の肉は美味いとか、皮や骨は高品質で高く売れたとか、極めてどうでもいい知識が脳裏をよぎった。そりゃ絶滅ってことにしたくもなるね。

 しかし視点の違いか…嫌な言葉を聞いた。


「で、何の意図がある?」

「んー?」

「竜と知らなかったとはいえ、わざわざ挑発までして戦う理由」

「そうだねぇ、勢いと…後は予行練習ってやつかねー?」


 自分でもよくわからないので、てきとーに返事をすると、コンコンと控えめにドアがノックされた。「開いてますよー」とのんびり答えても沈黙を返してくるだけ。

 これはアレかな?ドアノックお化けの仕業かな?もしくは数日前に出会った幽霊の嫌がらせか。ならば全身全霊で答えなければなるまい。物理的に。

 様々な可能性を考えながらドアを開けると、案の定誰も居ない。


「…っ」


 誰も居ないはずなのに気配と息をのむ音はする。現代に現れた怪奇現象に、私は一体どう立ち向かうのか!…とりあえず平和的交渉といこう。現代人は野蛮ではない事を、広く知らしめなければなるまい。


「こんな夜遅くにどうしたの?」


 ということで視点を下に向けて、怪奇現象(おじょう)へと話しかけてみる。

 小さくて可愛い怪奇現象は、ビクッと身体を震わせてから伏せていた顔を上げた。その視線は私の顔から手に持っているナイフへとテンポよく移り変わる。相変わらず撫で撫でしたくなる素敵な頭をしてる。この頭を見て撫でずに居られる人が居るものか!否!断じて否!

 据え膳くわぬのは男の恥というのだし、据え頭を撫でぬも男の恥だろう。大前提として、私は男じゃないが些細な事である。私は撫でるぞ!動け右腕!何故動かん!金縛りか!このタイミングで金縛りなのか!何時まで世間は私の邪魔をするのか!


「ここから居なくなるつもりですか?」

「…」


 呟くようなお嬢の声が聞こえてきた瞬間、金縛りごっこをする気が失せた。

 軽く目を閉じると細く息を吐く。いくつかの返事が反射的に浮かんだけれど、全て不採用の烙印が押された。


「さぁ、どうなるだろうね?」


 結局出たのは誤魔化しにすらなっていない返事。もっと他に言える事はあったんじゃないかと頭の中で警報が鳴り響く。


「…そうですか」

「お嬢は…どうしてほしい?」

「私は…」


 お嬢は一瞬だけ顔を上げて何か言いかけたけれど、すぐに伏せた。


「…夜分にすみません…おやすみなさい」

「…ええ。おやすみ」


 閉じていくドアを見ながら、嘘でもいいから気の聞いた事を答えるべきだったかと少しの後悔が横切る。全て遅すぎるけど。

 後悔は何時だって後から押し寄せるものだ。


「…ごめんね、お嬢」


 呟いた言葉は閉じたドアへと吸い込まれ、反射されて私の元へと帰ってくる。一枚隔てたその先にお嬢が居たかはわからないけれど、準備を進めるためにも椅子へと戻ってナイフを手にした。

 カリカリと小石に印を刻み付ける音だけが部屋に響く。あーちゃんの居た場所には本が置いてあって、その隣でナメクジ猫が退屈そうに眠っていた。



□ □ □ □



「れでぃぃぃすえんどじぇんとるめぇぇん!今宵始まりますはー…」


 電源の入っていないマイクを持ったサキが楽しそうに叫ぶ。しかし哀しいがな、観客(メイド)の皆さんはそんなことはどうでもいい用で好き勝手にお喋りを続けていて、聞いている人は一人もいない用だ。ところでレディはたくさんいるけど、ジェントルはどこに居るんだろう。もしかして私が紳士だという事なのカナー?

 対面の駄メイドも興味が無いのか、そもそもやる気が無いのか、退屈そうに叫んでいるサキを眺めている。服装はいつものメイド服。私もフード付きの赤いコートを羽織っている以外は駄メイドと変わらない。こう、いつもと変わらない服装だとこれから殴り合うっていう気がしない。

 お嬢は今おやすみの時間で部屋の中、今日の仕事はメイドたちの謎の連携によって片づけられていて、どちらかが動けなくなっても問題は無いというありがたすぎる配慮がされている。どう考えても動けなくなるのは私だと思うのだけれど、誰か運んでくれるのかな。

 サキはその後もめげずに何か言っていたけれど、あまりに誰も聞いてないからかしょんぼりとした様子でマイクを放り投げた。先ほどよりは静かになった中庭を、お祭りに似た騒然が支配し始める。その中で暖かい飲み物や食べ物を売ろうと企む売り子の声も混ざり、当事者じゃなかったら私も楽しみたいと切実に思う。

 観客の皆さんは部屋から眺めてたり、この寒い中外へと詰め寄ったりと様々。ところどころに紙切れを握ってる様に見えるのは…なんでなんだろう?


「はぁ…で、何か質問はあるー?」


 駄メイドに何か語りかけていたサキがやる気なさそうにこちらへと歩いてくる。ちょっと待遇に差を感じるけれど、どうでもいいか。


「特にないけど…」

「あ、そうなのかー。それじゃ寒いしちゃっちゃと始めよーねー」

「おい待てお願い話を聞いて」

「はぁ…なーに?ー」


 ほんとにやる気無いなコイツ。


「少し気になったんだけど、何で観客が紙切れ持ってるの?」

「レートは7:3でメイド長が有利。意外と人気あるね、アリスさん」

「…私もソレ参加したいんだけど」

「賭けの対象になってる人は参加出来ませーん。ついでに言うと審判(わたし)も参加出来ねぇらしー」


 忌々しい様子で吐き捨てるサキ。私も参加できるなら駄メイドに賭けたのに…非常に残念だ。


「で、他にあるの?無いなら終わりにしたいんだけどー?」

「何でそんなに機嫌悪いん?」

「…聞いてくれる?」

「長くなりそうだから嫌だ」

「あーあーそうかー!そうだよねー!いいもんいいもん!」

「あ、終わりなら売り子の子呼んできて」


 「ぷんぷん」と口に出しながら離れてく背中に声を掛けると、無造作にパチンと指を鳴らした。その音を聞き付けたのか、即座にサキの元に駆け寄ってくる売り子さん。無駄にかっこいいなぁ。


「飴って売ってる?あとサービス料払うから、コレてきとーな所に捨てといて。出来るだけ遠くだとうれしいなー」


 接客スマイルで寄ってきた売り子さんに聞いてみたけれど、残念ながら飴玉は売ってないらしい。代わりに小石とお金を渡して笑顔で送り出す。小石を渡された彼女は首をかしげながらも、営業スマイルを作って観客の元へと帰っていく。


「えー、ではでは始めましょー!」


 地面に放り投げられたマイクを拾うと、サキがまた叫び始める。これから駄メイドとの戦いが始まるからか、自然と体がこわばる。ついでに寒い。駄メイドまでの距離は…大体10歩分くらいか。


「はいはーい。それじゃ、てきとーに準備が出来たら始めちゃってー」

「…」

「…」


 いつ始めればいいのかわからない様な合図が聞こえてきて少し困惑する。寒風が二人の間を通って、コートの裾とスカートを揺らした。

 このまま案山子になっていても凍えるだけで何も始まらないので、ため息をついてポケットから小石を取り出す。

 ナイフで傷がつけられているソレを手のひらに載せると、合図にすべく高く放り投げた。駄メイドが見えなかったら合図にならないと思うけど、竜らしいし視力はいいでしょう。見えなくとも先制できるならそれはそれでよしである。

 小石はくるくると回転しながら高度を上げていき、私の視力の限界を超えて見えなくなった。まさか私が見えなくなるとは…これは不覚!

 楽観的に小石の行く末を探していたら、ポトっと音がした途端に駄メイドの姿が視界から消えた。嫌な予感がして後ろへと跳ぶと、目の前で振りかぶっている姿が見え始める。


「いっ!」


 反射的に腕で防ぐと鈍い痛みと共に強いしびれがして、片腕が動かせなくなる。着地と同時に右足を蹴り上げて追撃を防ぎ、距離を取るために数度横に跳ぶ。思った以上に馬鹿力な様で、正面からやり合うと肉片にされかねない。

 その間もしっかりと駄メイドの方を見ていたはずなのに、アイツが移動した瞬間にまた視界から消えた。色々な疑問はあるけれど、とりあえず小石を取り出して地面へと落とす。何事も準備から始めないといけない。

 小石を手放した瞬間に気配を感じて屈むと、頭があった場所を何かが通過する。すぐさま足払いを掛け、回転を利用した掌底を狙うが、軽く避けられた。駄メイドの身体は私の腕の真横に居て、向こうから見たらさぞ無防備な姿に見えるだろう。

 ヤバいと本能が警告を出しているけれど、私の身体は人間であり一度放った力を捻じ曲げる様な力技は出来ない。

 誰も居ない場所を突いた私の左腕は駄メイドに掴まれ、力任せに放り投げられる。受け身も取れないまま地面に叩きつけられると、呼吸が止まった。

 強くむせたら全身が痛みを訴えてくる。その中で、左肩は存在しないかのように感覚が無くなっている。それでも何とか動く方の手で小石を地面へと落とした。

 あと…1つか2つ?

 途端に視界が高くなった。私の首にはUFOキャッチャーもびっくりなくらいに強く指が食い込んできて、意識どころか生命すら終わらせようとしてくる。もがこうにも片腕は感覚が無いし、もう片方は満足に動かせる状態じゃない。


「降参しますか?」


 極めて退屈そうな駄メイドの声が聞こえてきた。返事をしようにも、首を掴まれていて何も言えない。そんな様子をどう受け取ったのか、私の身体が重力から解放された。少しの浮遊感の間、駄メイドが振りかぶっているのが見える。

 強い衝撃と何かが折れる音がする。赤く滲む視界の端で、退屈そうに私を見ているのが見えた。

 それにしても…今のは拙い…。

 ゴロゴロと転がった後、見えたのは揺れる青空だった。どうも意識が数秒途切れていたらしい。意識の回復と同時に激痛が襲い掛かってくる。酸素を求めて咳き込んだ拍子に何かの液体が顔の横を垂れたけど、身体を起こす気力すら起きない。

 コレで…終わりか…見事に何もしてないな…私。

 ぼんやりとした思考で何かを考えるけれど…いまいち纏まらない。何はともあれ…死ぬ気はないのだし降参してさっさと終わらせよう。久しぶりの仕事だったけれど仕方ない。

 人生諦めが肝心…嫌というほど思い知っている言葉だ。

 出来ない事に手を出すから後悔する。

 なら…始めから…。


「がはっ…」


 仰向けに寝ていると窒息しそうになったので、屋敷の方に倒れる。口から出てきた赤い液体を眺めながら、心残りが無いかを考える。

 そういえば…お嬢の笑う顔は見れなかったね…それもまた仕方なしか。

 無意識に霞んだ視界でお嬢の姿を探したのか、部屋越しに人影が見えた。メイドとは違う、小柄な影。

 私は…何かしたっけ?


「あのー…生きてるー?」


 誰かの声が聞こえるけれど、全ての感覚は窓の影に集中していく。

 何も…しないの?

 どうしてか、その影は寂しがっている様にも見える。

 あの子のために…私は…。

 手を伸ばそうとしても上手く動かない。代わりに地面を掻いた。

 仕方ない…もう少し頑張るか。

 軽く目を閉じてから開くと、震える腕を突っ張って身体を支える。何度か倒れ込んだけれど、要領は掴んだ。


「えっと…動けるのならこのくらいで止めといた方…が…」


 誰かが話しかけて来ていたけれど、すぐに黙り込んで離れて行った。身体を起こした後もゆっくりと倒れない様にして立ち上がり、フードを深く被る。

 視界が暗くなったけれど、どうせ役に立たないのだから必要ない。腕を動かそうとして、上手く動かない事を思い出した。仕方ないから感覚を切り捨てて強引に動かす。素早い動きは出来なくなるけど、問題はない。

 片腕を振り上げて影へと伸びる糸を引っ張り、浮かんできた魔道書を開く。表紙には名前が無く、中身も真っ白。


「魔法障壁展開、魔力解放。1、3、5…」

「はぁ…悪あがきですか?見苦しい…」


 聞こえてきた言葉は理解する前に切り捨てられたので、機械的にカウントを続ける。その数が増えるに従って、白紙だったページに呪文が刻まれていく。

 駄メイドも始めは呆れた様に眺めていたけど、すぐに何か感じたのかこちらへ向かって一直線に駆けてくる気配がする。数秒後にバチンと障壁に何かがぶつかる音がした。そのまま力付くで破ろうとしているようだけど…もう遅い。


制限(リミッター)に到達…障壁を排除」


 私が呟いた直後、駄メイドが飛び退いた。すぐにばらばらに配置された小石をたどる様にして光の線が走り、歪で不完全な魔方陣を作成する。消え失せていく世界の中、震える手で魔道書を優しくなでる。


『発動します』


 刻まれていた呪文が全て弾け飛び、地面に置いた小石から鎖が湧き出てくる。鎖は幾重にも絡まり合いながら、空気を切り裂いていく。鎖の量が増える度、ギシギシとした頭痛がする。

 駄メイドは大人しく捕まる気はない様で、地面を強く蹴って移動を続ける。速度は鎖の方が早いけれど、急な切り返しをされて中々追いつくことが出来ない。しかしあの跳ね具合…前世はバッタだったに違いない。

 このままバッタもどきと耐久レースをするには私の体力が足りない。インドア派に体力を求めるのは無理というもの。

 仕方ないので、一部以外の鎖を拡散させて駄メイドを包み込んでいく。


「…っ!」


 操作量が増えたからか、一瞬意識が途切れた。思わず頭へと手を当てるけれど、痛みがなくなる事はない。

 曖昧になっていく思考の中で駄メイドの気配を探ると、面倒なことにまだ避け続けている。けれども限界が来たのか、鎖がメイド服に掠める事も多くなる。

 突如駄メイドは大きく後ろへと撥ねると動きを止めた。

 諦めてる…訳じゃないか。念のため数本だけ少し遅れさせる。

 案の定、鎖が駄メイドに触れた瞬間に爆音と閃光がして鎖が吹き飛んだ。思わずフードを上げて駄メイドを覗き見ると、鎖の代わりに炎が渦を巻いていた。熱波がコート越しに私の身体に突き刺さり、チリチリと身体を焦がす。

 炎の渦は人との絶対的な力の差を見せつけるかのように空へと昇ると、駄メイドを残して消滅した。

 残された駄メイドはとても退屈そうに私の方を見つめていたけれど、すぐに自身の腕へと視線を戻した。両腕には一本ずつ鎖が巻き付いていて、強く引っ張っている。

 その時、彼女が薄く笑ったように見えた。

 私が再びフードを被るのと同時に鎖が復活し、駄メイドに襲い掛かる。しかし周囲から襲ってくる鎖の隙間を縫うようにして避けると、少しずつ私の方へと近づいてくる。一応遠ざける様に鎖を操作してはいるけれど、それもいつまで持つのやら。

 その動きは先ほどの比じゃないほどに早くなっていて、段々と鎖が離されていく。どうも勝つには一手足りない様子。

 念のため腕に巻き付けた鎖を引っ張ってみたけれど、鎖の方が壊れそうなのですぐに諦める。力比べじゃ勝てないか…。

 そうしている間に再び爆音とフード越しでも感じられる閃光が辺りを支配する。その爆発は先ほどよりは小さいみたいだけれど、鎖を弾く程度には威力がある様子。

 そして、まっすぐとこちらへと走ってくる気配がしてくる。弾かれた鎖を追わせるけれど、私に近づく方が早そう。

 そして駄メイドの気配が消えた。

 どうやら私に抵抗させる気すらないらしい。


「はぁ…」


 思わずため息が出る。

 …全く持って世知辛い。

 他の鎖は諦め、駄メイドに絡みついた鎖にだけ意識を集中させる。そして、その鎖が止まった瞬間に強く引いた。

 駄メイドの気配がするのと同時に、鎖によって軌道を逸らされた腕が私の側頭を通過していく。頭のギリギリを通った拳はフードを捲り、視界を明るくする。

 明るくなった世界を感じる間もなく本を閉じると、お返しをするべく思いっきり横へと薙ぐ。けれど避けられた様で手ごたえはない。まぁ、どうせ当たる事は期待してなかったので、閉じていた本を再び開くと鎖を操作し始める。

 後ろへと跳んで避けた駄メイドを、待ち構えていた鎖が包み込んでいく。その際に驚いた表情の駄メイドと目が合った。

 追っていた鎖は何重にも獲物の身体に巻き付き、魔方陣の中心まで引きずると張りつけにしていく。その様子を最後まで見届ける前にフードを外すと、目に軽く手を当ててからゆっくりと外す。



□ □ □ □



 ふらりと揺らいだ視界を向けると、駄メイドは抵抗する素振りも見せずに捕まっている。辺りは何が起きたのかわからない様子で静けさに満ちており、私たちの一種挙動に釘付けになっている。


「ふっ…ふふっ…」


 思わず出そうになった笑いを何とかこらえる。

 待て…堪えろ…まだ笑うな…。

 駄メイドは大人く捕まっているのだし、後は勝利宣言をするなり止めを刺すなり好きにしたらいい。つまり私の勝ちはゆるぎない所まで来ていて、勝者は絶対という言葉の通り、私の言い分は何であろうと通るはず。

 けど、そんな事よりも何よりも今は部屋に帰りたい。部屋に帰ってゆっくりと眠りたい。勝利の味を味わう気分じゃないし、さっさと終わらせてしまおう。


「ふっふっふ…」


 何故か動きが悪い腕をビシィ!と駄メイドに向けると高らかに宣言する。


「あんたがどーしても!っていうのなら、引き分けで手を打ってやってもいいわよ?」

「…」

「…」

「…」


 決まった…実にかっこよく決まった…。

 辺りは私の言動がよくわからないかのように沈黙しているけれど、先行者というものは何時も理解されないものだ。

 どう見ても私の勝ちの勝負をあえて引き分けにする!常人には理解されないだろうけど、ここにかっこよさが生まれ、ゆくゆくは全国のちびっ子達に慈悲深いお姉ちゃんとしてホクホクになるのである。駄メイドよ、我が計画の血肉となれ! 


「…」

「…」


 誰も居なくなったかの様に静まり返る中、北風何号さんかが私たちの間を吹き抜ける。ボロ雑巾もびっくりな身体となっている私はその北風にすら倒れそうになるけれど、気合で立ち続けた。

 しかし駄メイドもさっさとしてもらいたい。このポーズも意外と辛いのだ。ちょうど麻痺していた感覚も蘇り始めて来て、嫌な汗が背中を伝い始める。このままだと結果が関係なく倒れそう。


「ふっふふふ…」


 私が意識の消失にフラフラとしていると、突如駄メイドが笑い出した。張りつけになったまま笑うメイド…限りなく犯罪集漂う光景ね。


「引き分け…?何を馬鹿な事を言ってるんですか?」

「はぁ?馬鹿はお前だ。頭でも打ったか?それとも状況も理解できないの?」


 頭を打ちでもしたのか、変な事をのたまい始める。これはアレだろうか、時間を稼せいで私が倒れるのを待つとかいう姑息な手なんだろうか。だとしたら汚すぎるぞ駄メイド!貴様に正々堂々という言葉はないのか!

 駄メイドは再び笑うと、突然動かなくなった。さっきの言葉と言い、本格的におかしくなったんだろうか?

 でもそうしたらお嬢のお付きのメイドは私一人という事で…それはつまり添い寝も権限も私のモノに…おおぅ。

 ふふ…大丈夫だから、怖がらないで私の所においで。

 巡り巡る桃色世界に心を奪われていると、駄メイドを包み込むようにして火柱が立ち上った。いきなりの事態に添い寝をするためのふかふかなベットと、ふにふにしているであろうお嬢の身体が吹き飛ぶ。

 こ、コイツは…妄想の世界でさえも私の邪魔をするのか…っ!


「…うん?」


 一言文句を言ってやろうと思って睨みつけると、そこに駄メイドの姿は無かった。正確には人らしき姿が無い。

 まず私の視界に飛び込んできたのは赤い鱗に鋭い牙と爪。鋭い眼光は駄メイドに似ているとも言えないけれど、そんな事よりも何よりも頭から生えている角らしきものが気になる。背中には空も飛べそうなほど大きな羽と長い尻尾。その図体も私の数倍は大きい。もちろん縦にも横にも。

 …もしかするともしかして…これは伝説でしか登場してない(ドラゴン)ってやつじゃないかね?

 駄メイドが炎に包まれたと思ったら代わりに竜が居た。何を言っているのかわからないけれど、私も何を見ているのかわからない。思考も止まった様で『竜って本当に生きてたんだなぁ…』というどうでもいい感想が脳裏に浮かぶ。


「やっと面白くなってきたのに…もう終わりだなんて冗談でしょう?」


 ぼけーっと見上げていると、竜がそう言った。その声は駄メイドの声によく似ていた。そして、竜の足元付近には布きれと化したメイド服らしきものが散らばっている。最後にサキは駄メイドは人じゃなく竜だと言った事を思い出し、周りのメイドたちが何の疑問も抱かずにこの光景を受け入れている事を確認する。

 これらの事をよく吟味すると、目の前に居る竜は駄メイドだという結論が出る。そして竜相手に戦う体力は残って居ないという事実も突き付けてくる。つまり非常に認めたくはないけれど、私の敗北は免れないでしょう。しかも相手はこの状況を面白がっている様で、穏便に終わらせてくれる気配が無い。

 …世知辛いなぁ。


「さぁ、戦いを続けましょう」

「待った!」


 このままじゃヤバいと本能が感じたので待ったをかける。見た目が人外になったからとって、知性まで人外になっている訳じゃ無い様で、竜こと駄メイドは怪訝そうに動きを止めた。

 冗談じゃない。私は手加減してる奴と戦ってもボロボロになっているというのに、本気を出されたら挽肉より酷い結果になってしまう。つまり何としても時間を稼がないといけないわけであり、その上で衝突は避けないといけない。繋がれシナプス!動け我が脳細胞!桃色事情は諸君の働きに掛かっている!


「私が待つ必要なんて無いと思いますが?」

「はっ、まさか待てないっていうの?」


 ココでふらつくと一気に説得力が掛けるので、全神経を使いながら本を閉じて嘲笑する。本が完全に閉じられると、展開されていた魔方陣が薄くなって消えていく。


「私はあんたに2回勝っている」

「…殴られ過ぎて妄想と現実の区別がつかなくなりましたか?」

「1回目は鎖で張りつけになった時。その時は止めを刺して勝つこともできたけど、交渉のために見逃してあげた。そして2回目はあなたが竜になる時。その時も止めを刺すことは出来たけれど、あえて見逃してあげた。

 なのに、待てないと?」

「…それがどうかしましたか?見逃しただか何だか知りませんが、勝機を逃したのはそちらの勝手でしょう?」


 うむ、実に正論だ。私が言ってるのはあくまで結果論に過ぎないし、不利になったから言い始めた遠吠えと言われても仕方がない。けれどココで大人しく折れてたら私の未来は潰れてしまう。今必要なのは事実じゃない。


「もしかして…私に時間を与えるのが怖いの?」

「何を…」

「だってそうでしょう?たかが人間相手と手加減してたら負けそうになったんだもんね?

 まぁ怖いならしょうがない。さっさと決着を付けようか?」

「…いいでしょう」


 捲し立てて煽ると、感情を抑えた駄メイドの声が聞こえてきた。反対に私は笑いを堪えるのに必死である。駄メイドよ、もう少し大人になれ。


「ふーん、いいの?」

「…二度は言いません。何をしでかすのか知りませんが、小細工など関係ないほどに叩き潰してあげましょう」


 そういうと駄メイドは軽く目を閉じて動かなくなった。どうやら今すぐ挽肉となるのは免れたらしい。

 こうしてはいられない。アイツは阿呆の如くぼーっと待ってればいいかもしれないけれど、私はぼーっとしたら動けなくなってしまうのだ。早速、バキポキと不吉な音を奏でる骨を動かしながらサキを手招く。


「いやー、驚いたよー。アリスさんよく生きてるねー」


 呼ばれるままにこちらへと近づいてきたサキは、駄メイドの方を見るとくすくすと笑っている。

 これからコイツに私の生命が託されるのか…。


「その辺りは私もびっくりよ。ところで話は変わるけど竜鍋って美味しかった?」

「んー?それは買収と言う奴ですかな?」

「過程を省いて言うとそういう奴ですな」

「お断りします」


 当然のことの様に即答された。いや、知ってた…知ってたけど…人命が掛かってるんだから、もうちょっと悩んでくれてもいいんじゃない?


「私自身も興味あるからねー。実はまだ何か隠し持ってるでしょ?」

「それは見込み違いという奴デスヨ?」

「ホントかなー?怪しいなー?

 メイド長もあんなに楽しそうに待ってるから、何かあると思うんだけどなー?」

「え…アレで楽しそうに待ってるの?」

「私もあんなに楽しそうなメイド長久しぶりに見るよ」


 そういうサキが一番楽しそうだ。一応ちらりと見てみたけれど、目を閉じているだけでとても楽しそうに見えない。いっその事、あのまま寝てしまえばいい。そうすればこんな面倒な交渉は必要なくなる。


「それじゃ、買収は失敗という事でー」

「待って!ルールの確認がしたい」

「アリスさんも諦めが悪いね…いいよー?」


 サキは懐から『るーるぶっく』と書かれた本を取り出してページをめくった。


「武器は禁止よね?」

「そうだねー」

「爪とか牙は武器にならないの?」

「アリスさんにも爪に歯はあるでしょ?」

「…私に翼や尻尾は無いんだけど」

「大丈夫、君には翼も尻尾も無いけれど大きな勇気はある!」

「適当なこと言ってるよね?」

「だって解りきったことを聞くんだもん。まぁ、お医者さんは手配してあげますから頑張ってねー」


 極めてどうでもよさそうな応援を残して去ろうとするサキの背中を掴んで止める。仕方ない、最後の手段を使うか。この手だけは使いたくなかった…。


「もう…いい加減にし…て…?」


 血の涙を流す思いで懐に入れておいた写真を見せると、辺りを警戒するように見渡してからささっと寄ってきた。

 写真はもちろん、お嬢がお昼寝をしている秘蔵の一枚である。天使の如きあどけない寝顔は見る者の頬をほころばせ、軽くはだけた浴衣から見える素肌は全てを捨ててもいいという決意をさせるだろう。隣に邪魔者(ダメイド)さえ写ってなければベストだったのだけれど、こればかりは仕方ない。

 とにかくお嬢好きにはたまらない一枚に違いない。輝かしき未来のためだ、家宝にしようとした写真の一枚くらいはくれてやろう。かけがえのない未来のためにはかけがえのない物を。


「ア、ア、アリスさん!?コ、ココ、コレをど、どこで!?」

「勿論、忍び込んで撮影した」

「忍び込んだって…」

「足がつかない様にネガは処分してるから、二枚目は決してありえない秘蔵の一品よ」


 ごくり、と生唾を飲む音がする。サキの手は震えながら写真へと伸びたけれど、その手が触れられる前に遠ざける。遠ざけられた拍子に「あっ…」という小さな呟きが聞こえてきた。

 二人とも写真へと伸びる以外の手はティッシュを手にして、溢れ出る欲望(はなぢ)と戦っているのは言うまでもない。


「欲しかったら…ね?」

「うっ…うーん…」


 少しの沈黙があった。

 その間にサキの脳内でどれほどの葛藤が繰り広げられたのかはわからないけれど、彼女が鼻に当てているティッシュの染まり具合を見る限りろくな事じゃないに違いない。揺さぶる様にして写真を近づけたり遠ざけたりしながら、私も優雅な動作で新しいティッシュを手にすると鼻に当てた。


「しょ、しょうがないなー」

「交渉成立ね」


 サキがそういうの同時に写真を渡すと、素早く懐にしまった。その後、二人とも笑顔でがっちりと固い握手を交わす。サキは秘蔵の一枚を手にしたことでにやけが止まらず、私はほぼ確定となった桃色が脳内を支配してにやけが止まらない。

 握手が離れた瞬間、私とも貧血でふらついた。


「だけど、どうやって勝つの?私に出来る事なんてないと思うんだけどー」

「その点は心配ない。アイツはルールに反しているから」

「ルール…何か破ってたっけ?」

「その辺は私に任せときなさい」


 どーんと胸を叩くと、強くたたきすぎて倒れそうになった。そんな私を不安そうに見ながら、サキは立ち去っていった。

 ところで、突如鼻血を出しながら熱い握手を交わす私たちを観客はどういう気分で眺めていたんだろう。


「くだらない小細工は終わりましたか?」


 サキが離れると、目を閉じていた駄メイドが話しかけてきた。聞いてた…んじゃないよね。


「ふっ…度肝を抜いてやるぜ」

「では…」

「あー…その…メイド長の反則でアリスさんの勝ちが決まりました」

「…は?」


 何を勘違いしてるのか、動こうとした駄メイドをサキが止めた。

 本人は何を言われたのかよく理解してない様で固まったまま動かない。よろしい、ならば私が止めを刺してあげよう。時間やった時点で勝ちは確定していたのだよ!


「私の勝ちだ、ばーか」

「反則って…サキ…?」

「いやー…そのー…」


 サキが誤魔化すかのように笑顔を作りながら助けを求めてくる。


「私は人となら戦うって約束でこの決闘を挑んだ。なのに何処かの誰かさんはそんなことも知らずに人外へと変わった。よって私の勝ち。質問は?」

「…そんな約束してませんが?」

「審判にルール確認の時にしたから間違いない。なんならしてあるから、疑うなら確認するといい」

「あー…そういえばそんな事言ってたような…気も…」

「…」


 サキが思い出したかの様に呟くと、駄メイドの鋭い眼光が飛んだ。効果は抜群の様で、再び乾いた笑いが起きる。


「知らなかったとか馬鹿げたこと言わないよね?確認の機会はあったはずでしょ?」

「…サキ?」

「は、はい!」

「ルールがあるなら見せてください」

「えーと…ですねー…」


 『るーるぶっく』をペラペラめくると、該当箇所を駄メイドに見せに行く。首を伸ばして見づらそうに本を覗き込む姿は、仮にも『伝説に生きる竜』という単語を完膚なきまでに破壊している。

 しかしそんな爆発してもいいような仲良し二人組を眺めている体力は私には無い!

 私の足は生まれたての小鹿の如く震えそうになっているし、腕は本の重さでさえ支えるのが辛くなっている。


「まぁ…どーしてもやり合いたいなら、人の姿になれば?出来るなら、だけど」

「うっ…」


 ぼろきれとなっているメイド服を指さしながら言い放つと、私の言わんとした事を理解した様で怯んだ声が聞こえてきた。全裸になってまで戦いを求めるほど戦闘狂じゃないという事実に内心安心する。


「出来ないなら私の勝ちね」


 言い捨てると部屋に戻るべく屋敷へと歩きはじめる。数秒後、決着が着いた事を理解した観客の歓喜と慟哭の声が響き渡った。レートは…7対3だっけな。

 何が起きのか理解していない様に立ちすくむもの、思わぬ収入に歓喜の声を上げるもの、不正があったんじゃないかと怒っているもの、観客の皆さんは実に楽しそう。


「ま、待ってくだ…」


 屋敷へのドアに手を掛けた時、騒ぎに紛れて何かが聞こえてきた。生憎だけれど、のんきにお喋りをしていられるほど暇じゃないのでさっさと中へと入った。

 ドアを閉じると外の騒然が一気に遠くなった。釣られる様にして、虚勢を張る必要がなくなった私の意識も一気に遠くなる。

 しかしゆっくりと倒れ込んでいく身体は地面に墜落する事無く、やわっこいものに支えられる事によって静止した。


「大丈夫?」

「さすがにキツイ…部屋まで引っ張って」


 あーちゃんはコクリと頷くと、私の手を抱える様にして引っ張り始める。生まれたてのカルガモの如きゆっくりとした動きで視界が動いていく。

 立っているのすら辛くなってきたので身体を預けると、驚いた様にビクッと肩が撥ねた。反応が面白かったのと、やわっこさが気持ちよかったので腕を前に回して抱きしめる。


「あー…少し眠ってもいい?」


 肩に顎を載せながら聞くと頷いた気配がしたので、お礼を言ってから意識を手放した。



□ □ □ □



 身体の熱さで目が覚め始める。段々と感覚が戻っていくと、節々が痛みを持ち始める。悶える事も出来ずにただ痛みに耐える。その中で額にひんやりとした何かがあてられているのが心地よい。

 今日はお祭りなのか、耳を澄ますと窓の外から騒然が聞こえてくる。

 あーちゃん…?

 うっすらと目を開けると、誰かが私を覗き込んでいるのが見えた。人のシルエットをしているけれど、その頭から生えている耳がただの人とは違うという事を物語っている。

 私が意識を戻したことに気づいたのか、ぴょこっと彼女の耳が動いた。表情は影になっていてわからず、いまいち誰なのかの判別が出来ない。私の部屋に居るという事はあーちゃんっぽいけれど、こんな耳なんて生えていたっけな?


「…目が覚めましたか?」

「…」


 ふむ…声には聞き覚えがある。

 記憶に検索を掛けてみるけれど、いまいちぼんやりとしていてはっきりしない。

 何も言わずに見つめ合っていると、件の誰かは不思議そうに首をかしげた。私も真似して傾げようとしたけれど、鈍い痛みが首筋を駆けのぼった


「動かない方がいいです…かなり殴られていますから」


 誰かは突然の痛みで硬直をした私を止める。そしてその痛みで頭がはっきりしてきた。

 ぼんやりとしていた視界ははっきりくっきりとしてきて、目の前の誰かさんの事を判別する。黒くて長い髪に猫耳、推定される歳はもしお付き合いをしたら社会的に抹殺されそう。

 これは紛れもなく…。


「お、おじょっ!?」

「だから動かない方がいいって!」


 余りの驚きに体を起こそうとすると、背中の方で変な音が鳴って動けなくなった。そのままじんわりとした痛みが広がっていき、嫌な汗が背中を伝う。

 私が目覚めて起きたはいいけど、余りの眠気に二度寝をするか否かの葛藤を彷徨っている人の如きポーズで固まっていると、お嬢が背中に手を回してくれた。


「支えますから、ゆっくりと横たわってください」

「あ、ありがとう…」


 ナメクジの如き速度でゆっくりと横になると、痛みが静かに引いて行った。場合が場合なら「初めての共同作業だね!」とか冗談を飛ばすのだけれど、今それをすると私の身体が飛びそうだ。


「もうすぐお医者様が来るようなので安静にどうぞ」

「いーつーもーすーまーなーいーねー」


 痛みもなくなると多少余裕が出来たので、実は元気だけど孫の世話になりたくてか弱いアピールしてる老人の真似をする。


「…」


 綺麗に黙殺された。というより、どう反応したらいいのかわからない様子?


「ダメでしょお嬢、そこは『それは言わない約束でしょ』って返さないと」

「…そういうものなのですか?」

「そういうものなのです」

「…」


 言ってくれるのかとワクワクして待ってみたけれど、どうやら言う気はない様子。仕方ないので適当に湧いてきた疑問でも処理してみよう。


「ところでお嬢はどうしてここに?」


 まさか私の看病をしに来てくれたわけじゃないだろう。

 だが待ってほしい。人には可能性がある!ならば、お嬢がボコボコにされた私の看病をしに来てくれたという可能性。もしくは私の寝顔を見たいとか、寝込みを襲いたくなったとか、そういう可能性もあるのではないだろうか。もちろんどちらでもウェルカムさ!

 そんな数々の可能性を検討すらせずに切り捨てるのは、余りにも愚者というものでは「あなたに聞きたいことがありまして」この世に神はいない…。


「私に聞きたいこと?」

「はい」


 私は世界を呪いながらも笑顔が保てる人だ。


「どうして…そんなになってまで戦ったんですか?」

「んー?」

「止めようとすれば何時でも止めれたはずです」

「やっぱり見てたんだ。そうだねー…」


 どうして…か。

 苦笑をしながら腕を動かし、お嬢の頭に乗せる。関節が痛みを訴えてきているけれど、耐えるんだ私。なぁに、君ならできる。


「私みたいなのでも、居ないよりは居た方が賑やかになるでしょ?」

「でも…」

「それに…」


 ぎこちない動きで頭を撫でると、気を使ってくれたのか少し頭を下げてくれた。下げてくれたのはいいけれど、一緒に沈みかける意識。


「まだお嬢の笑顔も見て無いしね!」

「…はぁ」


 呆れ顔のお嬢に笑いかけると、身体が限界を迎えてきた様で何処も動かなくなる。待て!轟け魂!耐えろ身体!まだお嬢から告白の返事を貰ってないではないか!ここで眠るわけには行かぬ!最後に!せめて最後におやすみのちゅーを…!

 そんな私の意思なんぞ関係ないとも言いたげに目が閉じられていく。

 完全に意識がなくなる寸前、私の頬に何かひんやりとしたものが触れた。


「…どういう理由ですか…ばーか」

お久しぶりの方はお久しぶりも、初めましての方は初めまして、待っていた方はごめんなさい

ということで最新話です

あとがき終了、以下は近況報告と言い訳


バトルを書こうとした

話も考えた

だがどうしてこうなった!

メインがバトルじゃない!そもそもバトルが短い!

そしてヒロインがヒロインしてない!空気すぎるでしょう


思えば数か月、いろいろありました

新しいの書こうとして挫折して

リアルが崖っぷちのまま今に至り

別作品の話は途中で挫折して

挫折してばかりですね、仕方ないね


そんなこんなで進んでいく執筆事情

次話はいつできるのかなー

ではでは、すこしでも楽しんでいただけたら幸いです

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