和風花伝
夕波亭は百合奈の行っていた方向とはまったく正反対の場所にあった。
彼岸と名乗った優しい人の家らしいそこは、少し古いが、大きく、漏れる光が綺麗だった。
時々大きな笑い声がきこえてくる。微かに聞こえる話声は絶えることがない。
庭の端に咲いた彼岸花が夏の終わりを告げていた。
「まぁ。魅薔薇ちゃんたら。自分できたらいいのに。こんな可愛い子一人を歩かせて。」
彼岸と魅薔薇は友人らしかった。
魅薔薇は百合奈に雑な地図と風呂敷に包んだ箱形の物を持たせて持っていけと言っただけでそれ以上は教えてくれなかった。
どうやら彼岸に渡すものだったらしい。
「それ何なんですか?」
百合奈の持っていた、今は彼岸が持っているそれを百合奈は見た。
「これ?」
彼岸はそれをトントンと叩く、百合奈が頷くと嬉しそうに微笑み、彼岸は答えた。
「これは、魅薔薇ちゃんが書き溜めた小説よ。」
百合奈は口をぽかんと開けて、阿呆みたいな顔で驚いた。
魅薔薇が小説を書いていたなんて初耳だ。
百合奈は魅薔薇が小説を書いているところどころか読んでいるところも見たことがない。
「意外でしょう?私も知った時驚いたもの。」
彼岸がクスクス笑う。
「しかも恋物語よ。」
彼岸のつけたしに百合奈は驚くどころではなかった。
驚きすぎで気絶しそうだ。頭痛がする。
「魅薔薇御姉様。結構乙女ですのね。」
少し掠れた声しか出なかった。
「そうね。」
彼岸が頷く。
百合奈はふと懐中時計に目をやった。
誕生日に魅薔薇にもらった、ご自慢のそれの針はもう深夜の十二時であることを示していた。
「早く帰らないと魅薔薇御姉様に叱られちゃう。」
心配そうな顔をする百合奈。
それを見て彼岸が言った。
「もう遅いしとまっていきなさいよ。魅薔薇ちゃんには私が伝えるわ。」
「でも…」
思わぬ申し出に百合奈は戸惑った。
申し訳ないと言うようにおろおろする百合奈に彼岸がもう一押し。
「ここ、若い子が居なくて私も寂しいの。泊まってくれないかしら?」
百合奈はシブシブ頷いた。