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月読の奏  作者: 南爪縮也
第一章 第五幕 寒乱(さみだれ)の修羅
97/109

#96 佐保姫の泣血(腥風に散る命の灯3)

 獰猛な牙を剥き出しにした二体のヤツが激突する。その衝撃は凄まじく、コンクリートで覆われた地下室はみるみると破壊されていった。

 やはり化け物同士の戦いは常軌を逸したもので間違いない。その一挙手一同には爆発的な破壊力が込められており、連続して発生する衝撃波は大きなインパクトとなって地下室全体に波及していく。完全に人の常識を超えた戦いだ。

 そして【猫顔のヤツ】に変化したアニェージのスピードはグングンと加速した。ただでさえ人間離れしたスピードを持っていた彼女が強靭なヤツの肉体を手に入れたのである。義足の部分に変化は無くとも、それを使いこなす肉体部分が強化されたのだ。ケタ違いのスピードを発揮しても不思議はない。

 だがしかし、ヤツ同士の戦いは豹顔のヤツであるデービーの方が優勢だった。肩を撃ち抜かれた影響で右腕の動きが幾分鈍く感じられる。ただそれでもデービーの戦闘センスは超絶であり、加速し続けるアニェージの攻撃を巧みに受け流し、隙を見つけてはカウンターの攻撃を繰り出していた。

 目を見張る強さだ。これまでに蓄積したダメージはかなり多いはずなのに、豹顔のヤツの動きはここに来て抜群のキレを見せている。どれだけタフなんだ、こいつは。

 不愉快極まりないデービーの強さにアニェージは舌を巻く思いがした。でも諦めるわけにはいかない。コイツに勝つ為に自分は【ヤツ】になったんだ。その覚悟を無駄にするわけにはいかないじゃないか! 

 アニェージはありったけの力で跳躍しヤツに迫る。凄まじいスピードだ。人の身であったならば確実に体がもたないだろう。でもこの化け物の体ならいける。アニェージは迷いなく渾身の蹴りを豹顔のヤツに叩き込んだ。――がしかし、

「カツッ」

 軽い音だけを鳴らしてアニェージの体がヤツから逸れた。そして彼女の体は勢い余ったままコンクリートの壁に激突する。

「ガハッ。……く、くそっ。あいつ、私の蹴りを背中で受け流したのか」

 視界が揺らぐ。不用意な体勢のまま猛烈なスピードで壁に激突してしまったのだ。いかにヤツの体だとはいえ、この衝撃には耐えられない。だがそれ以上にアニェージが深刻さを感じたのが、デービーの並外れた反射神経に対してだった。

「さっきの蹴りのタイミングは完璧だったはず。それなのにヤツは――ガンッ!」

 ふらつきながらも立ち上がったアニェージの体が真横に吹き飛ぶ。彼女は顔面に回し蹴りを喰らったのだ。まるでトラックに(はじ)き飛ばされた猫の様に、アニェージの体が為す術無く床を転がる。それでも彼女は何とか衝撃を堪えると、片膝を着きながらも戦闘態勢を素早く取った。

 チッ。この体じゃなかったら首が吹き飛んでいたぞ。アニェージはダメージを受けた首を手で押さえながらそう思う。でもどうすればいい。せっかくヤツにまでなったっていうのに、手も足も出ないじゃないか。彼女は愕然とした心情に押し潰されそうになる。だがそんなアニェージに向かい、ヤツは畳み掛ける様にして言い放った。

「ついさっきヤツになったばかりの女に何が出来る。せっかくの力を手に入れたって、ぶっつけ本番じゃぁ俺には勝てねぇぜ」

「ふざけるなっ。それでも私はお前を殺すんだ!」

「よく喋るメス猫だな。なら教えてやるよ。ヤツの力って言うのはこうやって使うのさ!」

 そう言った豹顔のヤツの姿が視界から消える。いや、驚異的な瞬発力で移動したヤツをアニェージは見失ったのだ。でも彼女とてヤツなのである。落ち着いて五感を研ぎ澄ませたアニェージはデービーの動きに素早く反応すると、迫り来るヤツの体にカウンターの膝蹴(ひざげ)りを叩き込んだ。

「ガコンッ!」

 膝蹴りが食い込んだ鈍い音が鳴る。しかし勢いよく弾かれたのは、攻撃を仕掛けたはずのアニェージだった。

 デービーは硬い背中を向けた体勢でアニェージに突っ込んで来たのである。彼女はその背中に膝蹴りを叩き込んでしまった。これでは弾き返されて当然だ。だがそれだけでデービーの攻撃は止まらない。ヤツは勢いを殺す事なく、そのままアニェージの体をコンクリートの壁に押しつけた。

「ぐはっ」

 ヤツの硬い背中とコンクリートの壁に挟まれたアニェージが血反吐を吐き出す。かなりのダメージを受けた証拠だ。悶絶するアニェージはまさに虫の息である。しかしデービーはまだ攻撃の手を緩めようとはしない。ヤツは猫顔のヤツであるアニェージの巨体を軽々と持ち上げ肩に担ぐと、それを思い切り床に叩きつけた。

「がはっ」

 アニェージの体が床に深くめり込む。ただでさえダメージが大きいのに、これでは身動きが取れない。マズいぞ。だがそう思うよりも早く、豹顔のヤツは鋭い爪を立てた手刀をアニェージの腹に突き刺した。

「ギャッ」

 アニェージの絶叫が響く。爪を立てたヤツの手の甲までが腹に捻じ込まれたのだ。その激痛は尋常ではない。ただ次にヤツはその腕を引き抜くと、その場で真上にジャンプした。そしてヤツは天井を強く踏みしだくと、その反動を利用して背中からアニェージに突っ込んだ。


「ドスンッ!」

 鈍い音が鳴り響くと同時に大量の血飛沫が舞う。デービーの強烈な一撃を受けたアニェージが膨大な量の血反吐を吐き出したのだ。これでは如何に強靭な肉体を持つヤツであったとしても一溜りも無い。

 アニェージは胸と腹を押さえながら悶絶している。骨は何本も折れているだろうし、内蔵だって無事じゃないはず。それに大量に吐き出した血液が気道を塞ぎ、息苦しくて仕方ない。まさに絶体絶命の状況だ。

 それでもアニェージは何とか上体を起こそうと試みる。死ぬほど辛いがまだ諦めきれない。それにこの肉体は自分が思っている以上に頑丈なんだ。心臓が動き続ける限り戦い抜いて見せるぞ。アニェージはそう自分自身に言い聞かせながら無理やり起き上がった。ただそんな彼女に向かいデービーが告げる。それはアニェージにしてみれば屈辱的な言葉であり、ヤツの余裕が垣間見えるものだった。

「どうした、これで終わりだなんて言わないでくれよ。せっかく調子が出て来たんだ。もう少しくらい楽しませてもらわねぇと、消化不良になっちまうだろ」

 そう言ったデービーは卑しく口元を緩めた。ヤツはこの戦いを楽しんでいるのだ。クソっ。本当に腹が立つ。

 でも力の差は歴然だ。同じヤツでも豹と猫じゃ対等とは言えないのか。パワーが全然違うし、そもそも戦闘センスが掛け離れている。例え自分がヤツの力を自在に操れたとしても、コイツには勝てないだろう。悔しい。悔しくて仕方ない。

 アニェージは奥歯を噛みしめながら憤る。歯が立たない相手にどう挑めばいいのか分からず彼女は動揺しているのだ。するとそんな彼女を嘲笑(あざわら)う様にしてヤツは皮肉を言い放った。

「せっかくヤツになったっていうのに意味無かったな。所詮お前も出来損ないの試作品と変わらなかったんだよ。あのイノブタ女とか、(シャチ)の小娘と一緒でな。ヤツになった時は驚いたけど、やっぱ使い物にならない欠陥品らしい。人間だった時はそれなりにイイ女だったのに、もったいねぇな」

「ふ、ふざけんなゲス野郎。私の事はどうでもいいが、あの子達を(ないがし)ろにするのは許さないぞ」

「ケッ。別にどうだっていいだろ、そんなモン。あんなのは使い捨てなんだ。いちいち気に掛ける方がどうかしてるぜ」

「なんだと!」

「ならお前はステーキになる家畜の牛の気持ちを考えるのか? バカバカし過ぎて笑えねぇ冗談だぜ。あんなモンは利用価値がなくなったらとっとと処分して、新しいモンと取り換えれば良いんだよ!」

「テメェ……、ブチッ」

 アニェージの両目が真っ赤に光る。彼女はソーニャとラウラを侮辱したヤツの暴言にキレたのだ。

 やっぱりコイツだけは絶対に許せない。許せるわけがない。ソーニャとラウラの恨みを晴らす為にも、コイツの息の根を止めるんだ!

「ギュイィ―ン、ドゴゴゴーッ!」

 突如としてアニェージの義足が唸り出す。今まで聞いた事のない強烈なエンジン音だ。足元から伝わる振動はまるで地震の様であり、猛烈な熱気までが空気を圧迫し始める。アニェージの義足に何が起きたのか。ただ次の瞬間だった。エンジン音が臨界を迎えたと同時に猫顔のヤツの巨体が姿を消す。それはまさに、光速に迫るほどの神掛かったスピードだった。


「ドガンッ!」

 わけも分からないままデービーの体が猛烈な勢いで吹き飛ばされる。それも一発や二発ではない。まるでダンスでも始めたかのように、豹顔のヤツの体は右に左に(はじ)かれ続けた。

 猛烈な速度で放つアニェージの蹴りにヤツは手も足も出ない。いや、それまでの彼女の攻撃と根本的にスピードの次元が違うのだ。いくら神掛かった反射神経を持つデービーだとて、この攻撃を避ける手立てはない。

 アニェージは義足のフルパワーを使用したのである。そう、彼女はリミットを解除したのだ。

 ヤツの体を手に入れた事で数段上の義足の能力を発揮していたアニェージ。しかし義足の限界性能を守るために、それまではギリギリのところでリミッターが働いていた。でも彼女はその限界を取り払ったのである。

 もうどうなってもいい。ううん、どうせ勝てないのだ。ならば最後にこの命を燃やし尽くすのみ。彼女は玉砕覚悟の攻撃を開始したのである。

 それはまさにアニェージにとって最後の反撃開始だった。もう形振(なりふ)り構ってなんかいられない。義足のエンジンが猛烈な唸りを上げ続ける。またそれにも増して激烈な熱気が空間の温度を一気に上昇させた。

 アニェージのスピードにヤツはまったくついて行けない。予測はおろか、防御すらろくに取れない状態だ。そして当然ながらヤツの体にはそれ相応のダメージが刻み込まれていく。するとさすがのデービーも、この息もつかせぬ連続攻撃に苦言を吐き出した。

「く、クソっ垂れが。意味分かんねぇよ、ちくしょう――ガンッ!」

 側頭部に衝撃を受けたデービーの体が吹き飛ばされる。ヤツはアニェージの姿さえ見えない状態だ。それにそんなヤツを襲うのはアニェージからの直接攻撃だけではなかった。

「ドゴオォォォー!」

 アニェージの攻撃からコンマ数秒後に訪れる爆音にヤツは混乱していた。いや、そんな後から飛んで来る爆音のせいでアニェージの本体が見つけられないのである。そしてヤツは打つ手がないまま再び吹き飛ばされた。

「こ、こんなの(かわ)せるわけがねぇ。あの女、生意気に音速を超えやがったな。音よりも速く攻撃が飛んで来るんじゃ、防ぎ様がないぜ」

 ヤツは完全にジリ貧だ。それどころかあれほどタフだったヤツの体力がみるみると奪われていく。もう余裕などは何処にも存在しない。

「く、くそっ。ノ、ノーベルの奴、俺を()めやがったな。こ、こんなマネして、あいつ許さねぇぞ――。ズガンッ!」

 ヤツの体がくの字に折れ曲がる。アニェージの渾身の蹴りがヤツに捻じ込まれたのだ。そしてヤツの体は錐揉(きりも)みしながら宙を飛び、そのまま激しく床に叩きつけられた。

 こいつはマジでヤバいぜ。デービーはガクガクと震えた足に焦りを覚える。只でさえ動きについて行けないのに、こんな状態じゃ満足に防御だって取れないじゃないか。豹顔のヤツのプライドが粉々に砕け散って行く。もうヤツには堪える事しか出来ない。そしてデービーは亀の様に背を丸くして縮こまった。だがしかし、そんな身を硬くするヤツをアニェージは渾身の蹴りで弾き飛ばす。

「ドバァーン!」

 衝撃を受けたデービーは猛烈な勢いで吹き飛ぶと、そのままコンクリートの壁に正面からブチ当たる。大の字の状態で体の半分以上が壁にめり込んだヤツは身動きが取れない。するとそんなヤツに向かい、アニェージはこれが最後だと決断して攻撃に打って出た。

「ゴゴゴゴゴォー!」

 これまで以上のエンジン音を轟かせながらアニェージが蹴りの体勢を取る。そして彼女はコンクリートの壁に埋もれるヤツの背中向けて渾身の蹴りを叩きつけた。

「ズドガーンッ! ビキビキビキッ」

 更に数メートル深く壁にめり込んだヤツの体を中心として、コンクリートに無数の亀裂が走る。凄まじい衝撃だ。この威力であれば、いかにヤツの背中が硬かろうとも無事ではいられないはず。アニェージは少し離れた位置に着地し、片膝を着いた体勢で壁に深く埋まったヤツを見ながらそう思った。

「ハァハァハァ。ざ、ザマァ無いね。ゲス野郎には御誂(おあつら)えの恰好じゃないか。化け物らしく無様(ぶざま)に壁にめり込んでさ、笑えて来るよ。ハァハァ。さぁ、(とど)めだ。その後頭部にもう一撃捻じ込んで終わりにしてやるよ」

 アニェージはまったく動けずにいるヤツを睨みながら吐き捨てる。そして彼女はもう一度だけ義足のエンジンを稼働させた。――がしかし、

「バキンッ」

 エンジン音とは明らかに異なる甲高(かんだか)い音が鳴る。それは金属が破損する音に相違なかった。

「なっ、もう少しなのに!」

 アニェージが極度の悔しさを露わにする。ただそれと同時に彼女は体勢を崩して倒れてしまった。

「ガシャガシャ、パリンッ」

 アニェージの右足が無残にも砕け散る。限界を超えた彼女の攻撃に耐えきれず、ついに義足が破損してしまったのだ。

「ま、まだだ! 足はもう一本あるんだ!」

 アニェージは左の足首を掴んでエンジンの再始動を試みる。ヤツを殺せる最後のチャンスなんだ。お願い、動いて。アニェージは心からそう切望しながら左足を強く掴んだ。だがしかし、そんな彼女の耳に聞こえたのは心を折れさせる腑抜けた音だけだった。

「キュキュキュ……、プスン」

 完全なガス欠だ。エネルギーの全てを使い果たしてしまったのだ。もう一撃、もう一撃でヤツを倒せるのに、クソ――。アニェージは愕然としながら肩を落とす。もう立ち上がる事さえ出来ない状況に、彼女は悔しさを滲ませるしかなかった。そしてそんな彼女の前に、更なる絶望が覆い被さる。いつの間に抜け出したのであろうか。豹顔のヤツが彼女の前に立ち、その(あわ)れな姿を見下していた。


「恐れ入ったぜ。とんでもねぇ義足だな、それ。もう少しで本当に死ぬところだったよ。でも残念だったな。頼みの綱のその義足が命取りになっちまったみたいでさ」

 ヤツは満身創痍の状態だ。それゆえにヤツが言った言葉は本音だったのだろう。でもそれだけに悔やまれる。あと少し、もう一撃加えられれば勝てたのに、どうしてこうなってしまうんだ。

「うわぁぁぁー!」

 アニェージは叫びながら立ち上がる。もう義足にエネルギーは残っていないはずなのに、彼女はヤツに向けた執念だけで強引に立ち上がった。どうしても諦めきれない。彼女の闘志が限界を超えた体を無理やり動かしたのだ。だがそんな彼女に対し、デービーは薄笑いを浮かべながら言ったのだった。

「へぇ。その体で良く動けるモンだな。つくづく驚かされるよ、お前にはよ。でももう終わりだ。さすがに俺も疲れたんでな」

「テ、テメェの都合で終わらせるなよ。こっちはまだまだ続けられるんだ」

「強がりもほどほどにしとけよな。でもまぁ、今回のゲームはお前の勝ちにしてやるよ。最初に言った3分はとっくに過ぎちまってるしよ、こんなにも手間が掛かるとは思いもしなかったからな」

「そうかよ。それで、ゲームに勝った褒美に何かくれるのか。どうせなら、貴様の命が欲しいんだけどな」

「フッ。面白れぇ事を言うな。でもそうだな、俺をこんなにも手こずらせたんだ。だったら褒美に見せてやるよ。俺の必殺技をさ!」

 そう告げたヤツは右の拳に力を溜める。いや、力を溜めるというよりは、何かを硬く握りしめているかの様だ。そして一呼吸の間を置いたヤツはアニェージとの間合いを一気に詰める。すると次の瞬間、アニェージの胸に拳大の大穴が開いた。

「ボンッ」

 真っ赤な飛沫(しぶき)がアニェージの背後に広く舞い上がる。彼女の胸の肉片がバラバラになって吹き飛んだのだ。そんな彼女の胸に押し付けられたデービーの掌底(しょうてい)。ヤツは高速で突きだした掌底をアニェージの胸に押し付ける事で、そこに大穴を穿(うが)ったのである。

「俺の右手は大砲なのさ。手の平で圧縮した空気を押し付けて、その衝撃を局部的に伝えるんだよ。結構な威力だろ。こいつをマスターするのには苦労したんだ」

 なんて奴だ。理屈は分からんでもないが、それを現実に実践するなんて考えられない。そう思ったアニェージの腰が落ちる。肺を撃ち抜かれた彼女にはもう、立つ事が出来なかった。だがしかし、ヤツはそんな彼女を易々と寝かせなはしない。ヤツはアニェージの右腕を掴んで引き起こすと、目の奥を怪しく光らせながら言い放った。

「悪いが俺にはもう一つ奥の手があってね。せっかくだから褒美として受け取ってくれよ。俺の左手は何でも切り裂ける名刀なんだからさ!」

 そう吐き捨てたデービーは左の手刀を振りかぶる。そして躊躇なくその手刀をアニェージに浴びせ掛けた。

「ズバッ」

 左肩から袈裟がけに切り裂かれたアニェージの体からまたしても大量の血飛沫が飛ぶ。強靭なヤツの体を深々と切り裂いた手刀の切れ味は本物だ。そして真っ赤な返り血を浴びたヤツは嬉しそうに言った。

「想像を超えた面白さだったぜ。ヤツと戦うのも悪くねぇな。でもお前とはもう終わりだ。そろそろ死ねよ」

 デービーはそう言いながら再度左の手刀を振りかぶる。ただそんなヤツに向かい、アニェージは(わず)かに微笑みながら言い返した。

「そ、そうだね。お、終わりにしようか。でもさ、終わるのは私だけじゃない。貴様も一緒に死ぬんだよ!」

 アニェージは気力を振り絞ってヤツの体に抱きつく。そして彼女はヤツの体をガッチリと掴み力を込めた。

「なんだよテメェ。この期に及んで悪足掻(わるあが)きかよ。見っともねぇな」

「そう言うなよ。私からも貴様に贈り物があるんだ。取って置きの餞別がさ!」

「ギュイィィーン、バヒューン!」

 アニェージの左足から極細のビームが放射される。するとそのビームは重なり合うアニェージとデービーの体を容赦なく貫いた。

「グアァァッ! は、放せこのアマァ!」

「放すもんか! このまま貴様は死ぬんだよっ!」

 ビームは二人の体を貫き続ける。それもただ貫くだけではない。ジグザグに動いてヤツの体を切り裂き始めたのだ。

「ぐおぉぉぉ。し、死んじまうだろが、このクソアマがよぉ!」

「――っ!」

 痛烈なビーム攻撃にデービーは泣き叫ぶ。体を貫くビームが縦横に動くのだ。悶絶するのは当然だろう。でもアニェージはその体を離そうとはしない。もう勝てないと悟ったからこそ、彼女は相打ちを狙っているのだ。だがそんな彼女の体もビームの熱で焼き切られていく。そしてついにアニェージの体力が底を尽いた。

 義足からのビームが消える。今度こそ本当にエネルギーが無くなったのだ。アニェージの全身から力が抜け落ちる。するとデービーが力任せにアニェージの体を引き剥がした。

「こ、このクソ女め。ふ、ふざけたマネ、しやがって……。こ、これじゃ、か、回復が、間に合わねぇじゃねぇかよ……。痛ぇ、痛過ぎる。マジか、お、俺は、死ぬの…………か、ズドン」

 そう(つぶや)いた豹顔のヤツの巨体が仰向けに倒れる。体中をビームでズタズタに焼き切られたのだ。これにはさすがのヤツも耐えられなかったのだろう。そしてその巨体がみるみると縮んでいく。気が付けばその体は、人の姿に戻っていた。


 ヤツは完全に意識を失っている。いや、その意識はもう二度と回復しないだろう。壁に寄りかかりながら尻餅をつくアニェージは、仰向けに倒れたデービーの姿を見てそう思った。

 ヤツという化け物は息絶えると元の人間の姿に戻る。かつてシュレーディンガーはそう言っていた。ならば豹顔のヤツが元の人に戻ったというのは、死んだと断言して間違いないはずだ。やった。やったぞ。私はヤツを倒したんだ!

 (かす)み出した意識の中でアニェージは歓喜する。家族の仇であり、ソーニャとラウラを(おとしい)れた憎むべき存在。そんなヤツの息の根を止めたのだ。この私自身の手で。

 勝てるはずがないと思った。絶対に負けると確信していた。でも諦めなくて本当に良かった。これで思い残す事はない――。

 アニェージの目から涙が零れる。自分が担った仕事は全て片付いた。これでもう憎しみに心を焼き尽くす必要は無い。私は開放されたんだ。

 アニェージは微笑んでいた。その笑顔はとても安らぎに満ちたものであり晴々としている。とても瀕死の重傷を負った者とは思えない優しい表情だ。でもそれだけ死闘の末にデービーを倒せたのが嬉しかったのだろう。

「お父さん、お母さん。私やったよ。お父さんとお母さんの仇を討ったよ。褒めてくれるよね。だってあいつは、人を人とも思わない酷い奴だったから。お父さんやお母さん以外にも、あいつは多くの人を傷つけ、その命を物の様に扱っていた。本当に最悪な奴だったんだよ。でもこれで安心出来るよね。あいつが死んでくれたお蔭で、救われる命があるはずだから」

 ボロボロの体の猫顔のヤツの体が縮み出す。そしてその体は徐々に人の姿に変化して行った。

「ソーニャ、ラウラ。私やったよ。二人の恨みを晴らしたよ。苦労したけど、ヤツを倒したんだ。アカデメイアに拉致された他のアスリートはまだ助けられてないけど、でもこれで少しは安心できると思うよ。だって、あいつより厄介なヤツは他にいないと思うから。そうなれば後は私の仲間が何とかしてくれるはず。私の仲間は頼りになるから、きっと大丈夫だと思うの。だから、だから安心して」

 あれほど醜かった猫顔のヤツの姿はもうどこにもない。そこにいるのは人の姿に戻ったアニェージだけだ。ただ彼女は喜びに満ちた表情を浮かべながら、ゆっくりとその瞳を閉じた。

「あとは頼んだよ、ジュール。きっとお前ならみんなを救えるはずだからね。それにアメリアさんとも幸せになれるはず。私は心からそう願っているよ。だからこの先、どんなに辛い事があったとしても諦めないで。諦めさえしなければ、きっとお前は遣り遂げられるはずなんだ。信じているよ、ジュール……」

 アニェージの目より最後の涙が流れ落ちる。でもそれはとても温かく、優しい涙だった。

「リュザック。お前には謝らなければいけないな。私の方から飲みに誘ったのに、どうやらその約束は果たせそうにないよ。本当にゴメン。でもこれだけは言わせて。お前と飲みに行くの、楽しみにしてたんだ。だって、異性を意識したのは、お前が生まれて初めてだったから――。ありがとう、リュザック。あなたは憎しみに(すが)らなければ生きて行けなかった私に、少しばかりの愛情を芽生えさせてくれた。あなたと出会えて、本当に嬉しかった。ありがとう……」

 アニェージの体から全ての力が抜ける。ただその瞬間、(ほお)を伝って流れた最後の涙が一瞬だけ輝いた。

「テレーザ。許してね、お姉ちゃんはもう逝かなくちゃいけないんだ。あなたを一人にさせてしまう事だけが悔やまれるし心配だよ。でもどうか、どうかあなたは幸せになってほしい。あなたはとても明るくて可愛い子。だからお願いね。お父さんやお母さん、それにお姉ちゃんの分まで幸せになって。いつでも私達はあなたを見守っているから――――」

 唯一残した家族の未来を(うれ)いつつも、アニェージは心穏やかに逝った。全力を尽くして豹顔のヤツを倒せた結末に、これ以上ない程の達成感と安堵感を覚えたのだろう。そして彼女は永遠の眠りについた。

 トップ女優にも引けを取らない美しい容姿を持ちながらも、血みどろの戦いに生涯を費やした彼女。本来であればアスリートとしても大成していたであろうし、恋に心をときめかせる事も出来ただろう。しかし彼女の人生はヤツの存在によって、無残にもそれらとはまったく逆のものに変えさせられてしまった。

 だがそれでも最後に彼女はその憎むべきヤツを倒した。それに彼女は気付いたのだ。自分には大切な仲間がいたのだと。

 ジュール、リュザック、ヘルムホルツ、マイヤー、ブロイ。それにシュレーディンガーとガルヴァーニ。言い争いもしたけど、でも最後に想えば(みんな)いい奴ばかりだった。共に死線を乗り超える経験なんて、普通に生きていたら出来っこないんだ。そんな掛け替えのない仲間達に出会う事が出来た。これって、実はすごく恵まれているんじゃないのかなぁ。

 アニェージはそう想いながら逝けたからこそ、優しい表情を浮かべていたのだろう。信頼のおける仲間がいたからこそ、実力以上の力を発揮して戦えた。悔いなく眠る彼女の表情はとても満ち足りたものである。それはアニェージがそれまでに見せた表情の中で、一番美しい表情だった。


 地下空間は静まり返っている。激しいヤツ同士の戦いが終わりを告げた事で、まるで空間内の時間まで止まってしまったかの様だ。ただその静寂は、もがき苦しむ男の声で掻き消される。それはなんと、死んだと思われたデービーによる悲痛な(わめ)き声だった。

「ぬぅううぁぁぁぁ! く、くそがっ。痛過ぎて気を失っちまったじゃねぇか。ふざけやがって。あのアマ、絶対に許さねぇぞ!」

 仰向けに倒れていたデービーがゆっくりと体を引き起こす。だがビームで(つらぬ)かれた胸や腹が痛んでなかなか思う様に動けない。するとデービーは更に怒りを沸騰させて吐き捨てたのだった。

「こんなに痛ぇのは、この顔の傷が刻まれた時以来だぞ。クソっ、本当に死ぬかと思ったじゃねぇか。まさか俺があんな化け猫に苦戦するなんて腹が立つぜ。ムカついて仕方ねぇ」

 そう言ったデービーは上半身を持ち上げる。その目は完全に切れたものだ。怒りが頂点に達しているのだろう。ただそんなデービーの目に変わり果てたアニェージの姿が映る。すると男は驚きのあまり、呆れた声を漏らしてしまった。

「おいおいおい、冗談だろ。まさか死んじまったのか? 俺をあれだけ痛めつけておいて、テメェは勝手に死んだっていうのかよ。ふざけんじゃねぇぞアマ。こんなんじゃ俺の収まりがつかねぇだろうがよ!」

 怒り心頭のデービーはふらつきながらも立ち上がる。深刻なダメージにより体が思う様に動かない。だが今のデービーにとって、それは大した問題ではないのだ。良い様に痛めつけられた挙句に、その相手は勝手に死んでしまった。怒りの矛先を向けるべき相手がもういない。そんな状況に彼は痛みを忘れて憤慨し立ち上がったのだった。

 再びデービーの体が膨れ上がっていく。そしてその体はあっという間に豹顔のヤツの姿になった。傷ついた体を回復させるにはヤツの姿になった方が都合が良いのだろう。しかしヤツとなったデービーの眼光には悪意と憎悪が入り乱れている。体のダメージなど知った事か。それよりこの屈辱をどう晴らせば収まりがつくのか。デービーは息絶えたアニェージを鋭く睨みながら考え始めた。

 体力も相当に落ちているのだろう。いつもに比べて傷の治りが明らかに遅い。それに神経を逆なでする様な激痛が体の内側から湧き出してくる。全てはこの女の仕業なんだ。許せるはずがねぇ。

 息絶えたアニェージの前で屈み込んだヤツは、彼女の髪の毛を(おもむろ)に掴み取る。そしてヤツは掴んだ髪を引き上げてアニェージの顔を持ち上げた。

 ヤツは丹念にアニェージの顔を眺めている。命懸けの戦いをした相手の表情をその目に焼き付けているのだろうか。いや、非道なヤツに限ってそんなマネは無意味でしかない。その証拠にヤツはアニェージの(ほお)をその長い舌で舐めながら言ったのだった。

「俺の体をこんなにしてくれたんだ。死んだからって、それで終わりだなんて思うなよ。徹底的に使い倒してやる」

 デービーは(いや)しく笑う。そしてヤツは左の手刀を真横に振り抜いた。

「――ズバン」

 ヤツはくるりと振り返ると、そのままゆっくりと歩き出す。たどたどしく歩く姿からして、まだまだ体の傷は深いままなのだろう。それでもヤツはボロボロに破壊され尽くした地下室を後にして行く。ただそんなヤツの右手に握られていたのは、無残にも切断されたアニェージの首であった。



 リュザックとトランザムの隊士らを乗せた車がアダムズ城に到着する。いつどこで不測の事態が発生するか分からない。だから彼らは必要な戦闘装備を整えようと城に来たのだ。

 しかしアダムズ城はある意味最も危険な場所だと言えよう。なぜならアダムズ城は最大の敵とも呼べるアルベルト国王が支配する場所なのである。すでにジュールは指名手配されているし、トランザムも解散が告げられているのだ。果たしてこの状況ですんなりと城に入れるだろうか。

 リュザックの脳裏に不安が色濃く過ぎる。勝手知ったるアダムズ城のはずが、なぜか怖さを感じて仕方ない。これも国王の正体が獣神であると知ってしまったからなのか。まるで異世界にでも迷い込んでしまったかの様な違和感がひしひしと伝わって来る。

 それでもアダムズ城の城門に差し掛かった車は徐行をしながら進んで行った。ここまで来たら前に進むしかない。精鋭集団である彼らは本能的にそう思い行動しているのだろう。ただその車内でリュザックは、不気味に静まる城の雰囲気に気持ちを(すく)ませていた。いつもと明らかに様子の違う城の状況を察し、彼は血の気が引く感覚を覚えていたのだ。そしてそんな彼を更なる違和感が襲う。特に何かを見つけた訳でもないし、危険を察知したわけでもない。でも彼は身の毛も弥立(よだ)つ気持ち悪さを感じて萎縮したのだった。

「ザワザワザワ――」

 背中を走り抜ける奇妙な違和感。いや、どこからか声が聞こえた様な気もする。それもよく知った女性の声が。

「アニェージちゃん。頼むから無事でおってくれだき」

 リュザックは生温かい唾を無理やり喉の奥に流し込みながらそう願う。理屈なんてどこにもないが、彼にはアニェージの囁く声が聞こえた気がしたのだ。それも縁起でもない事に、永遠の別れを告げる言葉が。ただその時である。リュザック達が乗る車に一人の青年が駆け寄って来た。

「ちょっと待って! 人を探してるんだけど、ちょっと話聞いてもらえないかな!」

 青年は大きな声で呼び掛ける。しかし徐行する車はそれ以上速度を緩めようとはしない。恐らくリュザック以外の隊士らもアダムズ城の雰囲気がいつもと違うんだと感じているんだろう。だから見ず知らずの青年の言葉に耳を傾けようとはせず、むしろ警戒しながら車を進めたのだ。

 車は大きな城門を潜って進んで行く。目指すはトランザムの待機所近くの駐車場であり、そこまではものの数分で到着出来る距離である。一刻も早く待機所で装備を整えたい。奇妙な違和感に(さいな)まれたトランザムの隊士らは誰もがそう思っていた。ただそこで何を考えたのか、リュザックが車を止めるよう指示したのだった。

「ちょっくら車止めるがよ。さっきの男、まだ追って来てるきね」

「マジかよリュザック。これが何かの罠だったらヤバいんじゃねぇのか?」

「そん時はそん時だでよ。けんど俺には気になる事があるきね。それをあの男に尋ねてみるがよ」

 決して冗談ではない。リュザックは正気で言っている。そう判断したトランザムの隊士らは車の停車を了承する。そして緩やかにブレーキを踏まれた車は静かに止まった。するとそれに気が付いた青年は気を良くしたのか、走るスピードを一気に加速させて車に駆け寄って来た。

 車に追いついた青年は肩を上下させながら息をしている。徐行だったとは言え、人が走ってついて来るには体力的に辛かったのだろう。ただ疲れた肉体とは裏腹に、青年の表情は明るいものであった。

「ハァハァハァ。よ、良かった。止まってくれて嬉しいっす」

「お前、足速いきね。普通ついて来れんがよ。大したモンだで」

「褒めて頂いてありがとうござ…………。あれ、もしかしてトランザムの方々ですか?」

 なぜそれを知っている? しかしリュザックの顔を見て驚く青年の態度に不自然さはない。一体こいつは何者なんだ。リュザック達は警戒感を高めて青年の次の出方に注意を払う。ただそんな彼らに対して青年が告げたのは意外な経緯だった。

「お前、俺達がトランザムだって何で知ってるきよ? トランザムがアダムズ軍きっての精鋭部隊だからって、一般人が知っとるほど有名じゃないがよな」

「あ、いや、スミマセン。俺はアダムズ軍南部ラングレン基地所属の隊士で【ヘルツ】と言います。以前中央本部所属でお世話になってた時には、ジュールさんの部下として働いていました」

「なに、ジュールの部下じゃと!」

「はい。ジュールさんは俺の目標の人なんで、だからトランザムにも興味があったんです。それでみなさんの顔を知ってたっていうか」

「そうか。まぁ納得出来る理由にはなっちょるのう。でもヘルツって言ったか、お前は何でここに居るがか? ラングレン基地所属の隊士が仕事でもないのに城にいるのはおかしいじゃろ」

 少し小柄ではあるが、鍛え抜かれた体つきからして、この青年が軍人であるのは間違いない。でもリュザックは私服姿のヘルツをみながら問い掛けた。やはり得体の知れない相手との安易な接触は避けるべきだと考えたのだ。ただそんなリュザックに向かい、ヘルツは正直に自身の気持ちを打ち上げる。彼にしてみればトランザムはジュールの上官であり、そんな彼らなら自分の心配に同感してもらえると疑わなかったのだ。

「世話になってたジュールさんが指名手配されて。とても信じられなくて。だってジュールさんがアイザック総司令を殺すはずないじゃないですか。俺は居ても経ってもいられなくて――」

「それで何か出来ないかと駆け付けて来たって訳かいな。ハッ、ジュールの奴め、後輩からの人望があるんだきのう。まぁヘルムホルツにしてもガウスにしても、ジュールを信頼してたのは良く分かっちょったが、他にもまだ居たんだきな」

「はい。で、でもせっかくルヴェリエに来たのになんだか物騒な状況になってるし、ジュールさんの行方は当然分からないし。とりあえず何でもいいから手掛かりは無いかと思って城に来てみたんですよ。そしたら偶然この車が通り過ぎたんで追い駆けたんです。他に誰もいなかったんで」

「やっぱりそうだでか。他に誰もおらんかったきか。のうヘルツ、お前どっちの方から城に来たぜよ?」

「アダムズ中央駅から歩いて来たんで、城から見ると南側からになりますかね」

「だからこの正門に居ったがか。それで、どっから人の姿を見掛けなくなったきよ」

「それが良く分からないんですよ。正門の前に着くまでの道では結構な数の人が居たはずなのに、気が付いたら周りに誰もいなかったんですよね。なんだか気味悪いっすよ」

「ザワザワザワ――」

 リュザックの背中に再び異質な感覚が駆け抜ける。でもこの感覚は知っているぞ。そう、これは墓地で【六月の論文】を手にした時に感じた妙な感覚とそっくりなんだ。


 リュザックは大量の脂汗を掻きながら考えを巡らせる。とても現実とは思えない奇妙な違和感。その正体はまるで分からないが、でも確実に分かる事が一つだけある。ここから先はマジでヤバいんだと。

「なぁヘルツよ。悪い事は言わんき。お前、このまま引き返せ。こっから先はちと危ないきのう。若いモンが命を粗末にするこたぁないがよ」

「え、ど、どういう意味ですか? 城の中が危険だって言うんですか?」

「具体的には言えんけんど、まぁそんなとこだで」

「もしかしてジュールさんもそれに関係あるんですか? だったら俺も連れてって下さい! 俺はあの人の役に立ちたいんです」

「ダメだきよ。お前にゃこの怖さは分からん。無駄死にするだけだき。帰れ」

「ヤツと戦うって事ですか。それとももっと凄い敵……神様みたいな相手と戦うって事ですか!」

「お、お前、なんでそんな話しするきよ。お前何を知っちょるき?」

「俺は前にジュールさんと一緒にヤツと戦った事があるんです。そんでその時に俺は見てしまったんですよ。ジュールさんの人間離れした強さと、ヤツをも凌ぐ凄まじい強さの【怪物】を。俺はあれから気になって仕方なかったんです。もしかしてジュールさんは俺達とは違う【特別】な存在なんじゃないかって。あの人は俺達とは違う【世界】の存在なんじゃかいかって。だけど、だけど俺はジュールさんの事が好きだから、誰よりも尊敬してるから、あの人を信じたいんです。あの人が困っているなら力になりたいんです!」

 ヘルツは真っ直ぐにリュザックの目を見つめた。その眼差しからはジュールへの信頼が嫌というほど伝わって来る。間違いない、こいつの言葉は本物だ。

「ふぅ~」

 リュザックは一度だけ大きく息を吐き出す。やれやれ、ここにも飛んだバカがいたもんだ。そんな辟易した気持ちにでもなったのだろう。ただ彼はヘルツの目を真っ向から見返すと、強い口調で言った。

「半端な覚悟だったら連れていけないき。ここからは戦場だでよ。生きて帰れる保証はないがよな。それでも行くでか?」

「はい、行きます。それにジュールさんがいなければ、俺はとっくに死んでたんだ。今更死ぬ覚悟なんて、俺にしてみればクソするより簡単な事っすよ」

「フン、上出来だで。俺はトランザムのリュザックだき。期待しちょるけ、ヨロシクな、ヘルツ」

 そう言ったリュザックはヘルツを仲間に引き入れる。そして彼らを乗せた車はトランザムの待機所に向かい、アダムズ城の敷地内を進み出して行った。

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