表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月読の奏  作者: 南爪縮也
第一章 第五幕 寒乱(さみだれ)の修羅
95/109

#94 佐保姫の泣血(腥風に散る命の灯1)

 斧が有する破壊力は当然ながら凄まじい。しかしその重量のせいで、武器として扱うにはかなりの難がある。それもガウスが手にした戦斧(せんぷ)は、軽く見積もっても200kgは超えていそうなのだ。普通に考えれば、あんな武器を実戦で使用するなんて有り得ない話である。だがヤツと化したガウスはそんな戦斧を信じられないスピードで振り回し、それをジュールとテスラに向けて叩きつけた。

 木端微塵に吹き飛ぶ生産ライン。壁や床には巨大な打痕が無数に刻み込まれていく。そしてその中心に居るのは、戦斧(せんぷ)を高速で回転させながら猛威を振るう(バク)顔のヤツだった。

 もともとガウスは超一流の資質を備えた軍人だ。アダムズ軍きっての精鋭隊士と言っていい。そんな彼が人の数倍の身体能力を持つヤツと化したのである。手に負えないほど屈強であるのは明白だった。いや、それだけならまだ救いがあっただろう。はち切れてボロボロの状態だが、それでもヤツとなったガウスはバトルスーツを装着しているのだ。ただでさえ一筋縄でいかないヤツの力が数倍に跳ね上がっている。それにもう一つ。獏顔のヤツとなったガウスはもう【死んでいる】のだ。

 死して尚ヤツとして復活したガウス。そんなガウスは死者であるがゆえに痛みや恐怖を感じない。ううん、それどころかガウスとしての感情は微塵にも残っていないのだ。ただ厄介な事に、彼の体には軍人としての高い戦闘能力だけが染みつき残っている。

 猛烈な速度で戦斧(せんぷ)を振るうヤツは対峙するジュールとテスラを追い詰めていく。戦斧(せんぷ)が巻き起こす風圧を受けただけでも、強く殴られたくらいの衝撃が伝わるのだ。こんな化け物を相手にして真面(まとも)に戦えるわけがない。

 ジュールとテスラは為す術なく窮地に追い込まれていく。迫撃砲を軽く凌駕する程の戦斧(せんぷ)の攻撃を、ガウスは連続で繰り出し襲い掛かって来るのだ。それもただ威力が凄まじいだけではない。その動きのスピードにも抜群のキレがあるのである。

 ヤツから一定の距離を保つよう集中するしかない。(わず)かでもヤツの間合いに入ってしまったならば、それは死に繋がってしまう。しかしどうすればいい。このまま受け身一方ではジリ貧になるだけだ。それにこの攻撃をいつまでも(かわ)し続けるなんて出来るはずもない。いや、それどころか体力は底を尽き掛けている。

 ジュールとテスラは削ぎ取られていく体力に表情を(ゆが)ませていた。一発でも戦斧(せんぷ)が直撃したなら即死は免れない。その緊迫感が余計に彼らの体力を消費させていたのである。そして更にテスラは愕然とした気持ちになった。それは死してヤツとなったガウスの攻撃力が、まったく低下しない状態に気付いたからであった。

(ガウスはもう死んでいるから体力の限界を感じないんだ。あれだけの動きをしているのに息苦しさを一つも見せない。このままじゃ押し切られるぞ!)

 打開策が見出せないテスラは極度の焦りを覚える。ただそんな彼に向かいジュールが叫んだ。

「お前はもっと間合いを取れテスラ! ガウスを止めるにはお前の一撃しかない!」

「でもこの状況でどうやって」

「俺が何とかする!」

 ジュールはガウスに挑もうとする。だがその時、ガウスの一撃がジュールを(かす)り、またその風圧がテスラの体を吹き飛ばした。


 テスラの体が無力なまま十数メートルも飛ばされていく。ジュールに比べれば小柄な体つきとは言え、テスラとて成人男性であるのに変わりはない。そんな彼の体を易々と吹き飛ばしたガウスの一撃がどれだけ凄まじいか。ジュールは身を以ってその怖さを感じ取っていた。

 ただそんな彼は左腕を(ひど)く損傷していた。ほんの(わず)かに(かす)っただけなのに、これほどまでダメージを受けるのか。恐らく骨が折れているんだろう。ジュールは痛みの感覚としてそれを自覚する。

 左腕に侵食した激痛で意識が飛びそうだ。当然ながら左手に力は入らない。でもだからと言ってここで諦めるわけにもいかない。彼は右腕一本で布都御魂(ふつのみたま)を握りしめると、痛みに耐えながら必死に構えた。

「憎みたいなら憎め。恨みたいなら恨んでみろ。俺が全部受け止めてやる。そしてお前の全てを終わらせてやるよ、ガウス!」

 ジュールの右目の輝きが更に増し、強烈に光り出す。彼は本気でガウスと戦う覚悟を決めたのだ。

 掛け替えのない大切な友人の一人だったガウス。そして彼は自ら命を絶ってまで俺を救おうとしてくれた。誰よりも優しい男だったからこそ、ガウスは嘘をつき通せなかったのだ。しかしそんな彼の想いも(むな)しく、ヤツなどという化け物に成り果ててしまった。今の彼は憎悪で心を焼き尽くすだけの怪物に過ぎない。ならば自分に出来る彼への報いは一つしかないじゃないか。一秒でも早く獏顔のヤツの息の根を止めて、ガウスをその苦しみから解放させるんだ。

 右目の輝きと共に、ジュールから強烈な殺気が放出される。もうその目に映るのは殺すべき敵であるヤツの存在しかない。するとそんな彼の覚悟を読み取ったのだろうか。ヤツは殺気を押し返すかの様に、猛烈な雄叫びを発生させた。

「ギャオォォォー!」

 ヤツの殺気がビリビリとジュールに伝わって来る。まさに怪物と呼ぶに相応しい威圧感だ。そしてヤツは左腕を負傷しているジュールに向かい、容赦なく巨大な戦斧を打ち下ろした。

「ドッガーン!」

 戦斧の一撃がまたしても工場の床に大穴を開ける。周辺にあった生産設備も粉々に破壊された。だがしかし、そこに居たはずのジュールがいない。

 目を疑うほどのスピードである。左腕を重度に痛めているにも(かかわ)らず、ジュールは高速でヤツの背後に移動したのだ。そして彼は右手に握った布都御魂(ふつのみたま)を振りかぶる。ただそんな彼に対し、ヤツの方も神掛かった動きを見せた。

 体勢をぐるりと回転させたヤツは、ジュールが剣を振り降ろすよりも先に戦斧を振り抜いたのだ。無理やりな体勢でありながらも振り抜かれた戦斧は、目の前にあった対象を真っ二つに両断する。やはり獏顔のヤツの戦闘センスは尋常ではない。だがしかし、ヤツが真っ二つに両断したのはジュールの体ではなかった。

「!」

 驚きのあまりヤツは目を丸くする。完璧に打ち取ったと確信したのだから、それは仕方ない。ただそこで目を見開いたヤツに訪れたのは、最悪の展開だった。

「カッ」

 凄まじい閃光が放たれる。なんとヤツが両断したのは閃光弾である黄玉だったのだ。両目を見開いたそこに強烈な閃光が飛び込んでき来たのである。さすがのヤツもこれには堪らず身悶えた。あれほど俊敏だったヤツの動きが完全に停止する。そしてガラ空きになったヤツの腹部に向かい、ピンク色に輝く布都御魂(ふつのみたま)を構えたジュールが一気に飛び込んだ。

「グザッ」

 右腕一本だったが、ジュールの突き出した渾身の一撃はヤツの腹を貫いた。ジュールはそのまま右腕に力を込めて全神経を集中させる。すると布都御魂(ふつのみたま)はそれまで以上に濃いピンク色の光を撒き散らした。

「ギャッ」

 ヤツが悲鳴を上げた。ゾンビ状態のヤツでも痛みを感じるのか。ジュールはそう考えつつも攻撃の手を緩めない。彼は布都御魂(ふつのみたま)を力任せに引き抜くと、今度はその傷口に負傷した左手で無理やり赤玉を捻じ込ませる。そして彼は大きく後方に飛び下がった。

「グオォォォオッ!」

 ヤツが猛々しい雄叫びを上げて狂気を剥き出しにする。痛みには鈍感なまでも、ジュールから受けた攻撃に怒りを爆発させたのだ。そしてヤツはジュールに向かい再び襲い掛かろうとする。だが次の瞬間、時限発火した赤玉が大爆発した。

「ボガガーンッ!」


 激しい爆炎の煙が周囲を包む。さらにその煙を前にしたジュールの顔には、大量の血飛沫(ちしぶき)が飛び散っていた。もちろんこの血がヤツのものであるのは疑い様がないし、その腹は大きく(えぐ)られているはずだ。

 赤玉の爆発の衝撃をモロに喰らったのである。いくらゾンビ化しているとは言え、体自体が大きく損傷したならばそうは動けないだろう。爆炎の煙が落ち付き、ヤツの姿が見えたら畳み掛けるぞ。そう考えたジュールは体勢を低く保ちながら布都御魂(ふつのみたま)を握り直す。だがそんな考えは甘かった。

 爆炎の煙を突き破ったヤツがジュールに襲い掛かったのである。そしてヤツは間髪入れずに戦斧をジュールに叩きつけた。

「ぐわっ」

 ジュールは唐突な攻撃を真面(まとも)に受ける。かろうじて布都御魂(ふつのみたま)でガードしていたが、戦斧の破壊力が直撃したのに変わりはない。彼は為す術なく吹き飛ばされ、生産設備を薙ぎ倒しながら十メートル以上先にあった壁に激突した。

「ゴッ、ゴボッ」

 ジュールは大量の血反吐を吐き出す。いや、感覚で言えば全身の血液が流れ出てしまったと疑うほどの出血量だ。当然ながら立ってなどいられない。彼は四つん這いの姿勢になって痛みに堪えるのが精一杯だった。

(ま、まずい。このままじゃ()られる……)

 ジュールは痛烈なダメージに悶絶しながらも、懸命に立ち上がろうと力を込める。しかし体は言う事を聞いてくれない。クソ、こんなところで負けて堪るか! 気合を絞り出すジュールの右目がギラギラと輝き出す。すると驚異的な回復力が全身の痛みを急速に緩和させていった。だが動くにはまだ時間が足りない。そして無情にも、そんな彼にヤツは襲い掛かった。

 赤玉の爆発が(きざ)んだ大傷のせいで、(わず)かではあったが動きが鈍い。それでも動けない今のジュールに比べれば、ヤツの身のこなしは恐るべきスピードだった。そしてヤツは振りかぶった戦斧をジュールに向けて全力で打ち下ろす。――がその瞬間、ヤツの巨体が大きく弾けた。

「ズガン!」

 ヤツの体が真横に吹き飛ぶ。テスラが蛇之麁正(おろちのあらまさ)の一撃を叩き込んだのだ。そして更に彼は踏み込む。ヤツに致命傷を与えるだけの力は溜められなかった。でも連続で攻撃を撃ち込めれば、突破口が開けるかも知れない。テスラはそう考えて電磁波の斬撃をヤツに打ち込もうとした。

 テスラの踏込みに躊躇が無い。急速にヤツとの間合いが狭まっていく。そして彼が握る蛇之麁正(おろちのあらまさ)は、電磁波の嵐を一気に巻き上げた。だがその時、テスラとヤツの視線が噛み合う。なんとヤツはこの瞬間に、テスラに対してカウンターの攻撃を仕掛けようとしていたのだ。ヤツは体勢を崩しながらも、テスラに向けて思い切り戦斧を投げつけた。

「よけろテスラ!」

 ジュールが必死で叫ぶ。しかしヤツが全力で投げ飛ばした戦斧はそんな彼の声を打ち消すかの様な轟音を立て、そのままテスラの体に襲い掛かった。――がそれよりも(わず)かに早くテスラは斜め左方向に飛ぶ。そしてギリギリのところで飛んで来る戦斧を回避した。

「危なかった、――えっ!」

 ジュールはテスラの無事を確認してホッとする。だが次の瞬間、ジュールは予想もしない展開に度肝を抜かれた。

「グザン!」

 ヤツがテスラに向けて投げつけた戦斧が肉に突き刺さる。なんと戦斧は別の戦闘を開始していた黒き獅子に直撃したのだ。

 テスラは黒き獅子を背にしていたのである。初めから彼の狙いはこれだったのだ。短時間で蛇之麁正(おろちのあらまさ)の最大の力を溜めるのは不可能だと判断した彼は、ヤツを倒せる力を持った別の存在に注目し一計を案じた。そしてジュールが時間を稼いでくれた隙に、彼はヤツを(あざむ)く攻撃を仕掛けたのである。

「グゥオオオォ!」

 黒き獅子が唸り声を上げる。左の後ろ脚に戦斧が深く食い込んだ痛みで反射的に声を張り上げたのだ。

 大型ロボットである賽唐猊(さいとうげい)に搭乗したトウェインとの戦闘に集中していた黒き獅子にとって、それは不意なアクシデントでしかなかった。いや、それだけトウェインとの戦いが切迫したものだったのだろう。普通であれば獣神にとって戦斧での攻撃など取るに足らないもののはずだし、簡単に弾き返せたはずなのだ。しかし黒き獅子は不覚にもそれに気が付かず、真面(まとも)に戦斧を食らってしまった。

 黒き獅子は激しく憤慨する。もしかしたら銀の鷲との戦いで疲弊した影響が出ているのかも知れない。その証拠に黒き獅子の表情はとても辛そうに見える。だがそれでも獣神はやはり獣神だ。黒き獅子は尻尾(しっぽ)で戦斧を振り払うと、瞬時に発生させた強烈な稲妻をガウスに撃ち落とした。

「ビギャーン! ゴロゴロゴロ」

 激しい電撃がヤツの体を貫く。すると化け物の体は一瞬で黒焦げに成り果てた。――がしかし、ヤツはその状態で腕を強くクロスさせる。

「ガキンッ」

 炭素合金の篭手がヤツの力で擦り付けられた。一気に発熱した篭手が真っ赤に色付く。そしてその熱はなんと、ヤツの全身に生える真っ黒な体毛を燃え上がらせた。

「ボッ」

 ヤツは自分自身で発生させた熱で燃え上がる。全身火だるまと言っていい状態だ。だがその状態でヤツはなんと、黒き獅子に向かい襲い掛かった。

 巨大な火の玉が発射されたかの様にヤツは豪速で獣神に挑む。ただそれに対して黒き獅子は、先程の雷撃よりも更に威力のある稲妻を発生させ、それをヤツに浴びせかけた。

「ビギャンビギャン!」

 凄まじい雷撃が再びヤツの体を貫く。しかしヤツはそのダメージを無視して黒き獅子に体当たりを加えた。炎の塊となったヤツの体当たりで獣神の体勢が揺らぐ。するとその(わず)かな隙にヤツは戦斧を拾い上げ、そのまま獣神に渾身の一撃を叩き込んだ。

「ゴガガーンッ!」

 黒き獅子の巨体が吹き飛ぶ。炎を(まと)わせた戦斧の一撃は、想像を絶した破壊力を叩き出したのだ。だがそれと同時にヤツの体も強く吹き飛ばされる。黒き獅子はヤツの一撃に対して尻尾(しっぽ)のカウンターを捻じ込んでいたのである。

 ヤツの体がジュールのすぐ近くの壁にめり込む。体を燃え上がらせる炎はまだ消えていない。しかしそれ以上にヤツの体には電撃が走っている。恐らく黒き獅子の攻撃に相当な電撃のエネルギーが込められていたのだろう。

 ジュールは傷ついた体に鞭を打ってその場から距離を取った。ヤツの体からは相当な熱量が感じられる。それに近づけば間違いなく感電してしまうだろう。壁にめり込んだヤツに攻撃を仕掛ける絶好のチャンスではあったが、しかし彼はヤツから感じるあまりの忌々しさに距離を取るしかなく、悔しさを露わにした。


 黒き獅子が壁にめり込んでいるヤツに向かい睨みを利かせる。そして獣神はその頭上に高濃縮された尋常でない雷の塊を形成させた。この雷撃をヤツに打ち込み、怪物を灰にしてしまうつもりなのだろう。だがしかし、そんな獣神の前に金色のボディを輝かせた賽唐猊(さいとうげい)に搭るトウェインが立ち塞がる。

「その様子だと、ヤツの攻撃に少なからずダメージを負った様ですね。結構な事です。だってあの獏顔のヤツは月読の胤裔(いんえい)を始末する目的で誕生させたんですからね。言わば本物の神を殺す目的で作り上げられた存在なんですよ。だからあなたにとっても、あのヤツが脅威になるのは当然なんです。だから簡単には殺させません」

「狂っているなトウェイン。お前はヤツという存在の本質が何も分かっていない。ヤツとは本来、純然たる種族であるはずなのだ。それをお前はこんなくだらない戦いに利用し冒涜した。許せんな」

「フッ、笑わせないで下さいよ。ヤツを軍事兵器として利用する為に研究を始めたのはあなたでしょう。そのくせして説教ですか。老害もいい加減にしてもらいたいですね!」

「人はどれほど(みに)(おろ)かなのか。しかし余はそんな人の(あわ)れさに気付いたからこそ、ヤツの研究を凍結したのだ。ヤツなる存在は、決して勾玉(まがたま)の力をコピーして作られた(まが)い物などではない。浅はかな人間ごときが安易に利用出来る存在ではないのだ」

「何を言うのかと言えば()れ事を。気が狂っているのはあなたの方ですよ、国王。ヤツは便利な道具だ。こいつを使えば世界を支配するなんて造作もない。それにこの化け物は金にもなる。そう、使い道はいくらでもあるんですよ。そして何より私の配下にいる科学者は、ヤツの量産を限りなく可能なまでに近づけている。すでに実験は最終段階にまで到達しているんですよ!」

「もはや話にならんな。トウェイン、お前は万死に値する。だからせめて余の最大の力で葬ってくれるわ!」

 そう叫んだ獣神は高濃縮で形成された電撃の塊をトウェインに向け撃ち落とす。それは黒き獅子が誇る最大の攻撃【武甕雷(たけみかづち)】であった。

「ズギャーン! バリバリバリッ」

 地下工場内な滅茶苦茶だ。ありとあらゆる物が破壊されている。この場所が工場であったのかさえ分からなくなるほど、そこに存在していた物体は灰になるか、または蒸発していた。だがしかし、その中で黄金に輝く巨大な機体が平然とした姿を現す。

 搭乗操作型の人型ロボット兵器【賽唐猊(さいとうげい)】。それはトウェインが自信ありげに公言した様に、武甕雷(たけみかづち)ですら効果を掻き消す超高度な防御能力を有していた。そしてそんな金色に輝く賽唐猊(さいとうげい)の操縦桿を握りながら、トウェインが反撃の口火を切る。

「本来のキレが無いようですね、黒き獅子よ。あなたが全力で放った武甕雷(たけみかづち)ならば、いくらこの賽唐猊(さいとうげい)でも無傷ではいられなかったでしょうからね。この場所が狭すぎるからですか? それとも銀の鷲から受けたダメージが意外に重いのですか? それとももしかして、全力で雷を放ち、その影響でこの先にいる【女神の巫裔(かんえい)】に被害が出るのを恐れたのですか? でもまぁいい。あなたが力の出し惜しみをするというのならば、私はそこに付け入りましょう。この賽唐猊(さいとうげい)、優れているのは防御力だけではないですからね!」

 トウェインはそう叫ぶと、賽唐猊(さいとうげい)矛戟(ボウゲキ)を握らせる。それは賽唐猊(さいとうげい)専用に作られた大型の(ほこ)であり、三日月状の横刃が斧の様にせり出した武器であった。そしてその先端には更に鋭い刃が一本突き出しており、それは怪しい紫色の光を発していた。

「この矛戟(ボウゲキ)の名は【方天画戟(ほうてんがげき)】。あなたを殺す為だけに作られた武器だ。見ての通り、矛先には十拳封神剣である【天乃尾刃張(あまのおはばり)】が取り付けられている。あなたを殺す余念がないのが良く分かったでしょう。だから観念するがいい、黒き獅子よ。化け物がデカいツラするのも今日までだ!」

「生意気な口を利きおる。余を誰だと思っているのだ。余の力が雷だけかとおもったら大間違いだと言う事を分からせてやる! ――ドドドンッ」

 立っていられない程に大地が揺れ出す。黒き獅子の怒りが大地震を発生させたのだ。猛烈な振動が地下工場のあらゆる場所に亀裂を刻む。ただしトウェインはそんな大地震に(おのの)く事なく、賽唐猊(さいとうげい)のメインエンジンの出力を最大にした。そして賽唐猊(さいとうげい)の背中にあるジェットを噴射し黒き獅子に一気に迫る。

 方天画戟(ほうてんがげき)の先端に尖った天乃尾刃張(あまのおはばり)が紫色の光を増幅させる。天乃尾刃張(あまのおはばり)は切り付けた対象を原子分解させる恐るべき能力を宿した剣だ。たとえ獣神であろうと、この刀が直撃したならば大ダメージは免れない。

 ジェット噴射により空中を飛ぶ賽唐猊(さいとうげい)が一直線に黒き獅子に突っ込む。トウェインはこのまま一気に決着をつけるつもりなのだ。するとそれに対して獣神は、自身の周囲に透明なバリアである迦具土(かぐつち)を形成して防御に出た。

「バギーン!」

 方天画戟(ほうてんがげき)迦具土(かぐつち)にぶち当たった衝撃音が轟く。しかしそこで賽唐猊(さいとうげい)の動きが停まった。お互いの力が拮抗しているのだ。だが強気なトウェインは更にジェット噴射を強める。このまま強引に押し切るつもりなのだろう。――がその時、

「ボボボンッ」

 足元に刻まれた亀裂から、突如として火柱が吹き出した。そしてその火柱は、まるで火山の噴火の様に拡大し、猛烈な熱の衝撃となって黒き獅子と賽唐猊(さいとうげい)を飲み込んだ。

「ゴゴゴゴゴッ」

 炎の勢いは止まらない。まさか本当に地底深くからマグマが噴出したとでも言うか。しかし奇妙である。なぜなら炎が吹き上がった場所は、黒き獅子と賽唐猊(さいとうげい)がいた僅かなエリアだけだったのだ。

 まるで黒き獅子と賽唐猊(さいとうげい)を狙い撃ちしかたの様だ。工場の隅に身を隠していたジュールは目の前の光景を見ながらそう思う。そしてそのすぐ隣で同様に身を(すぼ)めていたテスラもまた、同じ事を考えていた。

 それから数秒間、立ち上る炎の衝撃は続いた。あまりの熱量で肺が焼け焦げそうだ。ジュールとテスラは表情を歪めながら必死に堪える。ただ次の瞬間、地下工場は嘘の様に静まり返った。

 あれほど強かった火柱が完全に消えたのである。一体どうなっているんだ。それに黒き獅子と賽唐猊(さいとうげい)の姿も見えない。まさかあの炎で焼き尽くされたのか。ただそう頭を悩ませるジュールに向かい、テスラが天井を指差して叫んだのだった。

「見てジュール。さっきの炎は地上まで突き抜けたんだ!」

 そうテスラに言われたジュールは反射的に天井を見る。するとそこには大きな穴が穿(うが)たれており、その先からは空の明りが小さく見えていた。

「黒き獅子とトウェイン将軍が乗ったロボットは地上まで吹き飛ばされたのか! それにしても何て威力の炎だったんだ。ここから地上まで突き抜けるなんてフザけてるぞ」

 ジュールは驚きを露わに呆然とする。だが彼は目の前に視線を移して更に驚愕した。

 地下工場を真っ二つに分断するほどの大きな亀裂が足元に刻まれていたのである。それもその幅は20メートルはあるだろう。思い切り助走をつけてジャンプしたとて飛び越せる幅ではない。そして更に彼が息を飲んだのは、その亀裂の深さについてだった。

 真っ暗な闇が口を開けている。そう思ってしまうのも無理ないだろう。何故なら深すぎて亀裂の谷底が見えないのだ。

 底なしの亀裂。もちろんここに落ちたら一巻の終わりだ。ジュールは底が見えないその亀裂を見ながら身震いする。しかし彼が身震いした原因は、谷底に落ちる恐怖を感じたからではない。彼はその背中で(おぞ)ましい殺気を感じたからこそ体を震わせたのだ。

 ジュールは瞬時に身構える。そして彼に習う様、テスラも戦闘態勢を整えた。封神剣を構えた二人に只ならぬ緊張感が走り抜ける。ただそんな彼らの前で、息を吹き返した獏顔のヤツが獰猛な牙を剥き出しにした。


 ヤツは全身黒焦げの状態だ。これは篭手の摩擦熱によって自分の体を焼いたからなのか。それとも先程の噴火の様な火柱の影響なのか。だが確かなのはヤツは黒焦げになりながらも、まったく弱ってなんかいない。

「これがゾンビ化したヤツの本当の怖さなんだ。決してダメージを受けていないわけじゃない。単に痛みや辛さを感じていないんだよ。ヤツは完全に動けなくなるまで全力を出し切るはず。だから分かってるよね、ジュール」

「言われなくったって分かってるさ。お前はさっさと力を溜めろテスラ!」

 ジュールの右目が再び輝き出す。戦斧の直撃で体のダメージは深刻な状態だ。それに左腕もまだ満足に動かせやしない。それでもジュールは諦められないと、無理やり驚異的な回復力を絞り出した。

 右手に構えた布都御魂(ふつのみたま)がピンク色の光を発する。例えヤツが痛みや苦しさを感じないと言っても、体の機能が損傷していないわけじゃない。動きのキレは悪くなっているし、何より赤玉の爆発で腹は大きく(えぐ)れている。ゾンビ化したからって、無敵になったわけじゃない。攻めるんだんだ! ジュールはそう決意してヤツに挑み掛かろうとした。だがそんな彼の目の前で、獏顔のヤツは再度腕に装着していた篭手を勢いよくクロスさせる。

「ボッ」

 ヤツの体が燃え出した。それにクロスさせた篭手は凄まじい熱を放っている。空間が歪んで見えるほどの高熱だ。あんな拳で攻撃されたらヤバい事になるぞ。そんなジュールの(わず)かな動揺をヤツは見逃さない。

 踏み出したヤツが一瞬にして加速する。そしてヤツはジュールの背後で居合の姿勢を取り、蛇之麁正(おろちのあらまさ)に力を溜めていたテスラに迫った。

「クソがっ!」

 ジュールは右腕を突きだして布都御魂(ふつのみたま)をヤツの背中に撃ち込む。しかしヤツはそんな攻撃には目もくれず、渾身の力でテスラにアッパーカットを叩き込んだ。

「ガキン」

 テスラは咄嗟に蛇之麁正(おろちのあらまさ)を引き抜いてヤツの攻撃をガードずる。だがその衝撃は凄まじく、彼の体は突風によって舞い上がる木の葉の様に吹き飛ばされた。

「テスラ!」

 ジュールの目の前で弾け飛ぶテスラ。そして彼の体は無情にも、工場を真っ二つに切り裂く谷の上に飛んだ。底が見えないほど深い谷だ。そこに落ちれば命はない。ジュールの目の奥に絶望が漂う。だがヤツの攻撃による衝撃が強すぎたのだろう。テスラの体は思いのほか遠くまで吹き飛び、幸運にも谷を飛び越えて向こう岸に転がった。

「ゲホゲホッ」

 テスラは悶絶している。蛇之麁正(おろちのあらまさ)でガードしたとはいえ、やはりヤツの攻撃は利いたのだ。これでテスラはしばらく動けない。いや、たとえ動けたとしても、谷の向こう側に飛ばされてしまったのだ。こうなってはもう、ジュールの救援は不可能だろう。

 それでもジュールはホッとしていた。テスラが無事だった事に安心したのだ。それにガウスと決着をつけるのは自分の役目なのだから、むしろこの状況は望んだものなのかも知れない。そう思ったジュールの体から少しだけ強張った力が抜ける。そして彼はヤツとの間合いを取りつつ、布都御魂(ふつのみたま)を構え直した。

「熱いなぁ、ガウス。熱すぎるよ。まるで憎しみで心を焼き尽くす炎が、お前の体を燃え上がらせているみたいだ。でもさ、この熱さをお前自身は感じていないんだろ? それって、ちょっと寂しいよな」

「グオォォォ!」

「無駄話は止せってか? いいじゃないか、少しくらい話ししたってよ。それとも何か。お前、本当は苦しいのか? 辛くて堪らないのか? だったら俺が終わらせてやるよ。俺の手で憎悪に捕らわれたお前の全てを断ち切ってやるよ!」

 ジュールの右目が凄まじい光を放出する。また同時に布都御魂(ふつのみたま)からも強烈な光が(ほとばし)った。ジュールは本当の覚悟を決めたのだ。ガウスを殺すと。

 ヤツの両膝がガクガクと震え出す。布都御魂(ふつのみたま)からの強烈な光がヤツの体力を根こそぎ奪っているのだろう。たとえそれがゾンビであったとしても。

 容赦なく奪い獲られる体力にヤツは(おのの)く。死すら超越した存在であるのに、ヤツは本能として布都御魂(ふつのみたま)の怖さを感じ取ったのだ。しかしヤツが獰猛な怪物であるのに変わりはない。むしろその恐怖を薙ぎ払うかのように、ヤツはジュールに向かい強引に突進した。

 高熱を帯びた真っ赤な篭手がジュールに向けて突き出される。布都御魂(ふつのみたま)に体力を奪われたとはいえ、ヤツにはまだ人一人を殺すなど造作もないはずだ。だがそんなヤツに対してジュールは真っ向から勝負に挑む。彼は突き出された拳が(ほお)(かす)める距離で(かわ)すと、そのまま布都御魂(ふつのみたま)を右手一本で振り抜いた。

「ギャッ」

 ヤツが奇声を上げる。ジュールの一撃がヤツの脇腹を切り裂いたのだ。そして更にジュールは左手で灰色の玉を投げつけた。

「ボン」

 視界が一瞬にして煙に包まれる。ジュールは煙幕弾をヤツに叩きつけたのだ。彼はヤツの視覚を潰して畳み掛けるつもりなのだろう。だがヤツにはそんなジュールの考えは通用しなかった。

 ヤツはまたしても篭手を力一杯クロスさせる。すると篭手から発せられた高熱が、凄まじい速度で煙幕を浮き上がらせた。

 熱で空気を膨張させて無理やり煙を払ったのだ。信じられない発想であるのと同時に、その高熱を引きずり出した恐るべきパワーである。これではせっかくの煙幕が意味を成さない。

 ところが動きを止めたのはヤツの方だった。なぜならそこに居るべきはずのジュールがどこにもいないのである。そんなはずはない。どういう事だ。ヤツの表情に戸惑いが色濃く浮き出る。そして次の瞬間、ヤツは上段からピンク色に光る刃をその身に受けた。


「ガクッ」

 為す術なくヤツの膝が沈む。しかしそれでもヤツは諦めない。ヤツは右腕で床を殴りつけると、その反動で後方に退いた。だがそこにジュールが追い打ちを掛ける。

 ヤツが篭手の熱で煙幕を上昇させたと同時に、ジュールもまた頭上にジャンプしていた。彼はヤツが篭手をクロスさせた瞬間に、その考えを先読みしたのだ。そして上昇した煙幕に上手く身を隠した状態でヤツを上段から切り伏せたのである。このチャンスを逃すわけにはいかない。

 ジュールは猛烈な突きを繰り出す。それに対してヤツは左腕でガードした。ただその衝撃でヤツの左腕に嵌められていた篭手が弾き飛ぶ。ここだ、逃がしはしない!

 ジュールは橙玉を投げつけながらヤツに迫る。それら一連の動作に躊躇はない。ヤツの体に直撃して炸裂した橙玉が、その巨体に強烈な電撃を走らせる。するとその瞬間、ヤツの(ヒザ)がガクリと折れ曲がった。

 両腕で布都御魂(ふつのみたま)を握り締めたジュールは、それを上段に振りかぶる。ピンク色に輝く刀身が強烈に眩しい。ジュールはそんな命を奪い獲る力を持った妖刀を、渾身の力で振り抜いた。――がしかし、吹き飛ばされたのはジュールだった。

「ズガンッ!」

 中途半端な防御では役に立たない。ヤツはそう判断したのだろう。だからヤツはその一撃を(かわ)すのではなく、むしろ踏み込んで攻撃に出たのだ。

 ダメージの蓄積で(ヒザ)が折れ曲がったのは事実。だがそれでもヤツは無理やり力を絞り出して前に出る。そしてヤツは布都御魂(ふつのみたま)が自身を切り裂くよりも(わず)かに早く、ジュールにショルダータックルを叩き込んだ。

 満身創痍とはいえ、黒き獅子の巨体すら吹き飛ばした攻撃である。それも完全なカウンターで喰らってしまった。こうなったらもうジュールには為す術がない。彼の体は猛スピードで吹き飛び、そのまま壁にブチ当たって動きを止めた。

「ぐはっ、がっ……」

 さすがのジュールもこれには堪えた。途切れそうになる意識を繋ぎ止めるだけで精一杯の状態だ。当然視界は霞んでよく見えないし、口と鼻は大量の出血で(ふさ)がれている。いや、即死しなかったのが不思議なくらいだ。

 だがそんな瀕死の彼にヤツは容赦しない。右の拳に最大限の力を溜めながら、ヤツはジュールに向かって一直線に突っ込んだ。そして猛烈な一撃がジュールに叩き込まれる。――だが次の瞬間、ジュールの目の前でヤツの体が大きく弾けた。

「ズザンッ!」

 ヤツはジュールを逸れて壁に突っ込む。真横からの強烈な衝撃によってヤツの軌道が逸れたのだ。そしてその原因を生み出したのはテスラだった。

 蛇之麁正(おろちのあらまさ)に力を溜めた彼は、亀裂の谷の向こう側から強烈な電磁波の斬撃を打ち出したのである。そしてその嵐の様な斬撃は、空間を切り裂いてヤツの巨体を弾き飛ばしたのだ。

 目を見張る剣技である。数十メートルも離れた場所からヤツを吹き飛ばす斬撃を打ち出したのだ。剣の天才であるテスラ以外には絶対に出来ない(わざ)であろう。しかし今のジュールにとっては、そんな事に気を向けている余裕は無かった。

 もう体はボロボロだ。骨が何本折れているのかも分からない。それに全身の血が抜け出てしまったのではないかと思えるくらいに出血している。常識的に考えれば、生きているのが不思議なくらいだ。だがそれでも右目を光らせた彼は立ち上がった。ヤツを、ガウスを殺す。その使命を果たす為だけに。

 ただそのすぐ隣でヤツも立ち上がる。その体はジュールと遜色ないほどボロボロだ。しかしヤツは止まらない。ゾンビ化しているヤツは体のダメージなど関係なく、目の前に存在する敵を始末するまで動き続けるのだろう。そしてヤツはジュールが体勢を整えるよりも早く、その拳を振りかぶった。

「危ないジュール、避けるんだ!」

 テスラが大声で叫ぶ。もう溜めた力は使い果たしてしまった。ここからでは手の出し様がない。テスラの顔に焦燥感が色濃く浮き出る。しかしそんな彼の見つめた先で、無情にもヤツの拳がジュールに向け突き出された。

「ガンッ」

 ヤツの渾身の一撃がジュールに叩きつけられる。それは新型の赤玉十発分の威力はあっただろう。――だがしかし、その拳はクロスさせたジュールの両腕によってガッチリと受け止められていた。

「!」

 ヤツは目を丸くする。そんなはずはない。この拳には象ですら粉々に吹き飛ばす威力が込められていたはずなんだ。それなのに、弱々しく立つ人間の男に受け止められた。それもまったくビクともしない。

 ゾンビであるはずのヤツの表情が更に青ざめる。いや、愕然のあまり全身から血の気が引いてしまった。そんな状態に陥ってしまったのだろう。突き出した拳から伝わる絶望感。ヤツは本能的にそんな怖さを受け取ったのだ。そしてそんなヤツを更に絶望の淵に叩き落とす様、ジュールは小さく(つぶや)いた。

「これで終わりだガウス。お前に俺は殺せない」

 ジュールは輝いた右目でヤツを鋭く(にら)み付ける。するとヤツはその輝きに畏怖して身を(すく)ませた。

「うおぉぉぉ!」

 ジュールは唸りながらヤツの拳を跳ね除ける。そして彼は一歩踏み込んで布都御魂(ふつのみたま)を下段から打ち上げた。

「ズバッ」

 ヤツの右腕が根元から吹き飛ぶ。ジュールの鬼の様な一撃がヤツの剛腕を切断したのだ。だが彼の攻撃はそれだけで止まらない。ジュールは返す刀を上段から打ち下ろし、もう一本の腕も切り落とした。そして更に彼は刀を真横に振りかぶると、それを一気に振り抜いてヤツの両足を切断する。

「ズドン」

 両手両足を失ったヤツが無造作に転がった。文字通りヤツはもう手も足も出ない状態だ。だがそんなヤツにジュールは乗り掛かり、その刃を強く心臓に突き立てた。

「グギャァァァー」

 断末魔とも言うべきヤツの悲鳴が轟く。それはもう、聞くに堪えない悲痛な声だ。ただその声も次第に小さなものに変わって行く。心臓を貫いた布都御魂ふつのみたまが、ヤツの残り僅かな体力まで奪い獲っているのだろう。そしてヤツの声が完全に途切れたのを確認すると、ジュールは刀をゆっくりと引き抜いた。

「ハァハァハァ――」

 ジュールはその場に崩れる様にして(ヒザ)を着く。彼の体力も限界を迎えたのだ。その証拠にあれだけ輝いていた右目の輝きが消えている。全ての力を出し尽くした。そんな状態なのだろう。

 息をするのも辛い。でも大切な仲間をこの手で殺してしまった。その事実に彼は酷く心を痛め身悶える。でも仕方のない事だった。こうするしかなかったんだ!

 ジュールは奥歯を強く噛みしめながら悔しさに憤る。心に突き刺さった痛烈な哀しみに、彼の胸は今にも張り裂けてしまいそうなほど強張っていた。ただその時だった。ジュールの耳に親しみのある声が聞こえて来る。それは他の誰でもない、ガウスの声だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ