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月読の奏  作者: 南爪縮也
第一章 第五幕 寒乱(さみだれ)の修羅
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#93 佐保姫の泣血(溺れ谷の嘆き)

 (バク)顔のヤツと化したガウスが猛威を振るう。ヤツは生産ラインに敷かれたベルトコンベアーを掴み取ると、それをジュールとテスラに向けて全力で投げつけた。

「ガッジャーン!」

 ムチの様に(しな)った長さ5m程のベルトコンベアーが床にめり込む。こんな攻撃、真面(まとも)に受けたら即死に違いない。そう思ったアニェージとマイヤーは酷く背中を粟立たせる。エイダとティニ、それに初めて動くヤツの姿を見たブロイに至っては怯み上がったほどだ。だがそんな彼女達の目の前で展開され始めた戦闘は、更にその上をいくものだった。

 ジュールとテスラは目にも止まらぬ瞬発力でガウスの攻撃を(かわ)す。そして彼らは左右に展開してガウスの意識を分散させた。

 ガウスの動きが一瞬止まる。どちらに攻撃しようか迷ったのだろうか。ただそんな僅かに生じた隙を見逃すはずもなく、ジュールがその(ふところ)に一気に飛び込む。そしてヤツの大きな腹に大砲並みの飛び蹴りを叩き込んだ。

「ゴン!」

 ヤツの巨体が宙に浮き上がる。相当な衝撃が伝わったのは間違いない。だがヤツは顔色をまったく変えずに両足で着地した。

「チッ」

 ジュールは渋い表情を浮かべて舌打ちをする。まるで分厚い鉄板に蹴りを入れたみたいだ。彼は足に伝わった感触にもどかしさを覚えた。でもこれくらいで攻撃の手を緩める彼ではない。ジュールは素早く布都御魂(ふつのみたま)を構えながら間合いを取る。――と次の瞬間、凄まじい衝撃波がヤツを吹き飛ばした。

「ドッガーン!」

 テスラが電磁波を帯びた蛇之麁正(おろちのあらまさ)を振り抜いたのだ。強烈な一撃がヤツに撃ち込まれる。しかしヤツはその一撃を両腕に嵌めた篭手でガードしていた。ヤツの眼光が不気味に光る。

「俺が時間を稼ぐ。その間にお前は力を溜めろ!」

 ジュールはテスラに対してそう叫ぶと、ガウスに向かって突進した。アダムズ城で巨大な鉄球を破壊した時と同じく、ガウスの鞏固な体に相応のダメージを与えるには蛇之麁正(おろちのあらまさ)の能力を最大限にまで引き上げなければならない。そしてその為には電磁波の嵐を巻き起こす時間が必要なのだ。

 ジュールはバトルスーツのダイヤルを目一杯に捻り上げる。出し惜しみをしている余裕はない。最初から全力だ! ジュールは目で追うのも困難な程のスピードでヤツの背後に回る。そして彼はその大きな背中目掛けて布都御魂(ふつのみたま)を振り抜いた。

「ガジンッ!」

 ヤツの背中は鋼鉄の鎧を着ているかの様な硬さだ。そんな背中を渾身の力で切り付けたジュールの腕が痺れ上がる。だがそれでも彼は踏み込んで上段から刀を振り降ろした。

「ガキン」

 どこから取り出したのか。ヤツは極太の鉄の棒で布都御魂(ふつのみたま)をガードする。そしてヤツは強引にジュールの体をその鉄の棒で薙ぎ払った。

 直径10センチの鉄の棒で弾かれたジュールの体が強く吹き飛ぶ。そして彼の体は生産ラインの設備を押し倒しながら床に転がった。

「ぐはっ」

 堪らずにジュールは血反吐を吐き出す。しかし彼は奥歯を噛みしめながら即座に立ち上がった。ヤツに回復の猶予を与えるわけにはいかない。だから攻め続けなくちゃダメなんだ。ジュールは出足の遅れたヤツの姿を見据えてそう思った。

 ジュールがヤツの背中に加えた布都御魂(ふつのみたま)の一撃。それは僅かながらも確実にヤツの体力を奪っていた。そう、この刀はただの刀ではない。相手の命を奪い獲る封神剣なんだ。そしてそれはヤツとて例外ではない。

 ジュールは駆け出す。先程喰らった攻撃で肋骨の数本が折れているだろう。でもそんなのは関係ない。せめてヤツの動きが目に見えて鈍くなるくらいまで体力を削り獲ってやる。彼はそう決意してヤツに向かったのだ。

 だがそんなジュールの考えは甘いものだった。出足が一瞬遅れたヤツだったが、次の瞬間にはベルトコンベアーを掴み取り、再びジュールに向かってそれを投げつけた。

「ギガンッ」

 ジュールは投げつけられたベルトコンベアーを布都御魂(ふつのみたま)で打ち払う。そして強引にヤツに向かい踏み込んだ。そして鋭い突きを繰り出す。しかしその一撃は鉄の棒で強く弾き返された。

 ガウスの本能が封神剣の危険度を察したのか。ヤツは鉄の丸棒で応戦を開始する。これでは体力を奪い獲れない。ジュールはまたしてももどかしさを覚える。いや、それどころではない。こんなバカな事が許されるのか。

 ジュールの顔色が一気に青ざめる。なんとヤツはその身に付けたバトルスーツのダイヤルを全開に(ひね)ったのだ。

「ギュイィィーン」

 小さく発せられた機械音が聞こえる。これはスーツの身体能力加速機能が起動した音だ。マズいぞ。ただでさえ手に負えない強敵だというのに、その力を更に倍増させるというのか。

 巨大なヤツの姿に変化した影響で、バトルスーツはビリビリに破けている。だから身体能力加速機能がどこまでその能力を高められるのかは分からない。でも体から立ち上り始めた湯気からして、それなりの性能は発揮されているのだろう。それまで感じていた数倍の威圧感が獏顔のヤツから放出される。いいや、とても人が太刀打ち出来る相手ではないぞ。

 しかしジュールは一歩も退かない。絶望感すら漂い始めた状況の中で、それでも彼は怯まずにガウスを真っ直ぐ睨み付けた。

 こんな姿になってまでして、お前は何を守りたかったんだ。耐え難い苦痛で身を焦してまで、お前には戦う必要があるのか!

 ジュールは凄まじい殺気を真正面から浴びながらそう思う。たとえ怪物にその身を変化させてしまったとしても、やはり彼にとってガウスは大切な仲間なのだ。そしてそんな彼の右目は青白く輝き始めていた。


「ゴゴゴゴー!」

 地下工場全体に猛烈な風が吹き荒れ出す。居合の体勢で構えたテスラの蛇之麁正(おろちのあらまさ)が電磁波の嵐を巻き上げ始めたのだ。そしてその嵐はどんどんと強さを増していく。テスラの集中力が極度に研ぎ澄まされている証拠だ。

 しかしヤツに致命傷を与えるにはもう少し溜めの時間が必要なのだろう。テスラは目を閉じて集中している。するとそんな彼に向かいガウスの鋭い眼光が輝いた。

 ヤツは鉄の棒をテスラに向けて投げつけようと振りかぶる。さすがのヤツも電磁波の嵐の破壊力を感じ取ったのだろう。だがその瞬間、ヤツの体を激しい電撃が貫いた。

「ビギャーン!」

 ジュールが橙玉を投げつけたのだ。電撃の衝撃でヤツの動きが一瞬止まる。するとその隙を突く様に、ジュールが布都御魂(ふつのみたま)を振りかざした。

「ガキーン!」

 ヤツは痺れた体に構わず鉄の棒でジュールの一撃を防ぐ。だがその瞬間、再びヤツの体に電撃が走り抜けた。ヤツの足元に転がった2つ目の橙玉が時間差で発動したのだ。

 少しは効いたか! ジュールはそう考える間もなく布都御魂(ふつのみたま)を上段に振りかぶる。そして間髪入れずにヤツの脳天目掛けて刀を振り降ろした。だがその一撃をヤツは鉄棒で防御する。いや、それどころかヤツは形振り構わず攻撃に打って出た。

 ヤツはジュールに向かい猛烈な勢いで鉄棒を叩きつける。恐らくその一撃には迫撃砲並みの威力があるだろう。そんな攻撃をヤツは矢継ぎ早に何発も繰り出したのだ。

 ジュールはそれを布都御魂(ふつのみたま)で懸命にガードする。一発受けるごとに体がバラバラになるほどの衝撃を受けたが、それでも彼は必死でヤツの攻撃を受け続けた。スーツの能力を最大にしているのと、右目の輝きにより湧き上がる力で、なんとかヤツの攻撃に反応出来たのだ。するとそんなジュールの戦う姿を見てトウェインが(つぶや)いた。

「凄いな、ジュールの奴。あのガウスとよく戦っている。これが噂に聞く月読(つくよみ)胤裔(いんえい)の力なのか。大したものだな」

 トウェインは素直に感心した様子でジュールの戦いぶりを評価する。だがさすがの将軍も、そんなジュールとガウスの常軌を逸した戦いに恐れをなしたのだろう。被害を避ける為に彼らから少し離れた位置に急いで移動した。

 ガウスの乱打は止まらない。周囲にある設備をメチャクチャに破壊しながら鉄の丸棒をジュールに叩きつける。あまりの激しさにジュールは防戦一方だ。しかし彼は必死でガウスの攻撃に喰らい付く。絶対にチャンスは来るはずだ。ジュールはそう信じながら五月雨(さみだれ)の様な攻撃を受け続けた。するとその時、

「グギャン」

 ガウスが振り回す鉄の棒がグニャリと折れ曲がった。ヤツの怪力に耐えられなかったのだろうか。もちろんそれもあるだろうが、国宝の十拳封神剣である布都御魂(ふつのみたま)を相手にするには、単なる鉄の棒では役不足だったのだ。

 見た目には軍隊士が通常装備する刀となんら変わりはない。だが布都御魂(ふつのみたま)がその内に秘めた悪魔的な性能は本物だった。

 有機物からアミノ酸を介して体力を奪い獲る能力を持つ布都御魂(ふつのみたま)。でもその基本性能は、ダイヤモンドですら太刀打ち出来ない高い硬度を誇っていたのだ。そしてそんな刀をヤツはタコ殴りしたのである。鉄の棒が悲鳴を上げたのは必然であろう。

 でもヤツの判断力も素早かった。ガウスの軍人としての機転が利いたのかも知れない。ヤツは折れ曲がった鉄の棒をジュールに向け投げ捨てると、即座に床に敷かれていたH型の鉄筋レールを無理やり引き剥がした。

 機材を運搬する為に設置されたレールだったのだろう。その一部を強引に剥ぎ取ったヤツは、再び戦闘態勢を整える。それも今度はH型の鉄筋レールを二本、両腕に構えて二刀流の体勢になった。

 普通の人間であれば、その1本ですら持ち上げるのに苦労するはず。でもヤツは軽々とそれらを振り上げジュールに迫る。そしてヤツはそれまでの2倍の連打を繰り出した。

 ジュールの体が高速で左右に弾かれる。なんとか布都御魂(ふつのみたま)でガードしてはいるものの、これでは文字通り手も足も出ない。

「ガシャーン!」

 ジュールの体がシャッターに叩きつけられる。ヤツは左手で掴んだ鉄筋でジュールの体を無理やり抑えつけたのだ。そして同時に右手で掴んだ鉄筋を振り上げる。しまった。左の鉄筋で布都御魂(ふつのみたま)の自由度は封じられた。これじゃ右の鉄筋は防げないぞ!

「バギャン!」

 ヤツの痛烈な一撃がジュールに捻じ込まれる。――と思われたが、しかしそこにジュールの姿は無かった。

「!?」

 ヤツは目を丸くする。そこにあったのはシャッターにめり込んだ布都御魂(ふつのみたま)だけだったのだ。そして次の瞬間、ヤツは側頭部に強烈な打撃を受けて体勢を崩した。

 ジュールがヤツの背後から回し蹴りを加えたのである。ヤツの攻撃を受け止められないと悟った彼は、布都御魂(ふつのみたま)を手放して逆にヤツの攻撃を掻い潜った。そして神掛かったスピードでヤツの背後に回り込み、その後方から強烈な回し蹴りを叩き込んだのだ。

「グオォォォ!」

 ヤツが雄叫びを上げる。ジュールを強く威嚇する様に。だがジュールはそんな咆哮を無視して再び布都御魂(ふつのみたま)を掴み取る。そして彼はシャッターにめり込んだ刀を引き抜きながら、その反動を利用してヤツを撫で斬った。

「グオッ」

 ガウスの膝がガクンと折れ曲がる。するとジュールはその隙に後方へ大きく退いた。そこに電磁波の嵐を従えたテスラが一気に駆け込む。そして彼は躊躇なく蛇之麁正(おろちのあらまさ)の一撃をガウスに向け叩き込んだ。


「ドガガガーン!」

 凄まじい爆音と共にヤツの巨体が吹き飛ぶ。そしてヤツは数メートル先のコンクリートの壁に上半身をめり込ませた。テスラが放った蛇之麁正(おろちのあらまさ)の渾身の一撃をまともに喰らったのだ。さすがのヤツにも相当なダメージが刻み込まれただろう。そしてテスラの一撃は更にシャッターをも粉々に破壊していた。その先に延びる薄暗い通路が顔を覗かせている。するとそれを見たジュールがアニェージ達に向かい声を上げた。

「今だ、行けアニェージ! この先にアメリア達がいるはずだ」

 ジュールはそう言いながらも布都御魂(ふつのみたま)を構え直して体勢を立て直す。テスラの強烈な一撃は確かに凄まじかったが、でもあれでヤツとの戦いが終わったなんてとても考えられない。ううん、確実にガウスは反撃してくるだろう。彼はそう確信したからこそ、アニェージ達に対してアメリアの救出を促したのだ。そしてアニェージ達もまた、そんなジュールの考えを即座に受け入れる。ヤツとなったガウスの怖さは普通じゃない。この好機を逃したら取り返しのつかない事態になってしまうぞ。彼女達はそう思ったからこそ、一斉にシャッターの先に見える通路に向かって駆け出したのだった。

 素早さが取り柄のティニを先頭にしてエイダとブロイ、それにマイヤーが続く。ただ最後尾を駆けるアニェージはシャッターの手前で足を止めると、振り返ってジュールに告げた。

「ジュール、一つだけお前に言っておく事がある。【銀の鷲】だけど、あいつは【紫の竜】からの攻撃を防ぐ為に、その身を盾にして私達を守ってくれた。でもそのせいで酷く傷ついている。正直なところ、紫の竜との戦いは厳しいだろう。だけどもし銀の鷲が負ければ、紫の竜はこの地下工場を押し潰すかも知れない。時間がないぞ!」

「ぎ、銀の鷲が――。分かったよ。分かったから先に行ってくれ。アメリア達を頼む!」

「あぁ分かった、彼女達の事は任せろ。それにお前の方こそヘマするなよ。早くここを片付けて合流するんだぞ!」

 そう言ったアニェージは振り返り、シャッターの先の通路に飛び出して行った。そしてそんな彼女達を守る様にしてジュールとテスラが粉々になったシャッターの前に立ち塞がる。すると案の定、コンクリートの壁から抜け出した獏顔のヤツが獰猛な牙を露わにした。

 こんな事態になる事を予測して準備していたのだろうか。ヤツは巨大な(おの)を手にしていた。それもその斧はただ大きいというだけではない、明らかに戦闘用の武器として作られたものである。そしてヤツはその巨大な斧を軽々と振り回し、ジュールとテスラに襲い掛かった。


「あの者達を行かせても宜しいのですか?」

 いつの間に移動したのか。国王のすぐ近くでトウェインがそう訪ねる。シャッターの奥に伸びた通路の先には女神の巫裔(かんえい)がいるのだ。それなのに黒き獅子はまったく行動を起こそうとしない。トウェインはそんな国王の態度が腑に落ちず、問い掛けたのだった。しかしそれに対して国王は何も返さない。ただ国王は目の前で激しい攻防を続けるジュール達の姿を見ながら(つぶや)いた。

「――難儀であるな。人はどうしてこうも(おろ)かなのか。何故に女神はこの様な存在を祝福するのか、本当に理解に苦しむばかりだ」

「何を(おっしゃ)るかと思えば、そんな事ですか。人間なんてものは、所詮獣の一種に過ぎないのですよ。そしてヤツとは、そんな人間が抱えた欲望のリミッターを外した究極の存在だと言えるんです。でもあなたにはそれが分かっていたから、あんな化け物の研究に精を出していたのでしょう。今更(なげ)いたところで説得力ありませんよ。いや、むしろそんな悲痛なまでの(なげ)きに心が熱くなっているのではないのですか?」

「ほう。よく余の心を理解しているな、トウェイン。さすがは長い付き合いだけはある。ならばその(たぎ)った感情の高ぶりに、お前はどう応えてくれるのだ? 悪いが簡単に収まりそうにはないぞ」

「心配には及びませんよ。こうなる事態も想定して準備を整えていましたからね。当初の計画では、もう少しあなたには弱って頂きたかったんですが、まぁそれは仕方がない」

 トウェインはそう言うと、背後の壁にあったボタンを強く押す。すると足元から地響きが伝わると共に、トウェインの背後の壁が崩れ出した。

「やはりあなたには純粋な科学の力で対抗するとしましょう。その方があなたも燃えるでしょうしね。それに私も胸を躍らせているんですよ。これで心置きなくあなたに剣を向けられる。待ちに待ったこの時がやっと来たんだとね。さぁ、見て下さい。あなたが生み出した理論の極みを。そして知るがいい。私の配下には、あなたやラジアン博士を超える逸材がいるのだと!」

「ボガンッ」

 崩れかけたトウェインの背後の壁を突き破り、突如として【大きな手】が姿を現す。そしてその1メートルほどの手の平は、トウェインの体を優しく包み込んで持ち上げた。

 崩れた壁の向こう側に【巨人】の姿が見える。ただその巨人の胸は大きく口を開いており、大きな手の平の上でサッと体勢を回転させたトウェインは、その胸の中に(みずか)ら飛び込んだ。

 胸の中に設置された座席にトウェインは腰掛ける。そして彼は手早く何かしらの操作を始めた。すると巨人の体のあちこちから機械音が鳴り響き出す。巨人に組み込まれたシステムが起動した証拠だ。

 金色に塗装された鮮やかな機体が美しく輝く。なんと巨人の正体は胴体部分がコックピットになった【搭乗操作型の人型ロボット】であり、それに乗ったトウェインは国王に向かい改めて反旗を(ひるがえ)したのだった。

「対神武装にして地上最強の兵器。名は【賽唐猊(さいとうげい)】。防御にしては炎も雷も大砲も利かない。攻撃にしてはヤツすら一撃で殺す破壊力を持つ。すべては国王、あなたを倒す為だけに作られたものだ!」

「ほう。完成させたのか、それを」

「あなたに言わせれば、これも愚かな人の過ちなのでしょう。しかし私から見れば、神であるはずのあなたの考えも愚かにしか思えない。所詮獣神もまた、獣の一種だと言えるんですよ。だから私の手であなたに引導を渡しましょう。皮肉にも、あなたが愛する【光子相対力学】でね」

 ロボットの胸のハッチが閉じる。すると同時にロボットの顔面中央に装着された丸いひとつ目が真っ赤に発光した。ロボット全体から凄まじいエンジン音が伝わって来る。トウェインの自信は決してハッタリなのではないのだろう。それほどまでに賽唐猊(さいとうげい)という名のロボットは、鬼気迫る怖さを感じさせた。ただその姿を前にして国王は、嬉しそうに口元を緩めながら言った。

「おもしろい。ぜひとも見せてもらおうじゃないか。我が光子相対力学の集大成をな!」

 国王の体が一気に膨れ上がる。そしてその体は大地を揺るがす黒き獅子の姿に変化した。

 黒き獅子と賽唐猊(さいとうげい)が出現したせいで、地下工場はすでにその役割を完全に消滅させている。それどころか天井には大きな亀裂が走っており、このままでは倒壊は免れないだろう。だがそれは対峙する二人のとってみれば、些細な問題なのかも知れない。そして次の瞬間、黒き獅子とトウェインが操る賽唐猊(さいとうげい)は激しい戦闘を開始した。


 アニェージらは少しだけ上り坂になった薄暗い通路を真っ直ぐに駆ける。後方から響いて来る衝撃音は凄まじいばかりだ。やはりヤツと化したガウスが再び立ち上がり、ジュール達と戦闘を開始したのだろう。時折転んでしまいそうになるくらいの振動が足元に伝わって来る。ただ程なくして彼女達は通路の突き当りに到着した。

 それなりの距離を走ったからなのか。それともジュール達の凄まじい戦いを目の当たりにしたからなのか。肩を上下させながら呼吸を早めるアニェージ達の体は重い。そしてそんな彼女達の前には、冷たい鉄の扉が姿を現していた。

「みんな、用心するんだぞ。どんな罠が仕掛けられているか分からないからね。でもここまで来たんだ。行くよ」

 そう言ったアニェージはマシンガンを構えながら鉄の扉に手を掛ける。そしてマイヤー達も全員が銃を構えて固唾を飲んだ。

 この地下施設はアカデメイアが作った場所である。だとすれば、更なるヤツの出現も十分に有り得る話だ。細心の注意を払いながらアニェージは扉を押し開いていく。ただそこで彼女はトーマス王子の痛ましい姿を確認して声を上げた。

「王子! 今助けますから、もう少しだけ辛抱して下さい!」

 血相を変えたアニェージが危険を顧みずに全力で駆け出す。もしこれが敵の罠だったとしても放ってはおけない。彼女は瞬時にそう判断したからこそ、周囲も気にせず王子に駆け寄ったのだ。

 上半身を裸にさせられたトーマス王子は、太いコンクリートの柱にロープで腹部を縛り付けられていた。だがアニェージが只ならぬ危機感を覚えたのはそれではない。王子は両方の腕にそれぞれ太いロープを(つか)んでおり、今にもそのロープを手放してしまいそうだったのだ。

 口を布で塞がれたアメリアとリーゼ姫がそれぞれ椅子に縛り付けられている。その顔色は血の気が引いて青白い。絶望的な恐怖感に押し潰されているのだろう。でもそれは当然である。なぜなら彼女達の頭上には(やいば)()き出しになったコンクリートブロックがロープで吊り下げられており、それは天井に設置された滑車を経由してトーマス王子が支えていたのだ。

 軽く見積もってもコンクリートブロックは一つ50kgあるだろう。ましてそれには鋭利な刃がいくつも突きだしている。こんなものが頭部を直撃したなら即死は免れない。

 王子に駆け寄ったアニェージは二本のロープを掴み取る。もう王子の体力は限界だ。彼女はそう判断したからこそ、咄嗟に行動を起こしたのだ。だがそんな彼女の体が浮き上がる。コンクリートブロックは合計で100kg以上だ。彼女の体が逆に持ち上げられるのは言わずと知れていた。そしてその時、トーマス王子の手の平の皮がズルりと()がれる。王子はとうに限界を超えていたのだ。一気に加速度を増すコンクリートブロックがアメリアとリーゼ姫に向かい降り落ちる。このままでは二人が危ない! でも(かろ)うじてその危機は払拭された。

 間一髪のところでマイヤーとブロイがロープを引き留めたのである。あと一秒遅かったら、アメリアとリーゼ姫は重傷を負っていたかも知れない。そう思えるくらい危機の迫った状況だった。

 エイダとティニがアメリアとリーゼ姫に駆け寄る。そして彼女達は二人の救出を開始した。アニェージもまたマイヤーとブロイにロープを預けると、トーマス王子の背後に回り込み、携帯していたナイフで王子の体を縛り付けるロープを切り出し始めた。

「よく辛抱しましたね、王子。お見事でしたよ」

「あ、あぁ。さすがにもう限界だったよ。本当に危ないところだった。助けに来てくれてありがとう……」

 王子はくたくたに疲れ切っている。体力のほとんどを絞り出したのだろう。アニェージは力の抜け切った王子の体を支えながら、その精神的な強に感心していた。そしてそんな王子の元に救出されたリーゼ姫が駆け寄って来る。

「トーマス王子。痛かったでしょう。辛かったでしょう。でもあなたは私達を見捨てようとはしなかった。本当にありがとうございます。私には感謝の言葉しかあなたに伝えられません」

 そう告げたリーゼ姫は皮が()けて血みどろになった王子の手を優しく包み込む。そして姫は大粒の涙を流しながら疲弊した王子に何度も感謝の言葉を掛けた。ただそんな姫に対し、王子はいつも通りに強がって見せる。彼にしてみれば、やはり姫の前では弱々しい姿を見せたくなかったのだろう。

「私は当然の事をしたまでですよ。なのでそれ以上泣かないで下さい。むしろ姫に怖い思いをさせてしまって申し訳ないと、私は感じているくらいですから。でもあなたが無事で本当に良かった。それにあちらの彼女はジュールの婚約者(フィアンセ)らしいじゃないですか。二人とも無事で、本当に良かった」

 トーマス王子はそう言ってホッと胸を撫で下ろした。リーゼ姫とアメリアの命を守れたんだと、心から安心したのだろう。

 恐らく日頃嫌がらせを受けていたジュールやリュザックが今の王子の姿をみたならば腰を抜かすかも知れない。でもこの人の本質には強い芯が通っている。アニェージはそう思い少しだけ嬉しくなった。

 決して弱者を見捨てない。仮に目の前にいるのがリーゼ姫やアメリアではなく、見ず知らずの一般人であったとしても、決してこの人は投げ出したりしないだろう。なぜかアニェージにはそう思えて仕方なかった。

 口ではいつも強きな発言を繰り返し、時に理不尽な要求を命ずる。それもまた王子の本質なのだろうが、でもこの人は国を預かる王族としての責任を自覚しているんじゃないのか。だから自分の身を顧みずに、他者を守れたんじゃないのだろうか。この人がアダムズ王国を背負うならば、世界はもっと平和になるんじゃないのか。アニェージはそう思ったからこそ、嬉しく思えて仕方なかったのだ。そしてリーゼ姫もまた、アニェージと同じ想いだったのだろう。姫はトーマス王子を優しく見つめながら微笑んでいた。


 エイダとティニがアメリアを保護しながらアニェージの近くに歩み寄って来る。ひとまず危機は去ったが、まだまだ安心は出来ない。それどころか緊迫感は高まるばかりだ。そう感じたからこそ、二人の若き女性隊士は警戒感を強めてアメリアをガードし続けていた。きっと彼女達もこれまでの経験で危機感を敏感に察知出来る様になったのだろう。そしてそんな二人に守られたアメリアは、顔なじみのマイヤーを見つけて歩み寄ったのだった。

「ありがとうマイヤー君、助けに来てくれて。本当にもうダメかと思ったよ」

 そう言ったアメリアは今にも泣きそうな表情をしていた。それでも彼女はグッと感情を堪えている。エイダやティニが感じ取っている様に、アメリアもまた泣いている状況じゃないんだと察しているのだ。ただそんな彼女に向かいマイヤーは少しだけ微笑んでみせた。アメリアを少しでも安心させようと彼は気を配ったのだ。そしてマイヤーはアメリアの肩に手をそっと置いて告げたのだった。

「君を絶対に救出するってジュールと約束したからね。だから安心してくれ。俺達が必ずここから助け出してみせるよ」

「相変わらずマイヤー君は落ち着いてるね。本当に頼もしいよ。あっ、でもジュールは今何処にいるの。無事なんだよね?」

 アメリアはそう言ってマイヤーに詰め寄った。ただそんな彼女に対してマイヤーは心苦しそうな表情を浮かべる。ジュールとガウスが戦っている現状を伝えるべきかどうか迷ったのだ。するとそんな彼の歯痒さを読み取ったのだろう。アメリアはすかさずマイヤーに向かって詰め寄ったのだった。

「ジュールは近くにいるのね。何処にいるの、ねぇ教えて!」

「……ジュールは俺達を先に行かせる為に戦っている。それもかなり厳しい戦いだ」

「だったら助けに行かなくちゃ! ジュールが危ないんでしょ!」

 ジュールの窮地を知ったアメリアはマイヤーの腕を掴んで嘆願する。しかしそんな彼女に向かいアニェージが強く自制を促した。

「それはダメよ。今戻ったらジュールの足枷になってしまう。今の私達にジュールの加勢をするだけの力はないの。それにあなた達だってかなり衰弱しているでしょう。こんな状態でジュールの所に戻るなんて自殺行為ですよ。分かって下さい。私達はあなたを守るってジュールと約束したんです。そんなあいつの気持ちを分かってほしい」

 アメリアがジュールの心配をするのは当然だ。でも今はここから無事に脱出する事だけを考えなければならない。何よりそれをジュールが願っているのだから。

 アニェージはアメリアを真っ直ぐに見つめて同意を求める。これ以上ない程真剣な眼差しだ。それに今の状況が極めて危険な事くらいは把握出来る。だからアメリアは忸怩(じくじ)たるもアニェージに向かい首を縦に振った。――だがその時、薄暗い室内の隅の影から不気味な声が発せられた。


「ククク。王子様は口だけの軟弱者かと思ってたけど、なかなか根性あるじゃないか。見直したぜ。でも俺としちゃぁ、か弱き女どもが血みどろの肉片に化すところも見たかったけどな」

 アニェージ達は聞き覚えのある(いや)しい声に振り返る。やっぱりコイツの仕業だったか。背筋に只ならぬ悪寒が駆け抜けながらも、彼女は憎しみの感情を増大させていく。そしてアニェージは姿を現した【顔に傷のある男】に対して吐き捨てたのだった。

「この悪趣味は貴様の仕業か! 貴様はどれだけ人を(もてあそ)ぶのが好きなんだ!」

「良いじゃねぇかよ。こいつはゲームなんだ。ゲームは楽しくてナンボだろ? なにせこの場所は顔の傷が(うず)くんでな。何もしないでじっとしてるなんて、俺には出来っこねぇんだよ」

「チッ、ゲス野郎が。調子こいてんじゃねぇぞ」

「まぁまぁ、そう怒るなよ。王子様もゲームが好きだって聞いたから、俺はとっておきの趣向を凝らしただけなんだ。むしろ感謝してほしいくらいだよ。それにさ、天体観測所で小娘から受けた傷がまだ痛くてね。それを紛らわせるには丁度良い余興だったのさ」

「貴様の顔を見ていると、頭痛が嫌でも吹き飛ぶな!」

 アニェージとマイヤーが同時に銃を構える。狙いは当然傷の男だ。ティニはリーゼ姫を、そしてエイダはアメリアを背中に(かくま)う。ブロイは疲れて動けないトーマス王子の盾になるよう姿勢を正した。

 皆の頭に観測所で死んだソーニャとラウラの姿が浮かぶ。全てはコイツのせいなのだ。絶対に許しはしない。しかし今は守らなければならない存在がいる。覚悟を決めるんだ。たとえ自分が犠牲になろうとも、トーマス王子とリーゼ姫、そしてアメリアだけは絶対に守るんだ。

 アニェージ達はそう決意を固め傷顔の男と対峙する。だがその時、強烈な地響きが足元より伝わった

「ズズンッ!」

 立っているのがやっとの揺れだ。でもこれは明らかに地震の揺れとは違う。信じられないが、これもジュールとガウスの戦いから発生した衝撃なのか。アニェージ達の額から淀んだ汗が滴り落ちる。ただ憂慮する彼女達に対し、傷の男は少し違った視点で現状を物語り始めた。

「血が騒ぐぜ、やっとトウェイン将軍も腹を(くく)ったか。獣神相手にいくら手の込んだ(から)め手を用意したって意味ないんだから、初めからガチで戦ってりゃ良かったんだ。それにしてもガッカリだな。トウェイン将軍の話しじゃ、月読(つくよみ)のナンチャラって化けモンが来るって聞いてたのによ。それなのに俺はこんなザコを相手にしなくちゃいけねぇのかよ。でもまぁ良いや。どうせこれでトウェイン将軍からの仕事は終わりだろうしな」

 そう言ったデービーは面倒臭そうに息を吐き出す。だがそんな男を睨み付けたアニェージは、マイヤーに向かい強引な指示を飛ばした。

「マイヤー。お前はみんなを連れてここから脱出しろ。あいつは私がここで殺す」

「しかし一人じゃ」

「黙れ! この腐れ外道だけは私がブッ殺す!」

 アニェージから尋常でない殺気が放出される。もう我慢の限界だ。家族の仇を獲る為。ソーニャとラウラの恨みを晴らす為。いや、理由なんてどうでもいい。ただ目の前にいる(コイツ)を八つ裂きにしたいだけだ。

 凄みを利かせたアニェージの闘志は凄まじい。何度もお預けを喰らった。でも今度こそ決着を付けてやる。彼女が男に向けた怨念はマイヤー達をも(ひる)ませて止まなかった。ただそんなアニェージに睨まれながらもデービーは余裕を見せる。そして男は闘志剥き出しのアニェージを茶化す様にして言った。

「怖い怖い。鬼気迫るとはまさにこの事か、恐れ入ったぜ。それにしても舐められたもんだ。アソコを舐められるのは好きだが、女ごときがたった一人で俺の相手をしようとはな。片腹痛いぜ」

 そう告げた後でデービーは含み笑いを溢し始めた。アニェージが本気になればなるほど、男にはそれは可笑しくて仕方ないのだろう。そして何を思ったのか、デービーは部屋の壁に大きく口を開けたゲートを指差して言ったのだった。

「ククク。そこのゲートの先に物資搬出用の大型リフトがある。それに乗れば地上まであっと言う間だ。さぁ、行くがいい。こいつはゲーム、俺は鬼だ。お前達に三分やろう。それまでに俺の目の届かない場所へ逃げられたらお前らの勝ちだ。だがもし逃げられなかったら、そん時は大人しくミンチになるんだな。そんな感じだから、精々頑張って逃げてくれよ。ククク」

「どこまでもフザけた野郎だ。でも良いさ、せっかくだからそのお遊びに付き合おうじゃないか! さぁ行けマイヤー。みんなを頼むぞ」

「みんなを安全な場所まで移動させたらすぐに戻る。だからそれまで持ち堪えてくれ!」

 マイヤーは慙愧に堪えないながらも皆を誘導してゲートに向かい走り出す。傷の男は豹顔のヤツだ。その強さは尋常ではない。当然ながらアニェージ一人でそれを相手にするのは無謀だというもの。天体観測所でその強さを目の当たりにしたマイヤーには、それが十分理解出来ている。しかしそれでも彼はアニェージの決死の覚悟を受け入れるしかなかった。

 トーマス王子とリーゼ姫、そして何よりアメリアを守らなければならない。その責任を背負ったマイヤーは脇目も振らずに駆け進む。そして彼らはゲートを(くぐ)ると、その先に延びる通路を全力で駆け出した。

「さて、三分間楽しませてくれよ。女」

 デービーは(いや)しくニヤつきながらアニェージに告げる。この男にしてみれば、これも暇つぶしのゲームでしかないのだろう。だがその目は明らかに獰猛な獣の目をしていた。やはりこの男は普通じゃないのだ。ただもうそんな事は分かり切っている。いや、決着を付ける時が来たんだ!

 アニェージはクラウチングスタートの様な姿勢を取る。これが彼女にとっての戦闘態勢なのだ。手首にあるバトルスーツのダイヤルを回し、かつ足首にある義足のボタンを押す。するとまるでエンジンが掛かったかの様に、彼女の全身から機械音が響き出した。

「粋がるな。貴様はここで死ね」

 アニェージは小さく(つぶや)く。だがその声には恐ろしいまでの殺気が捻じ込まれていた。そして機械音のノイズが高止まった瞬間、彼女は男に向かい猛烈なスピードで飛び掛かった。

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