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月読の奏  作者: 南爪縮也
第一章 第五幕 寒乱(さみだれ)の修羅
91/109

#90 佐保姫の泣血(凶冷の宣告)

 ジュールはトウェイン将軍と共に姿を現したガウスを見て戸惑う。どうしてガウスがここにいるんだ。テスラが言った事は本当なのか。本当にお前はリーゼ姫の車を強奪して、アメリアと一緒に連れ去ったって言うのか。

 ジュールは取り乱す寸前だ。とても冷静でなんかいられやしない。そして彼はその荒れた感情を吐き出すかの様に、ガウスに向かって強く叫んだ。

「おいガウス、お前はそこで何してんだ! アメリアはどうした! リーゼ姫はどうしたんだっ!」

 ジュールは真っ直ぐにガウスを(にら)む。信じたくはないが、この状況から見てガウスがアメリアとリーゼ姫を連れ去ったのは間違いない。でもなぜガウスがそんな事をしたのか。ジュールにはその理由がまったく思い浮かばなかった。

 どうしてガウスは裏切ったんだ。ジュールは憤りを露わにしながらガウスを睨み続ける。ただそんな彼に対し、ガウスは(うつむ)いたまま何も言おうとはしない。ジュールの声が聞こえているのは間違いないはずなのに、完全に無視している状態だ。するとそんなガウスの態度に怒り心頭したジュールは、激しく言葉を荒げたのだった。

「おいガウス! フザけんのもいい加減にしろ! テメェはここで何してんだよ。アメリアとリーゼ姫は無事なんだろうなっ!」

 ジュールは烈火の如き怒りの言葉をガウスにぶつける。だがそれでもガウスは黙ったままだ。ただそんな彼に代わり、トウェイン将軍が口元を緩めながらジュールに返した。

「まぁ落ちつけよジュール。安心しろ、今のところ二人は無事だ。いや、トーマス王子を含めて三人と言うべきか」

「何だと!」

「そう怖い顔するなよ。三人はまだ無事だって言ってるんだ。それよりもまず、この場所の説明からさせてくれないか? 順を追って説明した方が、お前だって理解し易いだろ」

 トウェインはそう得意げに言った。どうやら彼には今の状況を楽しむ余裕があるらしい。だがその表情を見たジュールは更に腹を立てる。そして彼はもう我慢できないとばかりに吐き捨てた。

「言いたい事があるなら早く言えよ。でも当然アメリア達の居場所も教えてくれるんだろうな、将軍!」

「さすがは勇猛果敢な男だな、ジュール。将軍の私にその様な口答えをするとは、逞しいにも程があるぞ。でも今はそれを水に流そう。なにせお前は私達にとって、とても重要な存在であるのだからな」

「何を言ってるんだ将軍。もっと分かり易く話せよ!」

「フン、そう急かすなよ。順番に話しを進めてやると言っただろ。まったく、せっかちな奴だな。ならまず初めに一つ、お前に質問をしよう。ベルトコンベアーに並ぶ小型の玉型兵器だが、これを発明したのが誰だったか、お前は知っているよな?」

 トウェイン将軍はそう言いながら歩み始める。そして将軍はベルトコンベアーに近づくと、生産ラインに置かれた玉型兵器を手に取った。

 玉型兵器を発明した人物。それはあえて答える必要もない。でもだからこそ、ジュールは奥歯を噛みしめながら口を(つぐ)んだ。俺の口から【グラム博士】の名前が発せられるのを望んでいるんじゃないのか。ジュールはトウェイン将軍の内面にそんな底意地の悪さを感じたからこそ、押し黙る事しか出来なかったのだ。するとそんな彼の憤りを嘲笑(あざわら)う様に、将軍はしたり顔で言った。

「黙っていても、その顔には答えが書いてあるぞ。玉型兵器を発明したのは、自分の育ての親であるグラム博士だってな。素直に喜べよ、ジュール。お前の父は天才なんだ。これ以上の誇りはないぞ」

「なら何で博士が生み出した新型の玉型兵器がここにあるんだよ、おかしいじゃないか? 新型の玉型兵器を作るには【波導量子力学はどうりょうしりきがく】が必要なはず。でも博士は波導量子力学を信頼のおける者以外には伝えていないんだ。それなのに、どうしてこんな大掛かりな生産設備が整ってるんだよ!」

 ジュールはトウェイン将軍にきつく詰め寄る。ただでさえガウスの裏切りで混乱しているのに、グラム博士まで話に出て来たのだ。こうなったら、力づくでも納得のいく説明をしてもらう以外にはない。彼はそう思い、将軍を睨みつけた。ただそんなジュールに向かい、トウェインは変わらずに微笑(ほほえみ)続けている。そして将軍は手にしていた赤色の玉型兵器を手の中で遊ばせながら、ジュールに向き直って話しを始めた。


「グラム博士が生み出した波導量子力学は、確かに口外されていない。それに博士と縁の深かったパーシヴァルのボーア将軍や、かつての助手だったライプニッツも死んでいる。残るはグリーヴスのシュレーディンガーくらいだが、あいつは抜群に頭がキレるからな。我々に波導量子力学の理論を漏らす様なヘマはしない。ましてアルベルト国王が躍起になって排除した科学理論だ。いくらそれが優れた理論だからとて、我々が簡単に手に入れられるものではない。でもな、ジュール。世の中っていうのは、意外とシンプルなものなんだよ。我々【アカデメイア】は、自分達の手で波導量子力学の理論に行き着いたのだ」

「本性を現したな将軍。まさかアダムズ軍の将軍が裏組織のメンバーだったなんて、驚きを通り越してガッカリしたよ。でもなんとなく昔からあんたの事はいけ好かなかったからね。その理由が分かって少しスッキリもした。でも分かんねぇな。何であんたらアカデメイアは波導量子力学の理論を使えるんだよ」

 ジュールは薄々と気付いていた為、トウェイン将軍がアカデメイアの一員であった事については然程(さほど)驚きはしなかった。しかし波導量子力学が使えるという話については別だ。ジュールは鋭い視線を向けたまま将軍の返答に耳を傾ける。するとそんな彼に向かい、将軍は少しだけ声を小さくして告げたのだった。

「あまり大きな声で言えないんだが、我々アカデメイアが波導量子力学の理論を使える理由は本当に簡単な事なんだよ。それはね、アカデメイアにはグラム博士に匹敵するほどの【若き天才科学者】がいるって事なのさ」

「何だと!」

「しっ。少し声を小さくしてくれないか。どこで誰に聞かれているか分からないからね。なにせこれはアルベルト国王も知らない話なんだ。もしこれが国王にバレたら、えらい目に遭わされるだろ」

「いい加減にしろよ将軍。博士に匹敵する科学者がいるなんて信じられるか!」

「まぁまぁ、落ち着きたまえ。でもなジュール、これは覆し様の無い事実なんだ。若干運に恵まれたところもあったが、それでもアカデメイアにいる科学者は、本当に波導量子力学の理論を導き出したんだよ。意外かな?」

「――」

「君も参戦したボーアの反乱。あの時にボーア軍が使用した【ミクロ幻想榴弾(りゅうだん)】を覚えているかね。あれは酷く厄介な兵器だったが、その効果は絶大だった。我々アダムズ軍がどれだけ苦汁を強いられたか、君も実体験してるだけに、よく分かっているだろう。そんなミクロ幻想榴弾(りゅうだん)を戦場で入手したアカデメイアは、その原理について詳しく調査した。そしてそこで波導量子力学のヒントを得たんだよ。後は流れに乗っただけさ。うちの若き天才科学者が波導量子力学に行き着くのに、それほど時間は掛からなかった」

 トウェインはそう言うと、ホッと息を吐き出した。ボーア軍との交戦を思い出した溜息なのか、それとも波導量子力学を手に入れた満足感なのか、それは分からない。ただそこからは揺るぎのない自信の様なものが感じられる。きっと将軍には強気でいられる理由(わけ)があるのだろう。だがそんな将軍に対し、ジュールは真っ向から歯向かった。彼には将軍の話しがどうしても納得出来なかったのだ。

「本当にアカデメイアの科学者は波導量子力学を使えるのか? 俺には信じられないね。グラム博士は波導量子力学の真理を誰にも伝えなかった。数少ない信頼すべき存在だったはずのシュレーディンガーさんにだって。それなのに、あんたらアカデメイアの科学者が波導量子力学を紐解くなんて考えられない。その証拠にあんたらは博士が残した【論文】を(さが)しているだろ。それは波導量子力学の真理に辿り着いていない現れじゃないか!」

 ジュールは感情を込めて言い放つ。するとそんな彼の態度に驚いたのか。トウェインは目を丸くしながら言った。

「ほう。私が思っていたよりも頭が回るんだな、ジュール。意外に(かしこ)くてビックリしたぞ。お前の考えはある意味正解だ。でもな、それは半分ってところだな。ミクロ幻想榴弾(りゅうだん)から波導量子力学の理論を導き出し、これらの玉型兵器を作り上げるまでに至った。君には信じられないかも知れないが、ここまでは本当なんだよ。そして我らアカデメイアは巨額の投資をして、この地下空間に秘密の製造工場を作り上げた。しかしここから先で問題に直面したんだ」

「な、何の問題だよ」

「波導量子力学の理論がどれだけ素晴らしいものか。完成すれば、それは時空すら自在に操れる驚異的な科学力と成り得るのだろう。その事はアカデメイアの科学者の分析で、夢物語ではないのだと理解出来た。まさに神の力に匹敵する恐るべき科学理論だ。だがお前が言った様に、その真理を紐解くには至っていない。今のところはまだ、この通り猿真似だ」

 そう言ったトウェインは(おもむろ)に握っていた赤色の玉型兵器を振りかぶる。そして将軍はそれを思い切り壁に向かって投げつけた。

「ガン。――コロコロ」

 ジュールは身を屈めて衝撃に備えた。赤玉は爆弾だ。それも小型化した新型の爆弾は威力も倍増している。爆風だけでも直撃すれば無事ではいられない。しかしトウェインが壁に投げつけた赤玉は、爆発する事なく床に転がった。

「見ての通りだよ。波導量子力学で作ったはずなのに、出来上がったのは入れ物だけで効果はゼロだ。飛んだ欠陥品だよ」

「どうなっている? なんで爆発しないんだよ」

「それはこっちが聞きたいね。爆弾に必要な火薬などの材料は、全て玉の中に入っている。信じられないほどコンパクト化してね。でもなぜか分からないが、我らが作ったこれらの玉型兵器は効果を発揮しないんだよ。赤玉以外の玉も全てね。まったく、グラム博士には苦労をかけられるよ。飛んだインチキ科学者だ」

「なんだと!」

「ハハッ。まぁそう怒るなよ、ジュール。言い方は悪かったけど、それでも我らはグラム博士が生み出した波導量子力学を高く評価しているんだ。それに我々は自分達の波導量子力学に何が足りないのかも理解している。そう、我々は波導量子力学のキモである【蓄光の原理】を確立していないんだよ。だからこの玉は効果を発揮出来ないんだ」

「蓄光の原理? それって満月の光が持つエネルギーみたいなものを留める技術の事か?」

 ジュールは(いぶか)しさを露わに聞き尋ねる。残念だが、彼には科学の知識がほとんど無いのだ。仮にトウェインが波導量子力学の本質を知っていてそれを説明したとしても、ジュールには理解出来ないだろう。ただそこで彼は急ぎ口を(つぐ)む。つい余計な事を口走ってしまったと気付いたのだ。

「ほほう。興味深い話しをするな。グラム博士から直接話を聞いたのか? それともシュレーディンガーに教えてもらったのか? お前は何処まで知っている。蓄光の原理で満月の光に含まれた【熱紋】を、効率よく玉に封入する方法を知っているのか?」

「そんなの俺が知るわけねぇだろ。それにな、将軍。もしそれを知ってたからって、俺が口を割ると思っているのか」

「フフッ。まぁそうだろうな。蓄光の原理は一流の科学者であったとしても理解に苦しむものだ。お前みたいな体力バカが知るわけがない。それにはじめからお前に期待なんかしていないしな」

 トウェインはそう言うと、含み笑いを溢す。負けん気で食い下がるジュールに皮肉を告げた事が面白かったのだろう。だが一頻(ひとしき)り笑い終えたトウェインは、その表情を一変させる。そして真剣な顔つきになった将軍は、生産ラインに並んでいた玉型兵器の中から【銀色の玉】を手に取ると、それをジュールに軽く投げ渡して言ったのだった。


「例えばその銀の玉だが、聞いたところによれば、それを使えば空間を飛び越えて【瞬間移動】が出来る代物らしい。俄かに信じられないが、それが本当だとすれば、まさに神の領域に踏み入った超絶なる産物だと断言できるだろう。だけどその玉を完成させるには、満月の光に含まれた熱紋を、最低でも100時間以上与え続けなければダメだと言う。でもそれはどう考えても現実的ではない。いや、百年二百年の時間軸を持ってすれば、造り出せる可能性はあるのだろう。しかしそれではあまりにも生産性が良ろしくないし、はっきり言って価値のない物といえる。だがそこでだ。もし満月の光を人工的に作り出せる技術が確立されていたとしたらどうなる? それは瞬間移動が可能になる銀の玉が、大量に生産出来る事になるんだよ。それって考えただけでも凄くないか!」

 トウェインは両腕を広げて天を仰ぐ様にしながら言う。そして彼はさらにその先の未来を想像しながら告げた。

「波導量子力学とは、まさに人が神と肩を並べる理論なのだろう。そして大切なのは、我々アカデメイアはその力を是が非でも手に入れなければならないと言う事だ。その理由が何故だか分かるか、ジュール? 目的はある意味、お前達と一緒だぞ」

「どういう事だよ。分かんねぇからハッキリ言えよ」

 ジュールは的を得ぬトウェインの呼び掛けに小首を傾げる。だがそんな彼に向かい将軍が口にした返答は衝撃的なものであった。

「単純な話しさ。我らアカデメイアはアルベルト国王を【抹殺】する。それがゴールなんだよ」

「なんだと!」

 ジュールはあまりにも予想外なトウェインの発言に度肝を抜かれる。秘密結社であるアカデメイアは、国王の指揮下で動いている組織じゃないのか。それがまさか国王殺害を企てているなんて、率直に理解出来るはずもない。ジュールは戸惑うばかりだ。ただそんな驚きを隠せない彼の姿を見た将軍は、自らの本音を語り出したのだった。

「国王を抹殺する。いや、正しくは獣神である【黒き獅子】を抹殺すると言った方が良いかな。神は神でも、あいつは度が過ぎた。初めこそは黒き獅子に従っていたが、あいつが求める【渇望の正体】を知ってしまったからな。もうついては行けないんだよ」

「チッ、もう本当に意味が分かんねぇな! グチグチと訳分かんねぇ話ししやがって、ホントにムカついて来たぜ。でもさ、ならなんで俺達の邪魔をするんだよ。黒き獅子を殺すって目的が一緒なら、あえて俺達の邪魔する必要はねぇだろ」

「それは違うな、ジュール。お前達と私達とでは、目指す未来がまるで違うんだよ。だから黒き獅子を殺す目的が同じだからって、じゃぁ協力しようとはならないんだ」

「なら、あんたらが黒き獅子を討つ目的って何なんだよ」

「フッ。そんなの決まっているだろ。世界の安定した平和と発展さ。もちろん、アカデメイアが支配する上でのな」

「将軍、あんた正気か?」

「我々は当初、黒き獅子は神として人類を支配するものとばかり思っていた。黒き獅子はより強力な武器を開発し、またヤツの様な怪物まで生み出す実験を繰り返していたからな。狂暴な怪物兵士集団が破壊力抜群の兵器を装備して軍隊を組織したらどうなると思う? 人では到底勝てっこないだろ。全世界を支配するなど容易(たやす)い事だ。だから我らはそれに心を震わせ、黒き獅子に従ったんだよ。我らアカデメイアの悲願である【新世界の樹立】を成し遂げる為にね。だが我らは知ってしまった。黒き獅子が真に求めるものは、軍備増強や世界征服などではないのだとな」

 トウェインは(わず)かに寂しそうな表情を浮かべる。彼は黒き獅子の圧倒的な力に夢を重ねていたのだろう。アカデメイアが世界を支配するという傲慢な夢を。しかしそれは叶わぬものになってしまった。そう気付いてしまったからこそ、トウェインは表情を曇らせたのだ。

「失望したね。黒き獅子こそ、我らが求めた本物の神だと疑わなかったから。だがあいつは所詮【獣神】だったんだ。異次元の力を操りはするが、結局のところ化け物に変わりなかったんだよ。だから我らの【(あるじ)】はそんな黒き獅子を殺す事にしたんだ。あいつの身勝手な渇望が許せなかったから」

「おい将軍、気は確かか? あんた、何の話をしているんだ?」

 ジュールは話しの中身が読み込めず(いぶか)しむ。いや、そもそも彼は将軍が口にする話の半分も理解出来ていない。ただそんな困り果てたジュールの顔を見たトウェインは、含み笑いをしながら言ったのだった。

「済まん済まん。つい感情が(たかぶ)ってしまった。将軍などという大層な役職に就いていながら、まだまだ私も青いものだ。本当に済まない。それと詫びを言ったついでにもう一つ、お前に頭を下げねばならぬ事があったな。お前をアイザック殺害の容疑者にしてしまって悪かった。正直に言おう。アイザックの殺害を命じたのは私だ。そして実際に手を下したのはそう、お前のすぐ【後ろ】に立つ男だよ」

「何だって!」

 ジュールは驚きを露わに振り返る。そして彼はテスラの顔を直視した。だがテスラは決まり悪そうに視線を足元に落とすのみである。まったくジュールの方を見ようとはしない。


 本当にテスラがアイザック総司令を殺したのか。嘘だ、信じられない。だって二人は血を分けた本当の親子なんだぞ。ジュールは力を込めてテスラの肩を掴むと、それを揺すりながら声を上げた。

「おいテスラ! 嘘だよな。お前が総司令を殺したなんて、将軍のでっち上げだよな!」

 ジュールは激しく詰め寄る。しかしテスラは下を向くばかりで無反応だった。するとそんな彼に代わりトウェインが言う。

「アイザック、あいつは馬鹿だ。アルベルト国王が獣神に身も心も乗っ取られたと知り、覚悟を決めて国王暗殺を企てたはずなのに、最後は国王を擁護した。【天光の矢】のお膳立てまでしてやったのに、あいつは国王の首を獲るチャンスを自ら棒に振ったのだ。まったく、困ったものだよ。同じ軍人として、尊敬出来る男だったのにな」

 トウェインは深く溜息を吐き出す。恐らく将軍は本音でアイザック総司令に一目置いていたのだろう。全軍を統括する技量。類まれなリーダーシップ。何より軍人としての先を読む力。それら全てを高い次元で兼ね備えたアイザックを将軍は手放しで称賛し、また心の底から敬畏していたのだ。

 しかしアイザック総司令はトウェインの期待を裏切った。国王を、黒き獅子を倒すと硬く決意していたはずなのに、なぜかアイザックはその国王を庇い守ったのだ。

「どうして最後の最後になってアイザックが国王を擁護したのか。私にはその理由がまったく理解出来なかった。いや、アイザックは国王の事を本当の父親の様に慕っていたから、その面影を想い躊躇(ためら)ったのだろう。私はそう自分自身に折り合いをつけようとしたんだ。でもどうしてかな。腑に落ちなかったんだよ。納得出来なかったんだ。だってアイザックは誰よりも国王を慕っていたからこそ、その国王の命を奪った黒き獅子が許せなかったはずなんだから。だから私はアイザックが国王を殺せなかった理由を聞き出す為に、実の息子であるテスラを彼のところに行かせたんだよ」

「それで総司令が何も言わなければ殺してしまえって命令したのか!」

「あぁ、その通りさ! 息子にさえ言わないのならば、他の誰にも言わないだろう。そうなれば生きていても邪魔なだけだ。それにアイザックが国王を庇った理由なら別の方法でも調べられる。だから私はテスラに命令したんだよ。躊躇(ちゅうちょ)せずに殺せとな。でもまぁ、本当にあっさり殺してしまったから、少し拍子抜けしてしまったけどな。ハハッ」

「フザけやがって!」

 いきり立ったジュールがトウェインに向けて銃を構える。今すぐにでも殺してしまいたい。いや、殺すべきだ! ジュールはそう強く思いながら銃を握り締めた。だがそんな彼に対し、トウェインは手の平を向ける。そして将軍は神妙な顔つきで言ったのだった。

「まぁ待てジュール。本題はこれからなんだ。なぜお前の【婚約者】を連れ去らなければならなかったのか。それを教えよう」

「ど、どういう事だ」

「実はな、アイザックが国王を擁護した理由を調べる為に、我らはとある【写真】の存在を追ったんだ。どうやらその写真には、国王が抱えた重大な秘密が隠されているらしい。そしてその写真が持つ意味を解き明かせば、アイザックが国王を擁護した理由が分かるはず。我らはそう考え、写真の行方を追ったんだよ。ボーデよりも更に北に行った小さな里にその写真がある。そんな情報を手に入れたんでな」

「な、北の里だと!」

「そうだ。その里はお前の故郷らしいな、ジュール。そして偶然とは本当に恐ろしいものだな。我らが求める写真。それが隠されていたのが、お前の婚約者の生家だったんだよ」

「いい加減にしろ! デタラメを言うな!」

「残念だが嘘ではない。その証拠にお前の婚約者は、まさにその写真を持って逃げ出したのだよ。そして山深い森の中に消えたのだ」

「嘘だ!」

「お前の婚約者の父は【考古学者ハーシェル】だろ。それが何よりの証拠だ。それに娘を追うのは我らだけではなかった。なぜ【あいつ】が娘を追っていたのか。――――いや、それはどうでもいい事か。だがなジュール、驚くのはまだ早いぞ。我らは娘が北の教会に隠れ潜んでいたのを見つけ出し、そして我が(あるじ)の【秘術】で娘をルヴェリエに召喚した。だがそこで思いも寄らぬ事態が発生したんだよ。ううん、違う。真実が表面化したと言っていい。お前の婚約者、確か名はアメリアだったかな。そう、彼女こそが【女神の巫裔(かんえい)】と呼ばれる聖なる存在であり、彼女こそが黒き獅子の渇望する存在だったんだよ」

「――」

 ジュールは顔色を真っ青にして押し黙るしかなかった。女神の巫裔(かんえい)。何故か彼はその言葉を聞いて身を(すく)めたのだ。北の教会の神父が凄味を利かせて自分を駆り立てたのも、それが理由なのか。それに将軍が口にしたこれまでの経緯は全て当たっているし、それがデタラメだとも思えない。そう思ったジュールの背中は尋常でないほど粟立っていた。

 自分の体が普通じゃないのと同じで、アメリアにも何か秘密が隠されているのか。それも獣神や秘密結社が血眼(ちまなこ)になって求めるほどの存在として。

 ジュールの心が耐え難い恐怖で塗りつぶされていく。信じられるわけがない。いや、信じたくない。でもやっぱりアメリアの身に起きた数々の異変を思い返せば、それが嫌でも真実だとしか考えられないのだ。そしてそんなジュールの不安を色濃く上塗りする様に、トウェインは続けて言った。

「お前は本当の意味を知るまいが、来年の春に開催が予定されているルーゼニア教の生誕千年祭。表向き生誕祭はその名の通り、女神ヒュパティアがルーゼニア教を唱えてから丸千年が経つのを祝うイベントだ。でもなジュール。生誕祭には古来より、ある【予言】が言い伝わっているんだよ。それが何かと言えば、


『このアダムズ王国の何処かにあるという【女神の玉座】。そこに女神の巫裔(かんえい)を座らせ【生贄(いけにえ)】として捧げれば、【望みし聖なる力】は復活するであろう』


と、言うものなのだ。女神の玉座が何処にあるのかはまだ分からんが、女神の巫裔(かんえい)は実在した。そして望みし聖なる力の復活。それが何を意味するか、お前に分かるかジュール? それはな、【女神ヒュパティア】の復活降臨を意味するんだよ。まさにそれこそが黒き獅子の渇望する全てだったんだ!」

 トウェインは吐き捨てる様に言い放った。まるで強い憎しみをブチ撒けるかの様に。ただそこで将軍は肩を震わせながら笑い始める。そして将軍は半ば呆れながら(つぶや)いたのだった。

「ククク。飛んだお笑い草だよ。黒き獅子はあれほど超絶な力を持っていながら、ただ女神の復活だけを夢見ているんだからな。これでは飼い主を恋しがる野良猫と同じじゃないかよ。バカバカしくて付き合いきれないってモンさ」

 本当に呆れ果てているのだろう。トウェインはやれやれとしながら溜息をついた。だがそんな将軍をジュールはきつく睨みつける。(いま)だ彼の頭は混乱した状態だ。それも極度に困惑していると言っていい。ガウスの裏切りやテスラの総司令殺害だけでも理解出来ないのに、そこにアメリアまでもが話題の主役に踊り出して来たのだ。彼がパニックになるのは致し方ないというもの。ただそんな状態でありながらもジュールの本能は動き出す。そして彼は将軍に対して小さく問うたのだった。

「なぁ、将軍。一つ聞かせてくれよ。あんたは何を望んでいるんだい?」

 不意に告げられたジュールからの質問にトウェインは目を丸くする。まさかこの状況で自分の目的が何かを質問されるとは思わなかったのだ。ただ将軍はすぐに不敵な笑みを浮かべてジュールを見つめる。そして将軍は口元を緩めながらジュールに告げた。

「私の望みか。それはすでに一度言ったはずだが、もう一回聞きたいと言うなら、あえて言ってやろう。私の望み、それはアカデメイアの悲願の達成だ。アカデメイアによる世界の支配。言い換えるならば、我が【(あるじ)】によるこの世の全ての掌握。それこそがアカデメイアが長きに渡り抱いていた悲願なんだよ。そして私はその手助けの見返りとして、この国の【新たな王】となる。だから私はその為に、邪魔な存在は全てを排除するのさ」

「……」

「どうだジュール。いや、【月読(つくよみ)胤裔(いんえい)】よ。お前も私に協力しないか? そうすればお前はもちろん、お前の婚約者の命も保障するぞ。ある意味獣神と同類の存在である月読の胤裔(いんえい)だとはいえ、お前は元々私達と同じ人間だ。その身に宿る神の力を取り払えば、命まで失うことはあるまい。そしてそれは【女神の巫裔(かんえい)】である娘にも言える事。お前の婚約者もまた、元々は人なんだからな。お前も娘もまだ、その身に宿す本当の力に目覚めてはいない。ならば我が主の力でお前達を助けよう。我が主は【絶対】なる力を手にするお方だ。決して不可能ではないぞ。どうだジュール、私を信じ、我が主に仕えよ。そうすれば望みは思うがままだぞ。さぁ、私と来い、月読の胤裔(いんえい)よ!」

「……」

 ジュールはトウェインの提案に対して口を開かない。しかしその表情からは、必死で何かを考えているのがヒシヒシと伝わってくる。混乱した状況の中で、彼なりに答えを導き出そうと藻掻いているのだろう。だがどういう事だろうか。気が付けば、それまで青ざめていたジュールの表情が幾分赤みを取り戻していた。そして彼は小さいながらも、強い意志の込められた声を絞り出したのだった。

「テスラ、それにガウス。お前達はどうして将軍の言いなりになっている?」

 ジュールはそう言うと、テスラとガウスの顔を順に見渡した。しかし二人はジュールに対して無言を貫き通している。まるで変化のない状態だ。ただそんな二人に向かいジュールは続けた。テスラとガウスが何を考え行動しているのかは分からない。でも自分の考えだけはハッキリと断言出来る。彼はそう覚悟を決めたからこそ、ブレない気構えを吐き出したのだった。

「そうか。俺の質問には答えられないか。でもそれはいいよ。お前らには何も言えない事情があるんだろうからな。でもな二人とも。将軍が言ったように、アカデメイアがこの世界の覇者になったとして、お前達はそれで幸せになれるのか? お前達が望む未来はそんなものなのか? 悪いけど、俺には想像出来ないね。むしろそんな世界、クソッタレたれだ!」

 ジュールはそう言い放つなり、腰から十拳封神剣である【布都御魂(ふつのみたま)】を引き抜いた。そして彼は淡くピンク色に光るその刀を将軍に向けると、迷い無く言い切ったのだった。

「将軍、アメリアはどこにいる。姫も王子も返してもらうぞ!」

「チッ、どこまでも負けん気の強い奴だ。どう考えたって、不利なのはお前の方なんだぞ。それなのに、負ける事などまったく考えていない顔をしている。どうやら貴様は(まが)いなりにも神の化身ではあるようだな。いや、グラム博士みたいなイカれたジジィに育てられた結果の賜物か。でも良く分かった。これで私の方も心置きなく貴様を殺せるというものだ!」

 ジュールとトウェインが睨み合う。互いに一歩も引かぬ凄まじい気迫だ。狂気を剥き出しにするジュールに対し、将軍の方も凄まじい殺気を放っている。やはり将軍とて、伊達にアダムズ軍No.2にまで伸し上がった男ではないのだ。これまでに何度も命懸けの戦いを経験して来たからこそ、将軍はこれだけの激しい気迫を放てるのだろう。まさに一触即発の状態である。ただそこでトウェインは、睨みを利かせながらもジュールに向かって言い付けた。

「その強情っぷり、グラム博士にそっくりだな。血は繋がっていなくとも、ここまで性格というものは似るものなのか。まったく、ムカつく顔をしている。お前は私の事を昔から気に入らなかったらしいが、それは私にとっても同じ事。ジュール、お前は最初から排除の対象だ。もう予定に変更は無い。お前には今ここで死んでもらう。だがお前ごとき、私が直接手を下す事もあるまい」

 そう告げた将軍は、(うつむ)きながら立ち尽くすテスラに向かって命令した。

()れ、テスラ」

「ま、待って下さい将軍! 彼は、ジュールは」

「おいおい、ここまで手を汚しておきながら、友達は殺せないとでも言うのかテスラ。お前も良く分かっているだろう、ジュールが普通の人間ではないのだと」

「で、でも――」

 テスラは将軍の命令に従うのを躊躇(ちゅうちょ)する。やはりテスラにとってもジュールは大切な友なのだろう。だからテスラには迷いが生じているのだ。だがそんな彼に向かい、将軍は冷たく言った。

「腰抜けの子は所詮腰抜けか。お前はアイザックとは違うと思っていたんだが、どうやら私の勘違いだったらしいな。残念だよ。でも、まぁ良いか。お前には別の仕事で働いてもらうとしよう。ジュールの相手は【門番】に任せれば済むからな」

 トウェインはそう言うと、脇に控えていたガウスに目配せする。するとそれを合図にして、ガウスがジュールの前に立ち塞がった。

 ガウスは完全武装をしている。それも装備しているバトルスーツは、性能が強化された最新のものだ。そしてガウスから感じる気迫は、かつて戦場で敵に向けられていたそれとまったく同じものである。彼は本気だ。ただそんな鬼気迫るガウスに対し、ジュールは真っ向から彼を睨み付ける。ガウスが只ならぬ覚悟を決めていると察したからこそ、ジュールもまた本気で身構えたのだった。

退()けガウス。今の俺に冗談は通じないぞ」

「そんなの分かってますよ。今のあんた、本物の化け物にしか見えないくらい怖いからな」

「だったら退()けよ。俺は将軍に用があるんだ。おまえは引っ込んでろ!」

「そうはいかない! 悪いけどさ、ジュールさん。頼むからあんた、ここで大人しく死んでくれよっ!」

 そう叫ぶと同時に、ガウスは前に強く足を踏み出す。そして彼はその巨漢からは想像出来ない素早さでジュールの懐に飛び込んだ。

「ドンッ」

 ジュールの腹にガウスの渾身の拳が捻じ込まれる。するとその衝撃でジュールの体は為す術無く吹き飛んだ。

「ぐはっ」

 大砲が直撃したかの様な猛烈な衝撃だ。ジュールの体はかるく10メートルは弾き飛ばされている。当然ながら、彼の体に相当なダメージが刻み込まれたのは間違いない。それでもやはりジュールの体は普通ではなかった。彼は即座に立ち上がると、すかさず戦闘態勢を整える。ただそんなジュールに向かい、ガウスは容赦なく全力で襲い掛かった。

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