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月読の奏  作者: 南爪縮也
第一章 第四幕 灯巌(ひがん)の修羅
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#84 龍天に昇る位相の扉(三)

 救急車や消防車のサイレン音が街中に響き渡る。銀の鷲と黒き獅子が衝突した影響で、都市部に甚大な被害が発生しているのだろう。人命救助に向かう救急隊員達は、渋滞で混雑する道路を掻い潜りながら車両を急がせる。鳴り止まぬ救援要請に戸惑いながらも、彼らは職務を果たそうと全力を尽くしていた。

 だがそれらとは明らかに異なるサイレンの音が、アダムズ城の近くで唸りを上げる。そしてそのサイレンは時間と共に数を増し、あっという間にアダムズ城を囲い込んでいた。

 するとそんなパトカーの目前を1台のバイクが猛スピードで駆け抜ける。明らかにスピードの出し過ぎだし、それに加えて信号無視まで平然と繰り返す無謀な運転だ。当然の事ながら、そのバイクは複数のパトカーに追われていた。

「クソ。なんでこんなにパトカーがいるんだよ。これじゃ城に入れないじゃねぇか!」

 ジュールはアクセルを開け続けながら吐き捨てる。彼は北の教会の神父に告げられたアメリアの消息を頼りに、アダムズ城を目指していたのだ。しかし抜け目なく配備されたパトカーのバリケードによって、これ以上は城に近づけない。ジュールは忸怩(じくじ)たるも城の外堀に沿って通る街道を周回する事しか出来なかった。

「そこのバイク、いい加減に止まれ! 止まらないなら強硬手段に出るぞっ!」

 彼を追跡するパトカーから怒号が響く。我が物顔で暴走するジュールのバイクに警察隊士らは苛立ちを強めているのだろう。いや、ジュールの高いバイクの運転スキルについて行けない。そんな腹立たしさと焦りを感じて警察隊士らはハンドルを握っていたのだ。

 だが軍で高度な運転技術を叩き込まれたジュールのバイクは恐ろしく早い。通行する一般の車両を巧みに(かわ)しつつも、ほとんど減速しないまま彼のバイクは走り続けた。

 城の前で逃走劇が続く。ジュールの運転技術があれば、そのままパトカーを撒く事も可能だあろう。しかし彼の目的は城の中なのである。追跡するパトカーを振り切ろうとも、肝心のアダムズ城に入れない。そうこうしている内に再びパトカーに追い回される。そんな一向に改善されない状況にジュールは焦燥感を強めていた。

「どうすればいい、このままじゃジリ貧だぞ。バイクの電池も残り(わず)かだ。でもそれにしたってこの城の警戒体勢は何なんだ。まさか俺一人を捕まえる為の仕業じゃないだろ。もしかして黒き獅子が銀の鷲を迎え撃つ準備として配備させたのか? チッ、何にしても厄介な話しだぜ」

 ジュールはそう苦言を漏らしながらも走り続ける。だがそこで彼が城の正門前を通り過ぎた時、大勢の警察隊士が集まって何かを話しているのに気が付いた。

「ん、今の警察隊士の態度は何だ? こんなに騒がしいのに、俺を眼中にしてなかったぞ。あいつらがスタンバってんのは、やっぱり俺を捕まえる為じゃなさそうだな」

 警察隊士らの不可解な姿勢にジュールはそう確信する。目の前で明らかな交通違反を繰り返す彼の暴走に対して、ほとんどの警察隊士がまったく反応を示さないのだ。ならばどこかに城に入り込む為の隙があるんじゃないのか。ジュールはそう考えた。だがその時、彼の前方を走行していた乗用車が急ブレーキを踏んだ。

「危ねぇ!」

 ジュールは車との接触を避ける為にブレーキを握る。しかしそれだけでは激突は回避出来ないと瞬時に察した彼は、バイクの後輪を滑らせてハンドルをカウンターに切った。

「シュルルルルッ、ギュイーン!」

 転びそうなほど横向きになったバイクがモーターの出力を一気に絞り出す。するとバイクは(うな)りを上げて右方向に飛び上がり、ギリギリのところで車との接触を避けた。

 目を見張る運転技術だ。時速100キロは有に超えていたであろうバイクの進行方向を一瞬で直角に変えたのである。プロのレーサーであっても出来る技ではない。だがしかし、ジュールに息をつく暇は無かった。

「!」

 小さな娘を抱えながら走る母親の姿が目に飛び込んで来る。いや、ジュールが勢い余って歩道に乗り上げたのだ。出力を全開にしたバイクのスピードは抑えられない。このままじゃ親子を()いてしまうぞ。

 ジュールは強引に右ひざを路面に擦りつけてバイクを引き倒す。そして彼はそのままバイクのフロントを隣接したビルの側壁に向けた。

「ギュガガガッ!」

 母と娘のすれすれをバイクが(かす)める。だが幸運にも接触だけは避けられた。そしてそれを確認したジュールはハンドルから手を離しバイクのステップを思い切り踏みつける。するとバイクはジュールの体を置き去りにして、一直線にビルの壁に向かった。

「ドガガーンッ!」

 ビルの壁に直撃したバイクが爆音を立ててバラバラになる。そして真っ黒な煙を上げてバイクは炎上を始めた。

 その間ジュールの体は数十メートル先にまで滑り移動していた。バイクから飛び降りたものの、運動エネルギーを保持したままの彼の体は、為すがままに路面上を転がったのだ。

 それでもジュールはすぐに起き上がる。そして無傷だった親子の姿を見てホッと胸を撫で下ろした。しかし全身に伝わる激痛で思う様に体が動かせない。それに移動手段であるバイクを失ってしまった。不可抗力であったものの、追い詰められた状況にジュールは苦々しい表情を浮かべるしかなかった。

「クソッタレ。こんなところでグズグズしてる時間はないんだぞ」

 ジュールは痛みの伴う体に鞭を打って歩き出そうとした。少し離れた場所からパトカーのサイレンが近づいて来る。

 早くこの場所から離れなくては。ジュールは奥歯を喰いしばって懸命に足を動かそうとした。だが自分の意志に反して足は動いてくれない。想像以上に重傷なのだろうか。彼はそう思い愕然とした。でもその時だった。彼はよく知った声で呼び掛けられる。

「こっちだジュール、早く乗って!」

 歩道に乗り付けた車の運転席から声が発せられる。そしてその声に反応したジュールは、その車の後部座席に飛び乗った。


 乗用車はタイヤを鳴らしながら急発進する。少しでも早くこの場所から離れようとしているのだ。そしてそんな車のハンドルを握る人物に、ジュールは少しだけ戸惑いながら声を掛けたのだった。

「た、助かったよ、テスラ。でもなんでお前がここに居るんだよ?」

「トランザムらしき赤い制服を着た隊士がバイクで暴走してるって通信が入ったからね。これはジュールだって思ったんだよ。でも城の周りは物々しい雰囲気で普通じゃないから、君は無事でいられない。僕はそう思ってジュールが通過しそうな場所に先回りしていたんだ。君がちょうどここで事故ったのは偶然だったけど、なんとか君を拾えて良かったよ」

「え、じゃぁお前は俺と初めから合流するつもりだったのか?」

 ジュールは後部座席から身を乗り出してテスラに聞き尋ねる。だがそんなジュールに向かってテスラは強い口調で言い付けた。

「後部座席に伏せていてくれないか! 今は非常事態なんだ。君を後部座席に乗せているのを誰かに見られたら面倒な事になるんだよ」

「わ、悪い。指名手配された俺と一緒にいたら迷惑だよな。でもそれなら何で俺と合流したかったんだよ。リスクが高過ぎるだろ?」

「リーゼ姫が乗った政府の車が強奪されたんだ。ジュールにはその奪還に協力してもらいたい」

「リ、リーゼ姫が(さら)われただって! おい、お前は姫の護衛だったんじゃないのか。そのお前が就いていながら何でそんな事になってんだよ!」

「隙を突かれたんだ。まさか【彼】がそんな事をするなんて想像もしてなかったから。でもそれは言い訳だね。僕のミスであるのに変わりはない。それに今大切なのは、姫を無事に取り戻す事なんだ。絶対に姫を救ってみせる。ただ僕一人では相手が悪過ぎるから、君に協力してもらいたいんだよ」

「その言い方だと、お前はリーゼ姫を連れ去ったのが誰だか知ってるんだな。一体誰の仕業なんだよ?」

 ジュールは後部座席に伏せた状態のままテスラに尋ねる。するとその質問にテスラは少し気持ちを鈍らせながら答えたのだった。

「落ち着いて聞いてほしい。ジュールには信じられないと思うけど、これは真実なんだ。だから絶対に怒らないで」

「分かったから早く言えよ。誰が姫を連れ去ったんだ?」

「リーゼ姫を強奪したのは……【ガウス】だよ。ガウスが姫を奪い去ったんだ」

 一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)するも、テスラは姫を連れ去った実行犯の名前を明確に口走った。だがその名前を聞いたジュールは戸惑いを露わにする。いや、テスラが何を口にしたのか、彼には率直に理解出来なかったのだ。

「聞こえなかったのかい。姫を連れ去ったのはガウスだよ。彼は姫が乗る政府の車の運転手だったんだ。そんな彼が車に同乗していた僕ともう一人の護衛に言ったんだよ。不審な車に後をつけられている。タイミングを見て車を止めるから、護衛の方々はその不審な車を調べてくれないかってね。それでガウスは車を止めて僕らを車から下ろしたんだ。でもその直後に彼は車を急発進させ、姫を連れ去ってしまったんだよ」

 真顔でそう告げたテスラが嘘を言っているとは思えない。いや、誰よりもリーゼ姫を大切に想っている彼の口から発せられた話なのだ。間違いなくそれは事実なのだろう。でもガウスがそんな犯罪を犯すなんて考えられない。ジュールは酷く混乱しながらもテスラに詰め寄ったのだった。

「見間違いじゃないのか? だってガウスがそんな事するわけないだろ。あいつは俺達の仲間なんだぜ」

「僕がその仲間を見間違うと思っているのかい。僕だってガウスとは一緒に戦場を駆けた同士なんだ。彼を見間違うなんて有り得ないよ。それに僕は彼を仲間だと信頼していたからこそ、こんな事態になってしまったんだ。そうじゃなかったら、簡単に姫を車に残したりしないよ」

「いや、だって信じられない。ガウスはヘルムホルツ達と北の里にいるはずなんだ。こんな短時間でルヴェリエに移動できるはずがないよ。瞬間移動でもしない限りは――ハッ!」

 ジュールは自分で口にした瞬間移動という言葉で思い出す。俺の目的は何だったのか。アメリアを救う事だったんじゃないのか。そしてそのアメリアはリーゼ姫と一緒にいたんじゃないのか。ジュールはテスラの言いつけを破り、再び運転席に身を乗り出して詰問した。

「おいテスラ、はっきり言ってくれ。リーゼ姫が乗ってる車に、アメリアも同乗してるんじゃないのか?」

 ジュールの質問を聞いたテスラはギョッとする。ジュールの口からアメリアの名前が発せられた事に彼は驚嘆したのだ。だがテスラは冷静に前を向くと、小さく首を縦に振りながら言ったのだった。

「その通りだよ。アメリアはリーゼ姫と一緒にガウスに連れ去られた。これで分かったでしょ。なんで僕が君に協力を求めたかをね」

 今度はジュールが黙る番だった。予期せぬ事態に意識がついていかない。まさに彼の心情はパニック寸前の状態なのだろう。ただそんな彼に向かい、テスラはそれまでの状況を簡単に説明した。

「女神への参拝を願ったリーゼ姫を連れて、僕は光世院鳴鳳堂こうせいいんめいほうどうに行ったんだ。リーゼ姫は熱心なルーゼニア教の信者だからね、参拝自体はいつもの習わしで不審さはどこにもなかったよ。でも光世院鳴鳳堂こうせいいんめいほうどうに着いて僕は驚いた。だってそこにアメリアがいたから。そして何よりも驚いたのは、リーゼ姫がアメリアの為に体を張って彼女を守ったって事なんだ。あんな強い姿勢の姫を見るのは初めてだよ」

「…………じゃぁテスラ。お前は何でアメリアが光世院鳴鳳堂こうせいいんめいほうどうに居たのか、その理由を知らないんだな?」

 ジュールは(うつむ)いたままの状態で告げる。ガックリと項垂(うなだ)れたその姿勢は、酷く落ち込んだ様子だ。ただそんな彼に対し、テスラは振り返らずに(つぶや)いた。

「うん。僕は何も知らない。僕が知っているのは、リーゼ姫とアメリアが乗った車が何処に向かったかって事だけさ」

 そう言ってテスラは車内に設置されたナビゲーションパネルを指差す。するとそこには赤い信号が点滅していた。

「政府所有の車にはGPSが備わっているからね。僕は今、そのGPSを頼りに車を追っているんだよ。直線距離にして5キロってところかな――あっ」

 テスラはナビゲーションパネルの点滅信号を見て思わず声を発する。そしてその声につられてジュールもパネルに視線を移した。

 パネルに映し出された信号が一か所で止まっている。これは車両が停止した証しだ。だがアダムズ城から見て北方に位置したその場所にジュールは唾を飲み込んだ。

 忘れるわけがない。リーゼ姫とアメリアを乗せた車が停止した場所。それはかつて、彼が豚顔のヤツであるウォラストンと死闘を繰り広げた【廃工場跡地】だったのだ。



 アニェージとリュザックは横たわるソーニャのそばに駆け寄る。そしてアニェージは素早く(ひざ)をつくと、ソーニャの(ほお)を叩きながら彼女の意識を確認した。

「しっかりしろソーニャ。目を覚ますんだ」

 ソーニャの体は温かい。少し早いが脈拍も正常だ。状態としては眠っているのと同じだろう。しかしこんな場所で呑気に昼寝をするなんて有り得ない。アニェージは他に外傷がないか確かめつつも、ソーニャの意識を呼び起こそうと必死になった。

 まるでスポットライトに照らされた舞台の様だ。リュザックはソーニャとアニェージの姿を見て思う。配電盤の配線をつなぎ代え、なんとか観測室の天井開放に成功した。だがそれは頂上付近の、それも1平方メイートルにも満たない部分しか開かずに止まっている。配線に間違いはないはずだし、電力も十分に供給出来ているはず。それなのにどうして天井は少ししか開かないのか。

 光りの中に浮き上がる二人の姿を見ながらリュザックは警戒感を高めた。こいつは罠に違いない。何より強い太陽の光が一点から集中して観測室内に注がれる為、ゴーグルのセンサーが上手く働かなくなっている。強い光と黒い闇が限りなく近接した空間。そこから感じる極度な違和感に彼は声を震わせて言った。

「そ、そこにソーニャは本当におるんじゃよな? 幻なんてオチは勘弁してほしいでよ」

「そんなバカな話しあるか。よく見ろ、ソーニャは紛れも無くここに居る。彼女の体は私達と同じで温かいぞ!」

 少し怖気づいたリュザックにアニェージが声を荒げる。だが彼女自身もこの状況が明らかに変だと感じていた。なぜならソーニャが横たわるこの場所は、暗闇の中リュザックと二人で一度通過している場所なのだ。

 その時ソーニャはいなかった。巨大な望遠鏡のすぐ横のスペース。もしそこに少女一人が倒れていたなら、たとえどんな暗闇だろうと見落とすなんて有り得ない。しかし現実にソーニャはここに横たわっている。

 アニェージの背中に冷たい汗が流れ伝った。それまでとはまったく違った緊張感が彼女を支配していく。それなりに実戦を経験してきたアニェージの直感が危険シグナルを発しているのだ。ただその時、ソーニャの目がゆっくりと開いた。

「き、気が付いたかソーニャ。私が分かるかソーニャ!」

 アニェージは少女の体を抱き起しながら語り掛ける。ただ降り注ぐ太陽の光が眩しいのだろう。ソーニャは日差しを(さえぎ)る様に目を押さえながら小さく(つぶや)いた。

「ここは、どこ? 私は、何をしているの?」

「良かった、正気に戻ったみたいだね。大丈夫、安心してソーニャ。私達はあなたを助けに来たんだから」

 アニェージはそう言って少女を優しく抱きしめる。柔和に包み込む事で、ソーニャを落ち着かせようとしたのだ。でも現状が極めておかしな状況であるのは変わりない。アニェージはその危険要因を確かめる為に、ソーニャに聞き尋ねたのだった。

「ソーニャ。ゆっくりで良いから教えて。あなたはどうやってここに来たの? 誰に連れられてここに来たか思い出せる?」

 アニェージはソーニャの両肩を支えながら彼女の顔を覗き込む。しかしソーニャは首を横に振りながら小さく答えたのだった。

「ご、ごめんなさい。私、何も覚えてない。……でも、誰かに呼ばれていたような」

 ソーニャは頭の片隅に残っているらしき感覚から何かを思い出そうとする。誰に連れられてここに来たのか、その残像を呼び起こそうとしたのだ。だがしかし、彼女は突如頭を抑えて(うずくま)った。

「うぅ。あ、頭が痛い――」

「ちょ、しっかりしてソーニャ。すぐ医者に見せてあげるから、ちょっとだけ我慢して」

「……呼んでる。彼女が、【ラウラ】が私を呼んでる。行かなくちゃ!」

 そう叫んだソーニャはアニェージの体を弾き飛ばす。そして彼女は観測室の出入り口に向かい駆け出した。

「な、なんちゅう力だきね。あの小柄なソーニャが出した力とは思えんがよな」

 リュザックが数メートルも突き飛ばされたアニェージを見て呟く。だがそんな彼に向かってアニェージは鋭く指示を飛ばした。

「早くソーニャを追え! こいつはヤバいぞ!」

 アニェージは表情を僅かに歪めている。ソーニャから受けた衝撃が、思いのほか強力だったのだろう。でも今は非常事態なのだ。そんな痛みに構っている暇は無い。アニェージは奥歯を喰いしばりながら立ち上がった。

 リュザックはアニェージに言われるまでもなく少女を追い始める。ただその時、彼のゴーグルのセンサーが新しい信号を発した。

「ピピッ」

 リュザックは反射的に信号の発信現に目を向ける。するとそこには暗闇の中に潜む一つの人影があった。

「何者だきっ! 両手を上げてこっちに来いだが!」

 リュザックがマシンガンを構えながら人影に向かって威嚇する。しかしそんな彼を制止させたのはアニェージだった。

「リュザック、ここは私に任せてお前はソーニャを追ってくれ! その【男】は私が引き受けるから、お前は早くソーニャを保護するんだ」

「だ、大丈夫だきか」

「状況判断は得意だろ、行け!」

 アニェージは暗闇の中にいる男に銃口を向けながら吐き出す。引き金に掛けた指先は、今にもそれを引き絞りそうだ。そしてそんな彼女の覚悟を受け止めたリュザックは、口惜しみながらもソーニャを追い観測室から飛び出して行った。


 アニェージは殺気を込めた鋭い視線で男を睨む。初めに会った時から嫌な感じがしていた。表面上は人の良さそうな雰囲気を醸し出しているのに、どこか怪しい影が見え隠れする。彼女は【観測所の館長】であるその男に銃口を向けながら、ゆっくりと間合いを詰めて行った。

 暗闇に解け込んでいるためハッキリとは分からないが、男は薄らと笑みを浮かべている。アニェージとの距離はもう数メートルだ。彼女がマシンガンの引き金を引けば、間違いなく弾丸は男に命中するだろう。それなのに男は不敵な笑みを消しはしなかった。

「お前、確か【ノーベル】って名前だったな。なぜ笑っている。自分が置かれた状況が分からないのか? いや、それよりもお前、ソーニャに何をしたんだ!」

 アニェージはさらに殺気を高めて銃口をノーベルに向ける。彼女は本気だ。ノーベルの出方次第で躊躇(ちゅうちょ)なく引き金を絞るだろう。だがしかし、そんな彼女を嘲笑する様にノーベルは口を開いた。

「ソーニャに何をしたか、そんな事を知ってどうするんです? あの娘がどうなろうと、あなたには関係ないでしょう。フフフッ」

「き、貴様!」

 まるで他人事の様に告げたノーベルの言葉にアニェージは怒りを覚える。すぐにでもコイツをぶっ殺したい。いや、殺すべきだ。この男は危険極まりない存在なのだから。そう考えたアニェージは、もう一歩だけノーベルに近づいて言った。

「情報を引き出すまでは殺さない。そう思っているなら大きな間違いだぞ。たとえ何も喋らなくても、私はお前を撃ち殺せる」

「そうでしょうね。あなたの殺気を(じか)に感じれば、誰だってそれが本気なんだって分かりますよ。ただね、あなたの方こそ勘違いしているんじゃないのかな。だって僕は、洗いざらい全てを話すつもりでここに来たんだから」

「何だと!」

「まぁまぁ、そう粋がらないで下さいよ。それにね、怒っているのはむしろ僕の方なんです。あなた達がもう少し()()く動いてくれたなら、こんな雑用しなくて済んだのですからね。僕は残念を通り越して呆れていますよ」

 ノーベルはそう言うと、手の平を上に向けながら溜息を漏らした。その姿からして、彼は本当に落胆しているのだろう。だがそんなノーベルを前にアニェージは警戒感を強めた。

 ここは天体観測所なのである。言わばノーベルのホームなのだ。そして彼が余裕の態度を見せているのは、何かしらの(たくら)みが整っているからなのだろう。そうでなければこの状況で余裕を見せるなんて出来るわけがない。アニェージは湧き上がる怒りを必死に抑えつけながら、ノーベルに向かい聞き尋ねた。

「全てを話すつもりでいたなら好都合だよ。さぁ、説明してくれ。お前らアカデメイアの目的も含めてな!」

 アニェージはさらにもう一歩ノーベルに近づく。これだけ近づけば、仮に別の場所から狙われていたとしても、自分一人だけを正確に攻撃するのは難しいはず。あとは目の前のノーベルの動きに注意していれば、危機的な状況は避けられるはずだ。彼女はそう考えつつ、ノーベルとの間合いを詰めた。だがそんな彼女に対し、ノーベルは不敵な笑みを浮かべたまま告げたのだった。

「良い心掛けです。それだけ周囲を警戒していれば、こちらとしても簡単には手を出せない。さすがは【鉄人ガルヴァーニ】を師に持つだけはありますね。敬服しますよ」

「チッ。つまらない話しはしなくていい。それよりもっと面白い話しをしてくれないか。お前、その為に私達をここに(おび)き入れたんだろ?」

「ハハッ。これは失礼しました。そうですね、こう見えて僕もそれなりに忙しいですし、本題に入りましょうか」

 ノーベルはそう言うと、自らアニェージに一歩近づいた。もう二人は手を伸ばせば届く程の距離にまで近づいている。それでもノーベルは余裕の表情を変える事なく、アニェージに向かって話し始めた。


「秘密結社アカデメイアと一言で言ってはみても、それはとても大きな組織なんです。実際に何人のメンバーが属しているのか、それすら定かではないし、それぞれのメンバーが何を目的として行動しているのかも分かりません。でも僕に与えられた役割なら教えましょう。僕がアカデメイアから命じられている仕事は全部で3つ。まず一つ目はグラム博士が隠したフェルマーズ・リポートを探す事。これはまったくの偶然なのですが、この天体観測所に博士が隠した論文の手掛かりが隠されているらしい。そんな情報が入ったばかりに、表向きの仕事である館長の僕は、その任務を引き受ける羽目になってしまった。本当に面倒な話しです。宝探しなんて、僕には興味ありませんからね。でも組織の命令は絶対ですから断るなんて出来っこない。仕方なく僕は観測所を端から端まで探しました」

「それで、何か見つかったのか?」

「いえ、残念ながら何も見つかりませんでした。正直途方に暮れましたよ。なにせ僕は、観測所に論文に繋がる手掛かりが隠されているとだけしか、教えてもらっていませんでしたからね。手の打ちようがない。ただそこに論文を探すあなた達が現れた。ううん、僕は待ってたんです。近いうちに必ず博士の意志を継ぐあなた達の様な人が現れ、探し物をすると。だから僕は仕掛けをしたんですよ」

「仕掛けだと?」

「はい、簡単な仕掛けです。ホール中央にある月のオブジェ。その前にある案内表示パネルに、パスワードを打ち込むよう誘導したんです。でもダメでしたね。結果的に使い物にならない数列ばかりでした」

「停電の直後にパスワードの入力画面を表示させたのはお前の仕業だったのか。クソっ、そうとは知らずに私達はパスワードを打ち込んでいたのか」

「パスワードが何であるか知らなかった僕には、あなた達が打ち込んだもので、それがそういった数列なのか把握出来ました。いくつかのパターンが考えられますが、正解を導き出すのはそう難しい事じゃない。でも肝心なのはそのパスワードを打ち込む場所。それがどうしても僕には分からなかった。ねぇ、あなた達はパスワード以外にも、何か情報を入手してるんじゃないんですか? グラム博士は三月の論文にこう書き記していましたよね。


『懐かしの部屋に掲げられた太陽に隠れし光を見つけよ。それは内角180度以上の三次元宇宙の内心を示すものなり』


 暗号に秘められし謎の情報。分かっているならぜひとも僕に教えて下さい。そしたら僕が代わりに謎を解いてあげますよ。天才ラジアン博士を超える頭脳を持った、このノーベルがね」

「クソ野郎が! お前に教える事なんて何もない。それよりもお前はあの少女達に何をした。少女達は、いや拉致された全てのアスリート達は、お前らに利用される為に、毎日過酷なトレーニングをしていたんじゃないんだぞ!」

 アニェージはノーベルの額にマシンガンの銃口を突き付けて構える。彼女の胸の内は怒りの感情を抑え込むので精一杯の状況だ。次の瞬間には銃弾をその額に撃ち込んでいてもおかしくない。だがそんなアニェージに対し、ノーベルは依然として余裕さを失わなかった。

「まぁ良いでしょう。僕にしてみれば、論文探しはあくまで副次的なものですからね。それより二つ目の仕事を教えましょう。むしろこっちが僕にとっての本職。あなたも薄々は気付いているかも知れませんが、僕は人の【ヤツ化】について研究しているんですよ。そして鍛え抜かれたアスリートはヤツ化にとって、とても価値があるサンプルになるんですよね」

 ノーベルは黄色の瞳を不気味に光らせながら言った。そしてその表情は興奮を隠しきれないでいる。自分の研究に気持ちを(たぎ)らせたのだろう。だがそれはアニェージの感情を憤らせるに十分だった。

「最低な奴だな、お前。直向(ひたむき)な少女の気持ちを手玉に取り、(もてあそ)ぶのがそんなにも楽しいのか! 彼女達は自分の為に、応援してくれる家族や友人の為に、筆舌に尽くしがたい努力を積み重ねていたんだぞ。それなのにお前達は、ヤツなんてわけの分からない化け物を生み出す為だけに、彼女達の人生を非道にも奪った。フザけるな、私はお前達を絶対に許さない!」

「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。僕にだって良心はある。実験台にされたアスリート達を見て、僕の心はズキズキと痛んだんだ。ホント、耐えられなかったよ」

「なら何でそんな(むご)い研究に手を染めたんだ! 嫌なら()めればいいだろっ!」

「笑わせないでくれ。()めるわけないでしょ。だってヤツについての研究は僕にとって最高のテーマなんだ。こんなに楽しい研究は他にはない」

「話しにならない、貴様のどこに良心があるっていうんだ! 心が痛んだなんて、よくもデマカセを言えたモンだな!」

「心が痛んだのは本当だよ。だって(みにく)い野獣と化すアスリート達の姿は、とても見るに耐えないものばかりだったからね。みんな腐った顔をしてさ、(おぞ)ましいったらありゃしなかったよ。それでも僕はやらねばならない。研究を続ける責任が僕にはあるんだ。それが人類の【進化】なのだから」

「馬鹿を言うなっ! それのどこが進化なんだ。人を(さげす)むのもいい加減にしろっ!」

 アニェージは怒りを露わにしながら声を張り上げる。かつて彼女自身が陸上選手だっただけに、実験台にされたアスリート達の無念さを誰よりも強く受け止めたのだ。

 もう我慢の限界だ。ぶっ殺してやる。彼女は震える腕で構えたマシンガンの銃口をノーベルの眉間に向けた。

 ここでコイツに鉛玉をブチ込んだとしても、ヤツの研究が無くなるわけではない。しかし訳も分からぬまま実験台にされたアスリート達の無念さを思えば、ここでノーベルを殺すべきなのだ。

 アニェージが引き金に掛ける指先に力を込める。だがそんな彼女に対し、ノーベルは黄色い目を怪しく光らせて告げたのだった。

「あなたがどれだけ憤ったとしても意味はないし、アスリート達にも拒む権利はない。まだ理解出来ませんか? これは国家規模のプロジェクトなんですよ。だから愚民どもは黙って天才に従えばいいんです。そうすれば、アダムズは未来永劫繁栄を続けられるんですからね」

「フザけるなっ! 罪の無い人々の犠牲を積み重ねた先にどんな栄華があるっていうんだ! 人を(いや)しめるのも大概にしろっ!」

「馬に魅せられ走り、魚に憧れ泳ぎ、鳥を夢見て跳躍を繰り返す。僕には可笑し過ぎてお腹が痛いよ。限界に挑むなんて大層な理想を掲げてはいるけど、所詮アスリート達が望んでいるのは動物になりたいって言ってるのと同じだ。彼らは自ら人を辞めて、動物に変化するのを志願していたんだよ。だから僕はその手助けをしたのさ。ヤツにさせる事で、僕は筋肉バカどもの夢を叶えてあげたんだよ」

「貴様っ! 必死に努力するアスリートを侮辱するなっ! バババババッ!」

 アニェージはマシンガンの引き金を目一杯に引き絞った。彼女はアスリートの懸命な姿勢を(あざけ)るノーベルに激怒したのだ。轟音と共に数十発の弾丸がノーベルの顔面に撃ち込まれる。そして肉塊となったノーベルの体は、そのまま後ろに倒れ込んだ――はずだった。


 アニェージは信じられない光景に絶句する。なんとノーベルは立ち続けていたのだ。それも薄笑いを浮かべたまま。

 一体何が起きたのか。アニェージは戸惑った。間違いなく顔面に弾丸を撃ち込んだはずなのに、ノーベルの顔はきれいなままなのだ。

 この至近距離から外すわけがない。しかし現実にノーベルは無傷なのである。彼女が目を疑ったのは当然だ。それでも彼女は気を取り直し、今度はノーベルの体を狙って銃弾を撃ち込む。マシンガンから発射された数十発の弾丸は、今度こそ確実にノーベルの胸と腹を打ち抜いた――かの様に見えた。

「!?」

 それは一瞬の出来事だった。アニェージの視界からノーベルが消えたのだ。何が起きている。アニェージの頭の中が酷く錯綜していく。だが次の瞬間、彼女はくるりと反転しながら中腰の体勢で構えた。

「ギュイーン!」

 アニェージの両足から機械音の唸りが上がる。そしてその音が高周波を発生させたと同時に、彼女は強く床を踏み込んだ。

「ドン!」

 義足の能力を最大にして足を踏み出したアニェージは猛烈な勢いで前方に飛ぶ。そして彼女は体を(ひね)って蹴りの体勢をとった。強烈な蹴りをノーベルに叩き込むつもりなのだ。

 どうやって移動したのかは分からない。でもアニェージはノーベルの気配を直感で察し、その移動先を見定めた。ロケットの様なアニェージの蹴りがノーベルに()じ込まれる。だがそこでまたしても不可解な現象がアニェージを襲った。

 なんとアニェージの蹴りがノーベルの体をすり抜けたのだ。勢い余った彼女の蹴りは、そのまま観測室の壁まで飛びそれを破壊する。だがアニェージは即座に体勢を整え身構えた。そして彼女は蹴りを捻じ込んだはずのノーベルを睨み付けたのだった。

 ノーベルの体は確かにそこにある。しかし何の手応えもなく体をすり抜けてしまった。もしかしてホログラフなのか? ただそこでアニェージは焼け焦げた臭いを感じハッとする。もしかしてこれはパーシヴァルの……。

 アニェージは更に嗅覚に神経を集中させる。(かす)かに感じるこの焼け焦げた臭いは、かつてボーア将軍が開発した【ミクロ幻想榴弾(りゅうだん)】を使用した時に生じる臭いと一緒じゃないのか。だがそんな彼女の考えを見透かした様に、ノーベルは口元を緩めながら言ったのだった。

「あなたの攻撃は先日拝見させて頂きました。それ、凄い義足ですね。そんなので蹴られたら、僕の体なんて文字通りバラバラになっちゃいますよ。想像しただけで縮み上がりそうだ。でもね、だからこそ僕は入念に準備したんです。力で敵うわけないですからね。僕は戦士じゃない。僕は科学者なんだ」

 そう言ったノーベルは右腕を上に伸ばす。そして指をパチンと鳴らしてみせた。するとどうした事だろう。彼の体が二つに分裂する。いや、それだけでは終わらず、彼の体は分裂を繰り返し、あっというまに観測室を埋め尽くすほどの数になった。

「ここで僕の三つ目の仕事を教えましょう。それはボーア将軍が開発したパーシヴァルの兵器について調査をする事です。いやぁ、ボーア将軍は本当におもしろい兵器を造ってくれました。催眠粒子兵器とでも呼びましょうかね。ボーアの反乱でアダムズ軍は酷く苦渋を強いられましたが、なぁに、自分の物にしてしまえば、これほど強力で有効な武器はない。なにせ今のあなたの様に、(ひる)んだ相手の表情が堪らないですからね。クククッ」

 ノーベルは込み上がる笑いが抑えられないらしい。アニェージを(もてあそ)んでいるのが楽しくて仕方ないのだろう。だがこの状況がアニェージにとってマイナスであるのは確かな事だ。額から大量の汗を垂れ流す彼女は、奥歯を噛みしめながら自分自身に訴えていた。

「惑わされるな。これは全て奴が作り出した幻覚なんだ。本体は必ず近くにいる。それに攻撃を加えれば、幻は消えるはずだぞ」

「かなり参っているみたいですね。やっぱり僕には打って付けの武器みたいです。あなたは肉体的にも精神的にも非常に優れた戦士のはずなのに、僕はそんなあなたをこれ以上ないほど苦しめている。ミクロ幻想榴弾(りゅうだん)。素晴らしい兵器ですね。まぁ、僕なりにちょっと改良はしてみましたが」

「ハッ。随分と調子に乗っているみたいだけど、これだけで勝ったつもりならお笑いだね。貴様が何処にいるか分からないなら、全てを【焼き尽くす】のみさ!」

 アニェージは歩幅を広げて中腰に構える。こうなったら体への負担など気にしてはいられない。彼女は追い詰められた状況を脱する為に、自身が有する最大の攻撃に転じた。

 アニェージの(ひざ)から下が急激に膨らみズボンを切り裂く。するとそこから顔を出したのは複数の銃口だった。

「喰らえーっ!」

 アニェージが叫ぶと同時に膝下の銃口から強力なビームが乱射される。そして凄まじい熱を帯びたビームの拡散は、一瞬にして観測室内を焼き尽くした。

 金属を溶かした異臭が観測室に充満する。巨大な望遠鏡はおろか、観測室に所狭しと設置されていた機材がビームの高熱でドロドロに溶けているのだ。またその高熱が影響して所々が発火し煙が立ち上っている。これではもう、この施設は観測所としての役目を果たせない。

 だが観測室内の空気が一変した事でノーベルの幻影は全て消え去った。幻影を作り出す要因の粒子をビームの高熱が消滅させたのだ。さすがのミクロ幻想榴弾(りゅうだん)といえども、鉄をも蒸発させるビームの乱射の前では、その効果を保持出来ないのだろう。

 アニェージは()()ったりと口元を緩める。自身の最大戦力の凄まじさに(うず)くと共に、得意げだったノーベルの鼻をへし折った事が嬉しかったのだろう。しかしその表情とは裏腹に、彼女の肩は尋常でないほど上下運動を繰り返していた。

 やはり体への負担は相当なものだったのだ。彼女は荒い呼吸を整える為に片膝をつく。いや、立っている事が出来ない。それが本音だった。それでも彼女は必死に状況を確認する。

「どうだ、殺ったのか?」

 アニェージは黒焦げになった観測室内を見渡し、ノーベルの姿がないか確かめる。たとえ鉄をも溶かす攻撃であったとしても、腕の一本や二本は残っているはずだ。彼女はそう思いながら周囲を慎重に確認し続けた。だがしかし、

「ドンッ!」

 アニェージは首の後ろに重たい衝撃を受ける。な、何だこれは!? 彼女は反射的に首の後ろを手で押さえるも、急激に込み上がる吐き気に襲われ、彼女の意識は混沌とした。

「さすがに今の攻撃は危なかった。まさかあんな奥の手を隠していたなんて、驚きと焦りが止まりませんよ。やっぱり人を舐めるのは良くありませんね。勉強になりました。だからそのお礼に、僕からあなたに素敵なプレゼントを用意しましたので、どうか(こころよ)く受け取って下さい」

「くっ、き、貴様。私に何をした!」

「当初の予定では、あなたにはここで死んで頂くつもりでした。でもあなたは強い。あなたならきっと【あの男】に勝てるはず。僕はそう考えたので、あなたに【力】を与えたんです。なのでどうか、あの男を殺して下さい」

「な、何を自分勝手にほざいている。分かり易く言えよ!」

「すぐに分かりますよ。あなたには戦って倒してほしい男がいる。その為の力を与えたんです。でも今は早く外に出たほうがいい。そうしないと、あなたが心配する少女達の悲劇のショーが始まってしまいますからね。フフッ」

「ま、待て……」

 アニェージは必死で立ち上がろうとするも動けない。そしてそんな彼女を嘲笑う様、ノーベルの笑い声は遠ざかって行った。

 アニェージは胸を押さえながら(うずくま)る。何なんだ、この気持ち悪さは。禍々(まがまが)しい気持ちがグングンと湧き上がり、心が憎しみに支配されていく。

 アニェージは今までに感じた事のない()まわしい感覚に(さいな)まれる。ただそこで彼女は変事を察し駆け付けたマイヤーに支えられた。

「大丈夫ですかアニェージさん。どこか痛みますか? 顔色が真っ青ですよ」

「わ、私の心配はいらない。それより早く外へ。ソーニャを追ったリュザックを追うぞ。手遅れになる前に――」

 そう言ったアニェージはフラつきながらも立ち上がると、マイヤー小隊を引き連れリュザックが先行した観測所の外へと向かい出した。

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