#58 逃水の公理(三)
重力とは何か。最も身近に感じる力でありながらも、その正体は未だ謎に包まれた存在である力。それは光子相対力学という超高度な科学理論が確立された現在においても、不確かである事に変わりはなかった。そしてそんな重力という不思議な力を、かつての時代を生きた古き科学者はこう定義していた。
『重力とは、離れた物体がお互いに引き合う力である』
質量を持つ全ての物体が、その質量に応じた重力で引き合っている。そう、重力は全宇宙に存在するあらゆる物体の間に働いている力なのだ。そして重要なのは、二つの物体に働く重力はその距離が近いほど、その力は大きくなるという事であった。すなわち物体Aと物体Bが存在するならば、その距離が近づくにつれて重力は徐々に大きくなり、またそれに準じてお互いが接近する速度も上昇するのである。
重力という目に見えない力の存在。驚くことに、そんな物体と物体の間に働く微小な力が発見されたのは、まだ科学という概念すら無い古い時代の出来事であった。そして更に驚くべきは、光子相対力学の基礎理論を生み出したフェルマーが生きた時代には、もうすでに重力の及ぼす影響について信憑性の高い証明が成されていたという事だった。
二百年以上前に論文として発表され、現在においては公然の事実となっている重力の効果作用。それは太陽とこの星も重力で引き合っているという現象であり、そしてこの星以外の惑星や小天体も、その全てが太陽と引き合っているという事象である。さらに太陽から10兆キロメートルも離れた太陽系の最も外側にある【オートルの雲】と呼ばれる領域にすら太陽の重力は届いており、お互いに引き合っていると考えられるのだ。そしてその更に先にも――。
重力はどこまでも果てしなく届いて行く。そんな重力という途轍もない力を古き科学者達は【万有引力】と呼び、その正体を解明するべく研究に努めていた。
光速を絶対速度と定義付けする光子相対力学においても、重力はとても重要な存在として考えられている。というのも、そもそもフェルマーが光子相対力学の理論を考え出した始点こそが、重力による影響から来たものなのだ。
現在においても重力にまつわる疑点として科学者達を悩ませている事実。それは重力に【打ち消す力】が存在しないという事であった。そしてその疑問を解き明かそうと、躍起になって研究に打ち込んだのがフェルマーだったのだ。
彼は思い悩んだはず。どうして重力はこれほどまでに遠くまで届くのだろうかと。重力以外にも物理的な力には【磁力】や【静電気力】が存在し、それらには重力同様に【引力】がある。そしてそんな性質を帯びた物同士は、強制的に引き合う関係になってしまうのだ。しかし磁力や静電気力によって発生する引力は、重力の様に遠くまで届くことはない。その理由は磁力や静電気力の引力には、それとは逆の反発する力である【斥力】が同時に存在してしまうからなのだ。
この世界には磁力や静電気力を帯びることが可能な物質が至る所に存在している。仮にそれらの持つ引力だけを見るならば、それは重力同様に遠くまで作用を及ぼす事が可能であろう。しかし現実にはそれと同時に斥力までが遠くにまで届いてしまう為、遠方では引力と斥力が互いに打ち消し合い、力として作用しないのだ。
それらを踏まえた上ではじめの疑点に戻ると、重力には逆重力とか反重力といった斥力が一切存在しないのである。そう、重力が果てしなく遠くまで届く理由は、そんな打ち消し合う力が存在しないからなのだ。
きっと重力を研究する科学者達の誰もが、存在しない斥力という壁に頭を悩ませた事であろう。そしてそれはフェルマーにしても同様であったはずなのだ。しかし彼が素晴らしかったのは、そんな重力の問題点を早々に諦めてしまったという事だった。
有りもしないものに拘ったところで意味は無い。いや、むしろ重力には初めから斥力など存在しないのだ。そう割り切ってしまったほうが都合が良い。恐らくフェルマーはそう考えたのだろう。そして彼は視点を変えて重力に挑んだ。するとその方向転換が吉と成す。彼はとあるキッカケで、重力における一つの特徴に気が付いたのだ。重力は【消せる】のだ――と。
重力には斥力と言った打ち消す力は存在しない。しかし重力を消し去る事は決して難しくはないのだ。発想を変えたフェルマーはそう考える。押してダメなら引いてしまえ! そんな理屈で彼は重力の核心に迫ったのだ。
ある日の事。移動時間ですら研究を怠らないフェルマーは、物理の専門書を読みながら歩道を速足で進んでいた。だがその時、前方不注意だった彼は、口を開けたマンホールに転落してしまったのだ。高さ5メートルはあろう下水道に、吸い込まれる様にして落下するフェルマー。それでも幸いな事に、下水道の水嵩が十分だった為、彼自身はほとんど無傷な状態であった。しかし転んでもタダでは起きないフェルマーである。彼はマンホールの穴に落下する最中に、自身が体感した【不思議な感覚】から閃いたのだ。
落下している一瞬の間、自分の体は逆に浮き上がるほどの身軽さを感じた。という事は、落下している状態はこの星より受ける重力を感じていないという事なのではないか。つまり落下している状態と無重力空間で静止している状態は、感覚的にも厳密な測定によっても区別がつかないと言えるのではなかろうか。そして極論として判断すれば、区別出来ないのなら、それらは同義であると断言して良いのではなかろうか。フェルマーのそんな発想が始点となり、光子相対力学の元始は産声を上げたのだ。
落下する物体は、その時点において重力が消えた様に感じられる。すなわちそれは、重力が本当に消えていると置き換えられるのだ。そして逆に上方向に加速したとする。そうなれば当然体感する重力は増えたかの様に感じてしまう。すなわちこれも、実際に重力が増大したと考えられるのだ。
ではなぜ重力は消えたり現れたりするのだろうか。そもそも重力の正体とは一体何なのであろうか。物体は絶えず重力の影響を受けているはずなのに、その存在は恐ろしく曖昧である。だがフェルマーの時代より二百年が過ぎ、ついに光子相対力学を確立したアルベルト国王は、驚くべき結論に辿り着いたのだった。
かつてフェルマーが閃いた様に、落下している人が重力を感じないのならば、重力が消えたり現れたりするのは事実なのだと国王は考える。だがそこでまたしても浮かび上がる重力という力の正体。古き科学者達はその正体について、落下する物体とこの星とが質量に応じた重力で引き合っているだけだと考えていた。しかしそこで問題となるのは、二つの物体がどうしてお互いに引き合う【方向】を把握しているのかという点であった。そして残念な事に、その理由を古き科学者達は解き明かす事が出来なかった。
そもそも何もないはずの宇宙空間ですら、物体同士の間には重力が作用し合っている。それなのに、どうやって重力はお互いに影響を及ぼしているのだろうか。すると稀代の科学者であるアルベルト国王は思い付いたのだ。物体同士の間には何も無い様に見える。しかしそこには【空間】があるのだ――と。
国王が考えたその画期的なアイデア。それは今まで重力だと思っていた正体は、質量をもつ物体の周りの空間に【何かしらの変化】が生じた現象であり、またその現象が次々と空間を伝わっていく一連の事象なのではないかというものであった。
物体と物体が直接力を及ぼし合うのではなく、ある物がつくった空間の変化が、別の物体に影響を及ぼしているのではないか。そんな考えが思い浮かんでからの国王の発想は、更なる高みにへと極まっていく。そして国王は一段と重力の深層にへと踏み込んで行ったのだ。
質量を持つ物体の周りの空間は、その物体の質量が大きいほどに大きく変化する。そして空間に置かれた物体は、その空間が変化すればするほど、大きく加速しながら移動するのである。また空間の変化は質量を持つ物体を中心に、上下左右に関係なく全ての方向に広がっている。そしてこの空間の変化は、果てしなくどこまでも広がっているのである。
国王は重力についてそう考えた。そして独自の研究を積み上げる事で、その考えが正しいのだと信じ切ったのだ。
最終的に重力について国王が下した結論。それは重力を伝えているのは空間であるという事。そしてそこから判明する重力の正体とは、質量を持つ物の周りの【空間の変化】によって引き起こされる現象であるという事だった。
重力の特性とも言うべきその正体を見出した国王は意気揚々とし、その主因となる空間の変化のことを自ら【重力場】と呼ぶ。しかし、重力の生み出されるロジックが解明出来たとはいえ、そこにはまた新たな謎が生まれてしまった。重力が重力場によって引き起こされる現象であるのならば、ではその重力場とは一体どんなものなのだろうか――と。
重力場の存在を証明するのは極めて難題である。なぜならそれは国王が自分で結論付けた仮説に他ならないからだ。だが国王の科学者としての凄まじさはここから本領を発揮する。国王は重力場の存在を立証するための現象を、そのさらに先の場所で証明してしまったのだ。
視覚的に捉えられない重力場を直接的に証明することは不可能である。だがそこで実際に起きている現象を証明してみせれば、重力の正体を解き明かしたことになるのではないか。国王は予測していたのだ。重力の根幹である重力場では、時間と空間が曲がっているはずだと。つまり重力とは【時間と空間の曲がり】なのだと国王は公言したのだ。
では空間の曲がりとは何なのか。縦・横・高さの三方向をもつ空間、すなわち3次元空間に生きる我々には、3次元空間が曲がっている事はそもそも認識出来ない。しかしそれを2次元空間に置き換えたとすればどうであろうか。
垂直に立てた平面に水平の線を1本引く。そしてその垂直方向より、2次元の大小2つのリンゴを、少し距離を離して垂直に落下させたとしよう。
大きいリンゴはその質量より、小さなリンゴよりも先に線に到達する。そして大きなリンゴは水平の線に達すると、そのまま線を押し込んで落下し続けていく。線は平面上に谷を描く様、ぐんぐんと下方向に進む。すると初めに線が引かれた場所は、リンゴの落下に比例して谷も拡大していく。そして程なくすると、少し離れた場所に落下させた小さいリンゴが同じように作る、もう一つの線の谷と衝突してしまうのだ。
衝突した大きな谷と小さな谷は結合し、やがてその境目を失くしてしまう。するとどうであろう。先に落下する大きなリンゴに向かい、小さなリンゴは転げ落ちる様どんどん接近してくのだ。そして最終的に大きなリンゴと小さなリンゴは接触してしまう。これが国王の考え出した重力の原理であり、この原理を3次元空間に当てはめた場合、線の谷にあたるものが空間の曲がりだという事なのだった。
ただそこでも謎は生まれる。実際に空間は曲がっているのだろうかと。理屈は理解出来ても、我々はそれを目にすることが出来ないのだからそれは仕方がない。だが国王が稀代の科学者と呼ばれる由縁は、まさにそれを自ら見極めた手腕から来たものであった。
空間の曲がりを確かめる。その方法は国王が最も主を置く絶対的な基準である【光】によるものであった。なぜなら国王は、空間の曲がりとは光の進行方向すら変えてしまうものと考えていたからだ。
質量を持つ物体の周りの空間で光が曲がる現象を確認出来たならば、それは空間が曲がっている証拠に成り得る。まさに時空が変化している証拠であり、それが重力場の存在証明なのだ。そしてその考えが正しいのだと疑わない国王は、大勢の科学者達の前でそれを実践して見せたのだった。
とある皆既日蝕の日に国王はその目で確認する。太陽の背後に位置する恒星が【実際にあるべき位置】よりズレて見えるという現実を。これは恒星から発せられた光が、太陽付近を通過する際に曲がった事を意味しているのであり、そしてこのズレは国王が光子相対力学で事前に計算し予測していたズレと、完璧に一致したのだ。
この事実に世界中の科学者達は唸りを上げた。否定しようの無い現実として、国王の証明は完全なものとなったのだ。莫大な重力の源である太陽の周りの空間は大きく変化しており、時間と空間が曲がっている。その【時空】の曲がりこそが重力場の存在であり、重力の正体なのだと国王は世界中に知らしめたのだ。
この結果によって、まだ若年であるにも関わらず国王の提唱する光子相対力学は全世界に知れ渡る。そしてその理論を人々は絶対的な科学的公理として信じるようになったのだ。
現実として確立された光子相対力学。まさにそれは究極の科学理論と呼ぶに相応しい、近代科学のひな型と定義されるものなのであろう。光子相対力学を駆使すれば、それまで解き明かせなかった問題が現実として次々と解明されていったのだ。それに異を唱える者はいるはずもない。だがしかし、それでも解き明かせぬ現象が未だ多数あるのも事実である。その一つが時空の変化の【現れ方】だ。
日蝕での出来事で、時空の曲がりが現実として起きている事象なのだという事は証明された。でもその時空の変化がどのように【現れて】いるのかは、依然として不明なままなのだ。ただし、国王はそれをもすでに予測していた。きっと時空の変化は【波】として時空を伝わっているのだろうと。そしてアルベルト国王は、その波を【重力波】と名付けたのだった。
「恐らく国王が今でも国王本人であったならば、もしかすればそんな重力波をも見つけられたのかも知れないね」
シュレーディンガーは少し寂しそうな表情で呟く。
「誰よりも科学を愛する国王は、一見すると自らの考えを何がなんでも押し通す頑固者にも思われてしまう。でも本当の国王はそんな小さな人じゃないんだよ。自らの考えが間違っていたならば、それをしっかりと受け止め、また他者の考え出した素晴らしい理論については惜しみなく賛辞を送り、それを素直に受け入れる。古い物に縋ろうとする固陋な片意地なんて微塵にも持ち合わせては無くて、むしろ積極的に新しい発見に歩み寄って行く。国王は誰よりも科学に対しては純粋な人だったんだよ。だからグラム博士やボーアさんは国王を心から尊敬していたんだ。だけど黒き獅子にその身を奪われてしまった事で、国王のそんな科学への柔軟な姿勢は失われてしまった。――いや、今になって思えば神器集めに夢中になりはじめた頃から、国王の心は穢れてしまったのかも知れない。そしてそんな国王の変化に逸早く気付いたのが、他ならぬグラム博士だったんだろうね」
重要な位置づけでありながらも、結局のところ光子相対力学において重力波の存在は立証出来なかった。その理由の一つは、シュレーディンガーの述べた通りに国王が純粋な科学の追及を怠った為だと言える。ただそれ以外にもう一つ、重力波の確認に至らないのには大きな理由があった。
重力波の見つけられない理由。それは重力波が【極めて小さい】存在であるからであった。
光子相対力学では重力波の存在について、最終的にはこう記している。重力波が時空を伝わる際、空間は縦に伸ばされたり横に引き伸ばされたりする。この空間の伸び縮みが検出できれば、重力波を観測できるだろう――と。しかし現在に至るまで、その存在は明らかになってはいない。
だがそれでも諦めずに光子相対力学を駆使し研究を続けたならば、いつの日かそんな重力波を確認出来たかも知れない。そしてそんな希望をかつてのグラム博士やボーア将軍は胸に抱いたはずなのだ。しかし皮肉にもそこで光子相対力学の脆弱性とも呼べる欠点に彼らは気付いてしまった。例え重力波を見つけ出したとしても、光子相対力学では重力の全てを解き明かす事は出来ないのだと、グラム博士らは理解してしまったのだ。
一時は万能とさえ謳われた科学理論である光子相対力学。しかし常識を逸脱する発明を連発するグラム博士の前で、それは逆に【限界】という壁をも明るみにしてしまった。博士は自らの研究過程で、実はいくつかの現象にて光子相対力学では絶対に計算出来ない事象があるのだと証明してしまったのだ。そんなグラム博士が立証した光子相対力学にて決して説明出来ない現象。その一つは光が脱出できないほどにまで時空が極端に曲がった天体である【ブラックホール】の存在についてであった。
ブラックホールの中心には、高密度で大質量の【特異点】なるものが存在する。それに近づいたものは、例えそれが絶対の速度を誇る【光】であったとしても、抜け出せずにただ特異点に向かって落下するだけなのだ。
そんなブラックホールの中心の密度を光子相対力学で計算してみたとしよう。するとその答えは何をどう足掻こうとも【無限大】になってしまうのだ。そしてその結果が示す意味は考えるまでもない。現実の世界で無限大など存在しないのである。だから結果的にブラックホールの中心がどうなっているのか、光子相対力学では知る事が出来ないのだ。
「その疑問を解き明かそうとして生み出されたのが、グラム博士の波導量子力学なんだよ。博士は光子相対力学の限界とも言える脆弱性を、それまでとまったく異なった視点より考え直し、その補完に努めた。その結果誕生したのが波導量子力学であり、その理論はまさに光子相対力学の限界を突破した真の究極科学だと断言出来るんだ。本当にすごい科学者なんだよ、グラム博士って人はさ」
シュレーディンガーはまるで眩しさに目を細めるようにしながら話しを続けている。きっと彼は博士の事を崇拝するほどにまで尊敬していたのだろう。だから彼は当時を思い出し、その熱い記憶に目を細めているのだ。そしてその姿をジュール達は固唾を飲み込みながら見つめている。彼らもまた、シュレーディンガーの話す超絶な科学理論の根源について、目を背けられないのだった。
「光子相対力学で考えられていた限界を突破した先に、博士は新しい理論を見つけ出した。考えてみれば一線を越える事で急激に能力を開花させたハイパワー蒸気機関の構想も、その根源には波導量子力学で培った経験が生かされていたんだろう。そして肝心なのは、博士が唱えた新しい重力の正体についてだったんだ」
グラム博士は科学の中でも【素粒子物理学】と呼ばれる分野において、その第一人者的存在であった。そして博士が唱えた重力の正体とは【重力子】と呼ばれる未発見の素粒子で伝達される現象だと結論づけたのだ。
そもそも素粒子物理学は、究極に小さい粒子である素粒子の性質を解き明かす学術である。そして素粒子の特徴は大分すると2つに分ける事が出来き、その一つは【物質を構成する素粒子】とされ、もう一つは【力を伝達させる素粒子】であると考えられていた。
博士の考えた重力子は、重力波を構成する存在であるとしていた。そのため重力波が見つかっていない以上、重力子なる存在も実際には見つかっていない。しかし博士は重力の本当の正体を、力を伝達させる【素粒子】であると考えたのだ。なぜならそれは重力波の存在を示す間接的な証拠を、博士が波導量子力学によって見つけていたからに他ならなかったからである。
重力波があるならば、きっと重力子もあるはず。そう考えた時、素粒子物理学の第一人者だったグラム博士が、その先に見る目標を見紛うはずは有り得なかった。
重力波は質量をもつ物体の位置が変動した際、時空の曲がりが波となって時空を伝わるもの。すなわち重力波とは【波】と【粒子】の両方の性質を合わせ持った存在であり、それを【量子】として現した理論こそが、博士が提唱した波導量子力学の根源なのである。
「グラム博士が誕生させた光子相対力学をも凌駕する驚がく的な科学理論。しかしこの理論の最大の欠点は、難解である事この上ないという事だ。恐らく現時点でこの理論をそれなりに理解出来ているのは、私以外にはラジアン博士と国王くらいのものであろう。さらに私を含めたそれらとて、どこまで正確に波導量子力学を知っているのかは定かではない。なぜなら波導量子力学を真に正しいとするならば、少なく見てもこの世界には【17次元】もの準位的な基準軸が存在している事になるのだからね」
「じゅ、17次元って、正気ですか?」
思わずヘルムホルツが口走る。ただそれに対してシュレーディンガーは、冷静に首を縦に振るだけであった。
「ヘルムホルツ君が驚くのは無理もないよね。正直なところ、私だって未だに信じられないくらいなんだからさ。そもそも私達が知っている宇宙の姿は、空間の3次元に時間を加えた4次元までだ。でも波導量子力学では我々の知らない次元が、あと13次元も存在するって言っているんだよ。意味が分からない方が、むしろ普通なんだよね」
そう告げたシュレーディンガーは、両方の手の平を上に向けながら苦笑いを浮かべている。ただそれでも彼は波導量子力学の有する可能性に未来を感じていたのだった。
「ミクロ世界の現象を取り扱う物理理論として生み出されたのが波導量子力学なんだ。そしてそんなミクロの世界では、私達が日常生活を送っているマクロ世界での常識は通用しない。もしかしたら博士は我々を試しているのかも知れないな。常識を捨て去り、新しい次元に挑む覚悟を決められるのかってね。だから博士は最終定理なんてものを隠して、我々を悩ませているんだろう」
ミクロの世界はマクロの世界の常識が通用しない。それは一体どのような事を言っているのだろうか。
例えば電子。一般的に電子は粒子としてのイメージがある。ところがミクロの世界では、電子は【粒子】と【波】の2種類の性質を同時にもっていると考えられているのだ。ちなみにこの様な性質は、電子に限らずミクロの世界ではあらゆる存在に共通して見られる性質である。そしてそこで重要になるのが【不確定性原理】と呼ばれる定義だった。
例えばミクロの世界にある一つの粒子において、その位置を測定で決定したとしよう。するとその運動速度は分からなくなってしまうのだ。逆に運動速度を決定すると、今度は位置が分からなくなる。総じて述べるならば、ミクロの世界では粒子の運動量と位置を同時に測定することが出来ないのだ。そしてその定義をグラム博士は通信方法として利用することを考えた。
世の中には手紙や電子メールといった様々な通信手段が存在する。ただこれらに共通して言える事は、それらは送る情報を手元に残しておくことが出来るという点であった。
紙ならコピーを取れるし、電子メールならコンピュータ内に送信した記録が残されている。だがその一方で、ミクロ世界の量子が持っている情報はそうはいかない。例えば位置や運動速度など、量子が持つ情報をどこかへ送信したとする。ただその情報のコピーが仮に手元に残っていたらどうなるだろうか。
手元に残った位置情報を測定によって決定し、送信先の量子の運動速度を測定によって決定したとしよう。すると結果的に同じ量子の位置と運動速度が同時に決定してしまうのだ。でもそれは不確定性原理に反してしまうため、実現不可能な現象であると断言せざるを得ない。
結果として量子情報の通信では、送り手の情報は完全に消滅させ、受け手での情報に基づいた量子を【再現する】しかないのである。要は情報を伝達させるための唯一の手段として、強制的な【瞬間移動】が成立してしまうのが本質なのだ。
「グラム博士が波導量子力学の理論より生み出した驚愕の産物の一つ。それが瞬間移動なんだ。ただし博士の確立した理論による瞬間移動でテレポートするのは、原子じゃなくて【情報】なんだよね。人や物そのものを移動させるのではなく、まして原子を分解して移動させているわけでもない。そもそも移動っていう考え方自体が間違っているんだよ。博士の生み出した理論で言うならば、そこに移動なんて必要ないのだからね。波導量子力学による瞬間移動とは、ミクロ世界で情報をテレポートさせて、強制的にそこに人や物が存在しなければいけない状態にすることなんだ。まさに発想の転換の極みといった超絶の技術なんだよね」
一度だけ大きく深呼吸したシュレーディンガーは、茫然と話しを聞くジュール達を諭す様な口ぶりで話しを続ける。
「話しの流れで瞬間移動の成り立ちを説明したわけだけど、要はマクロの世界で常識とされるものが、ミクロの世界では通用しない。しかしそんなある意味非常識な考え方から、瞬間移動などという異次元な技術が生み出されたわけだし、それこそが未来を切り開くための唯一の方法なんだろう。きっとグラム博士はそんな希望を波導量子力学に託したんだろうね」
そう言ってシュレーディンガーはペットボトルの水を一口飲んだ。そんな彼をジュール達は息を忘れたほどに静まりながら眺めている。特に科学者であるヘルムホルツなどは、目を丸くしながら呆然としているほどだ。あまりにも常識外れな科学理論にぐうの音も出ない。そんな感じなのだろう。ただ現実として瞬間移動は確立されているわけであり、それは受け入れざるを得ない事実なのである。唖然とはしながらも、彼らはシュレーディンガーの話しを疑い様もなく聞き続ける事しか出来なかった。
「スケールの大きな話しだけに、少々本題から逸れてしまったみたいだね。この辺でもう一度重力に話しを戻そう。重力には打ち消す力が存在しないが、その代わりに消すことが出来る。その発見によってフェルマーは光子相対力学の基礎を生み出した。そして国王は光子相対力学を確立して重力の正体に迫った。だけど結果として光子相対力学では重力の本当の正体を見極めてはいない。そこで誕生したのが波導量子力学だ。光子相対力学の脆弱性を補完し、更にその限界を突破した究極の科学理論。そんな波導量子力学であれば、光子相対力学で説明出来ない重力の正体を見つけ出すことが出来るはず。でもね、それでもまだ二つほど謎があるんだよ。それは【ダークマター】と【ダークエネルギー】の存在なんだ」
「ダークマターとダークエネルギー?」
首を傾げるジュールにシュレーディンガー頷きながら答える。
「あぁ。ダークマターとは周囲の空間に重力を及ぼすが、目で見ることの出来ない正体不明の物質とされている。そしてダークエネルギーは重力に【逆らって】宇宙を膨張させる、謎のエネルギーとされる存在なんだ。それら二つの存在は正体不明ではあるものの、それと同時にこの世界に溢れ返っている存在であるとも考えられている。そして重要なのは、重力に逆らうダークエネルギーこそが、神に抗うことの出来る【絶対的なエネルギー】だと博士は考えたんだ」
そう告げたシュレーディンガーは、一際強い視線をジュール達に向けて表情を引き締めた。
「グラム博士が波導量子力学の理論で生み出した革命的な産物は全部で4つ。一つは先に説明した【瞬間移動】の手法。そしてもう一つが波導量子力学の代名詞ともされる【蓄光】の技術。残る2つは少し後回しにして、まずはその蓄光について語ろうか」
一同を見渡したシュレーディンガーは、自らを注視する眼差しを正面より受け止める。きっと彼はジュール達の内面に浮かび上がる不安や戸惑いを察しているのだろう。それでもシュレーディンガーは自分の使命を果たすかの様にして説明を続けた。
「蓄光とは、決して目で見る事の出来ない存在であるダークマターの特徴を真逆に利用することで誕生した技術なんだ」
「真逆、ですか?」
「うん。そもそもダークマターとは、全ての光を放つことが無く、またあらゆる波長の光を反射も吸収もしない存在だとされている。現実としてダークマターは目で見る事が出来ないばかりか、赤外線や紫外線、X線などで観測したとしても、それは確認することが出来ない存在なんだよ。でもグラム博士はそこに活路を見出したんだ」
「どういう事ですか?」
ヘルムホルツが食入る様に聞き尋ねる。しかしその問い掛けにシュレーディンガーは正確な答えを打ち出さなかった。
「済まないね。畜光の技術はロジックこそ確立されてはいるんだけど、そのプロセスは多くの謎を残しているんだ。だから博士がダークマターの何を元にして畜光の技術を発案したのか。それは誰にも分からないんだよ。でもそんなダークマターの存在に初めて気付いたのが、まだグラム博士に弟子入りしたばかりの頃のライプニッツ君だったという事は分かっている」
「ライプニッツさんが!」
ジュールは思わず声を上げた。でもそれに構うことなくシュレーディンガーは話しを続ける。
「かつてグラム博士の助手だったライプニッツ君は、夜空に浮かぶ星々を見て考えたんだ。銀河がなぜ離ればなれにならずに、銀河団としてまとまっていられるのだろうかってね。そこには膨大な重力が必要となるはずなのに、しかし夜空に浮かんだ星々だけでは重力が足りないのではないか。目に見える物質の質量だけでは重力がまったく足りないのではないかと彼は考えたんだ」
科学的知見の乏しいリュザックまでもが、生唾を飲み込みながら話しに釘付けになって行く。
「ダークマターは当初、惑星や褐色矮星と呼ばれる質量が小さ過ぎて恒星になれなかった、暗くて見つけにくい天体なのではと推測された。しかし観測を進めたライプニッツ君は、それらの天体全てを足し合わせても、それでも重力が足りないと確信したんだ。そしてその考えに同調したグラム博士は、仮説としてダークマターの正体を原子なのではと考えた」
部屋の隅で平静を装っているアニェージの背中に、人知れず冷たい汗が流れ落ちる。
「グラム博士の考えたダークマターは、それ同士や他の物質と接触しない物質なのだとされている。これは二つの銀河が衝突している場所でダークマターの分布を調べたところ、それぞれのダークマターは衝突せずにすれ違ったからなんだ。ならどうやってそこに目に見えないはずのダークマターが存在するのか確かめられたのか。それはダークマターが極めて大きな質量を持っている存在だからなんだ。その証拠にダークマターの密度が濃い空間では、光が曲がるんだよ。その光の曲がりを逆算すれば、ダークマターの分布を調べられるってわけなんだよね。そしてその考え方よりグラム博士は、ダークマターは素粒子なんだと定義したんだ。でもまだ謎多きダークマター。博士はそこに何を見つけて、蓄光の技術を発案したのだろうか――」
そう告げたシュレーディンガーは少しだけ表情を曇らせる。彼は博士の存在が失われた現状を悔やんでいるのかも知れない。ただそんなシュレーディンガーに対し、ジュールは素直に思った感情を伝えたのだった。
「ダークマターってモンが何なのか俺には見当もつきません。でもそれをヒントにして博士は蓄光の技術を完成させたんですよね。ならその事実をしっかりと受け止めさえすれば、問題はないんじゃないですか。ただその蓄光ってやつは、一体どんな技術なんでしょうか? 俺にはそっちのほうが気になりますよ」
ジュールにしては率直に感じた疑問だったのだろう。ただそんな彼からの質問に、シュレーディンガーは改めて表情を引き締め直して答えたのだった。
「スマンスマン。確かにジュール君の言う通りだね。今は不定義な理屈に頭を悩ませるよりも、確立された技術を駆使して前に進む方が優先するべきはずなんだ。ならまずは君の質問に答えよう。蓄光の技術とは、その名の示す通り【光の持つ力を蓄える】手法のことなんだよ」
シュレーディンガーは徐に新型の玉型兵器を手に取って告げる。
「ここにある新型の玉型兵器。これらには波導量子力学によって生み出された【特殊な能力】が封じられている。実はその特殊な能力を構築し、また飛躍的に能力を増幅させているのが蓄光の技術なんだよ。光の持つ力は重力と同じくらいに多くの謎を秘めたものなんだけど、でもその中には途轍もない力を宿しているって事もまた、事実なんだよね」
「光の力か。そんなもの、考えた事もなかったよ」
今度はヘルムホルツが口走る。ジュールとは違い、彼は科学者としての観点より感想をほのめかしたのだった。
「まぁ、蓄光の技術自体は物理的になにか現象を生じさせるものではない。でも波導量子力学で生み出される力は絶大だからね。それを安全に扱うには、蓄光の様な技術が必要不可欠なんだよ。なにより波導量子力学の産物である、残りの2つの特徴は想像を絶しているからね」
シュレーディンガーは手にしていた玉型兵器をテーブルの上に置く。そして今度はテーブル脇に設置されたスイッチを押した。すると壁の本棚の一部が移動を始め、そこに一つの液晶ディスプレイが現れる。リモコンを手にしたシュレーディンガーは手際よくそれを操作すると、ディスプレイに一人の人物像を映し出した。
それがかなり古い画像だという事は分かる。最新の映像技術で修復されているのだろうが、それでもそこに映る人物以外の描写は確認には至らない。屋外であるのか、部屋の中であるのか。それすら不鮮明である薄暗い空間の中央に映る人影。それは少し寂しそうな表情を浮かべつつも、空をじっと見上げた一人の男性の姿であった。
歳の頃は五十代から六十代といったところか。体つきは頑丈そうに見えるも、白髪交じりの頭部と深い目尻のシワにより、男性からは年長者特有の風格を感じ取ることが出来る。だがその画像に映る人物が誰なのか知る由も無いジュールやヘルムホルツ達は、ただ言葉無くその姿を注視するしかなかった。
「やはり君達はこの人を知らない様だね。その筋では結構有名な人だったんだけど、もう亡くなってから四十年近く経つし、まぁ無理もないか。でもジュール君なら、この人を知ってるんじゃないかって思ってたんだけどね」
「お、俺がですか? ――済みませんけど、全然知らない人ですよ」
ジュールは注意深くディスプレイの男性を見るも、その心当たりを見つける事が出来なかった。だがその時、意外にも映像の男性を食い入る様に見つめたリュザックが口走る。
「いや、ちょっと待つき。何となくだけんど覚えとるがよ。確かこのオッサンは冒険家の【ハップル】じゃないがか?」
するとその発言に目を輝かせたシュレーディンガーが、微笑みながら答えを告げた。
「へぇ、よく知っていたねリュザック君。正解だよ。この人はかつて、世界的な冒険家として名を馳せたハップルという人物さ」
「冒険家? でも何でリュザックさんがこの人のこと知ってるんですか?」
首を傾げたジュールがリュザックに問い掛ける。するとリュザックは昔を思い出しながらその理由を告げた。
「俺はこのハップルって人が書いた冒険記が大好きだったんだきよ。まだ子供だったから素直に本に書かれた話しを信じちまっただけかも知れんけど、でもハップルの冒険記を読んで心がドキドキした感じは今でも覚えとるきね」
「ケッ、お前にもそんな純真な子供時代があったのか。今のお前からじゃ想像も出来ないな。フフッ」
リュザックの思い出話しにアニェージが小言を呈す。そんな彼女に向かいリュザックは少しだけ顔を赤らめたが、それでも彼はシュレーディンガーに事の経緯を問い掛けた。
「俺がガキだった頃の事なんてどうでもいいがよ。それよりこのハップルが波導量子力学っちゅう科学理論に、どう関係があるっていうんだがか?」
「関係なら大有りだよ。なにせ彼は宇宙の膨張を見つけた人物なんだからね」
「この人が宇宙の膨張を!」
ヘルムホルツが声を張り上げる。
「あぁ、そうだ。これはかなり有名な話しだから、ネットなんかで調べれば直ぐに分かる事なんだけど、ハップルは冒険家であり、また優れた天文学者でもあったんだよ。そしてそんな彼が生涯で見つけた最大の発見。それこそが宇宙の膨張だったんだ」
世界中を冒険するハップルは、その先々で毎晩望遠鏡を覗き込んでいた。初めは単なる興味だけだったのかも知れない。足を運び訪れた土地で見上げる星々の見え方に感動し、彼は心を躍らせていたのだろうから。だがいつの頃からか、それは銀河の観測へと移行していく。きっと天文学者としての彼の天性がそうさせたのだろう。そしてハップルは発見したのだ。遠くの銀河ほど、高速でこの星から【遠ざかって行く】のだという事を。
ハップルの発見は更に続く。遠ざかる銀河の早さは、この星からの距離に比例しているとも見出したのだ。この星から遠ざかれば遠ざかるほど、スピードを増して銀河は離れて行く。すなわちそれは、宇宙が膨張している事を意味しているのだった。
当時は大きなニュースとなったらしい。まさか宇宙が膨張しているなんて、誰も考えなかった事なのだから当然であろう。それに付け加えて膨張は更に加速していると言うのだ。ニュースにならないほうが、むしろおかしいくらいなはずである。ただその発見に最も関心を示したのが他の誰でもない、グラム博士だったのだ。
「どういうわけか、博士とこのハップルって人は直ぐに意気投合したらしい。まぁ、ハップルの方も世間的にはかなり風変りな人物であった様だから、鬼才同士で馬が合ったのかも知れないね。そしてグラム博士はハップルから、より詳細な宇宙の膨張について学んだんだよ。宇宙が加速して膨張している神秘的な現象についてね」
シュレーディンガーはリモコンを操作して、ディスプレイに手書きによる古い日記の1ページを映し出す。そこには何やら計算式の様な文字列がびっしりと書かれており、その最後には一つのキーワードが殴り書かれていた。
「博士は膨張する宇宙を目の当たりにして気が付いたんだ。膨張速度が加速するには、その加速を上回るエネルギーが必要であると。宇宙空間には何も無いというのが定説だった。しかし宇宙を加速して膨張するだけのエネルギーが、何も無い空間から生まれるはずはない。そこでグラム博士が考え出したのが【ダークエネルギー】っていう存在なんだよ」
ダークエネルギーというキーワードが書かれた日記。それはかつてグラム博士が書き記したものなのであろう。そんなディスプレイに映る日記のページを矢継ぎ早にスライドさせるシュレーディンガーは、そのままの姿勢で話しを続けた。
「博士が考え出したダークエネルギーという絶対的な力。それは宇宙を収縮させる力であるはずの重力に、真っ向から逆らい宇宙を加速的に膨張させる【反重力の力】なんだ。重力に斥力は存在しないはずだった。でもそれを博士は逆説的に屈服させたんだよ。そして博士はこう考えたんだ。ダークエネルギーは重力と共に、この宇宙の進化のカギを握っている存在であると。重力が宇宙を収縮させようとしているのに、ダークエネルギーはその逆に宇宙を膨張させている。宇宙の膨張速度は、そんな重力とダークエネルギーの【せめぎ合い】によって決まるはずなんだってね。そして結論付けるならば、その重力とダークエネルギーの正体を解明出来れば、必然としてこの宇宙すら支配する事が出来るはず。グラム博士はそう断言したんだよ。そしてその言葉の通りに、博士はそれらの謎のほんの僅かな片鱗をひも解いてしまったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよシュレーディンガーさん。話が飛躍し過ぎて全然飲み込めないよ。もう少し簡単に説明してもらえないですか?」
怪訝な表情を浮かべたジュールが苦言を呈する。するとそんな彼に向かって、シュレーディンガーは単刀直入に答えたのだった。
「少し前置きが長過ぎたか。そうだね。ならこの辺で波導量子力学の三番目の産物を教えよう。それは人工的に発生させる【ブラックホール】なんだよね」
「ブ、ブラックホール!?」
「あぁ、そうだ。ダークエネルギーの特性を利用する事で、博士はこの地上に小規模なブラックホールを生み出す事に成功したんだよ。そしてそのブラックホールこそが、人が獣神を倒す為の唯一の武器と成り得るものなんだ」
そう告げたシュレーディンガーは、テーブルに置かれた玉型兵器を鋭い目つきで眺めていた。