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月読の奏  作者: 南爪縮也
第一章 第二幕 疼飢(うずき)の修羅
41/109

#40 朧月の雛(中)

 オレンジ色の光を灯す小さな電球が所々に点灯している。それらの頼りない輝きは、天体観測所内の展示品をか細く照らし出すのと同時に、抱き合う若い二つの人影をも浮かび上がらせていた。

 まるでテレビドラマのワンシーンを切り抜いたみたいに、きつく体を寄せ合う二人。それは(はぐく)まれる愛をお互いが必死に確かめ合っている姿にも見える。その様子からして、間違いなく二人は恋人同士なのだろう。そしてそれが普通のカップルであれば、なんの問題もなかった。

 閉館の時間を過ぎた館内で、その所長が恋人をひっそりと招き入れ愛を語り合う。この上なくロマンチックな景況ではあるが、決してそれを快く受け入れられない一つの難事があった。そう、青年の胸に顔を寄せる小柄な女性。彼女は連日ニュースで取り上げられている、失踪した若手期待の女性スイマーだったのだ。

 一瞬垣間見えただけだが間違いはないはず。確信するジュールはそれでも少女の表情を再確認しようと目を凝らした。しかし弱々しく輝きを放つ小さな電球の明りだけでは、さすがにその表情までは読み取れない。静まり返る館内の雰囲気が更に不穏な違和感を強めてゆく。

 ジュールは思う。恋人と逢引きする為に、あの青年は自分達に観測所内の清掃があるからと、さも有りげな理由をつけて退館を促したのだろうか。いや、そんなはずはない。如何(いか)に相手の女性が渦中の人物だったとしても、それを理由に閉館を早めるなんて逆に不自然過ぎる。天体観測所は今、首都で最も旬なスポットと化している場所なのだ。普段であれば夜九時くらいまでは開業しているはずであり、今日の特別な閉館時間を知らずに訪れる一般の客もいるだろう。ならば尚更臨時に早めた閉館の折に、その後さほど時間も経っていない今、事件性の高い人物と人目に付くこの場所で落ち合うというのは常識的に考えてもおかしな事だ。ならば世間を騒がせている少女の方が、青年の知らぬところに押しかけて来たとでもいうのか。いや、それも考え辛い。そもそも観測所の現状は、二人が落ち合う段取りが整っていたかのように人気が無いのだ。やはり二人は今日のこの時間に、この場所で接触するのだと申し合わせていたのだろう。

 ジュールは柱の陰に身を潜ませながら背中に冷たい汗を掻く。そしてそんな彼と同様に、アニェージもまた妙な違和感を感じていた。それでも彼女はジュールに対し、懐疑的な表情で小さく呟く。

「確かに背格好は似ているけど、本当に失踪中の少女なの?」

 アニェージの問い掛けにジュールは頷きながら答える。

「間違いはないと思う。でも顔が見えたのは一瞬だったんだ。もう一度よく確認したいが――ん!」

 何かに気付いたジュールは口に指を当ててアニェージに黙るよう知らせた。すると抱き合う二人の方から囁く様に話す小さな声が聞こえて来る。どうやら二人が何かを話しているらしい。ただ少し距離があるためはっきりとは聞き取れない。それでもジュール達は必死に聞き耳を立て、その会話を読み取ろうと試みた。

 いつしか観測所内は異様な緊張感で溢れ返り、その状況の一部となったジュールとアニェージの胸を打つ鼓動は、確実に動きを早めていった。


「ノーベル。私、怖かった。すごく怖かったの。でもやっとあなたに会えた、良かった」

 胸の中で小さく身を(すく)めながら少女は呟く。その目からは今にも涙が溢れ出そうだ。ノーベルはそんな少女の頭を軽く撫でながら、優しい眼差しで彼女に告げた。

「待っていたよ【ソーニャ】。心配していたんだ。でも無事にここへ来れて安心したよ」

 ノーベルはソーニャと名を呼んだその少女に微笑む。そしてソーニャも彼の温かい眼差しを見つめ返した。ノーベルの目に嘘は微塵も感じられない。(すが)る様に彼の胸を強く掴んでいた彼女は、優しく微笑むノーベルに嬉しさと安らぎを抱く。そんなソーニャからは底知れぬ重圧から解放された心弛(こころゆる)びが伝わって来た。

 彼女がどうして失踪し、そして今まで何をしていたのかは分からない。でも彼女の姿を見る限り、とても困難な状況を乗り越えて来たのは確かだ。ソーニャはノーベルの優しさに包まれ落ち着きを取り戻してゆく。それでも彼女はギュッと彼の胸を掴んだまま、確かめる様に言った。

「早くここから離れよう。一緒に逃げてくれるんでしょ、ノーベル。あなたと一緒なら、私どこまでだって頑張れるから」

 祈る様にソーニャはノーベルを見つめる。するとそんな少女に向かい、彼は浮かべた微笑みを崩すことなく応える。

「もちろんさ、すぐに出発しよう。でもその前に君に確認したいんだ。僕がお願いした【メモリーカード】の件。ちゃんとアイザック総司令に届けてくれたのかい?」

 ノーベルの問いにソーニャは少し表情を曇らせる。そして後ろめたい負い目を感じているらしく、小さく返した。

「メモリーカードはオフィス街にある花屋の店員さんに、軍の総司令に届けてってお願いしたの」

「なんだって! あれを見ず知らずの他人に渡したっていうのか!」

 ノーベルは笑顔を一変させ、驚愕した声を上げた。取り乱すとまではいかないが、慌てる素振りが見て取れる。ただそんな彼にソーニャは信じてとばかりに強く反発した。

「きっと大丈夫だと思う。よく分かんないけど、すごく信頼出来る女性(ひと)だったから。不思議とあの人に抱きしめられたら力が湧いてきたし、それでここまで無事にたどり着けたんだよ」

「だからって、あれには重要な情報が保存されているんだ。もし誰かに見られでもしたら」

「そんな事言ったって、そもそも私なんかが軍の総司令なんていう偉い人に会えるわけないじゃない! それにあいつらに追われてたのよ。警察にも助けを求められない中で、私必死に逃げてたのよ!」

 反論するソーニャの姿勢にノーベルは表情を硬くする。彼女がいかに辛い状況に身を投じていたか、彼には理解出来ているのだ。ノーベルは奥歯を強く噛みしめている。そんな彼の体を揺すりながら、ソーニャは催促するように促した。

「早くルヴェリエから逃げよ。今ならあいつらだって、簡単に首都を離れられないはずでしょ」

 しかしノーベルは彼女の肩を軽く掴むと、寄り掛かる体をそっと引き離した。

「ダメだ、直ぐには行けない。少なくともメモリーカードがアイザック総司令の手に届いたか確認しないとダメだよ」

「どうしてよ! そんなんじゃ、あいつらにまた連れ戻されちゃう。そうなればもう、二度と逃げられっこない」

 ソーニャの悲痛な叫びがノーベルの胸に響く。彼は遣る瀬無い思いに憤りを感じている様だ。その様子からして、ノーベルがソーニャの事を大切にしているのは本当なのだろう。しかしそれでも彼には優先せねばならない事案が存在するのか。ノーベルは訝しく表情を(ゆが)めている。そんな彼にはすでに、余裕に満ちていた輝くような微笑みの面影は一片もない。ノーベルは苦々しく額にシワを刻み込めながら何かを考えている。すると彼はふと思い出したようにソーニャに尋ねた。

「ソーニャ。君は【坂道の写った写真】を持っていないかい?」

 ノーベルの唐突な質問に、今度は彼女の方が言葉に詰まる。――とその時、二人の足元が青白く輝き出した。

「!」

 二人は何事かと無言のまま驚いている。そしてそれを柱の陰で見守っていたジュールとアニェージもまた、目の前の状況に驚いていた。ただジュールはその輝きのお蔭で、薄く照らし出されたソーニャの顔を再確認する。やっぱりあの少女で間違いない。ジュールはアニェージに目配せでそれを伝えと、ざわめく心を無理やり押さえつける様に、きつく拳を握りしめた。

 青白く輝き出した光の正体は、床に埋め込まれた小型のLEDライトの光であった。もともと夜の開業時間帯では、雰囲気を高める演出として床に常設されたそれらを点灯させている。まるで青白い絨毯(じゅうたん)が敷き詰められたように、観測所の館内は薄く色付いた。しかし今になってどうして突然ライトがついたのか。ジュールは注意深く柱の陰から周囲を観察する。するとそんな彼の肩をアニェージが軽く指で叩いた。そして彼女は観測所の正面ゲートの方を指差す。そこには成人男性のものと思しき一つの人影が浮き上がっていた。


 いつからそこに立っていたのか。ノーベル達に気を取られていたとはいえ、ジュールは人影の男が館内に入って来た事にまったく気づかず当惑した。

 はじめにソーニャの姿を照らし出した車のライトの様な光。あれはあの人影の男が乗って来た車の光だったのか。そんな考えが頭を過ぎる。しかし今となってはそんな事はどうでもいい。むしろジュールは人影の人物から、只ならぬ胸騒ぎを感じて戸惑っていた。この(まと)わりつくような忌々(いまいま)しい嫌悪感。忘れるはずがない。でもどうしてあの人影の男からそれを感じるのか。説明のつかない異様な感覚にジュールは身を強張らせる。すると人影がゆっくりと歩き出し、ノーベル達のもとに近寄り出した。

 絨毯(じゅうたん)の様に光るLEDライトの淡い輝きによって、人影の男の表情が次第に浮き上がってゆく。その男の顔には、左のこめかみから(ほお)にかけてザックリと切り裂いた傷跡が刻まれていた。ジュールは得体の知れない恐怖感に苛まれる。だがそれとは対照的に、彼の横でアニェージが怒りの形相を露わにしていた。

「あいつだ!」

 そう言ってアニェージは飛び出そうとする。そんな彼女をジュールが無理やり引き留めた。

「離せ!」

「どうしたって言うんだよ急に」

「あいつだ! あいつが私達の所からフェルマーの論文を奪ったアカデメイアなんだ!」

「あいつが!?」

「そうよ、これはチャンスなんだ。汚名挽回という意味じゃないよ。あいつを締め上げれば何か分かるかも知れない。現状打破の絶好のチャンスなんだよ!」

 そう言ってアニェージは勢いよく飛び出そうとする。そんな彼女をジュールはまたも制止させた。

「待つんだアニェージ! もう少し様子を見よう。あいつがここに来た理由も分かるかも知れないだろ。少し冷静になってくれ。それにあいつからは異質な怖さを感じる。今は下手に動かない方がいい」

「チッ、悠長な事を――。まぁいい、お前の言う事にも一理はある。少しだけ待ってやるよ。だけど私に指図するのは今回だけにしてよね。次は私の判断で動く」

 ジュールを鋭く睨みつけながらアニェージは吐き捨てる。それでも彼女は直ぐに視線をアカデメイアの男に移した。そしてジュールも食い入るように、男とノーベル達に目を向けた。


 近寄って来る男を前に、ソーニャは尋常でないほど怯えている。まるで猛獣を目の前にした子ウサギみたいだ。彼女は言い様のない異様な嫌悪感に完全に飲み込まれている。上手く呼吸すら出来ないほどに。そんな彼女に不敵な笑みを漏らしながら男が歩み寄ってゆく。するとノーベルが憔悴しきっているソーニャの盾になる様に身構えた。ただ彼の額からは溢れんばかりの冷たい汗が流れ落ちている。そして手足の震えは決して収まるのを許さない。そんなノーベルに対し、近寄る男は薄気味悪く微笑みながら言ったのだった。

「頼みますよ、ノーベル先生。そんな小娘に踊らされたら、こっちは疲れて(かな)いませんよ」

「た、頼む【デービー】さん。ここはどうか見逃してくれないか。決してあなた達に悪い様にはしないから」

 必死にノーベルは訴え掛ける。緊迫した切実な表情は、まるで命乞いでもしているみたいだ。しかしデービーと呼ばれた気味の悪い男は、不敵な笑みを浮かべたまま冷たく吐き捨てた。

「勘弁して下さいよ、先生。こっちはその小娘と追い駆けっこしたり、バカな庭師の後始末とかでヘトヘトなんだよ。余計な仕事をこれ以上増やさないでくれ。それとも何か、まさかあんたも庭師のジジィと同じで、今更になって怖くなったとでも言うんですか?」

 呆れ返る様な表情でデービーはノーベルに問いかける。しかしその鋭い眼光を向けられたノーベルは、口ごもるばかりで何も返せない。凄まじい圧迫感を放出する裏組織の男。歳の頃は三十を少し過ぎた位だろうか。痛々しく顔に刻まれた傷跡が、見る者に多大な恐怖感を植え付ける。だがそれ以上にデービーの内面からは、戦慄すべき醜悪(しゅうあく)な脅威が放たれていた。まるで【悪】が具現化し、人の姿として出現したのではないかと錯覚してしまうほどに。そんな悪魔の化身とも呼べるデービーの姿を柱の陰から見るジュールとアニェージもまた、異様な圧迫感により動きが取れなくなっていた。

 デービーはノーベルのすぐ目の前で立ち止まる。すると彼はノーベルの表情を確認して一つ大きく溜息を漏らした。

「やれやれ、またいつもの病気ですか。最近は【そっち側】になるのが多いな、先生。それもこの小娘の影響なのかね」

 デービーはノーベルの後ろで身を竦めているソーニャにその冷酷な視線を向ける。

「ひっ」

 彼女はそんなデービーの視線に息が止まる思いがした。いっそ死んでしまいたいと願いたくなるほどに、その男からは強烈な嫌悪感を抱いてならない。ただデービーは恐怖で身を縮込ませるソーニャの事など、さほど気に掛けてもいない様子だ。その証拠に彼はノーベルに対し、自らの行動の趣旨を告げた。

「あんたには組織の命運が懸かっているらしい。それが何なのかは、俺の様な殺し屋稼業が知る由もないけどな。だけど上の奴らは最近の先生の行動に相当ヤキモキしているんでね。そんな上の奴らから俺が受けた仕事っていうのが、あんたを直ぐに連れ戻せっていう事なんだよ。そしてそれ以外は何者であろうと、邪魔するなら始末して良いって話しだ。上の奴らは俺の事を随分と能無しに思ってるみたいでムカつくけどよ、それでも分かり易いっていうのは良い事だ。生かすか殺すか。さてどうする先生? 俺の言ってる意味は理解出来るよな、あんた天才なんだろ?」

 口元を緩めるデービーの表情は、増々恐怖感を強く感じさせる。それでもノーベルは絞り出す様な声で必死に反発した。

「も、もう十分組織の為に尽くしたじゃないか。僕はソーニャと一緒にゆっくりと平穏に暮らしたいだけ。だからお願いです。どうか、どうか見逃して下さい。もしお金が必要なら何とか工面してみせるから」

「無駄ですよ、先生」

 ノーベルは誠心誠意に気持ちを伝えたが、しかしその要求をデービーは断った。分かりきった事であるが、ノーベルは落胆の色を隠せない。それでも彼は精一杯に、もう一度頼み込んだ。

「そこを何とか。――そうだ、あなたの体。私ならあなたの体を治せるかも知れない。もし見逃してくれるのなら、いつかきっとあなたの体を――」

「もうこの辺で止めにしましょうや、先生。まったく、世話の焼けるお坊ちゃんだぜ。女が欲しいなら他にいくらでも用意するっていうのに、なんでこんな小便臭い小娘なんぞに入れ込むんだよ。それになぁ、先生。別に俺は自分の体の事を気にしちゃぁいない。と言うよりは、むしろこの特異体質を光栄に受け入れているくらいさ。だってそうだろ。誰よりも血を見るのが好きな俺だ。これほど愉快で痛快な体はない。俺にはもって来いの体なのさ、ククッ」

 そう言ってデービーは不敵に微笑む。そして彼は胸の内ポケットより、小型のリモコンの様な物を取り出した。するとそれを見たノーベルが怯えながら後退(あとずさ)りを始める。その表情はソーニャよりも絶望感で埋め尽くされていた。

「や、やめてくれ。それだけは、どうかそれだけは――」

 ノーベルのあまりの狼狽(うろた)え振りにソーニャまでもが戸惑った。一体ノーベルは何を怖がっているのかと。そして傷顔の男は彼に何をしようとしているのかと。ソーニャは突然取り乱すノーベルの姿を、背中越しから目を丸くして見つめている。そんな彼女に対し、突然ノーベルが観測所内に響き渡るほどの大声で叫んだ。

「逃げるんだソーニャ! 今直ぐ駆けるんだ!」

 ノーベルの声はまるで断末魔の悲鳴だった。彼は理解しているのだ。目の前にいる男は自分の言葉に決して耳を傾けないと。いや、この男が動き出した時点で、もうすでに手遅れなんだと。次の瞬間にデービーは躊躇(ちゅうちょ)なく手にするリモコンのスイッチを押すはずだ。そうなれば全てが終わる。ノーベルは最後だとばかりに懸命に叫び続けた。

「逃げるんだソーニャ! 早く、遠くへ。頼むから逃げてくれ!」

「な、何を言ってるのノーベル。私一人で逃げられるわけないじゃない」

「それでも逃げるんだ! じゃないと、僕は君を――」

 そこまで口にしたノーベルが突然(ひざ)を着く。頭を抱えながら(うずくま)る彼は、激しい頭痛に襲われているみたいだ。顔を歪めるの彼の姿から、その激痛がどれほどのものか察することが出来る。しかしなぜノーベルは体調を急変させたのか。不審に思うソーニャがふとデービーに視線を向ける。すると傷顔の男は不敵な笑みを浮かべたままリモコンをノーベルにかざし、そのボタンを強く押し込んでいた。ノーベルは悶え苦しんでいる。そんな彼に対し、今度はソーニャが強く叫んだ。

「しっかりしてノーベル! お願いだから私を一人にしないで!」

 そんな彼女の懸命な想いが届いたのか。ノーベルの体の震えがピタリと収まった。一瞬にして激痛が消え去ったとでもいうのか。ノーベルは何事もなかったかの様にスッと立ち上がる。ソーニャは奇怪な現象に只ならぬ違和感を覚えるしかない。それでも彼女は怪訝な気持ちを振り払う様にしてノーベルに詰め寄った。

「大丈夫なら二人で逃げよう。ね、お願い……」

 溢れ出した涙の影響で思うように言葉を述べられないが、彼女は必死になってノーベルの腕を引っ張った。しかし彼はどういうわけか一歩も動こうとはしない。

「どうしたの。ねぇ、なんで動いてくれないのよ!」

 ソーニャの悲痛な嘆きだけが館内に伝わる。しかし彼女はそれ以上ノーベルに向け言葉を発せられなかった。なぜならノーベルの顔を覗き見たソーニャは、その訝しさに心が萎縮してしまったのである。彼女が見たノーベルの表情。それはまるで、デービーが乗り移ったかの様に冷たく微笑んだものだった。


 不気味に黄色く光るノーベルの瞳。その眼を直視したソーニャは声を失った。彼の瞳の色は透き通った水色だったはず。それなのにその色が突然変化した。彼の体に何が起きたっていうのか。状況がさっぱり飲み込めないソーニャはただ混乱するばかりだ。でもなぜか薄気味悪いノーベルの黄色い瞳から目が離せない。するとそんな彼女に対し、卑しげに微笑むノーベルが穏やかな口調で告げた。

「ソーニャ、どうして君をここに来させたか分かるかい?」

 そう問われた彼女はゆっくりと首を横に振る。足が(すく)み言葉が口から出でくれない。何よりノーベルから感じる意味不明な違和感にソーニャは戸惑うばかりだ。ただそんな彼女を気味悪くも愛らしく見つめながらノーベルは続けた。

「フフッ、君をここに呼んだ理由。それはね、僕の実験を完成させる為なんだよ。愛おしい君。僕の大切なモルモット」

「な、何を言っているの、ノーベル?」

 やっと声は出せたものの、話の見えないソーニャは首を傾げるしかない。するとそんな彼女にあれを見ろと言わんばかりに、ノーベルは無言で観測所の東側に位置する透明なガラス窓を指差した。ソーニャは釣られる様にそこへ視線を向ける。そしてその姿を遠巻きに見守るジュールとアニェージもまた、その場所に目を向けた。

 そこにはオレンジ色をした丸い物が映っていた。何が光っているんだと、ジュールは少し身を乗り出して確認する。ただ彼はそれが何であるか直ぐに理解した。まだ日が落ちて間もない時間であったが、それは紛れもない【満月】の姿だったのだ。

「ガクッ」

 崩れ落ちる様な音にジュールは視線を向け直す。するとそこには膝を着き(うずくま)るソーニャの姿があった。今度は少女の方が体を抑え込みながら震え出している。なぜ彼女は急に変調を来たしたのか。満月の光に気を取られている間にノーベルに何かされたのか。ただジュールは身の毛の弥立(よだ)つ感覚に襲われる。彼の本能が直接心に告げているのだ。

(ヤバい感じがするぞ!)

 ジュールは意図が掴めない状況に、気を揉みながら拳を強く握りしめる。危機感ばかりが高まり、それをどう行動に移せばいいか考えられないのだ。だがそんな硬直する彼の耳に、無情なノーベルの声が通り抜けて行く。

「ごめんねソーニャ。言ってなかったけど、君の体には僕からのプレゼントが埋め込まれているんだよ。まだ日没したてで月の光が弱いから症状が現れにくいみたいだけどね。でも安心してくれ。こんな事もあろうかと、ちゃんと用意したんだ」

 そう言ってノーベルは変わった形の銃を取出す。それは銃口のある先端部分が異様に大きく、また銃上部には手の平ほどの面積をした鏡の様なものが飛び出していた。

 不格好な形をしたその銃から、どういった作用が発せられるのかは分からない。だたノーベルは冷酷な目でソーニャにその照準を合わせた。

「君の友人は失敗だった。僕の予測では心身ともに鍛えられたアスリート、それも女性の方に適性があるはずなのに。でも彼女はダメだった。醜い獣と化してしまった――」

 ノーベルが何を口にしているのか、ソーニャにはまったく理解できない。そもそも彼女は突然の激しい頭痛に苛まれながらも、それとは別に得体の知れない気持ち悪さまでもを抱き苦しんでいるのだ。そして二人のやり取りを伺っているデービーは、少女とは対照的に少し皮肉な笑みを浮かべていた。そんな現状を前にジュールは尻込みしている。それでも彼は精一杯胸の中で考えを巡らせていた。

(ヤバ過ぎるぞ。でもこのまま手を拱いて現状を見過ごしていいわけがない。考えるんだ! 今、自分は何が出来るのか。何がしたいのか。直感として頭ン中に初めに浮かんだのはなんだ! 『少女を助けたい』と、そう率直に感じたんじゃないのか!)

 次第にジュールの足に力が甦って来る。しかしその一歩を踏み出すには至らない。そんな彼の耳にノーベルの冷え切った言葉がまたも聞こえる。

「君にはもう少し時間を掛けて、ゆっくりと実験を進めたかったのに残念だよ。でもきっと君なら僕の期待に応えてくれるはずだよね。だって僕は君の事が大好きなんだ。そして君も僕の事を本気で大切に想ってくれているんだろ……だから」

 ノーベルが引き金に掛ける指先に力を込める。だがその時、緊迫した状況を打ち消す様な、間の抜けた声が発せられた。

「なんぜぃ。こんな薄暗いところで何しちゅうき」


 突然ノーベルの話に割り込んだ呑気な声に皆が振り返る。そこにはあまりにも場違いな中年男性が一人(たたず)んでいた。

 その男は鼻の穴に小指をねじ込みながら、もう片方の手で尻をボリボリと掻きむしっている。すると鼻の中に異物を見つけたのであろうか。男は徐に二本の指で飛び出る鼻毛を引き抜いた。

「ヘッくしょん!」

 観測所内にリュザックの快心のくしゃみが響き渡る。これは失敬と鼻をすすりながら軽く頭を下げた彼は、震える少女にゆっくりと近づいて行った。

 リュザックはトイレで全てを吐き出した。その結果あまりにもスッキリし過ぎて気持ちが良くなり、彼はついつい居眠りしていたのだ。その後ハッと目を覚ましたリュザックは急いでトイレを後にする。だがすでに観測所は閉館した後であり、人影は皆無であった。

 確かに体調不良でトイレに駆け込んだ自分が悪いのは分かる。でも俺一人を置き去りにして、ジュール達はどこに行ってしまったんだ。一言呼びに来ても良いだろうに。憤りを感じた彼はふて腐れながら観測所の中を当てもなく散策していた。金を払い入館したのだからと、悪びれる素振りも見せず大胆に歩むリュザック。すると彼は正面ホールに淡い照明の光が灯ったことに気付き、そこに行き先を向けた。そして彼は最もタイミングの悪い場面でその姿を露わにする。しかしそんな事に一つも気付いていないリュザックは、身を竦めるソーニャへ近づき声を掛けたのだった。

「気分でも悪いのかぇ」

 頭を抱えながら背を丸めるソーニャはその問い掛けに応えようとはしない。そんな少女を心配そうに見つめながら、リュザックは二人の男に対して強く言った。

「お前ら、この娘っ子に何かしたんか!」

「チッ、誰だか知らんが、こんな場面に不運にも遭遇した自分を悔やむんだな」

 吐き捨てたデービーが懐より鋭利なナイフを引き抜く。淡いLEDの光に反射し、ナイフは不気味に輝いた。それを目にしたアニェージは、まだ動こうとしないジュールの背中を強く叩いて言う。

「何をしてるんだ、ジュール。私は行くぞ! 間の悪い所に出しゃばったあのおっさんが全部悪いけど、このままじゃあいつ殺されるぞ!」

 ホール中央に向かいアニェージは一気に駆け出す。彼女に叩かれた背中が熱い。どうして俺はいつも誰かに背中を押されないと前に進めないんだ。歯がゆくもジュールは立ち上がる。だがそんな彼の目にリュザックに向けナイフを突き立てるデービーの姿が映った。

「危ないリュザックさん!」

「ズドン!」

 ジュールが叫んだと同時に、ナイフを突き出したデービーの体が宙を回転し床に叩きつけられた。

「女を泣かせるなんぞ、男のする事じゃないきね!」

 リュザックは振り向き様に一本背負いをデービーに浴びせていた。さらに彼は投げたデービーの腕を離さずに、そのまま関節を極めナイフを奪い取った。その技の切れに、飛び出したアニェージが足を止める。トランザムだというのは本当の様だな――。当初の印象とはまるで違うリュザックの精悍な姿に、彼女は少し見直した眼差しを向けていた。

 相当強く関節を捩じ上げているのだろうか。デービーの表情は苦痛で歪んでいる。それでも傷顔の男は軽く口元を緩めながら吐き捨てた。

「さすがにこいつは痛いぜ。見た目によらず、少しは心得があるのか。だがその余計な正義感が命取りだ!」

 完璧に関節を極められていたデービーの腕が、突然服を引き裂き巨大化する。ギョッとしたリュザックはその腕を素早く離して一歩後退した。彼は服の裂け目よりはみ出した真っ黒い毛を見て戦慄を覚える。三倍以上に膨れ上がったその腕に、彼は苦い記憶を甦らせたのだ。それでもリュザックは体勢を整えデービーを見据える。

「クソッ垂れが、何しやがったきね――うぉ!」

 リュザックはデービーのものであろう姿を前に息を飲む。それもそのはず。そこにあるのは先程までの成人男性の姿ではなく、身の丈3メートルはあろう【腐った豹】の顔をしたヤツの姿だったのだ。


 その顔には人だった時と同じに、左のこめかみから(ほお)にかけてザックリと切り裂いた傷跡が刻まれてる。ゆえにそれがデービーと呼ばれる男の変化した姿なのだと、否応にも把握する事が出来た。だが突然目の前で起きた現実味のない状況にリュザックは驚きを隠せないでいる。

「なんなんじゃ、お前は――」

 怖気づくリュザックはさらに一歩後退する。そんな彼に豹顔のヤツことデービーは、(したた)る唾液を(すす)りながらゆっくりと近づいて行く。そしてその醜い表情からは、決して獲物は逃さないという、尋常でなく(おぞ)ましい殺気を感じさせた。そんなヤツから抱く恐怖感に(ひる)んだリュッザクは身動きが取れない。――がその時、鼓膜を突き破るほどの爆音が轟いた。

「ズッドガァーーン!」

 リュザックの目の前から豹顔のヤツの体が消し飛ぶ。だが彼自身も強烈な風圧に飛ばされ後方に倒れた。何が起きたんだと目を丸くしながらも、彼は即座に起き上がる。そんなリュザックの前には、ヤツを蹴り飛ばした戦意むき出しのアニェージの姿があった。

「まさか、あの男自身がヤツだったのか!」

 アニェージが吐き捨てる。だがさすがに彼女も突然のヤツの登場に驚いている様子だ。それでも彼女は強烈に蹴り飛ばしたヤツの姿を鋭く睨み付けている。

 ヤツは観測所の展示品を薙ぎ倒し、少し離れた壁に半身を埋めていた。しかしヤツはめり込んだ壁から平然とその巨体を抜き出そうとしている。あれほどの衝撃が効いていないのか。

 そんなヤツから目を離さないアニェージはペッと唾を吐き捨てる。そして次の攻撃に移ろうと素早く身構えた。だが照明の影響なのか、アニェージの顔色が蒼白に見受けられる。攻撃を加えたはずの彼女の方が、なぜか痛みを堪えているみたいだ。まるで追い詰められているのがアニェージであるかの様に。そんな危機感の強まる状況を危惧したリュザックが彼女に近寄る。ただ彼はアニェージから発せられる凄みのある殺意に(ひる)み上がった。するとそこに出遅れたジュールが駆け付けてくる。

「無茶しやがって。昨日の戦いから丸一日も経ってないんだぞ。まったくあんたって人は世話が焼けるぜ」

「だ、黙れ! この腰抜けがっ」

「悪態つく力があるならそれでいい。けど今は逃げるんだ。リュザックさん、この()を頼む!」

 ジュールはリュザックに目配せしながら、未だ震える少女を強引に抱え上げた。

「お前、ソーニャをどうするつもりだ!」

 ノーベルが銃を構えながら叫ぶ。彼は次の瞬間にも手にした銃の引き金を(しぼ)る勢いだ。そんな彼に対し、ジュールは少し皮肉を込めて告げた。

「あんたこそ、そんな物騒な物しまいなよ、ノーベルさん。あんたこの()の事、好きなんじゃないのか? それなのに、どうしてこんな事するんだよ。少ししか話してないけど、俺はあんたの事を尊敬していたんだぞ。けどそれは錯覚だったらしいね。自分を慕う女の子に危害を加えるなんて、がっかりだ」

「うるさいっ! お前に何が分かる、関係ないお前に何が!」

 震える腕で銃を構え続けるノーベルは見るからに平常心を欠いている。彼は突然目の前に駆け付けて来たジュール達に動揺しているのだ。それでもノーベルは強がりながらジュール達に向け威嚇した。

「に、逃がしはしないぞっ! 絶対になっ!」

「……ノーベル、助けて」

 憔悴しきった体でソーニャがノーベルに悲痛な眼差しを向ける。今の彼女は自分の意志でほとんど動く事が出来ない。それほどまでにソーニャの体は弱り切っているのだ。それでも彼女は懸命にノーベルに向けて手を伸ばす。そんなソーニャの姿を目にしたノーベルは引き金を引くことに躊躇していた――――とその時、

「ガシャーーン!」

 正面ゲートのガラスを突き破り、突如として右腕の無い傷だらけの【猪顔のヤツ】が現れる。そしてヤツは猛然とノーベルに向かい突き進んだ。

 狂気に迫り来る猪顔のヤツに、ノーベルは(おのの)き後退する。しかしその弾みで彼は引き金に掛かる指先に力を入れてしまった。

 銃口から青白いレーザー光線の様な光が発射される。だがそれよりも早く猪顔のヤツがジュール達の盾になるよう身構えた。

「ギィヤァァァア!」

 光線をその身で直接受け止めた猪顔のヤツが、聞くに堪えない悲鳴を上げる。それでもヤツは微動だにせず、銃より照射の続く光線をその身に受け続けた。

「お、お前。生きていたのか――」

 ジュールは自分達を捨て身で(かば)う猪顔のヤツの背中に釘付けになる。地盤沈下した地下道からよくも生きて脱出できたものだ。でもなぜ自分自身を犠牲にしてまで俺達を守るのか。超絶な苦しみがその大きな背中より伝わって来る。だがその時、銃より発射されていた光線が止んだ。

 猪顔のヤツは一瞬ヒザを着きそうになるも、それを無理やり堪えて左腕を振りかぶる。そしてヤツは観測所の展示品である月の模型を渾身の力で叩いた。

 直径2メートルの月の球が弾け飛び、凄まじい速度でノーベルに向かう。しかし彼にぶつかる直前で、その月の模型は豹顔のヤツにより粉々に破壊された。

「あのスピードで飛ぶ月を蹴り落としたっていうのか!」

 ジュールは豹顔のヤツの恐るべき身体能力に舌を巻く。体勢を低く身構えているアニェージもまた、そんなヤツの動きに驚きを隠せない。そんな中でほんの僅かな隙を突き、リュザックがデービーより奪い取ったナイフを手首を返して投げた。

「ギャッ」

 音も無く飛んだナイフはノーベルの手に突き刺さる。そして彼は銃を手放し崩れ落ちる様にしゃがみ込んだ。必死に傷口を抑えるノーベルの顔色が一気に青冷めていく。

「やってくれるわ!」

 豹顔のデービーが並はずれた威圧感を放つ。そしてノーベルを攻撃したリュザックに猛然と襲いかかった。

「まずいっ! リュザックさん逃げろ!」

 ジュールが懸命に叫ぶ。しかし彼の声よりも早くデービーはリュザックに向け拳を振り抜いた。

「ガンッ!」

 デービーの(あご)が浮き上がる。ヤツの真下よりアニェージが強烈な蹴りを叩き入れたのだ。だがヤツはそのまま後方に宙返りをして蹴りの衝撃を緩和させる。そして両足を着地させたヤツは、再びリュザックに向け拳を振りかぶった。

「歯を喰いしばれ!」

 そう叫んだアニェージはリュザックの脇を掴む。そのままアニェージは彼に体重を預けて両足を振り上げた。そして彼女はヤツの繰り出した剛腕を足の裏で受け止める。

「バギャァァーーン!」

 空間が歪むほどの爆音が鳴り響く。頭が割れるほどの弾け返る大音響に、ジュールは少女を抱えたまま吹き飛ばされた。床を転がりながらも彼はソーニャを必死に庇う。そしてジュールは自分から壁に背中を撃ちつけ動きを止めた。そんな彼の瞳に重なりながら飛び去る人影が映る。それはリュザックの体を抱えたアニェージが、観測所のガラス窓を突き破り観測所の外へと消えて行く姿だった。

 脳ミソが揺れているか、足元が覚束ない感覚にジュールは苦しむ。それでも彼は瞬時に状況を把握した。どんな仕掛けがあるのかは分からないが、アニェージの足には身体を強烈に加速させる人工的な仕掛けが施されている。そしてそれは瞬間的に爆発させたスピードで自らが矢になり、対象を猛烈な攻撃で強襲するものだ。しかし今回彼女はその攻撃の特徴を真逆に利用し、ヤツの突き出した腕を踏み台にして大跳躍に変えた。

 アニェージの機転にジュールは(うな)る。そしてその反動の影響なのだろう。デービーは右の腕を力なく垂らしていた。どうやら肩が抜けている様子だ。だがヤツは自分の受けたその損傷すら歓喜するよう高らかに声を上げた。

「面白いぞ、お前達! これほど楽しみ甲斐のある奴らに出会ったのは初めてだ。昨夜逃げられた時には少し気落ちしたもんだが、こんなにも直ぐに再会できるとは嬉しい限りだぜ。さぁ、もっと俺を熱くさせてくれ!」

 デービーは外れた肩を無理やりはめ戻す。そしてジュールに見せつける様にその腕をぐるぐると振り回した。その仕草からして、ほとんどダメージは残っていまい。

「まずは邪魔な小娘から始末するか。俺は楽しみを後に取って置く性格なんでな」

 ヤツは不敵に笑いながら伏せる少女を見据えた。そんなヤツに対してジュールは奥歯を強く噛みしめながら身構える。今の彼は素手のみの完全な丸腰状態だ。さらに彼の後ろには震えながら身を屈める少女がいる。ヤツの狙いはその少女なのだ。退く事は出来ない。そんな極限の状況がジュールに重圧として圧し掛かる。彼の背中に走る戦慄は止まる事を許さない。それでも彼は拳を硬く握り、歩幅を広く取った。

 絶体絶命の状況にジュールの鼓動は高止(たかど)まる。追い詰められた窮地の中で、しかし彼は胸の奥から不思議と力が(みなぎ)って来るのを感じた。鬼気迫る恐怖を上塗りする、黒々とした獰猛な歓喜にジュールは支配されていく。

「!」

 デービーは驚いた。獲物とでも言うべきジュールの姿に。なぜならジュールの右目が突然強烈に輝き出したからだ。そして同時にジュールの体からは狂暴なまでの猛烈な覇気が放出される。悍ましくも熱狂に帯びる彼の異様な威圧感に、好戦的だったデービーは本能的に足を止めた。

「テメェ、どうして笑う!」

 まるで愉悦に浸るかの様に、右目を輝かせたジュールは薄らと微笑んでいた。

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