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月読の奏  作者: 南爪縮也
第一章 第一幕 夜余威(やよい)の修羅
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#03 冴返りのホーム(前)

「ツクヨミノ胤裔(いんえい)ヨ。イズレ分カル。オ前ナラ、オ前ニナラ……」

 ヤツは静かに言い放ち、影の中に消えて行く。

「待て! 待ってくれ」

 ジュールは強く叫びながらその後を追った。しかしヤツは離れて行くばかりで追いつけない。

「キン……」

 甲高(かんだか)い鉄の音が鳴ると共に、横一線の閃光(せんこう)が走る。その光を目にしたジュールは追い駆ける足を止めた。そんな彼の足元に切り落とされたヤツの首が転がって来る。

 切断された首はみるみると人の首に変化していく。ジュールはどこか見覚えのある姿へと変化していくその首から目を離せずにいた。そして彼は身の毛の弥立(よだ)つ恐怖に身を(すく)める。嘘だ、そんなはずはない――。噛み合わないほどに震え出した奥歯は、彼の怯む心情を正直に表面化させていった。

 無残にも切断されたヤツの首。ジュールはその首に見覚(みおぼ)えがあった。信じられない。いや、信じたくない。でもまさかそんな――。彼は目を(そむ)ける事が出来ずに、完全な人のものへと変化したその首を凝視し続ける。留まる事を知らない尋常でないほどの悪寒が彼の背筋を駆け抜けてゆく。そう、ジュールが目にする切断されたヤツの首。その正体は何者のものではない【彼】の首であったのだ。

「うああぁぁぁ!」

 ジュールは飛び上がる様に跳ね起きた。息は荒く、全身にべた付く汗を()いている。それにも増して込み上げてくる嫌悪感は最悪を極めていた。

「クソっ、またこの夢か……」

 玉の様な汗の浮かぶ(ひたい)を手で押さえながら彼は思う。なぜこんな悪夢ばかりを見てしまうのかと。わけの分からない切迫感に(さいな)まれながら、ジュールは救われない悪夢の結末を(なげ)き苦しんだ。

 あの月夜の戦いからすでに半年が経過している。しかし彼は同じ夢を数え切れないほど繰り返し見ては、その度に遣り切れない不快感を抱き気分を害していた。


 すでに日は昇り、活気づく街の音が窓の外から聞こえ出していた。自分の乱れる感情とは相反し、何も変わらない日常が壁を隔てた直ぐそこで始まっている。カーテンを開け広げたジュールは、そんな変わらない街の景色を見ながら現実に引き戻されていった。それでもジュールの胸の内の(くす)ぶりは簡単に収まりを見せない。差し込む強い日差しに目を細めながら、彼は一人物思いに更けていった。

「めずらしく寝入ってしまったな。それにしても何故あの夢ばかり何度も見るんだ……」

 ジュールは顔を洗いながら繰り返し見る悪夢を思い返す。すると右目の奥に少し痛みを感じた。あの夢を見た後は決まってこうだ。目覚(めざ)めの悪さから来るものなのだろうか。軽めの朝食を取りながら、久しぶりの休日であることを理由に、彼はいつしか時を忘れてあの日のことを考え込んでいった。

(ヤツとは一体何なんだ。ヤツの言った言葉の意味は何だ。俺にどんな関係があるんだ)

 考えれば考えるほど意味が分からず、ただいたずらに時間だけが過ぎて行く。だがここでいくら考えたって、結果なんて出るはずが無い。そんな事は百も承知のはずなのだ。それでもジュールには考えを止める事が出来なかった。募る不安が更に拍車をかけ、彼を疑心暗鬼にさせてゆく。それほどまでにあの月夜の戦いは衝撃的であり、またその結末は彼の心に醜悪な印象を刻み込んだのだった。

 ジュールはあの日の事を誰にも言えずにいた。

 戦場で気を失い、気が付いたときには病院のベットの上だった。全身を包帯(ほうたい)で包んだ彼は、先程と同じ悪夢を見て目が覚める。現実と夢が交錯(こうさく)し、何が本当で何が(いつわ)りか分からず頭の中が混乱した。

 しかし皮肉(ひにく)にも実の兄の様に(した)うファラデー小隊長の葬儀(そうぎ)に参列することで現実に引き戻された。それでもジュールに対するヤツの言葉の意味や、ヤツを冷酷(れいこく)に始末したテスラの姿が脳裏に焼きついたまま離れなかったのだ。

 また不思議なことに、あの戦いについて軍本部からは何の報告も要求されなかった。確かに目標としていたヤツを倒し、その目的は達成した。しかしその過程で多くの市民が犠牲となり、かつ作戦に従事(じゅうじ)していた三つもの小隊が全滅したのである。さらに残った一小隊も隊長を失い、生き残った隊士もほとんどが瀕死(ひんし)の重傷を負ったのだ。そんな軍にとって甚大(じんだい)な損害を(こうむ)らせたこの戦闘に対し、何の報告も要求されなかった事が、余計に彼の心に疑問を抱かせた。

 それでも分かっている事が二つほどあった。一つは自分同様に負傷を負ったヘルツ、ガウス、マイヤーの3人についても、軍は何も聞かかなったということ。そしてもう一つ。それはあの戦闘の後、初めに駆け付けた後続部隊が一般の部隊でなく、国王直属の近衛(このえ)部隊【コルベット】であり、テスラはそのコルベットと共に事後処理に(たずさ)わったということだった。

(テスラは何か知っているはずだ)

 ジュールはそう確信めいたものを感じていたが、しかし直接テスラに問うことが出来なかった。なぜなら入院中のジュールを見舞いに来たテスラはいつもの優しい彼であり、自分自身の不外無(ふがいな)さを()め続けては(なげ)いていたからだ。

「ごめん、ジュール」

 そう言って(あやま)るテスラの(けが)れの無い瞳を見ると、ジュールは何も言えなくなった。だがテスラが優しい言葉を掛けるほどに、彼は強く戸惑(とまど)い複雑な気持ちになっていった。


「トントン」

 不意に誰かが玄関のドアをノックする。訪問者などいるはずがない。今日自分が休日なのは、誰にも言っていないはずなのだ。

 悪夢の影響なのか、ジュールは警戒心を強めて不意の訪問者に気を揉んだ。だがそんな不信感の漂う彼の気持ちとは裏腹に、呑気(のんき)な声がドアの向こうから聞こえた。

「ジュールさ~ん、ご在宅ですか~。――――やっぱ居ないか」

 久しぶりに聞いたその声が、ジュールに少しだけ元気を与える。声の主を即座に把握した彼は、反射的に玄関へと足を運び勢いよくドアを開け広げた。

「ヘルツか、久しぶりだな!」

 ドアの前には半年振りに会うヘルツの姿があった。彼は出し抜けにドアを開かれた事に驚いたが、それでもジュールが在宅であったことを素直に喜んだ。

「おっ、ラッキー。ジュールさん居てくれたよ」

 半年ぶりの再会にジュールはヘルツの足に視線を向ける。彼はヘルツが足を酷く傷めていた事を知っていたのだ。ただ彼の目に映るヘルツの姿はとても元気そうだった。とても病み上がりには思えない彼の姿にホッとしたジュールは優しい微笑みを浮かべる。そして改めてヘルツを自宅へと歓迎した。

「足のほうはもう大丈夫みたいだな。散らかってるが、まぁ入れよ」

「いや、ここでいいっす。あんま時間無いんで。挨拶(あいさつ)に来ただけですから」

「ん、どうかしたのか?」

 数ヶ月に及ぶ過酷(かこく)なリハビリを乗り越えたヘルツの足は完全に回復していた。そんな彼は職務に復帰することになり、新たな配属先が決まったことをジュールに伝えに来たのだった。

「とりあえず南部の街【ラングレン】にある軍南方支部にこれから列車で向かいます。出発時間に余裕が無いんで」

「そうか、ずいぶん急だな。でもせっかくだから駅まで送るよ。運よく今日は非番だしな」

 そう告げたジュールは手早く身支度(みじたく)を済ませ、ヘルツと共に駅へと向かい始めた。


 昨日まで温かい日が続いていたが、今日に限って今にも雪が降って来そうなどんよりと曇った空をしている。起床して直ぐの時は日差しを感じられたはずなのに、今では息の白さを顕著に目に出来るほど気温は低い。そんな真冬の寒さが身に()みたが、それでも久しぶりに話すヘルツとの会話にジュールは居心地(いごこち)の良さを感じた。

「南部のラングレンなら、だいぶ暖かいだろうな」

「そうでしょうね。この寒さは古傷にも(こた)えるし、ちょうど良かったのかも」

「それにしても、あれ程の重傷がよく半年で回復したな」

「へっ、地獄のようなリハビリでしたよ。二度と御免(ごめん)ですね。でもそれを言うならジュールさん、あんたこそタフですね。俺から見ればあんたの体も相当(ひど)く感じたけど、十日もしないで退院しちまうんだからなぁ」

「…………」

 ヘルツの言葉を聞いたジュールは歩みを(にぶ)らせる。彼の体は自分でも信じられない程の早さで回復していたのだ。折れた肋骨に全身の火傷(やけど)。さらに肩に深く突き刺さった短刀の傷も、目を疑うほどの早さで治っていった。その異常とも言える回復力の高さもまた、彼を不安にさせる要因の一つになっており、悪夢と共に彼を焦躁(しょうそう)さる原因となっていた。そんな気落ちする彼に気付いたヘルツは直ぐに詫びを入れる。

「済みません、無神経な事を言ってしまって。気にしてたんですね――」

「いや、いいんだ。悪いのは俺のほうだ。最近の俺は頭も無いのに考え過ぎだな」

 旅立つヘルツに要らぬ気遣(きづか)いをさせてしまったと、ジュールは負い目を感じた。ただそれをきっかけに少し二人の間に控えめな空気が漂う。お互いにどこか思慮深い気遣いに苛まれているのだろう。だがその時、二人を覆う重苦しい雰囲気を吹き飛ばす様な威勢の良い呼び声が掛けられた。

「お~い!」

 振り向くと、そこには青い制服姿のガウスが息を切らせながら走り寄って来た。そして彼は二人に追いつくと、乱れた息を懸命に整えつつもジュールに向かい話しかけた。

「ハァハァ、ジュールさん、お久しぶりです。ハァハァ……、ヘルツも一緒でちょうど良かった」

「おうガウス、久しぶりだな」

 ジュールは口元を緩めながら荒い息をするガウスを見つめる。どこから走って来たのであろうか。ただそこそこの距離を走ってきたのは確かなはずだ。滝の様に汗を流す彼の姿を見れば、それは容易に察することができる。それにしても彼ほどの巨漢が長距離を走るのは辛かっただろう。ジュールはそんなガウスを(いた)わる様に優しい眼差しで見つめた。しかし開口一番ガウスが発したのは、予想に反して凄味のある強い口調であった。

「おいヘルツ! お前薄情(はくじょう)な奴だな。今日が出発の日だって、なんで教えないんだ!」

「別にこれが一生の別れじゃないんだから、たいした事じゃないだろ」

「バカ野郎! 入隊以来ずっと一緒にやってきた仲じゃないか。城で会ったテスラさんに言われて知ったんだぞ。とりあえず駅に向かえば追いつくかと思って急いで来たんだ」

「スマン、悪かったよガウス。城の警備隊に配属されたばかりで何かと(いそが)しいと思ったんでね。なにより別れ際にお前の阿呆面(あほづら)見ると、気分良くこの街から旅立てない気がしたんだよ」

「なんだと!」

「まぁ二人とも、その辺でいいだろ。これからは別々の道を進むことになるが、お前たちは共に死線をくぐり抜けてきた仲間なんだ。別れの時くらい、お互い素直になれよ」

 ジュールは噛み付き合うガウスとヘルツを柔らかく(さと)す。二人は同期隊士ということもあり、普段から何かとイガみ合う事が多い。ただジュールはそんないつもと変わらない二人のやり取りを見て、またも心が和む気がした。こうした何気ない日常が、自分を現実に引き戻してくれるのだと。そして意味不明な悪夢に(うな)される自分がバカバカしく思えるのだと。ジュールは反発する二人を(たしな)めつつ、共に経験した軍での思い出話をしながら駅につくまでの短い時間を楽しんだ。

 それから少し歩み進んだ三人は、中央に大きな【女神像】が立つ駅前ロータリーに着いた。平日の昼間であることから、多くの人々が(あわただ)しく行き交うている。三人が横に並んで歩くのも困難なほどだ。そんな中でガウスが皆を呼び止め告げた。

「俺はここでお別れするよ。勤務中に無断で抜け出して来てるし、ジュールさんも居ることだしな。ここからタクシーで城に戻るよ。じゃぁ元気でな、ヘルツ」

「ああ、忙しいのに見送りに来てくれて済まなかったな。でもお前こそ体に気を付けろよガウス。妻子がいるお前の身に何かあれば、お前一人の問題じゃ済まないんだからな」

 ヘルツの言葉にガウスは強く頷く。ただ彼は少し照れるようにして言葉を継ぎ足した。

「実は女房の腹ん中にもう一人いるんだ。大した稼ぎも無いのに子供ばかり増えちまって正直シンドイけどよ、でも家族ってもんは良いもんだぜ。お前も南国で早く良い嫁見つけろよ!」

「心配しなくても、とびっきりの美人と一緒になってやるぜ。後で腰抜かすなよな!」

 ヘルツの懸命な強がりにジュールとガウスは声を上げて笑った。彼が南国で女性に声を掛けている姿でも想像したのであろう。そしてその姿は残念ながらもフラれた姿だったのかも知れない。ただガウスはふと思い出したようにジュールに尋ねた。

「そう言えばジュールさん。春にはあんたも所帯(しょたい)持ちだな。うちのと違って綺麗な奥さんで(うらや)ましいぜ」

(おだ)てるなよガウス」

 ジュールは少し顔を赤らめながら二人に言った。

「お前の時ほどじゃないけど、(ささ)やかながら式は上げるつもりでいるよ。その時は当然二人も呼ぶつもりだから、ぜひ来てくれよな」

 照れくさそうに告げたジュールに、ヘルツとガウスは微笑ましく口元を緩ませている。二人にしてみれば、誰よりも慕って止まない先輩隊士であるジュールの幸せを心から祝福しているのであろう。颯爽と足早に歩んで行く都市の人々に紛れ込みながらも、三人の周囲だけは柔和な雰囲気で包まれていた。

「楽しみだな。じゃぁ次に再会するのは春か。案外早いな」

 ホッと気の抜けた感じにヘルツは呟く。するとそんな彼に同調したガウスが頷きながら続けた。

「そう思うと、なんだかお別れムードもしらけてくるな。じゃあな、ヘルツ。元気でやれよ!」

 ガウスは簡単な別れの言葉を口にすると、駆け足でその場を後にして行った。


 アダムズ王国。

 驚異的(きょういてき)な科学立国として知られるこの国は、隣接(りんせつ)する国々よりも(はる)かに豊かであり、また活気に満ち(あふ)れていた。

 王政を布く国ではあるものの、国王は単に象徴としての役割が色濃く、そのかじ取りを行うのは国民より選ばれた政治家の役目であり、基本的には法治国家として法律に基づく国家運営を実施している。アダムズは極めて民主的であり、また資本主義がその基盤として国家には根づいていた。それゆえに王国は現在、世界中の全ての国家並びに地域を束ねるリーダー的な役割をも担っており、その存在感と影響力は政治的にも経済的にも絶大なものであった。

 そんなアダムズ王国の首都【ルヴェリエ】の中心には、現国王である【アルベルト王】の住む強大なアダムズ城がそびえ立ち、その威厳と格式を全世界に知らしめている。圧倒される壮大な城の雄姿は、この先も続く王国の繁栄を揺るぎないものとする象徴として、見る者に強烈な印象を植え付けていた。ただ見る者の捕え方によっては、まるで世界を支配しているかの様にも感じられるだろう。それほどまでにアダムズ城の威風堂々とした姿は勇ましく、また首都の街並みは他国を寄せ付けない超高度な近代都市を構築していた。そんなアダムズ城が見下ろす城下町に、ジュール達の訪れた【アダムズ中央駅】はあった。

 国最大の駅であるアダムズ中央駅は、全ての列車の始発駅として(あふ)れんばかりの人ごみで(にぎ)わっている。首都の地中を縫う様に走る地下鉄や、各都市を結ぶ高速鉄道、そして在来線までも含めれば有に百を超える列車が常に駅には存在しているのであろう。そんな巨大な駅の改札を、ジュール達は息苦しさを覚えながら人々を掻き分ける様にして進んでゆく。そしてヘルツの乗車する列車の待つホームへと足を運んで行った。

 高速鉄道に乗るための改札を通過すると、そこは幾分人混みが緩和されていた。ホームの安全性を確保するためなのか、異様に広い空間が確保されている。その為に人が分散し、混雑から解放されたのであろう。ホッと息をついたヘルツはジュールに並んで歩み始める。そして彼は苦笑いを浮かべながら話掛けた。

「それにしても凄い人の数でしたね。これだから俺、あんまり列車は好きになれないんですよ」

「まったくだな。よくもまぁ、これだけ人が集まるもんだよ。でもこれがアダムズの活気の現れなのかも知れないよな」

 ジュールは苦言を呈しながらも、世界一と呼ばれる王国の強さに意見する。そんな彼の肯定的な感想に頷きながらも、ヘルツは少し口先を(とが)らせて続けた。

「それにしてもファラデー小隊は、みんなバラバラになっちゃいましたね。俺、結構気に入ってたんだけどなぁ」

 ホームに着いたヘルツは、少しの間見納(みおさ)めになるアダムズ城を遠目に(なが)めながら、思い出に(ひた)るように言った。

 小隊長であるファラデーが殉職(じゅんしょく)した事と、その後の隊士たちの回復に時間差があったこともあり、すでに小隊は完全に解散している。

 家族を持つガウスは、もとより希望していた比較的勤務条件が容易なアダムス城の警備隊に配属された。

 マイヤーは彼自身が小隊長となり、部隊を指揮する立場として東部の軍支部へと向かって行った。

 テスラは国王直属近衛部隊こくおうちょくぞくこのえぶたいコルベットに配属。そしてジュールは軍総指令直轄(ちょっかつ)戦闘部隊【トランザム】に配属されていた。この二人は特に出世が著しく、同世代の隊士達にしてみれば、考えも及ばないほどの昇進ぶりである。戦果を挙げた実績より評価され、それに相応しい昇進を成し得た二人ではあったが、ヘルツはそれを自分の事の様に誇らしく思い、また羨ましくも敬服していた。

「それにしてもジュールさんとテスラさんは凄いな! その若さでそれぞれ軍の最高部隊に配属されたんだから。何だか俺も鼻高いっすよ。ファラデー隊長もきっと喜んでるはずですよね」

 揚々と告げるヘルツの言葉にジュールは軽く微笑(ほほえ)む。しかし心の中では反対に、この配属にも疑問を感じていた。

 コルベットとトランザム。王国の双璧(そうへき)を成す最高最強の二部隊ではあるが、その実態は犬猿の仲であり、それらはいつ衝突してもおかしくないほどに険悪(けんあく)な状況に置かれていたのだ。これはコルベットを統括するアルベルト国王と、トランザムを指揮するテスラの父の【アイザック総司令】の関係悪化によるものとされ、さらに国王の息子であり皇太子でもある【トーマス王子】がアイザック総司令と親密な関係を築いているために、状況を複雑化させていたのだった。ただジュールにしてみれば、そんな窮迫(きゅうはく)した大人の事情などどうでも良かった。彼が気に掛けたのは一点のみ。それはテスラが実父の指揮するトランザムでなく、相対(あいたい)するコルベットに所属した理由が何なのか、その事だけが気になって仕方なかったのだ。

(テスラとアイザック総司令の関係は良好なはず。だがあの戦い以降、何かは分からないがテスラは変だ――)

 釈然としない胸のつかえにジュールは息苦しさを覚える。どうしてテスラの事を考えると気分が苛まれるのであろうか。それでも彼は親友であるテスラを(ないがし)ろに反目出来るはずもなく、ただ自身の心情を萎えさせるばかりであった。

 ホームにはすでに白い蒸気をもうもうと上げた列車が、出発の準備を整えて停車している。高速鉄道というだけに、一般の列車に比べ蒸気の出力が大きいのであろう。スピード感溢れる鋭角な先頭車両からは、熱気に満ちた白煙が勢いよく噴射され続けていた。これから自分が乗り込むそんな列車に視線を向けるヘルツ。ただ彼は(ふさ)ぎ込む様に口を閉ざすジュールを強く呼びかけた。

「ジュールさん!」

 ヘルツは元気無く悄然とするジュールの顔を心配そうに見つめている。戦場では一度も見せたことの無い頼りないジュールの姿に、恐らく彼は驚きにも似た戸惑いを覚えたであろう。それでもヘルツは強く覚悟を決めた眼差しで告げ始める。彼にはどうしてもジュールに伝えなければならない話があるのだ。そしてジュールとこうして話をする機会は、今を逃せば次はいつになるか分からない。ヘルツは直感としてそう思い、またジュールを誰よりも信じているからこそ、意を決して想いを伝え始めたのだった。

「もっと早く話したかったんだけど、でもジュールさんは早々に退院しちまったし、その後すぐにトランザムに配属されて全然話す機会がなくて……」

 雑音でざわめき立つホームにヘルツの声が伝わる。ジュールはそんな別れ(ぎわ)に突然切り出した彼の言葉に耳を傾けた。

「このままずっと自分の胸にしまっておこうと思った。とても現実とは思えなかったから。何度も夢であってほしいと願ったんだ。でもあの出来事は紛れもない現実で――」

 ヘルツはぐっと唇を噛み締める。彼もまたジュールと同じくあの日から胸にしまい続け、今まで誰にも言えずにいる出来事があったのだ。それを即座に察したジュールは彼を黙って見守り続ける。ヘルツの懸命さが彼には手に取るほどに感じ取れたのだ。そんなジュールの目を直視したヘルツは、はっきりとした口調で言った。

「ジュールさん、やっぱりあんただけには話しておきたいことがあるんです」

 そして一呼吸おき、ヘルツは硬く決意した顔つきで話し出した。

「ヤツとの戦いが終わった後、俺もジュールさんと同じように力尽き気を失ってしまった。でもあんたが意識を無くした後で、コルベットが到着するまでの短い時間に起きた事を、俺ははっきりと覚えている」

 ざわめく駅の騒音にかき消されることなく、ジュールの耳にはヘルツの告げる言葉だけが鮮明に聞こえていた。

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