序章
かつて王国を底なしの恐怖で震撼させた【ヤツ】と呼ばれる人外の化け物。そのヤツが十数年の時を経て、再びその姿を出現させる。
ヤツは具現化した災厄そのものだ。凶暴な爪を振りかざし、逃げ惑う人々を次々に引き裂いていく。まさにその姿は血に飢えた【修羅】と呼べるだろう。そしてそんなヤツの暴挙に人々は震え上がる恐怖で身を竦ませた。代わり映えの無い日常が無残にも崩壊していく現実に、彼らは絶望しか抱けなかったのだ。
人々は手の打ち様のない残酷な現実に対し、ただ神に縋るよう祈りを捧げた。だがもうこれ以上のヤツの暴挙を許して良いはずがない。王国は命懸けの指令を軍に飛ばし、ヤツの討伐に動く。拡大する被害を逸早く食い止める事こそが、王国に課せられた最優先の命題なのだ。
しかしヤツと対峙する軍の若き隊士達は、尋常でないその強さに苦汁を強いられる事となった。常軌を逸したヤツの猛威は凄まじく、立ち向かう隊士達の心と体はズタズタに引き裂かれて行ったのだ。
それでも隊士達は決死の覚悟で戦い続ける。愛する祖国と家族を守る為に、彼らはその尊い命をボロボロに擦り減らせて挑んだのだ。そして命を顧みずに激闘する彼らは、数多くの犠牲を出しながらも、あと一歩というところまでヤツを追い詰めていた。
しかしなぜヤツがその様な残虐な行為に走るのか。不可解な疑点が矢継ぎ早に浮き彫りになっては露の様に消えてゆく。だが死と隣り合わせの戦場で、そんな釈然としない理由を考える者など誰一人いるはずもない。死地はただ、赤く染められてゆくだけだ。
ヤツが何処から現れ、何を目的として狂気を剥き出しに暴挙するのか。世界を欺く【真実】がそこに隠れている事を、今はまだ誰も知らない――