表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こてつ物語3  作者: 貫雪
9/19

「あんたは確かに多くの物を失ったよ。その点は同情する。しかしハルからそれに負けない程多くの物も受け取ったはずだ。中にはあんたにしか受け取れない物もあったはずだ。本当ならあんたはそれを生かせるはずだ。さらにはそれを次の奴にも受け継いで行けるはずだった。なのに何故、あんたはそれをしないんだ? 俺なら、俺にそういう才覚があれば、ハルの遺志を次の奴につないでやる事が出来たのに」


「ハルさんは私に人を斬らない事を教えてくれました」


「人を斬るだけが刀の使い道じゃない!」アツシが怒鳴った。


「あいつは自分が刀を振るう意味を考えていた。組を守る最良の方法を考えていた。あいつの一振りは相手の刃を跳ね返すためだけに存在していた。決して人を斬るための物じゃなかった。お前には解っていたはずだ。一番解っていたお前が、何故、ハルの生き方を否定するような真似をしているんだ!」


 怒鳴りながらもアツシの目は悲しい色をたたえていた。軽く息が切れている。


「否定している訳じゃありません」土間が答える。


「だったら、何故、刀を握ろうとしない」


 そう問われて、土間は遠い目をした。


「私は、ハルさんのようには成れないから」

 そう言って、土間はアツシの目をしっかりと見据えた。


「昔、私はハルさんに憧れました。初めは刀の腕と腕っ節に。そのうち、優しさと器の大きさに憧れました。ついには嫉妬に苦しむほどでした。でも、いつかは自分もハルさんの様になれたら、と、いつも思っていました。ハルさんは自分が刀を握る意味をいつも考えていたと言いましたよね。悲しい事に私にはそれが出来ないのです」


「出来ない?」アツシは唖然として聞き返した。


「私は刀との相性の良さがあだとなって、握ると先に身体が反応します。考えている間がないのです。これがあなたの言う才覚と言うのなら、私はそれを呪いますよ。この、刀との相性に私はどれほど苦しんだか」


 土間は自分の手に視線を落とす。


「この相性のために、私は人や、自分の身を何度も危険にさらしました。あの頃はハルさんさえも、私に刀を持つなと言いました。それで私が荒れた事はあなたもご存じでしょう? それでもハルさんは私に冷静さを取り戻せる所まで、引っ張り上げてくれました。でもそれは自分と人の身を守るためであり、恐怖心に打ち勝つための物でした」


 そして、視線をアツシに戻した。


「私の刀はハルさんのそれにはまるで及ばないものなんです。おまけに私の心は弱い。いつも楽な方へと流される。それは今でも大して変わっていません。それでも私が人を斬らずに済んだのは、ハルさんが、お前に人は斬れないと言い続けてくれたからなんです。まるで呪文のようにね」


「呪文……」アツシがつぶやいた。


「そんな人間が、いったい何をつなごうっていうんです? ハルさんの心は、ハルさんにしか伝えられないんですよ。私もあなたもハルさんからたくさんの物を受けっとった。それは伝えられる物もあれば、伝えられない物もある。伝えられる物は私も伝えたいと思っています。けれどそれは不完全な刀の腕なんかじゃないんです。私はハルさんの呪文を大切にして生きていくしかないんですよ」


「ハルの心は、ハルにしか伝えられない……」


「そうですよ。だから人の命は重いんだわ」


 話しながらも土間は、ハルの失われた命の重さを想う。


「それに私なんかより、アツシさんの方が、よっぽどハルさんの事を伝えられます」


 アツシはしばらく考え込んでいた。


「いや、俺にもやっぱり伝えられない。さっき俺はハルの刀は相手を跳ね返すためにあると言ったが、きっとそれだけじゃ無かったんだろう。だから組長に呪文がかけられたんだ。斬られそうになる相手の心を伝える、何かがあったんだろう」


「それはハルさんにしか伝えられませんでした」


「そうだな……あいつは大きな奴だった」アツシは大きくかぶりを振った。


「いや、すいませんでした。興奮して。俺は組長に嫉妬してましたから。みっともないもんですね、大の男の嫉妬ってもんは」


「いいえ、私も気持ちは解ります。私は女になってしまいましたけど。ハルさんが最後に呼んだ人の名前、誰だと思いますか?」


「さあ。その場にいらしたんですよね? 組長じゃ無かったんですか?」


 土間は首を振った。


「カズヒロさんですよ。カズヒロにあえるかなと。あの時私の名前を呼んでもらえず、余計私は無謀な気持ちになったんでしょうね。私もカズヒロさんには嫉妬していますよ。もしかしたら私はカズヒロさんの代わりだったんじゃないかってね。富士子はそれを知っていて、最後に真っ先に私の名前を呼んでくれました」


「組長……」


「ハルさん、最後にカズヒロさんのお姉さんの事を想い浮かべたのかも知れませんね」

 アツシはハルの悲しい恋を知っている。それは土間の知らないハルの姿だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ