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アツシはハルの親友だった。組に入ったのもほとんど同じ時期で、ハルは刀で腕を磨いたが、アツシはもめごとをうまくまとめる政治力が、若い時からずば抜けていた。二人の気質の違いはかえって二人の理解を深めたようで、アツシがまとめきれなかった時は、ハルが出張って力で抑えつけた。周りはハルがアツシの尻拭いをしていると囁いたが、気のいいハルは
「アツシにまとめられないのなら、誰がやっても同じだ。俺はそういう時のために、腕っ節を鍛えているんだ」
そう笑って、まるで取り合わなかった。
アツシの方も、ハルが若い新入りの世話を焼いたり、刀を仕込んだりするのをほほえましく見ていて、自分にそっちの才覚がない分、良い刀を探し出したり、倉田のような職人を見つけ出しては協力をしていた。
ハルが世話を焼いていた、カズヒロと言う若者が刺殺され、ハルが思いを寄せたその姉に攻め立てられた時も、ハルを支えたのはアツシだった。
アツシはハルがどれほど刀を大切にしていたかを知っていた。
人のいいハルは、ついに人を斬る事はなかったが、刀は自分の分身だと思っていたらしい。
刀の一振りひと振りの意味を考え、そこに自分を重ね合わせていた。
そんなハルの思いを受け継げる若い者が現れる事をアツシも期待していた。
しかし、そんなハルが斬り殺されてしまい、当時ハルに最も期待されていた若者が、刀を手にしなくなった。それはまだ若い男性だった頃の土間である。
当時の土間の事情を想えば仕方がなかったとはいえ、いまだに刀に近づく事さえない土間に、アツシはやり切れない何かを感じているらしく、事あるごとに、土間と衝突してしまうのだ。
「たしかに急に砥ぎの職人を失ったのは、困る事だったのかもしれません。でもそれで、これほど長く恨んだりできるものでしょうか?」
「それは解りませんね。私は刀使いじゃありませんから。むしろ、組長の方が解るんじゃありませんか?」
アツシは土間を上目遣いでちらりと見た。
「……嫌味を言うのはやめてもらえませんか? 今度の事は一人の職人の命がかかってるんですから。私はもう、刀使いではありませんよ」
「刀使いではない?」この言葉にアツシは反応した。土間は内心、しまった。と思う。
「ハルにあれだけ、命懸けで仕込まれたのに? あんたの体には、そのすべてがたたき込まれているのに?」
アツシは丁寧さをかなぐり捨てた。怒りで頬が高揚している。
「私はハルさんじゃありませんよ。ハルさんと同じ生き方は出来ません」
「ああ、あんたはハルじゃない。だが、ハルが自分の心を受け継げるだろうと、最も期待した人間だ。俺には無い、才覚に恵まれた人間だ」
アツシは土間を睨んでいる。完全に喧嘩腰だ。もしかしたらこんな機会を待っていたのかもしれない。長い年月にわたって。