7
「私、嘘は言ってませんよ」香はむくれ気味に言った。
「解ってるわ。だから余計にタチが悪いの」礼似は香を睨んだ。
倉田の工房を出ると、礼似は早速香を注意していた。
「いい? あんたはね、まだこの世界で命を張るって意味が解ってないの。まずは自分の身を守れるようになってやっと一人前。ただ命を投げるなら首をくくろうが、ビルから飛び降りようが、簡単に投げられるわよ。でも、私はそんな妹分はいらないわ。足を引っ張られるだけだもの。昔は私もそうだったから、人の事は言えないけれど、覚悟の足りないあんたの道連れになるのはまっぴらごめんよ」
「礼似さんを道連れになんてしませんよ」
「そう思ってるのはあんただけ。あんたに身を守る気がなければいずれそうなるの。自らの身を守りつつ、組や仲間の身を守るのって、そう、たやすいことじゃないわ。場合によってはあんたの無駄死にのために、大勢の人が道連れになる可能性だってあるんだから。それを承知の上で自分の身を守り、誰かを巻き込んだ時の覚悟を決めて、生き抜いていくのがこの世界なの。今のあんたにそこまでは求めないけど、まずは本気で自分の身を守ってもらうわよ。命懸けって言葉の意味を、履き違えないでよね」
問答無用。礼似は香に意見させる間もなく、まくしたてる。香はやや、当惑気味だ。
「人の命は軽くないわ。もちろんあんたの命もね。あんたがどんなに命を投げたがっても、私が止めて見せる。じゃなきゃ私も道連れだわ。今回は特にね」
「特にって?」
「倉田さんよ。あの人あんたに何かあったら、自分が身を投げる気でいるわ。そんな目をしてる。私は倉田さんを守るのが仕事なの。倉田さんにそんな真似されちゃ、私も身を投げるしかない。あんた、自分の命の重さをもう少し考えてよね」
「まさか、倉田さんはさっき会ったばかりです。なんで見ず知らずのあたしなんかに」
「あんたはかなり若いからね。人生に可能性がある。そういう人を守りたいと思う人もいるのよ。こういうことは理屈じゃないの。見ず知らずの人間のためでも命を張る人がいるって事を忘れないで。特にこんな世界ではね」
香が納得したようには見えない。それでも言葉の端々に浮かぶ、礼似の真剣さは伝わったようで、しぶしぶながらもうなずいた。
「じゃあ、まずは狙撃できる可能性のあるところを、徹底的に探しましょうか」
そう言って礼似は隣のビルに入っていく。香も慌てて後に続いた。
「アツシさん」土間はためらいがちにアツシに声をかけた。
「何でしょう? 組長」
「ちょっと聞きたい事があるの。いいかしら?」
アツシは幹部の中では比較的若い方だ。しかし土間とは一番そりが合っていない。
何かでもめる時は、たいていアツシに突っぱねられて、そこに土間がねじ込もうとするのが、すっかり最近の傾向になってしまっている。しかし、二人のそりが合わないのには、それなりの理由もあった。
「倉田さんが恨まれているかって?」アツシが聞き返した。
「ええ、今でも、当時でも、そんな話を聞いたことはないかしら? 倉田さん本人は身に覚えがないようだけど、逆恨みって事もあるし」
「あまり思い当たりませんね。細かい事を上げたらきりがないんでしょうが、身を引いてこれだけ長く経ってまで恨まれ続けるとは考えにくい。あえて上げるとすれば砥ぎの仕事をやめたことくらいでしょうか?」
「砥ぎをやめた事?」
「それはそうでしょう。あれほどの職人にやめられたら刀使いは皆、困りましたよ。いくら時代がナイフや銃に移っていったとはいえ、自らの矜持のために刀を手放さなかった者もいる。皆が皆、組長のように考えた訳ではありませんから」
やはり言って来たか。土間はうんざりする。
アツシは土間が刀を握らない事が気に入らないのだ。