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話は前日まで遡る。御子と良平はビルに囲まれた小さな建物にある、とある職人の工房を訪れていた。
「倉田さん、こんにちは」慣れた感じで良平は職人に声をかけた。
「ああ、良平じゃないか。おめでとう。招待状をありがとうな」倉田は機嫌よく答えた。
「倉田さんには是非来てもらわないと。今の俺があるのは倉田さんのおかげですから」
「いや、これだけこの義足を使いこなしているのは、お前さんだからこそだよ。俺はそのほんの手伝いをしているだけだ。どれ、さっそく義足の調子を見てみようか」
良平は義足を外し、倉田に渡した。
「問題はないようだな。良平、出来れば義足を二、三日俺に預けてはもらえないか?」
「どうかしましたか?」
「実は、この義足の予備を作っておこうかと思ってな。寸法を計りたいんだ」
「別に今のところ、予備が必要な事はありませんが」
「そうだろうが。正直に話そう。俺は式に出ない方がいいかもしれない」
御子と良平が顔を見合わせた。
「なぜです? 俺たち倉田さんに来てもらえるのを本当に楽しみにしているんですよ」
良平の言葉に御子もうなずいた。
「その気持ちは嬉しいんだが。どうも俺は誰かに狙われているようなんだ」
あまりの話の飛びように御子と良平は目を丸くした。
「どういうことです?」
「先日、交差点を渡ろうとした時に赤信号を無視して突っ込んできた車がいたんだ。とっさによけたがその車はそのまま走り去っていった。その時はただの暴走車だと思ったんだ」倉田はそこから話し始めた。
「その後、今度は通り道の看板がすぐ真横に落ちて来た。ついて無い事が続いたと思ったよ」
倉田は一息ついて窓辺へと歩いて行った。そして窓を開けると
「おとといの晩に俺がふと目を覚ますと、ここが燃えていた。火の気のない場所だ。すぐに消したがもし目が覚めなければおおごとだったろう」
窓の周りには、黒く焼け焦げた跡があった。
「さすがにこれはおかしいと思い始めていたが、今度はナイフで襲われた。俺だって昔はそれなりに腕があったんだ。そのくらいならよけられる。ただ、相手は逃がしちまったが」倉田は歯がみする。
「そして……。今朝はこれだ」倉田が指を刺した先には、弾丸の跡が残る窓ガラスがあった。
「俺も腕にはそこそこの自信があるが、さすがに飛んで来る弾はよけられねえ。これじゃあ、人様のお祝いなんかいかれやしねえよ。それよりも俺が無事でいるうちに、お前の義足の予備でも作っておこうかと思ったのさ」
「だって倉田さんは今は刀研ぎの仕事はしていませんよね? こっちの仕事だけじゃなく、美術品とかも」御子が勢い込んで聞く。
「もちろんだ。そもそも俺は美術品は扱わないよ。人斬り道具専門だった。だからやめて義足作りの道を選んだんだ。いわゆる罪滅ぼしって奴さ」
「じゃあ、なんで今更倉田さんが狙われるんだ?」良平も首をひねる。
「解らんね。ただ、今はともかく、昔はそういう稼業をしていた俺だ。どこで恨みを買っていてもおかしくはないさ。こんな過去を持っている割には、長生き出来ていると感謝しているぐらいだよ」
「そんな気の弱い事、言わないでください。誰が狙っているのか必ず付きとめて、倉田さんに手出しさせませんから。是非、俺達の式に出て下さい」良平はそう言って倉田を説得した。