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「まいったな、こりゃあ」倉田は頭を抱えた。
「いや、あんたには全く関係ない話だ。その頃当然、あんたは生まれてないだろう。それにあんたの父親も、とっくに死刑になったはずだ」
「私が小学生の時でした」
「そうだろうな。あいつが殺したのは一人や二人じゃ無かった。死刑になって当然だ。しかしまさか、娘がいたとは」
「私も生まれてきて損をしたなと思ってますよ。私はあなたの仇の娘って事になりますね」
「仇? 馬鹿言っちゃいけない。親父は殺されても仕方がない事をやっていた。ましてあんたを恨むのは筋違いだ」
「でも、私の血の中には殺し屋の血が混じっています。あの男がこの世にいない以上、他に憎める相手はいませんよ」
「今更憎む気もないさ。あんたは勘違いしてる。人は憎しみなんかなくったって生きていけるもんなんだ。あんたの境遇は察しがつくが、あんたの世界はまだまだせまい。広い世間にはもっとたくさんの人間がいるんだ。こんな世界にいれば色々割り切れる奴もいるんだよ。俺のようにな」
「憎んでくれた方が良かったのに」香は悔しそうに言う。
「そうすれば、あの男を一緒に憎める仲間にもなれるのに」
香の目はまるで何かにすがるような目になった。
「そんなに父親が憎いのか? すでにその命で罪を償っていても?」
香は黙ってうなずいた。
「あんたはそれでこの世界に入ったんだな。俺はあんたが気に入ったよ」
「気に入った?」香は驚いた。
「ああ、気に入った。あんたは自分の境遇や、世間の目にただ泣くだけの娘じゃない。ただ、一つだけ気に入らない所がある。生まれた事を後悔している事だ。人が生まれてくるのにはちゃんとした理由がある。俺とあんたが出会ったこともそうだ。これで俺は何としてもあんたに無茶をさせたくなくなった。あんたもこんな因縁のある俺を目の前で簡単に死なせたくはないだろう。違うか?」
「憎み合う仲間にはなってくれないんですか?」
「守りあう仲間だよ」倉田は答える。
「あんたの中には俺への罪悪感が……それほどの感情では無くても、何か因縁めいた感情が出来たはずだ。それは俺も同じだよ。だから俺はあんたを守りたいと思う。あんたもそれは同じだろう。俺達は守りあう仲間だ」
「あなたの親を殺した男の娘でもですか?」
「そんな事は関係ないさ。あんたはあんただ」倉田はきっぱりと言った。
陳腐な台詞にもかかわらず、その真っ直ぐな物言いに、香は心を貫かれる。この人は本気で言っている。それが肌で感じられた。
「こういうことは理屈じゃないの」礼似の言葉を思い出した。
「俺が生まれて来た理由は、こんな世界がある事を知って、義足を作り続ける事なんだと思ってる。俺は気づくのに随分時間がかかったが、あんたはまだ若い。早く気付く分だけ可能性が広がるだろう。だから若い命はそれだけ重いのさ。ましてや俺はあんたとの因縁を感じてしまった。俺はまだ生きるよ。もっと義足を作り続ける。あんたも自分の道を探すといい。そうすれば生まれた事に感謝できるようになるだろう」
「私はこの世界でしか生きられません」
「それでもいいさ。問題は生きる姿勢だよ。間違っても自分の命を軽く見ちゃいけない。とりあえずは俺のために自分の身を守ってくれ。それがあんたに望む、唯一の望みだ」
その時、表の戸が開く音が聞こえた。




