13
「どこに行ったか解らない?」礼似は真柴組の玄関前で途方に暮れていた。
「夕方までには戻ると言っていたようですが、組長にも行き先は告げなかったようです」
真柴組について、二人の行き先を聞いた返事がこれだった。
何だってこんなタイミングでふらふらしてるのよ。礼似は心の中で歯がみする。携帯に再度ダイヤルするがつながらなかった。
どうしよう。義足だけ置いて、一旦、倉田の工房に戻ろうかと礼似が思案していると
「れ、礼似さん。み、御子と良平なんですが」奥からハルオが顔を出して言う。
「い、一時間たっても、じ、自分達が、れ、連絡しなかったら、こ、ここへ来てくれって、言われてるんですけど」
そう言って、御子の字で書かれたメモを渡される。
「二人はあんたに連絡していたのね? 最後の連絡はいつ?」
「に、二時四十五分頃です」
「今、三時半か。でもなんだか嫌な感じがする。このメモの場所にすぐ行ってみましょ。街はずれみたいだから時間もかかるし。ハルオ、組長に言って、若い奴数人と車を用意してくれる?」
ハルオは慌てて組長の部屋へと向かった。
工房に残った香は倉田の作業を見守っていた。倉田はコツコツと手間のかかりそうな作業を手際良くこなしていく。その手技は素人の目で見ても、簡潔で、流麗なものに見えた。
ある程度の目途が付いたのか、倉田はホッと息を突くと、その手を止めた。
「一段落出来たんですか?」香は倉田に聞いた。
「そうだな。ひとまず形は見えた」
「それならお茶でも淹れましょうか?のど、乾いたんじゃありませんか?」
「お茶ぐらいなら自分でいれるさ」
「ご遠慮なく。どうせ暇を持て余しているんですから。このまま暇なのが一番ですけど」
「いや、まったくだ。じゃあ入れてもらおうか。そこの戸棚に全部入ってるよ」
「解りました」
香がやかんに火をかけ、急須や湯飲みを出す。その姿を倉田はぼんやりと見ていた。
「人にお茶を入れてもらうなんて、何年ぶりかな」倉田が感慨深げに言う。
「もう、ずっとおひとりなんですか?」お茶を淹れながら香が聞いた。
「そうだな。俺みたいなのは一人が一番いいと思っていたが、人なんて弱いもんで、昔、刀を研いでいた頃に一緒に暮らした奴がいたよ。ただ、そいつも巻沿いを食いそうになってさすがに出ていったがね。それでも命が無事でよかったよ。俺は親父を殺されてるからな」
「お父さんもこの世界だったんですか?」
「俺の親父は刀鍛冶崩れでね、刀を作る事より、使う方に夢中になって、若い頃は散々悪い事をしていたらしいんだ。そのうち砥ぐ方に力を入れ始めたらしい。俺は親父に刀の振りと、人斬り道具の砥ぎの技術を仕込まれたんだ。そんな事やっていれば恨みを買って当然だ。殺されて文句の言える親父じゃ無かったよ。刀研ぎが刀で殺されたんだ。本望と言えば本望だったと思うがな」
話を聞いていた香の手が止まった。わずかにその手が震えている。
「刀で殺された刀研ぎ……」呆然と倉田を見る。
「そんな話が、狭い世界にゴロゴロある訳ない。お父さんが殺されたのは三十年くらい前の話ですか?」
「あんた、まさか」
「私、殺し屋の娘です。きっと、倉田さんのお父さんも、私の父の手にかかったんだと思います」
香は青ざめた顔で言った。