第5話 答え
「どうにもできない相手……、ですか?」
清二は小首を傾げた。
伯爵家の跡取りで、宗一ほどの見目であれば引く手数多であるだろうし、彼に告白されれば相手だって、すぐに縦に首を振るだろうと思ったからである。
すると宗一はゆったりとうなずく。
「そうだ。そして、私もどうにかしたいと思っているわけではない。ただ、その人のことを一番に思いたい、それだけ」
「……」
「しかし、私は考えあぐねている。既婚者でありながら、その者への思いを離さないでいいのか、どうなのか……とね。それを清に聞いてみたいと思ったんだよ」
そう言って、宗一はふっと笑う。だが、それはどこか憂いを帯びていて、大切にしたい思いに対する宗一の気持ちが切実であることが伝わってくる。
清二が思うに、宗一が欲しい答えは「思いを離さないほうがいい」という気がした。
その一方で、脳裏には姉・依子の楽しそうな表情が浮かぶ。宗一が夫になったことを心底喜んでいる姉のことを考えると、彼の気持ちを許す言葉を言っていいのか分からない。
「どうして……、私に聞かれるのですか? 私よりも兄に話したほうが、良い答えをくれるかと……」
清二は考えあぐねて、そう聞いた。
こういう踏み込んだ話は、宗一の友人である康介に聞いたほうがいいように思ったからだ。
だが、彼は首を横に振る。
「康介は大切な友人だが、こういう話ができる相手ではないよ」
やんわりとした声で言われ、清二の心の中には益々《ますます》複雑な思いを募らせていった。
つまりは、康介はこういう話をしないわけだが、一方で友人の康介ですら聞けないことを、尋ねられているということなのだろう。
清二は悶々《もんもん》と考えたのちに、絞り出すように言った。
「すみません……私には、その……どちらがいいのかは、分かりません。姉の幸せを考えたら、そのままで良いとは言いづらく思います」
「……うん」
宗一は清二の答えに、一拍遅れて静かにうなずいた。
分かっていた、というような反応でもある。
だが、それを見た瞬間、清二の胸の奥で何かがチリッと焼き付くような思いに駆られ、自分の声が己に問うのが聞こえた。
——それでいいのか?
宗一は、依子と結婚することで、清二を含む西村家を救ってくれた。
心に秘めた人がいても、彼は依子を妻として大切にしてくれているのも分かる。そこまで尽くしてくれている彼に、好いた者への気持ちまでも手放させるのは残酷なように思えた。
「ですが」
「……うん?」
清二は膝の上できゅっと両手を握りしめ、真っすぐに宗一を見ると、芯のある声で自分の考えを述べた。
「私たちは、宗一さまに助けていただいた身。宗一さまはお優しいから、私たちのために二つ返事で縁談を受け入れてくださったのだと思っています。ですから、私は……その思いは離さないでもよいと考えます」
すると、宗一の表情が見るからに柔らかくなっていく。清二はそれを見て、「ああ、これでよかったんだ」と思った。
「そうか。ありがとう……。ありがとう」
しみじみとお礼を言ったあと、宗一は「答えにくいことを聞いて悪かった」と言って謝った。
「いえ」
「でも、良かった。これで、心置きなくその者のことを考えることができる」
そう言って清二に向けた宗一の笑顔は、今までで一番穏やかで、静かな喜びに満ちているように見えたのだった。
(完)




