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第1話 硝子は嘘をつかない

硝子は嘘をつかない。嘘をつくのは、人間だ。

――と、港の師匠は言った。いや、正確には「嘘よりも隠し方がうまい」と言ったのだが、どうでもいい。


本日の私の仕事は、宮廷の小さな“嘘”を嗅ぎ分けることだった。香りの違いを数え、色の濁りに理由をつけ、問題の一滴を見つけ出す。面倒だが、退屈はしない。人の体の中ほど、面白い謎はないからだ。


「藍川、硝子が冷たいぞ」

――作業台の隣から松原が声をかける。手元の瓶は薄く光り、そこに閉じ込めた蒸留の蒸気がゆっくりと踊る。宮廷の夜は静かだ。だが、その静けさの下で誰かが香りを変えている。誰に、何をさせたのか。私は鼻を利かせ、答えを探した。


その時、背後で軽い足音が止まる。振り向くと、黒い制服に整えられた青年――内務官の緋村 景だった。冷静な瞳が硝子瓶に映る私の姿を追っていた。


「藍川璃子か」

「はい」

「小さな異変を見つけたと聞く」


一瞬で察した。今日の宴で妃が何かを口にしたのだろう。症状はすでに宮廷内で噂になっていた。公式には“食中毒”。だが、私は匂いで分かる――これは意図的に仕組まれたものだと。


「あなたの仕事は、異変の証拠を見つけることだ」

景の声は冷たく、しかし芯があった。私は小さく頷き、硝子瓶を手に取る。瓶の中の蒸気が指先で踊る。微かに香る甘さ、ほのかな青い苦味。それはただの薬草の匂いではない。感情を揺さぶる何か――禁忌の香り。


「なるほど、誰かが意図的に混ぜたわね」

私は一人ごとのように呟く。硝子は嘘をつかない。だから、真実はここにある。瓶の中の微かな変化が、宮廷の嘘を暴く鍵なのだ。


そして、私は決めた――。この小さな硝子工房で、宮廷の秘密をひとつずつ嗅ぎ分けることを。たとえ誰かに気づかれずとも、私は薬師として、真実を見逃さない。

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