ナポリタン
「いらっしゃいませ」
閉店30分前の喫茶店に入る。
今日は抱えていた大きな仕事を終わらせた記念すべき日だ。
長年の疲れも今日だけは消え去り、やり遂げた高揚感で心が軽い。
「お客さん、ごめんなさいっ。
もうラストオーダーの時間なんです。
おかわりとかはできないけど、ゆっくり選んで下さいね」
カウンター席に座ると店員の娘さんがメニューを手渡してくれた。
ラストオーダーなのはわかったうえで入店したから問題ない。
口にするのは何度も繰り返したいつものメニュー。
「ナポリタンとコーヒーを」
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他のお客さんは誰もいない静かな店内に厨房から調理の音が聞こえてくる。
この喫茶店は僕の想い人、『彼女』の実家だ。
『彼女』は学生時代は給仕の手伝いを、ご両親を亡くしたあとは本人が切り盛りをしている。
さっき僕を案内してくれた人は『彼女』の娘ちゃんだろう。
若い頃の『彼女』によく似ている。
おしぼりで冷えた手を温め、お冷で喉を潤しながら店内を見回す。
この店に来れたのはずいぶん久しぶりだ。
記憶の中の風景と今眼に映る店を比べる。
照明を抑えた落ち着いた雰囲気、BGMはなくとも心地よさを感じさせる。
前回までは、ただ陰鬱な空気でしかなかったけど…
「あのー、お客さんっ」
物思いにふけっていると、娘ちゃんが話しかけてきた。
これは新しいパターンだ。
仕事の成功を改めて確信し、自然な笑顔で返事ができた。
「はい、なんでしょう」
「他のお客さんもいないし私暇なの。よかったら少しお話しない?」
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「へー、じゃあおじ…お客さんは昔この辺に住んでたんだ」
料理を待っている間、人懐っこく話しかけてきた娘ちゃんと話をする。
「おじさんでいいよ。
うん、若い頃はここにもよく通っていてね。
君はこの店の娘ちゃんだろう?
君のお母さんお父さんと僕は仲良し三人組だったんだ」
「あ、もしかしてお母さんとお父さんの話に時々でてくる仲の良かった友達って…」
「どんな話かはわからないけど、共通の男友達なら僕のことかもね。
僕がこの街に引っ越してきた時に君のお父さんと仲良くなって
『彼』の幼馴染だっていう君のお母さんとも仲良くなったんだ」
娘ちゃんの父親である『彼』と出会えたのは僕の人生の中でも一番の幸福のひとつだ。
知らない街に引っ越してきたばかりの僕にとても良くしてくれた。
僕と違って誠実で真面目な『彼』とは不思議と気が合ったし、尊敬すらしている。
まあ、幼馴染で恋人だという『彼女』を紹介してもらった時に一目惚れしてからというもの、会うたびに口説くようになってしまったのはちょっと申し訳なかったかなとは思うけど…
恋心ばかりはどうしようもないからね。
「やっぱりおじさんがそうなんだ!
じゃあさ、お母さんの若い頃の面白い話とか教えて!
お小遣いアップのためにキョウハ…いや交渉材料が欲しいんだよね~
あっヤバ」
厨房の方を見た娘ちゃんがしまったという顔をする。
「コラッ!お客さんに絡むのはやめろって言ってるだろ。
すみませんねお客さん、娘に手伝いをさせてるんですがすぐサボる子でして。
こちらご注文のお品お待たせしました……って」
現れたるは我が愛しの君。
驚いた顔でナポリタンとコーヒーを眼の前に置いてくれる。
どうやら僕のことにはすぐ気づいてくれたみたいだ。
「誰かと思えばあんたかい。
ずいぶん久しぶりだね、死んだのかと思ってたよ」
「やあ久しぶり。
どうしても君に逢いたくてね、地獄から生還してきたのさ」
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昔と変わらない味のナポリタンをいただきながら
大好きな『彼女』とその娘ちゃんと三人で昔話に興じる。
なお、店の扉には娘ちゃんの手によって閉店の札がかけられてる。
「おじさんってお母さんのこと好きだったの?」
「そうだよ、何なら今だって好きさ」
「きゃー!お母さんも隅に置けないねぇ」
「何言ってるんだい、相変わらず軽いんだから」
「ごめんね、軽薄を装っていないと気持ちを言葉にできないシャイボーイなのさ。もうボーイって歳でもないけどね」
バチン
僕史上最高のウインクが決まった。
「目にゴミが入ったのかい?手洗いはそっちだよ」
「ありがとう、大丈夫だよ。
君が眩しくてつい目をつむってしまったんだ。
ずっと見ていたいのに瞬きをしないと耐えられない。
まるでお日様みたいに素敵な人だ」
「あいにくサングラスは置いてなくてね。
マジックでよかったら貸してやるよ」
三人で過ごしたあの頃に幾度も繰り返したような他愛もない話をする。
またこんな日がくることをどれだけ夢見てきたことか。
「でもこの気持ちはホンモノだよ?
100年経っても君のことを大好きなままだ」
「はいはい、それはどーも。
まだ出会ってから20数年くらいしか経ってないけどね」
軽口を積み重ねているとしょうがないなという顔を向けてくる。
その時の『彼女』の呆れ混じりの微笑みが好きだった。
「まーでも、おじさんには悪いけどお母さんとお父さんはラブラブだからねぇ。
おじさんが付け入る隙はないかも」
ああ…
その言葉に一瞬胸が詰まる。
ナポリタンを咀嚼する風を装ってごまかす。
「…それはよかった。
君が幸せになっていなかったらどうしようかと思った」
「あんたのそういうところ、私は嫌いだったよ。
あたしが幸せなら自分のことはどうでもいいみたいな。
男なら自分があなたを幸せにしますくらい言ったらどうなんだい」
「でもそうすると君はお断りしてくるだろう?
プロポーズしたところでその後に待っているのは気まずい関係。
そもそも君と『彼』は相思相愛だった。
僕はね、3人の楽しい関係が壊れることの方が怖かったんだ」
「そっかぁ…おじさんも辛い青春を送ってきたんだねぇ」
「25回」
「へ? 25回って何が?お母さん」
「そいつがあたしに結婚してくれって言ってきた回数」
「プロポーズしてるんじゃん!
そして別に関係壊れてないじゃん!」
華麗なツッコミだ。
この子はこんなに明るい子だったんだな。
「覚えててくれてたんだ…嬉しすぎる。
お礼にこのナポリタン食べる?」
「なんでだよ!」
隣の席に座る娘ちゃんからもはや遠慮のない物理的ツッコミが入る。
脇腹は流石に痛いからやめて欲しい。
「美味いね、今日のは特に会心の出来だったからね」
「お母さんも食べるんかーい」
「娘ちゃんも食べる?」
「食べるー♪」
ウインナーと玉ねぎに少しのパスタを絡めて顔の前に差し出すやいなや躊躇なくパクつく。
その仕草が若い頃の『彼女』にそっくりで母娘なんだなと実感する。
「ちなみにね」
「「うん?」」
同じ角度で同時に首をかしげられてしまったのでコーヒーを噴き出しそうになってしまう。
「プロポーズの回数、実は26回なんだ」
「えー、お母さん、さっきはキメ顔で25回とか言ってたのに…」
「あ、あれ、そうだったかい?おかしいね…」
「ああいや、最後の1回は君が覚えているはずはないんだ。
ただ秘密の1回があった…っていうだけでさ。
そう言っておけば、君はこのあとの人生で『あれはなんのことだったんだろう』って僕のことを思い出すかもしれないだろう?
ミステリアスさは僕のような紳士には必須の魅力だからね」
「すまないね、あまりのミステリアスさに3分ほど記憶が消えてしまったよ。
何の話だったっけ?」
「君の輝きは夏の終わりの水平線に沈む太陽の残光よりも僕の心を切なくさせるって話さ」
「それは13回目だね。口説き文句のバリエーションは増えてないとみえる」
「え…そんな回数まで覚えてるの…
実はおじさんに口説かれて内心嬉しかったの?
もしかして毎日寝る前に思い出してニヤニヤしたりしてたとか…
我が母親ながらドン引きだよお母さん」
「そうだったのかい!?
じゃあ今から録音してデータ送るね」
「うるさいねっ
こいつは毎年夏になると同じ様なこと言ってたんだよ!
あんたもレコーダー起動してんじゃないよ!」
「あはははっ、おかしー」
娘ちゃんが指で笑い涙を拭っている。
今日は本当に良い日だ。
「まあ『彼女』が僕の口説きを覚えてくれているのにはワケがあってね」
「その減らず口を今すぐ閉じな」
「えー聞かせておじさん!」
「これは君の名誉を守るための解説だよ。
えーっとね、僕は『彼』がいない場所で『彼女』に迫ったりはしなかったのさ」
「それがどうして回数を覚えてる理由になるの?」
「『彼』の前で僕が『彼女』を口説くとね、『彼』はいつも「その人は俺の恋人なんだけど…」って困ったように笑うんだ。
『彼』は僕のことを信頼してくれていたし、僕もそれを裏切ることはできなかった。
…で、君のお母さんは君のお父さんのことが大好きだろう?
『彼』のへにゃり顔は特に『彼女』の大好物だったのさ」
「うわ…お母さん…」
「それのどこがあたしの名誉を守ることに繋がるんだい!」
「おかしいな、『君』と『彼』の絆は堅牢だったって話なんだが…
でも怒った顔も素敵だよ」
「本当にあんたはああ言えばこう言うやつだよまったく…」
「でもさ、おじさんはそれでよかったの?
それともそこまで本気じゃなかった?」
「本気だったさ、今でもね。
でも僕にとって一番大事なことは『彼女』の幸せだから、僕以上に『彼女』を幸せにできると信じられる相手なら任せざるを得ない。
もちろん『彼女』を悲しませるようなことをすれば奪うつもりはあったけど…
まあ、結果はご覧の通りさ」
「お母さんとお父さんは昔からラブラブだったんだねぇ」
「フンッ」
「こんな風に照れてそっぽむく『彼女』の横顔も素敵だ。
二人の仲を取り持つ報酬としては悪くなかった」
「引っ掻き回してたの間違いだろ。
さっきも言ったけどね、他人のために自分をないがしろにするあんたの生き方は嫌いだよ。今でもね」
…まあ、それはそうなんだろう。
人は愛されたいと思うと同時に、同じくらい誰かを愛したいと思うものらしい。
僕は自分が愛されることよりも誰かを愛することの方が遥かに重要だったから。
自分の好意はきちんと受け取ってもらえず、相手から渡されるだけの関係は『彼女』の幸せにはなりえなかったというだけのこと。
「君は相変わらず優しいね。
僕の生き方を嫌いだとは言っても、僕自身のことを嫌いだと言ったことは一度もなかった」
「……」
会話が途切れ静寂が満ちる。
すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し、僕は席を立つ。
「ふう、楽しい時間はあっという間だ。
そろそろ行かなきゃ。お会計お願いします」
「はーい、お会計はこちらでーす」
伝票を持った娘ちゃんが髪を揺らしながらレジへ移動する。
「今度はウチの人がいる時に来なよ、土日はだいたい上にいるから」
『彼女』が住居になっているであろう二階を指さして優しげに笑う。
『彼』のことを話す時、いつもこんな幸せそうに笑っていた。
「ありがとう。そうしたいのは山々なんだけど、仕事でちょっと遠くに行かないといけなくってね。
『彼』にもよろしく言っておいてくれる?
もう君のことを泣かすんじゃないよって」
「あいにくあたしがあの人に泣かされたのは結婚式の時だけさ」
「つまり結婚式の日に君を攫いに行けばワンチャンあった?」
「その場合あんたはもうこの世にいなかったかもしれないねぇ…」
「くすくす、おじさんには悪いけどお母さんはお父さんにゾッコンだからねぇ。
それより私はどう?写真で見たけど若い頃のお母さんにそっくりでしょ?
お洋服買ってくれたらデートしてあげてもいいよー」
「うーん、とてもドキドキするお誘いだ。事案的な意味で。
でもごめんね、僕の愛は『彼女』だけのものなんだ。
娘ちゃんにも僕みたいな素敵なボーイフレンドができることを祈ってるよ」
「この子があんたみたいなのを連れてきたらあたしがはっ倒してやるよ!
ほら閉店時間は過ぎてるんだ、とっとと帰りな」
「嬉しいな、娘ちゃん相手なのに僕にヤキモチ焼いてくれてるんだね」
「寝言は寝て言いな」
「おかぁさぁん…もう食べられない…ムニャムニャ」
「なんであんたが寝てるんだい!」
「いたーい、頭叩かないでっ」
「あはは、じゃあほんとに行くね。
ナポリタンとコーヒー、ごちそうさま」
「ああ、戻ってきたらまたいつでも来な」
「おじさん、ばいばーい」
カラン…
扉越しに聞こえるくぐもったドアベルが『彼女』との繋がりを断ち切る。
閉店中の札がかかった扉の向こうはもう暗い。
でもそれは暖かさが同居するやさしい夜の暗さだ。
僕はその喫茶店に背を向け、寒く暗い道を歩く。
「お待たせ」
いつの間にか隣にいた、夜の闇よりも暗い何かに話しかける。
「願いは叶った。約束通り僕の魂をあげるよ、悪趣味な悪魔さん」
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「貴女とはもうずいぶん長い付き合いになったね」
僕のとなりに漂う影 ― 便宜上悪魔と呼んでいる ― からの返事はない。
今までも言葉での会話が成立したことはないけれど、なんとなく相手の言いたいことは伝わってくるので意思の疎通はできていた。
この悪魔が女性であるということもわかっている。
悪魔に性別があることを知った時は驚いたっけ。
いやこれは僕の勝手な思い込みの可能性もあるけどね。
何度もやり取りをした結果、僕がそう感じたというだけの話だ。
そもそも悪魔かどうかも定かではない。
まあ魂を対価に願いを叶える契約を結ぶ存在なんて悪魔で間違いないだろう。
一般的なイメージと異なる点といえば僕が呼び出したわけではなく、向こうからやってきたことくらいだ。
「貴女の力で世界を何度もやり直してきたけれど、ようやく僕が望む世界にたどり着くことができた。
ここは『彼女』が幸せに生きていける世界だ」
やり直す前の最初の世界では、娘ちゃんを身ごもった『彼女』を残して『彼』は死んだ。
悲しみに暮れる『彼女』を支えたくて、本気でプロポーズをしたけれど
結局僕では『彼女』にかつての笑顔を取り戻すことはできなかった。
『彼女』の幸せには『彼』が絶対に必要なんだと悟ったあの日
この黒い影が僕の前に現れたんだ。
「『彼女』を救う力を貸してくれる存在がいるなら、神様でも悪魔でも何でもよかった。
だから『彼』が死ぬ1日前に戻れた時は本当に感謝したよ」
最初の世界で『彼』は事故で死んだ。
ある日の夕方、住宅地でひき逃げにあい血まみれになっていたのだ。
だからその日に『彼』が出歩かないよう一緒に過ごし、命を救った。
そのつもりだった。
「一度助ければそれでハッピーエンドかと思いきやまた死んじゃうんだもんなぁ」
安心したのもつかの間、2回目の世界で『彼』は病死した。
『彼』の事故死さえ防げば『彼女』を救うことができると信じていた僕は打ちのめされた。
3回目の世界では『彼』の病気を治すため、僕は悪魔に身体の一部を捧げた。
味覚だったか嗅覚だったか…
最初の対価が何だったかなんてもう思い出せない。
結局、病気が治った『彼』は通り魔に刺されて死んでしまった。
その後の世界でも鉄骨が落ちてきたり、車のブレーキが壊れて崖から落ちたり、切れた電線が落ちてきて感電死なんてのもあった。
世界をやり直す際にも対価を払った。
味覚を触覚を痛覚を聴覚を嗅覚を視覚を髪を爪を指を家族の記憶を自分と大切な人たちの名前を
『彼女』との思い出以外のすべてを使ってやり直してきた。
悪魔と契約した時点で食事や睡眠は不要になって
怪我や病気もしなくなってたからそこまで困ることはなかった。
感覚は完全に失うわけではなくて100分の1になる程度で、記憶はあることはわかるけど思い出せないというだけだったし。
「そうだ、今日は五感やら健康やらを一時的に返してくれてありがとう。
おかげで『彼女』のナポリタンを味わうことができたし
何一つ心配をかけることなく自然な別れができたと思う」
失敗した周回では、『彼』が死ぬと今日この日に飛ばされていた。
対価で捧げたものを1日だけ返してもらい、あの喫茶店へ赴くのだ。
そこはいつだって陰鬱な空気の喫茶店で…
『彼女』とはまともな会話なんてできなかったし
娘ちゃんも給仕の仕事以外で話しかけてくることはなかった。
悪魔との契約では願いの対象との接触を禁じられていたけれど、この日だけは『彼女』に会うことを許されていた。
そうやって、僕の主観時間で100年かけてようやく望んだゴールにたどり着いたんだ。
「100年、100年もかかったのかぁ…
我ながらかなりバカだったな」
ニタリと、悪魔が笑った気がした。
何度も死んだ『彼』だったけれど、よく考えればその死因はすべて不可解だった。
夕飯時の住宅地で人が即死するようなひき逃げ事故があって、音を聞いた人すらいないなんて。
通り魔事件に他の被害者はおらず、犯人の痕跡が欠片も見つからないなんて。
風もない日にそれまで無事故だった工事会社がたまたま落とした鉄骨が直撃するなんて。
車検直後のドライブでブレーキが故障?
たまたま歩いていたら切れた電線が降ってきて感電死?
そりゃ可能性は0ではないだろう。
最初は僕が『彼』の死を回避させたせいで死の運命が形を変えて襲ってきているのだと思ってしまっていたけれど…
「100年繰り返してようやくわかった。
僕が理解したことに貴女も気付いたんでしょう?」
今回は答え合わせの周回だった。
【『彼女』が幸せになる】という僕の願いを叶えるために必要なことは『彼』を助けることではなく、僕が真実に気づくことだったんだ。
その証拠に、今回は僕が何もしなくても『彼』が死ぬことはなかった。
最終日に飛ばされることもなく、十数年の月日を過ごしてこの日までやってきた。
「『彼』を殺していたのは、貴女だったんだね」
悪魔は満足げにうなずくと腕を持ち上げる。
その影のような冷たい手が僕の胸に沈み込む。
今まさに契約の対価が支払われようとしている。
酷いマッチポンプに付き合わされたものだと僕が呆れていると、悪魔から困惑したような感情が伝わってきた。
もしかして怒りや絶望を期待していたのかな?
悪魔が『彼女』を害していたなら怒りもするけれど…
僕は『彼女』の真の幸せを理解し見届けることができた。
この悪魔の介入がなければ知ることはできなかったのだし。
だから…
まあいいか、って思うんだ。
そして僕の意識は消え去った。
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『僕』が去った後の喫茶店内。
掃除をしながら娘は母に尋ねる。
「ねえお母さん」
「なんだい」
「もし、もしさ…
もしおじさんがちゃんとアプローチしてくれてたら、おじさんの方を選んでた?」
「そんなもしもの話は無意味だよ。
でもそうだね、あいつにそんな度胸があれば本気で検討してやることくらいはしたかもね」
「仲良し三人組の関係を壊してでも?」
「ああ」
「そっかー…
確かにそれでこそお母さんって感じはするかな。
あ、ちなみにあたしはおじさんがお父さんでも構わないかも」
「あんた、それ絶対お父さんに言うんじゃないよ。
言ったら小遣いは一生なしだ」
「ひえぇ、娘の幸せより旦那を気遣う色ボケババアの凄み顔は般若より怖い」
「親に向かって喧嘩売ってんのかい!表に出な!」
「残念、扉はもう施錠してまーす」
「よしわかった、来月から小遣いなしだ」
「そんなぁ、許してお母様~」
喫茶店には『僕』の望んだ幸せが広がっていた。