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57. カニとたわむる

 そこは荘厳な大神殿だった。純白の大理石から削り出された、高くそびえる神獣の姿が列を成し、その最奥には、神獣たちを統べるかのように、巨大なヴェルゼウスの彫像が鎮座している。それはまるで神話から抜け出したかのような圧倒的威厳を放っていた。


 彼の周囲に配された彫像たちは、人ならざる野性的な美を備えた生き物の姿をしており、彼らの眼差しや姿勢には、まるで次の瞬間に息を吹き返すかのような緊張感を漂わせている。


 上方には柔らかな雲がいくつも漂い、その間隙から、光の微粒子がまるで天からの祝福のように降り注ぐ。筋を描きながら淡く降り注ぐ光の中で、微粒子が黄金色の煌めきを放ちながら宙を舞う様は、息をのむ美しさだった。官吏が言っていたようにそれらはかつての住人の魂が放つ欠片なのかもしれない。


 また、神殿には淡く甘い柑橘の香りが漂い、息をするだけで身体中が清められていくような穏やかな神聖さで満たされていた。


「おいおい、こんなところまで来ちゃってどうするつもりじゃ? 敵地ど真ん中じゃないか……」


 レヴィアはその圧倒的なアウェイの雰囲気に委縮し、オディールの腕に(すが)ると、その温もりに救いを求めた。


「ははは、レヴィちゃんはドラゴンのくせに肝っ玉が小さいなぁ」


 陽気にくすくすと笑うオディールをジロっとにらむレヴィア。


「あのなぁ、こんな神の国ではドラゴンの力なぞ何の役にも立たんのじゃ! 今はただのか弱い女の子。何かあったら一瞬で消し飛ばされてしまうわ」


「それを言ったら僕もただの女の子だけどね? くふふふ」


 茶目っ気たっぷりの笑顔でオディールは笑う。


 ふんっ!


 レヴィアは忌々しげに視線をそらす。


 その時だった、甘い少女の声が響いた。


「神の杖、テンペスティロッドをお持ちのお方……。どのようなご用向きでしょうか?」


 目を向けた先に、光輝く白い法衣を纏った小さな女の子が浮かんでいた。彼女は、ゆったりと白い翼を羽ばたかせながら二人のところへと降りてくる。穏やかな微笑みをこちらに向けるその純白の姿は、この世界の天使のようで、見る者の心を穏やかにしてくれた。


「あ、ヴェ、ヴェルゼウス様にね? アンノウンの討伐を任せるって言われているんだ」


「さようですか……。少々お待ちください……」


 天使が軽く手を振ると、空中に複雑な図形を描く透明なスクリーンをが浮かび、無数の符号が即座に踊り出る。彼女はそれをタップし、熱心にその上で情報を追った。


 レヴィアはそんな話があったことを言われて思い出したが、あの緊迫した場面でこんな事態を予見して言質を取っていたオディールの如才なさに舌を巻いた。


「ふむふむ……。なるほどですね……」


 天使はヴェルゼウスの啖呵のところの映像を見つめながらうなずいた。


「確認が取れました。どうぞこちらへ……」


 天使がその白銀の指を空中にゆっくりと舞わせると、青い光が浮かび上がって絡み合い、閃光を放ちながらゲートを形成した。


 おぉ! ほぉ……。


 オディールは得意げにレヴィアに一瞥をくれると、心躍らせながら光のゲートをくぐっていった。



       ◇



 ゲートの先は無数の映像が宙に浮かぶプラネタリウムのような空間だった。奥の方には手のひらサイズの人間の3D像が空中にずらりと並んでいて、それぞれちょこちょこと動いている。

 これらの像は、遠い世界に住む実在の人物の現在の様子をそのまま捉えており、それぞれが見る者の目を惹きつける生々しい生命力で満ち溢れていた。


「うわぁ、なんだこれ! 可愛い!」


 オディールの目は、初めて目にするミニチュアの3D映像に釘付けになった。


 そこには市場を駆け抜ける小さな少年の笑顔があり、書斎で深い思索に耽る学者の姿があり、密やかな交易を行う船乗りたちがギリギリの交渉を行っている。この魔法のような場所では、数え切れないワクワクする物語たちがにぎやかに進行していた。


「こちらは要注意人物のモニターに使っております」


「えっ!? 監視装置なの?」


「画面では見えない事も3Dなら良く見えますからね。群衆の中とかでは圧倒的に良いですよ」


 純白の翼をゆったりと波打たせながら光に満ちた天使は、心温まる笑顔でゾッとすることを言う。


「あー、ならアンノウンをここに出してよ」


 オディールは苦笑いをしながら3D像のエリアを指した。


「少々……お待ちください……」


 天使は空中に輝く画面を召喚する。静かに集中すると、彼女の指はスクリーンをなぞり、そのたびに星屑のようなデータが舞い踊った。


 やがて生き生きとした影の幼児が現れる。


 おぉ! こいつか……。


 川遊びに興じ、元気よくカニを追い回している影を、オディールとレヴィアは興味深そうに見つめた。


「これ……、このまま殺しちゃえば全て解決なんじゃないか?」


 レヴィアは憎々しい表情で影をにらみながら、毒を吐くように言い放った。


「どうやって?」


「そりゃ、単純にシステムの死亡処理メソッドを叩けば……」


 オディールは頭を抱えて宙を仰ぐ。


「かーーっ! 分かってない! コイツのデータは滅茶苦茶なんだ。そんなの下手なメソッドにかけたら結果は不定だよ? 死ぬ保証なんてない。死ななかったらどうなるよ?」


「死ななかったら……? 殺され……る?」


 レヴィアは息を呑んで青ざめる。彼女自身即死スキル持ちなのでこの辺は痛いほどわかっていた。


「そう! 下手に手出しすればヴェルゼウスの二の舞。どんな人だって即死だよ」


「そ、そうじゃな……。だったら、どうするんじゃ?」


 二人は見つめ合い、そして腕を組みながら深く思いを巡らせ……ため息を漏らした。全能と謳われたこの世界の神の術さえ通じない、恐るべきアンノウンに対する打開策は容易には浮かばなかった。



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