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53. 神の桃

「おぉぉぉ……」「何と素晴らしい……」「素敵……」


 残りのメンバーもやってきて、それぞれがこの世ならざる光景の前で息をのむ。


 そこへ、鬱陶し気な様子で官吏が姿を現した。


「ふん、なんだってこんなことになるんだよ……」


 官吏は、懐疑の影を目に宿し、オディールをギロリとにらむ。


「お前は誰の加護を得てるんだ? 牙を折るなんてありえんのだけど?」


「加護? そんなものある訳ないじゃん。あれはドラゴンの鱗のおかげだってぇ。きゃははは!」


 オディールは無邪気な歓びを振りまくように笑う。


「そんな訳あるかい! だがまぁ通れちゃった以上は案内はせんとな。ふぅ……。ついてこい!」


 官吏は深いため息を漏らすと、不満げにその額に皺を寄せながら、三角屋根の建物に向かって飛び始めた。


「あっ、あそこ行くの? やったぁ! よし、レヴィちゃん競争だ!」


 オディールは歓喜に満ちた声を上げ、野を駆ける子鹿のように金色の花びらを蹴りちらしながら軽快に走り出した。


「あっ! おい、お前勝手に……」


 大天使が怒鳴ろうとしたその刹那、オディールは軽やかに後ろを向き、


「約束、約束ぅ!」


 そう言って人差し指を楽し気に振りながら、碧い瞳でいたずらっ子のウインクをする。そして、笑い声を響かせながら風のように駆けていった。



        ◇



 純白のファサードが天に向かって尖る、この壮大な三角屋根の建物は、繊細かつ豪華な装飾で飾り立てられた荘厳なチャペルだった。


 一歩足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは神話から抜け出したかの如き純白の幻獣の浮彫。真っ白だった壁は、内側からはまるで水晶のように透明へと変わり、まるで黄金色に輝く花々の上に幻獣が浮いているかのように見える。その壮麗さは、ここで結婚式を挙げたらこの上ないと思わせるものだった。


「うわぁ……素敵……」


 静かに両手を組んだオディールの碧眼が輝きを増す。


「お前たちはここで待ってろ。この世界の神、ヴェルゼウス様にはすでに連絡済みだ」


 官吏は参列者席を指さし、つまらなそうに言った。


「ヴェルゼウス様は僕らの世界を直して……くれるかなぁ?」


 オディールは首を傾げながら恐る恐る官吏に問いかけた。


「はぁ? そんなのワシは知らん。ただ、一般論として言えば、そんなことしてもヴェルゼウス様には何のメリットもないからねぇ」


 官吏は冷やかな笑いをこぼしながら、肩をすくめる。


「メ、メリットって、数兆人の人の命がかかってるんだよ!?」


 命の尊厳を踏みにじるような計算高い発想に、オディールは猛然と反抗した。


「何兆いようがそれはお宅らの都合でしょ? うちらには何の関係もない」


「そ、そんな……」


 横で見守っていた大天使は、沈黙を守ることができず口をはさむ。


「関係ないってことはないはずですよ? 女神ヴィーナはヴェルゼウス様の後輩、同じく世界を造られている仲間同士じゃないですか!」


「あー、うるさいな。そんなのはワシにはどうでもいい事。直接言ってくれ。あそこの桃でも食べて待ってろ」


 官吏は、壇上に積まれた桃を指し示し、面倒事から逃げるようにすうっと消えていった。


 ハードな交渉になりそうな重苦しい雰囲気の中、一行はお互いの顔を見合って、無言のうちに溜息を漏らす。


 そんな空気を気にもせず、オディールは真っ先に桃を取ってその濃厚な香りを楽しんだ。桃色の豊潤な肉質はすっかり熟しており、馥郁(ふくいく)とした高貴で芳醇な香りが鼻をくすぐって、彼女を幸せな微笑みへと誘った。


 早速皮をむいてみるとつるんと簡単にむけ、透明感のあるジューシーな中身が姿を現す。


 たまらずかぶりつくと、夏の太陽を凝縮したような蜜の甘みが爆発し、その後を清涼感のある酸味が口の中を駆け巡る。


 うほぉ……。


 緊張で砂漠のように乾いた喉を潤すため、オディールは飢えた狼のごとくむしゃぶりついた。


「う、美味いのか?」


 レヴィアはそんなオディールの様子を不安を抱きつつ見守る。


「いやぁ、神の国は最高だね。うっしっし」


 オディールは一気に種までしゃぶりつくすと、すぐさま二個目へと手を伸ばした。


「神の世界のものを食べちゃいかん、とか聞いたことないのか?」


 レヴィアはゴクリとのどを鳴らしながら言う。


「何言ってんの、長丁場になりそうだからレヴィアも食べときな」


 オディールは微笑みを浮かべながら、滴る果汁の桃を差し出した。


 レヴィアは一瞬ためらったものの、喉の渇きに負け、静かにその甘露を受け取る。



     ◇



 桃を食べ終わったレヴィアは、無力感に身を委ねるように、静かに肩を落とした。


「なぁ、うちらの世界はどうなっちゃうんじゃろ……?」


 レヴィアが視線を落としたその時、頬を伝う悲しみの雫が彼女の手に静かに落ちた。


 オディールは桃を手早く頬張りながらも、そんなレヴィアの背中をやさしくポンポンと叩く。


「大丈夫だってぇ。世界はあるべき姿に必ず戻る。どんなに悪意が捻じ曲げようとしても最後には必ず定まった姿に落ち着いていくんだよ」


 さわやかな風が金色の花畑にウェーブを作りながら渡っていくのを、オディールは目を細めながら眺めた。


「そうは言っても……。お主は強いなぁ……」


 レヴィアは口をとがらせる。


「レヴィちゃん、信じよう。僕らはきっと上手くいく。これは言霊だよ?」


 陽気な笑顔で、オディールはレヴィアの背を軽妙に叩いた。


「きっと……上手くいく……」


「そうそう。はい、もう一個むいてあげるからどんどん食べて」


 レヴィアは自分に言い聞かせるように静かにうなずく。


「きっと上手くいく……。きっと上手くいく……」


 レヴィアは何度か繰り返すと、オディールにむいてもらった桃を、決意のこもった目でガブリとかじった。


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