表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/64

52. 鱗のお守り

 ジッと白虎の口をにらみ、呼吸を整えるオディール――――。


「あー、飛び込もうったって無駄ですよ。白虎の牙が閉じるのに1ミリ秒もかかりませんからね。くふふふ……」


 その様子を見ていた官吏は毒を帯びた微笑を見せた。


 えっ……?


 オディールは眉をひそめ、凍りつく。


「邪心が無ければ……嚙まれないんですよね?」


 引きつった微笑みを浮かべ、改めて小人に聞くオディール。


「もちろん、そうですよ? でも今までたくさんの人が挑戦してきましたが、なぜか全員噛み殺されちゃったんですよねぇ。ぐふっぐふっ……」


 小人の残酷な笑いに、オディールは冷たくにらみ返した。


 レヴィアが翼をバサバサ鳴らしながら慌てて飛んでくる。


「オディール、こんなの止めるんじゃ。こんな無謀な事せんでええ。本当に出口がここだけかなんてわからんじゃないか」


 オディールの腕をギュッとつかみ、熱を込めて説得するその真紅の瞳には涙が切なく光っていた。


 しかし、オディールは不屈の決意を瞳に宿しながら首を振る。


「僕たちの肩には数兆人の未来がかかっているんだよ? このくらいは大したことないって」


「いやいや、死んだら終わりなんじゃ!」


「はははは、レヴィアはさっきまで死んでたじゃん」


 オディールは屈託のない晴れやかな笑いを見せる。


 レヴィアは口をとがらせ、オディールをジト目で見ると、指先を自分のわき腹に滑らせ、力を込めた。


 いてっ!


 そう言うと、顔を歪めながら、黒く鈍い光を放つ欠片(かけら)を無言でオディールに渡す。


 え……?


「ドラゴンの鱗は幸運のお守りにもなるんじゃ。持っとけ」


 レヴィアは今にもこぼれそうな涙をたたえながら言った。


「ありがと。……。でもちょっと何か臭うよ?」


 オディールは鱗を受け取ると、くんくんと嗅いでみて眉を寄せる。


「バッカもん! 返せ!」


 レヴィアは真っ赤になると、怒りに燃える瞳でオディールに飛びかかった。


「うそうそ。ありがとっ!」


 オディールはレヴィアを優しく抱きしめると、ほっぺたにチュッ! とキスをする。


 え? あ……。


 レヴィアはちょっと恥ずかしげにうつむいた。


「さーて、幸運のお守りも手に入れたし、イッツ、ショーターーイム!」


 オディールはレヴィアをそっと地面に下ろすと軽くピョンピョンと跳んで、競技直前の陸上選手のように手足をクルクルと回した。


「死体の掃除、大変なんですから、頑張ってくださいね。ぐふふふふ」


 官吏の口元からは、邪悪な笑みがこぼれた。


 オディールは冷めた目でその官吏を一瞥(いちべつ)し、フンと鼻を鳴らすと、大きく息をつく。


 じっと白虎の口を見つめるオディール――――。


 はっ!


 気合を入れた直後、一気に全力で白虎へ向かって駆けだした。


 オディールの鮮やかな動きに全員が息を呑む。足音のリズムが、戦場のドラムのように響きわたった。


 そいやー!


 オディールはまるで高校球児のようにヘッドスライディングをしながら、一気に口の中へと飛ぶ。


 刹那、ギラっと白虎の瞳が神秘的な光を放ち、オディールめがけて牙が動き出す。


 直後、雷のような轟音が鳴り響き、舞い上がる土煙――――。


 視界が土煙に閉ざされる中、レヴィアはたまらず駆け出す。そして、白虎の巨大な口からオディールの白く細い足首が露わになっているのを見て、レヴィアは息をのみ、悲痛な叫びをあげた。


「オ、オディールぅぅぅ!」


 すると、白虎の口がゴゴゴゴと石の擦れる音を立てながら、少しずつ開いていく。


 えっ……?


 中から現れたのはオディールの明るい笑顔だった。


「なんか、牙折れちゃったけど、条件は『通れたらOK』だからこれはセーフなんですよね? くふふふ……」


 四方に散乱する鋭利な牙の破片たちを前にして、官吏は顔が引きつった。


「あ、あ、あ、聖なる石像が……。まさか……」


「では、先に行ってるから早くみんなもおいで~。大天使様はちゃんと願い聞いてよ? きゃははは!」


 輝く笑顔を湛えながら、オディールは石像の影の奥深く、神秘的な闇へと消えていった。



        ◇



 オディールがゆっくりと瞼を開けると、目の前には黄金の楽園が広がっていた――――。


 うわぁぁぁ……。


 煌めく太陽の下、丘を埋め尽くすネモフィラのような花々は黄金色に輝き、それぞれが太陽の粒子のようにキラキラと輝いていた。まるで神々が丘全体を黄金の絨毯(じゅうたん)で飾り立てたかのようである。


 その黄金の海の中央に、壮麗な純白の建物がひときわ目を引く。その三角屋根は青空に向かってそびえ、黄金の世界の遠い伝説を静かに守っているかのようだった。


「オディールぅぅぅ!」


 振り返ると、レヴィアが金髪おかっぱの女の子の姿で、涙と共に全身を震わせながら飛びついてくる。


「おわぁ! レヴィちゃん。うふふ……。鱗のお守りありがと……」


 オディールはレヴィアをキュッと抱きしめると、輝く太陽のような金髪を優しく撫でた。


「あんまり無茶はせんでくれ」


 レヴィアは涙をポロポロとこぼしながら、切なくも優しい声で言葉を紡いだ。


「ははは、でも無茶しないと数兆人は救えないんだよねぇ……」


 オディールはうんざりした様子で重く深いため息をついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ