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26. 隕石の贈り物

「主様、元気出してください……」


 毛布に潜り込んで動かなくなった蒼をムーシュはそっとなでた。


 しかし、ピクリとも動かない。


 女神の解呪の魔道具が効かなかったということは、もはや解呪は不可能だということ。それはつまり近いうちに受精卵にまで若返って死んでしまうことを意味していた。


 希望に満ちたはずの異世界転生。だが、現実は残酷で、何も始まらぬまま全てが蒼の手を滑り抜けていく。無念の涙が頬を伝い、蒼はただ、静かな絶望の中で無気力に転がっていた。


「でもその……天使でしたっけ? なんかちょっとおかしいですよね?」


 ムーシュは蒼をさすりながら首をひねる。


「何か目的があってこんなことしてるんでしょ? 一体それって何を狙っているんでしょう? まさか単なる嫌がらせってわけじゃないと思うし……」


 蒼はムーシュの言葉にピクッと反応した。


 確かにそうだった。天使だって暇じゃない。単に蒼をイジメてそれを嗤うためにこんなことまでしないだろう。きっと何か考えがあってやっているはずだった。


「きっと【即死】で誰かを殺してほしいんじゃないかしら?」


 蒼はガバっと毛布を跳ね飛ばし、起き上がった。


「誰かって……誰?」


 真っ赤に泣きはらした目でムーシュに食って掛かる蒼。


「わ、分かりませんよぉ。でも、そんな気しません?」


 蒼は深く眉を寄せ、心の中で渦巻く謎に向き合う。即死、その名の通り運命を一瞬で断ち切る異質なスキル。そして追い込むような若返りの呪い。何か深い策略、隠された意図を感じながらも、その目的が読み取れない。もし、本当に何かを成し遂げてほしいのなら、なぜ暗示すらも与えられなかったのか?


 天使が殺したくても殺せない相手がいて、それを自然に殺すように呪いをかけて蒼を仕向けていると考えると確かに辻褄(つじつま)は合う。だとするならば、そいつを殺せば天使は呪いを解いてくれるに違いない。


 問題はそれが誰かが全く分からないことなのだ。


 そもそもなぜ天使はそいつを殺せないのか? 女神にバレると困るから? でも、女神にバレずに自分に殺させたりできるものだろうか? だとすれば女神ですら殺せない相手がいて、それを自分が殺す……。いやそんな馬鹿な……。


 蒼は必死に天使の意図を探ったが、天界の事情など知りようもない蒼にはただの憶測の域を出ない。


 ただ、ムーシュのおかげでまだ希望が残っていることを確認できたのだ。


 ふぅと大きく息をつくと、蒼はムーシュの柔らかで温かな手を取った。


「ありがとう、ムーシュ……」


 蒼は涙にぬれた碧い瞳でムーシュを見上げる。


「た、ただの思い付きですけどね。元気になって良かったですぅ」


 ムーシュは蒼を抱き寄せて、プニプニのほっぺに嬉しそうにスリスリと頬ずりをした。


 その時だった。夜空が黄金に輝く壮絶な閃光を放ち、窓の向こうから絢爛とした光の洪水が部屋を吞み込むように流れ込んでくる。


 うわぁ! ひゃぁ!


 驚き抱き合う二人――――。


 直後、何かがカツン、カラカラと床で音を立てながら転がった。


 恐る恐る床を見下ろすと、そこには黄金色に輝く星の形をしたものが揺れている。


「な、なに……これ?」


「さ、さぁ……。空から落ちてきた星……ですかね?」


「隕石? こんなきれいな隕石ってある?」


 蒼はけげんそうな顔でヒョイっとベッドから降りると、ツンツンと指先で星をつついた。


 星はつつかれるたびにブワッと黄金の輝きの微粒子を吹きだしてくる。それは拳銃の魔道具をほうふつとさせる美しさだった。


「何かの魔道具ですかねぇ……?」


 ムーシュは恐る恐る星を拾い上げる。その刹那、鮮烈な光が爆ぜ、彼女はその(まばゆ)い光に完全に包まれてしまう。


 ひぃ! うわぁぁぁ!


 やがて光の中から黒い翼がゆっくりと現れ、その翼が開かれると、ピンクの髪の悪魔ムーシュが優雅に浮かび上がった。彼女の顔には夢を見ているかのような恍惚の表情があり、幸せそうにふわふわと空中を漂っている。


「あれ、お、お前……翼は治ったのか?」


 ムーシュはうつろな瞳で振り向き、手をのばして翼を確認する……。


「えっ!? ほ、本当だ……。や、やったぁ! 主様、ムーシュは完全復活ですよぉ!」


 ムーシュは蒼を抱き上げるとバサバサっと翼をはばたかせ、部屋をぐるりと一周飛んで見せた。


「よ、良かった……」「これでどこへでも行けますよぉ」


 二人はフワフワと空中を飛びながら笑顔で抱き合った。


「あれ……? これは誰かがくれた贈り物……ってこと?」


 蒼はあまりに都合の良い星の出現に眉をひそめた。


「ありがたいお話ですねぇ」


 ムーシュはニコニコとほほ笑むが、蒼は途端に険しい表情になった。


「天使だ……」


 えっ……?


「天使がムーシュの翼を治したんだ! あいつめ……」


 蒼はギリッと歯を鳴らした。


「ど、どういうことですか?」


「僕らが解呪に失敗して落胆したのを見て、道を示すように星を送り込んできやがった。要はムーシュの翼で飛び立てってことだよ。あいつは今も僕らを見ているんだ!」


 そう叫ぶと蒼はムーシュの手をほどき、窓辺までダッシュして夜空を見上げた。


 しかし、夜空には星が瞬き、月が輝くばかりで不審な物は何も見えない。


「なんでこんな手の込んだことするんだよ! 今すぐ出てこい!」


 蒼は夜空に向けて叫ぶ。


 しかし、ただ静かに星が瞬くばかりである。


 くぅ……。


 蒼は夜空をものすごい形相でにらみつけると中指を立てた。


 やり返さねば気が済まない。だが、相手はどこにも見えない。


 ちくしょう……。


 目的があるならなぜ言わないのか? こんな影からサポートするような事して一体何がやりたいのか? 天使にいいように弄ばれている気がした蒼は、ベッドにポスっとその身を投げた。



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