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20. 輝く天声の羅針盤

「はい! 無駄話はおしまい。魔導書はもってけ!」


 老婆はそそくさと深緑に輝く魔石をふところにしまうと、引き出しから古びた紙を巻いたスクロールを取り出した。


「これはオマケじゃ。ほい、お嬢ちゃんどうぞ」


 ニコッと嬉しそうにスクロールを蒼に差し出した。


 蒼はけげんそうな顔で受け取ると鑑定をかけてみる。


ーーーーーーーーーーーーーー

マジックスクロール【沈黙の時(サイレンスジャマー)

ランク:★☆☆☆☆


効果:対象のスキル効果を一秒間止める

ーーーーーーーーーーーーーー


「相手のスキルを一瞬止められる魔法が込められたスクロールじゃ」


「一瞬止めてどうするんです?」


 ムーシュは不思議そうに聞いた。


「知らんよ、誰かがスクロールづくりの練習にでも作ったんじゃろ。ずっと売れ残っておったからオマケにあげよう」


 ムーシュは蒼と顔を見合わせる。たった一秒止められることに何の意味があるのかさっぱりわからなかったのだ。



      ◇



 ギルドに紹介してもらった宿にやってきた二人は小さな部屋を借り、ベッドの上で早速魔導書を取り出した。


「うわー、これは凄い本だねぇ」


 蒼は恐る恐る表紙の金の文字をなでてみる。すると、パリパリッと軽いスパークが走り閃光を放つ。


「わぁ! まだ魔力があふれ出してますよ」


 仰天するムーシュ。


「よし、これで僕も魔法使いになるぞ!」


 蒼はその高いレベルとは裏腹に、魔法はまだ使えなかった。ムーシュに基礎から教えてもらえばよかったのだが、面倒くさくて先送りして今まで来てしまっていた。もっともムーシュも目くらましの魔法くらいしかまともに使えないのだが。


「き、緊張するな……。どれどれ……」


 蒼は震える手でそっと表紙を開く。そこには古びた羊皮紙の上にルーン文字がずらりと並んでいた。文字のインクには魔力が込められているようで、黄金色に静かに煌めきを放っている。


 ページをめくるとそのたびに黄金色に煌めく微粒子がふわっと舞う。


「なんて書いてあるのかなぁ……」


 何やら凄いことが書いてあるのは分かるのだが、蒼にはルーン文字など読めなかった。ページをめくりながら蒼は眉をひそめる。


 その時だった。横で眺めていたムーシュの身体がいきなりぼうっと光を放った。


「へ?」「はぁっ!?」


 直後、魔導書は激しい光を放ちながら黄金色に輝くルーン文字の群れを吹きだす。


「な、なんだこりゃぁ!?」


 いやぁぁぁ!


 ルーン文字の群れは黄金色の光の奔流となってムーシュの眉間(みけん)を貫いた。


 きゃぁっ!


 あまりのことに倒れ込むムーシュ。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 蒼は慌ててムーシュの手を握り、顔をのぞきこむ。


 あ……、あ……。


 ムーシュは口をパクパクさせながらうつろな目で宙を見上げている。


「お、おい、ムーシュぅ!!」


 蒼がどうしたらいいか分からずオロオロとしていると、やがてムーシュに顔色が戻ってくる。


 はぁっ……はぁっ……。


 大きく息をつくムーシュ。


「ど、どうなったんだ?」


「ご、ごめんなさい、主様……。私、天声の羅針盤(ホーリーコンパス)を覚えちゃった」


 申し訳なさそうに目を伏せるムーシュ。


「マジで!?」


 蒼は唖然とする。


 魔導書は蒼ではなくムーシュを選んだという事になる。レベルは蒼の方が上だが、魔法はムーシュの方が得意なので、それが影響したのだろう。索敵の魔法を使いたかった蒼はがっくりと肩を落とした。


「え? あれ? これは……」


 ムーシュが混乱している。


「どうしたの?」


「何だか敵がすぐ上にいるって感じるんですよね……」


 ムーシュは天井を指さして見上げた。板が張られた古びた天井には木目が美しく流れている。


 蒼はピョンと跳び上がり、天井をガンガンと叩いてみた。


 しかし、物音一つせず、静まり返っている。


「はっはっは、ムーシュの天声の羅針盤(ホーリーコンパス)は壊れているんじゃ?」


 笑う蒼にムーシュはムッとしてにらむ。


「そんなことないです! なんかいます!」


 直後、バリバリっと音がして天井が割れ、黒装束の男が落ちてくる。


「うわぁ! 何者Death(デス)!?」


 とっさにスキルで殺してしまう蒼。


「あっ、やっちゃった……」


 男はムーシュに刃物を振りかざしたものの紫色の光に包まれ、床に崩れ落ちた。やがて消えて魔石となって転がっていく。


「うっひょぉ! ほ~ら、天声の羅針盤(ホーリーコンパス)役に立ってますよ!」


 ムーシュは溢れる喜びで蒼を軽々と抱き上げ、熱くプニプニの頬に感激のキスを落とした。


「わかった、わかったから……」


 ムーシュが正しかったことに蒼は渋い顔をしながら、ムーシュの顔を引きはがす。


「うーん、ムーシュは有能ですよぉ!」


 かつては「無能」と蔑まれた彼女だが、今、最上級の魔法でその価値を示したのだ。これでもうムーシュを役立たず呼ばわりする者はいなくなるだろう。


 蒼はそんなキラキラとしたムーシュの顔を見つめながら、ため息を漏らす。


「なんか、魔人に狙われてるんだけど僕ら……」


「大丈夫ですって! ムーシュが天声の羅針盤(ホーリーコンパス)で全部見つけちゃうんですから」


 ムーシュは鼻高々に胸を張る。


「なんか面倒な事になっちゃったなぁ……」


 蒼は宙を仰ぎ、頭を抱えた。

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