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10. 絶望の乾杯

 魔王城のボールルームで宴会が始まった――――。


「シャドウスカル殿! こたびの大魔法は画期的でしたな!」「しかりしかり。魔王軍もこれで安泰ですな!」「おいこら! ワシにもあいさつさせろ!」


 今回の立役者シャドウスカルの周りには人垣ができていた。魔王城をも揺るがす大魔法、これは人間たちに使っても大成果が得られるはず。であれば魔王軍はこの世界を征服できる大いなる最終兵器を得たということなのだ。


 シャドウスカルは、自らの長き魔法研究の果てにたどり着いた究極の攻撃魔法の成功に気を良くし、いつもは邪険にしていたパーティでの社交活動もにこやかに対応していた。(骸骨なので表情は分からないのだが……。)


 そんななか、調子に乗った一人が口を滑らせる。


「次期魔王はシャドウスカル殿で決まりですな!」


 その一言に一瞬、会場に緊張が走った。


 みなチラチラとグリムソウルやアビスクィーンのいるテーブルを見る。


 そして二人が動かないのを見ると、みな我先にヨイショを始めた。


「そ、そうですなそれが妥当かと」「ワシもそう思いますぞ~」「(わたくし)めは貴殿を支持いたしますぞ!」


 魔王の跡目争いは極めてデリケートな問題だったが、『魔王の仇を討った者』という条件を考えたらシャドウスカルがなるのが妥当なのだろう。


 グリムソウルはギリッと奥歯を鳴らし、アビスクィーンを見る。


「あんな骸骨が魔王……? いいのか?」


 アビスクィーンはつまらなそうな顔で大麻のパイプをくゆらせた。


「あんな奴じゃ務まんないわ。魔王というのは皆のシンボル、心の支えなのよ? まぁ、あんたよりはマシかもだけど?」


「はっ! お前よりは俺の方がマシだろうがよ!」


 グリムソウルはガン! とテーブルを叩き、吠える。


 そんなグリムソウルに一(べつ)を投げながら、アビスクィーンはカン! と灰皿をパイプで叩いた。


「はい! お集まりの皆様、そろそろ開宴したいと思います! それでは、今回の立役者、シャドウスカルさまに乾杯のご発声をお願いいたします!」


 司会の悪魔が声を上げる。


「おぉぉぉぉ!」「いいぞいいぞー!」「シャドウ様ーー!」


 拍手が沸き起こり、観衆は口々にシャドウスカルを讃えた。


 カラカラカラという薄気味悪い骨の音を立てながら、壇上に登ったシャドウスカルは会場を見回し、その頭蓋骨の奥にユラリと青い輝きを揺らめかせる。


「聞け、諸君! 幾万の犠牲を背負いながらも、我々はついに壮絶なる炎の力を解放した。この炎が人間界を焼き払えば、人間どもの絶望が確実に我々の希望となる。その瞬間こそ、魔王軍の悲願達成の時だ!」


 うぉぉぉぉぉ! そうだー! 魔王軍バンザーイ!


 湧き上がる会場。


「その偉大なる一歩を祝し、乾杯の音頭をとらせていただく……」


 シャドウスカルは高々とグラスを掲げ、会場を睥睨(へいげい)した。


「それでは、カンパ……」


 刹那、シャドウスカルの身体が紫色の輝きに覆われる。


 えっ!? はっ!?


 会場内に緊張が走った。


 直後、シャドウスカルは糸の切れた操り人形のようにガラガラと身体中の骨をばらまきながら崩れ落ちていった。


 パリーン! という甲高いグラスの割れる音が会場に響き渡り、まるで時が止まったかのような静けさが訪れる。


 おわぁぁぁ! うひぃぃぃ! きゃぁぁぁ!


 続いて訪れる大混乱。シャドウスカルが殺された。魔王、ルシファーに続き、シャドウスカルすら殺されてしまったのだ。


 トールハンマーはなぜ効かなかったのか? 広範囲を焼け野原にした恐るべき攻撃ですら敵を殺せなかった。もしかしたら不死身なのではないか? まるで見せしめるかのように絶妙のタイミングで殺したということは、もうその辺から自分たちを見ているのかもしれない。魔王軍の幹部たちは不可解で恐ろしい敵の前に理性を失い、パニックに陥って我先に会場から逃げ出していった。


 グリムソウルは驚愕の表情で言葉を失い、アビスクィーンを見る。


「良かったじゃない、魔王の席が空いたわよ?」


 アビスクィーンはほんのりと笑みを浮かべながらパイプを指でへし折ると、皮肉たっぷりに言った。


 多くの兵士を犠牲にした伝説レベルの攻撃すら効かなかったとなると、打てる手などもうない。もはや魔王軍は命運の綱が切れ落ちる寸前にまで追い詰められた。



       ◇



 ところ変わって、蒼たちのいる湖畔には夕暮れが訪れていた――――。


 ほんのり煙が舞う焼け野原に、紅蓮の夕日が地平線に沈んでいく。(あかね)色から深紫へのグラデーションを見せる空は、激動の一日に対する静かなエピローグを描いていた。


「三キロ以内の魔獣はDeath(デス)!」


 蒼はそう唱えるとムーシュの隣に横になり、星々が一つ、また一つとその光を増していくのを静かに見つめていた。


 転生直後に魔王軍と壮絶な戦闘を展開し、悪魔の仲間を得た。こんなド派手な異世界デビューなど聞いたことがない。しかし、これは女神の狙い通りなのだろうか? 交通事故であっさりと死んでしまった自分の魂をこんな形で転生させて、女神にはどんな目的があるのだろうか?


 しかしいくら考えても答えなど思い浮かばない。蒼は首を振り、想像も及ばない神々の世界にため息をついた。と、この時、女神の隣にいた青い髪の美しい天使のことを思い出す。


『最強のチートを下さい!』


 蒼がそう言った時、一瞬彼女はクスッとその美貌に似つかわしくないいたずらっ子の笑みを浮かべたのだ。その表情には何かをたくらんでいるような不穏な空気が感じられた。


 蒼はガバっと起き上がる。アイツだ、アイツに違いない。あの天使が自分にこんなスキルを付与したのだ。


「アイツめ〜」


 蒼はギュッとこぶしを握った。名も知らぬ天使が自分に何かをやらそうとしている。自分の運命を勝手に翻弄する天使に蒼は心底腹が立った。


 しかし、こんなことをして彼女に何の意味があるのだろうか……?


 そう考えるとまた想像の及ばない世界へと入ってしまう。


 天使が何を画策していようと、蒼はこの壮絶な世界で生き抜かなければならない。忌まわしい呪いを破壊し、ムーシュと共に幸福な日々を手に入れるための闘いだ。蒼は決意を込め、キュッと口を結ぶ。


 しかし、どうやって……?


 見渡す限り焼け野原、頼みのムーシュも翼は焼けてしまって飛ぶこともできない。


 即死スキルは最強ではあったが、こんな状況では何の役にも立たなかった。


 蒼はふぅと息をつくとまた横たわり、天空に広がる天の川を見入った。前世では都市の光の海に埋もれ、見ることが叶わなかった美しい星空の芸術。人の気配すらないこの地では天空のキャンバスに美しい光のアートを描いていた。


「みんな……、元気かな?」


 もう二度と見られない日本の家族や友人の顔を蒼は思い出し、ひとしずくの涙が頬を伝った。


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