第7話 これからの活動方針
朝食を食べ終えて身支度を済ませ、一緒に家を出て通学路を歩く。
いつも通り隣にリタが並んで歩き、いつも通りの景色の通学路を歩く。
しかしフレイヤは、いつも歩いている通学路とはまるで違うと感じていた。
ダンジョンに潜る時の格好がナポレオンコートの軍服っぽいものだし、住んでいる場所も新宿と外国人が多く住んでいる場所なので、それでバレることはないだろうかと期待したがそんなことはなかった。
通学路を歩いていると視線を感じるし、何やらひそひそと話されているのも聞こえる。
結果的にとはいえ多くの人に知られたこと自体嬉しくはあるのだが、大勢に知られた時の姿というのがとてもメルヘンチックなものなので、それがとても恥ずかしい。
「うぅ……皆さんが私の噂をしています……」
「いまだにトレンド一位に『あれ』がありますからね。その下のトレンドワードは、少し理解できませんが」
現在もなお一位に君臨している『女神フレイヤ』というワード。スマホのソーシャルゲームの新キャラだと勘違いされていたらしいが、最新の呟きの方まで見るとその勘違いもなくなってきているらしい。
それよりも二位に入っている『轢き殺されたゴミ』や三位の『ゴミの交通事故』というのが気になってタップして開いてみたら、フレイヤがシールドバッシュで弾き飛ばした男性の動画が、そのハッシュタグと共に出てきた。
そこを詳しくリタに聞いてみると、どうやら御影ジンという男性配信者は犯罪に等しい極悪行為を繰り返していて、ネットではあまりにも嫌われているそうだ。
その嫌われっぷりはかなりのもので、ファンの数よりもアンチのほうが多く、動画や配信も高評価より低評価が圧倒的に多く、人に迷惑ばかりかけていることからゴミと呼ばれているとのこと。
その呼び方は酷すぎやしないかと思ったが、関連動画で『ゴミの悪行三選』という短い動画があったので見てみたら、確かにそう呼ばれても仕方ないくらいの酷い行為を繰り返していた。
しかしそれでもフレイヤが一方的にKOして大怪我させてしまったことに変わりはないので、後ほど御影ジンのツウィーターのDMに謝罪の場を設けたいという旨のメッセージを送ることにする。
「今もなお登録者数とツウィーターのフォロワー数が伸びていますね。今朝ほどの勢いは少しなくなってまいりましたが、それでもすさまじい成長ですね」
「これ、次配信する時どうなるのでしょうか」
「少なくとも数万は集まるかと。フレイヤ様の戦いというのは派手で配信映えしますし、それでなくともこのバズで大勢の人が集まりますから」
「ひえぇ……」
人前に出てスピーチをしたりなにかを発表すること自体は慣れているが、それはあくまで学校の範囲内であって全国や全世界などではない。
今日も配信をする予定なので、もし本当にリタの言った通り数万の視聴者が着たらと考えると、今から胃が痛くなってくる。
「それより私が一切批判されていないことのほうが地味に怖いのですが」
「今朝も言いましたが、今回のことの発端というのは御影様が撒き餌を使ってモンスターパレードを人為的に引き起こそうとしたことです。フレイヤ様も、あれの危険性は知っているでしょう?」
「えぇ。国がギルドを通して明確に使用を禁止して法律でも定めている、特等指定危険物質ですよね。登録した時にもらったルールブックにも、最初の方に書かれていました」
ルールブックはギルドが国が定めたダンジョンに関する法律を全て書き記した本で、探索者のライセンスを取得して正式に探索者になると同時に受け取ることができる。
そこに書かれているものは全て例外なく順守すべきもので、破ったりでもしたら最悪一回でライセンスを剝奪される上に、剥奪された場合は二度の再取得ができなくなる。
そんな大事なルールブックを、探索者であれば誰であろうと持っていて目を通しているはずなのに、御影ジンは最初の方に書かれている撒き餌の使用は原則禁止すべしというルールを無視していた。
「確かに勢いの付けすぎで重傷を負わせてしまっていましたが、あの後にあの試作品の回復薬を飲ませて傷を癒しましたし、救急車で病院に運ばれて命に別状はないと所属クランが公式ツウィーターで発言していますのでそこは問題ありません」
「あ、命に別状はないのですね。それはよかったです」
あの自作の回復薬は、飲んだ人の自己回復能力を大幅に増幅させることで、治癒が終わった後は激しい倦怠感に襲われる副作用があるが、どんな重傷も数秒で治すことができる効果がある。
それを飲ませても目を覚まさなかったので少し不安だったのだが、目を覚ましたと聞いて安心する。
「こういったトラブルというのはやったやってないの水掛け論になってこじれることが多いですが、今回ばかりはフレイヤ様が有利です」
「それは証拠となる動画が残っているからですか?」
「はい。ですので今回の件は十対ゼロで向こうのほうが悪いです。何しろ法に抵触しているのですから。フレイヤ様は別に、法を破ったわけではないでしょう? 撒き餌だって、割れはしましたがあれは完全に事故ですし」
「その、事故とはいえ私が原因で割れたようなものなので、そこを突いて訴えたりとかはありませんよね?」
「クランがブラッククロスなので無理やりやってくることもあり得なくはないですが、仮にそうなってもこちらには優秀な弁護士がいますから」
「お母さんのことですね……。あの人は私のことになると何よりも全力出してきますから、確かに安心はできそうですが」
誰よりも頼れる味方が家族にいることは心強いが、その手札を切ることになるような状況になってほしくない。
フレイヤだってまだ女子高生だし、女子高生でなくとも裁判なんてものは経験したくもない。
「それと、今日は帰宅した後に雑談配信でもしましょう」
「いきなりですか!?」
「今フレイヤ様のチャンネルに集まっているのは、いわば一時的に騒ぎに集まってきている野次馬やミーハーみたいなものです。それを放置したままでは、せっかく集まってくださった視聴者達は離れて行ってしまいます」
リタの言うことももっともだ。
特別ネットの機微に詳しくはなくても、それくらいは理解できる。
今回のフレイヤのような配信者に限らず、テレビに出演する芸人や芸能人だって一時期人気が爆発的に高まっても、その後人気を上手く獲得できずに低迷していき、やがて姿を消していって記憶からも消え去ってしまったのを何度も観ている。
今のフレイヤはまさにそれで、今は爆発的に人気を集めているが、もしここで失敗すればひっそりと消えて行ってしまった芸人・芸能人と同じ道をたどってしまう。
ならどうすればいいかなんて一つだけ。爆発した人気に集まってきた人達を、そのまま固定のファンに変えてしまえばいい。
言うは易し、だがそれ以外に道はない。
「雑談配信にする理由ですが、炎上する心配もないとはいえ、探索者全体で見ても上位に位置する御影様を一撃で倒したのはかなり衝撃でしたから、企業のやらせや、翼も映りこんでいて美琴様と同類なのではないかという憶測が飛び交っています。その誤解を解くためにも、普段の配信ではなく雑談のほうがよろしいかと」
「……詳しいですね?」
「フレイヤ様に配信活動をするように勧めたのはわたしですから。マネージャーとして当然の仕事をしたまでです」
家事全般を完璧にこなせる上に、実家がイギリスでは屈指の魔術の家系だったこともあって魔術師としての腕も超一流。
メイドの評価は主の評価と言って勉強も毎日欠かさずきっちり行っていて、テストを行えば必ず上位陣に食い込んでいる。
そこに配信マネージャーとしてネットの情報や流行などを調べ上げていて、どのやり方がフレイヤに合っているのかを探し出している。
仕事のしすぎでいつ寝ているのかと不安になるほどだが、その仕事っぷりはどこをとっても完璧だ。同い年なのにどこまでしっかりしているのだろうかと、コツを聞きたくなる。
「それじゃあ、あなたの言う通りに帰ったら雑談枠を取ってみます」
「それでしたらもう配信枠を作っておきました。五時から六時の間の一時間だけの短い雑談枠にしてあります」
「……相変わらず仕事が早いですねえ」
最初からそうさせるつもりでいたらしい。まあ別にいいのだが。
とりあえず学校が終わったら母に連絡して大丈夫なのかどうかを確認することにして、今はこの先に待ち構えているであろう質問地獄にどう対応すればいいか、そのことを考えることにする。
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