第17話 フレイヤ式ダンジョン下層の進み方
ドラミングをしながら走ってくる灰色ゴリラは、フレイヤに対して殺意をむき出しにする。
怒り状態になると、闘争本能に激しく炎が付いてそれに連動するように体中の筋肉が肥大化して、ただでさえ大きな体が余計に大きくなる。
「毎回このモンスターを見るたびに思うんですけど、どうして男性ではないだけでこんな風になるのでしょうね」
”確かに不思議なことだけど今!?”
”コメント欄見てないでモンスターの方見て!?”
”ほらもう攻撃動作入ってるから!”
”いやあああああああああああ!? ゴリラが、ゴリラがああああああああああ!?”
”こっちくんな化け物おおおおおおお!!”
”何人かこいつに襲われた過去があるのか、トラウマで発狂してて草”
突撃をかましてくるアッシュコングをよそに、コメント欄を見ながらどうして性別一つ違うだけで、ここまで殺意をむき出しにするのだろうかと視聴者に聞いていると、そんなことよりもモンスターと戦えと言うコメントで溢れかえる。
アッシュコングは下層上域から深域までの広い範囲に分布しているが、その強さは個体だけではせいぜい行っても中域程度だ。
元々五メートルもの巨躯を誇るが、怒りの状態になると筋肉の膨張で体が更に大きくなって、個体によっては倍以上に大きくなることがあるのだが、これも中層ボスのライカンスロープと同じだ。
筋肉が大きくなればその分攻撃力は増すが、逆に速度というのは大きく下がる。
やや鈍重な動作で拳を振り上げて攻撃予備動作に入るが、やはりいつ見ても遅いなとぼんやりと考えながらその場から動かずに、己の正面にエネルギーシールドを展開する。
遅れて振り下ろされた拳はシールドにぶち当たり、すさまじい衝撃音を響かせるが、亀裂が入るどころか一ミリもその場所から動かせていなかった。
それが余計に怒りを増大させたのか、連続して拳を叩きつけてくる。しかし変わらずそこから動かない。
”すげえええええええええええ!?”
”音やっば”
”当たれば基本即死レベルの一撃を、全く動かずに防いだよこの子”
”シールドの強度よwwww”
”うわぁ……。ゴリラのラッシュを全部防いでるよこのシールド”
”これをあの超高速で叩き込まれたお廃棄物様って、頑丈なんだな……”
”丈夫に生んでくれたお母さんに感謝しろよ廃棄物”
「やっぱりこのモンスターの攻撃って、下層なだけあって強力なんですね。作っておいてよかったです、これ」
憤怒の表情で強烈なラッシュを叩き込んでくるのをシールド越しから見ながら、そのシールドの内側をこつこつと軽く叩きながら言う。
”そのシールドは何を思って作ったの?”
”下層のモンスターの攻撃をここまで防げるって、過剰な防御力なんですけど”
”これはフレイヤちゃん以外が持ってたら攻略が下手になりそう”
”魔導兵装って聞き慣れない単語だけど、要は魔術道具と似たものってことでしょ? つまり魔力で起動するわけだけど、これだけの攻撃を受け続けてよく涼しい顔していられるね”
「ん、まあ、魔力は色々な小細工を仕掛けていますから。これを作った理由は、とにかく両親が絶対に怪我をするなとうるさくて。お父さんが個人的に作ったシールドを原型に、性能を数百パーセント上昇させたものを作ったんです。これだけ固ければ安心するでしょうと説得するために」
”確かに安心できるけどwwww”
”お父さん……。娘が心配だからってシールドを与えたばかりに、より性能の高いのを作っちゃっていますよ”
”発明家っぽいけど、娘が軽くそれを超える発明してちゃやる気なくなりそう”
”しかも理由が安心させるためって、その理由で作っていい性能の武装じゃねえwww”
耳にタコができるほど怪我をしてはいけないと言われ続け、それでもシールドを作ろうとしなかったために個人的に作られて渡され、しかし下層やそれより先に行くには少し心もとないと感じたから改良版を作ったら、呆れた顔でやりすぎだと言われた。
ともかくそれを作ったおかげで怪我をするなと言われる回数が減り、今度は早く帰ってくるようにと言われるようになったのだが。
「もうそろそろいいでしょうね。このシールドの耐久値も皆さんにお見せできましたし、もう用済みです」
一分以上近く殴らせ続けても傷一つ付かないシールドの耐久値を見せたところで、フレイヤはシールドを左腕に装着してから、小さく動かす。
するとアッシュコングが殴っている時以上のすさまじい衝撃音がダンジョン内に響き、シールドの正面にいたはずのアッシュコングの姿が消失する。
”え、どこ行った!?”
”まさか特殊行動するとか?”
”怒りが溜まりすぎて瞬間移動すら可能になったとか?”
”消えたんだけど”
”探せー!”
「ああ、探さなくてもいいですよ。今ので倒しましたから」
そう言って正面の方を指さしながらカメラを拡大させる。
そこにはダンジョンの壁に深々と減り込んでいる、アッシュコングの姿があった。
”何をしたの!?”
”あれ、ダンジョンの壁ってダイナマイトでも壊れないくらい固いんじゃなかったっけ”
”減り込んでるうううううううううううう”
”あ!? まさかさっきのすんごい衝撃音が鳴った時にはもう、壁に減り込んでたの!?”
”どんな威力だよwww”
”改めて、こんなシールドバッシュを受けて死ななかったゴミって強いんだな”
「御影様には今使った機能を使いませんでしたよ。使ったら確実に死んでしまいますから。このシールドの機能自体は、お父さんが作ったものに組み込まれていたんですけど、受けた衝撃を蓄積してそれを全部丸ごと相手に返すことができるんです。私のこれは、元の性能よりも上げたものですけど」
つまるところ、一分以上も怒りの状態で殴らせ続けることで蓄積されて行ったそのラッシュの衝撃を全て、余すことなくぶつけることで弾き飛ばしたのだ。
ダイナマイトでも砕けることのないダンジョンの壁も、下層モンスターの本気ラッシュを一分も防ぎ、その分の衝撃をいっぺんに返されてモンスターが弾かれて激突すれば壊れるだろう。
意味の分からない方法で下層の最初の敵を葬ったのを見た視聴者達は困惑するが、そんなのは知らねえ! と言わんばかりにランスを片手に進軍する。
「妖鎧武者ですね。長く生きた個体は武芸に秀でると言いますが、技を使われる前に倒せば楽ですよ。弱点のコアは胸の真ん中にありますから、そこを破壊すればいいです」
ミノタウロスに次いで最強と名高い妖鎧武者を、ランスの一突きで核を破壊して葬り去る。
「キマイラですか。上域にいるなんて珍しいこともありますね。口から火炎を吐き出したり、尻尾の蛇には猛毒があって危険ですけど、離れた場所から頭を狙い撃てば危険はありませんよ」
右側の翼だけ展開して羽を一枚射出し、頭を穿って瞬殺する。
「マスカレード・マリオネットですか。離れた場所から、演劇でもしているかのような動きを見る分にはいいんですけど、認知されると本体が結界を張って中に引きずり込まれて、その中で役を無理やりやらされるんですよね。見られる前に倒すのが吉です」
本体は隠れているが髪飾りの探知機で場所が判明しているため、全力投擲で本体に認識されるよりも先に串刺しにする。
どんな攻撃も絶対に通さない最強のシールドに、モンスターパレードを一撃で壊滅させることができる数々の武装。それを持ったフレイヤの進軍は止まることを知らず、モンスターと遭遇しても三十秒も持たない。
進む。殴る。核石を拾う。その繰り返し。
途中で敢えて、同じモンスターが一か所に集まっているモンスターハウスに突入したが、時間短縮と視聴者のリクエストもあって紅天を取り出し、モンスターパレードを葬った時と同じように、薙ぎ払い一回で焼き払った。
進む。殴る。核石を拾う。その繰り返し。
”進行速度が上層とそう変わらないのバグすぎるwwww”
”下層って仮にも地獄レベルで危険な場所なんですが……”
”どこぞの雷神ちゃんと言い、ここのワンマンアーミーと言い、最近の女子高生は下層をソロで散歩感覚で行けるんだ(白目)”
”ただの作業みたいにサクサク進むのに、あまりにもテンポがよすぎてむしろ見どころしか出てこねえwww”
”こんなん切り抜き班大歓喜だろ”
”視聴者数の増加が止まらない&緊張してデバフかかってるはずなのにモンスターが紙切れみたいに消し飛んでく”
止まることなく進み続けるフレイヤに、視聴者達は次々とコメントを書き込む。
信じられないと流れている映像を信じない人、もはやフレイヤだからできることと思考放棄する人、クリップをとにかく乱立させる人など、様々だ。
「……んむ? あ、上域踏破ですねこれ」
ほとんど散歩感覚で、雑談に近い緩い雰囲気のまま進み続けること三十分ほど。フレイヤは下層上域のボス部屋の前に到着していた。
下層のボスは基本全て危険なので、部屋の前にはボスの名前が書かれた看板が立てかけられている。
そこに書かれている名前は、『マリオネット・レギオン』。
道中で何度か遭遇した人形を操るモンスターの同類で、しかしその規模は当然今までとは比較にならない。
レギオンの名前の通り、人形の大軍勢を作り出して一斉に襲わせてくる。その数実に、七百体。
しかも人形一つ一つがかなり固く、それでいて本体の人形操作技術が卓越しており、一体一体が本物の人間のように滑らかに動いて連携攻撃を仕掛けてくる。
到底一人で挑んでいい相手ではないが───
”レギオンか。フレイヤちゃんなら安心だ”
”何なら人形ごと本体吹っ飛ばしてもいいよ”
”さて、どんな兵装を見せてくれるのかな”
”レギオンはフレイヤちゃんを相手に何秒耐えられるのだろう”
”俺は五分耐えるに一億ペソを賭けるぞ、ジョ〇ョー!”
フレイヤの非常識な行軍を見た後だからか、心配をする視聴者はすべて消滅していた。代わりに、モンスターがどれだけ耐えられるのかと変な賭け事するようになっている。
「目標は、繰り返しますが最深域です。時間をかけてては行けそうにないので、サクッと倒していきますね」
まるでこれから軽い用事でも済ませるような足取りで転送陣を踏み、ボス部屋の中に入る。
ボスは基本週に一度復活するので、週に一度どこかしらのクランがレイドなどを組んで倒しに行く。
マリオネット・レギオンが倒されたのはちょうど一週間前で、まだ倒されたという報告は上がっていない。
部屋の中に転送されてからすぐに背後の壁側を向き、ボスが倒されているならそこに現れるようになる転送陣が無いのを確認し、背中と腰に翼デバイスを展開する。
「さあ、次は軍勢が相手です。時間はかけられませんが、退屈させないように立ち回りますね」
いつの間にか現れたタキシードのような恰好をしたレギオンの本体が両腕を掲げ、一瞬にして七百体もの人形を生成する。
同時にふわりと浮かび上がることで全体を俯瞰し、総勢七百もの人形兵という圧巻な光景をカメラに映す。
「それでは、戦闘開始です!」
戦闘の余波に巻き込まれないようにとカメラを少し離してから左腕にシールドを展開し、スラスターを吹かせて一瞬で最高速度まで加速し、人形の軍勢に向かって突撃していく。