第12話 デストロイ上層攻略
「ガアアアアアアアアアアア!!」
ブラッディウルフが不意打ちを仕掛けるように、岩の陰から飛び出して噛み付こうと大きく顎を開ける。
「ギャバ!?」
そしてその途中でフレイヤの強烈な回し蹴りを食らって、壁に減り込んで体を崩壊させる。
”いやなんで!?”
”蹴り一発かい”
”モンスターって地上の怪異と同じで、呪力や魔力がないと倒せないはずじゃ……”
”魔力とかを使った形跡無いのマジ意味分からん”
”いやいやいやいやいやいやいや”
”一体何したん?”
”蹴りの威力じゃないし、蹴りで鳴っていい音じゃない”
一体どのようにしてモンスターを蹴り殺したのか理解できないのか、その説明を求めるようなコメントで溢れる。
「どうやってって、単純ですよ。私の履いているこのブーツ、これも魔導兵装なんです」
かなりローアングルになってしまうが、装備の紹介だと恥ずかしいのを我慢しながら、スカートの中が映らないようにカメラを下に移動させて移す。
見た目は黒のなんてことのないニーハイブーツだが、もちろんこれもオリジナル魔導兵装だ。
「メイン効果はシンプルに、着用者の脚力を大幅に上昇させるというものです。サブ効果として体力の消耗を抑えるのと、一瞬だけ空を踏むことができます。ほら、こんな感じに」
効果の方を実演するために大きくジャンプして、当然足場も何もない場所を踏んでもう一度ジャンプする。
するとそこにビッグモスという蛾のモンスターが飛んできたが、もう一度空を踏んでビッグモスに向かって急接近し、右手のランスで地面に叩き付ける。
”いやいやいやいやいやいやいやいや”
”二段ジャンプ可能ってマジですかwwww”
”さりげなく飛んできたビッグモス瞬殺しててクソワロ”
”履いてるだけで脚力強化に体力消費軽減、二段ジャンプ常時可能で空中回避可能とかイカレ性能すぎる”
”絶対効果それだけじゃないだろ”
”他にも何か色々と仕込んでそう”
”モンスター特攻とか付いててもおかしくない”
「モンスター特攻は流石に今の私でも作れないですね。いつかチャレンジしてみたくはあるのですが、それを作ってしまうと攻略がただの作業になってしまいそうで」
”ダンジョン攻略が作業になるくらい安全になったほうが、見ているほうは安心できるけど”
”チャレンジしようとしないでくれ。常識が壊れる”
”さっきちらっといつかお店持ちたいとか言ってたけどさ、まさか作った魔導兵装ってやつを売ろうとか考えてないよね?”
”配信のこととか考えると、一方的すぎる作業よりもある程度見栄えがあったほうが観ている側は退屈しないけどさ”
”フレイヤちゃんの場合だと、どんなモンスターもワンパンできる新装備紹介として普通に楽しめそうなのが怖い”
モンスター特攻は、机上の空論ではあるが可能とされている。
モンスターは地上の怪異や魔物と同じように、何かを信じてそれに恐怖すること、あるいは恥辱、怒り、嫉妬等々の負の感情が重なりに重なることで、魔術で言う大魔、呪術で言う霊気がその感情を餌に大勢が信じる者に形を与えることで発生する。
地上の怪異とダンジョンのモンスターには明確な違いは全くなく、強いてあげるなら生まれる場所と大魔や霊気が何を餌にモンスターを生み出しているかだ。
それでどうしてモンスター特攻は机上の空論では可能とされているのか。それは、怪異もモンスターも、魔術と呪術と同じようにそういった負の感情がもととなって生まれるため、その逆の正の感情を魔力や呪力に変えて攻撃すればいいとされているのだ。
しかし魔術師は心臓にある魔力刻印にため込んだ大魔を、呪術師は丹田にある呪力刻印にため込んだ霊気をそれぞれ負の感情を使って魔力や呪力に変換して使う。ちなみに魔術師が大魔から変換した体内魔力のことを小魔と呼ぶ。
もちろん一応正の感情でも変換すること自体は可能だが、負の感情で生み出すよりも圧倒的に効率が悪く、その数値は実に負の感情と比べて一億分の一というとんでもないものとなっている。
ここまで効率が悪いと作り出すこともばかばかしいし、そもそも怪異やモンスターを一発で倒すことができるだけの魔力や呪力を作り出せないので、机上の空論とされている。
だが配信に来ている視聴者達は、まだ昨日の今日でフレイヤのことをよく分かっていないはずなのだが、もしかしたらできてしまうのではないかと思っているらしい。
「正の魔力自体が机上の空論みたいなものですからね。魔力を大幅に増幅する機能を作るにしても、元が一億分の一とかだとほとんど効果もないでしょうし。もっと効率のいい正の魔力の作り方とかないものでしょうか」
”あったらあったで怖いけどね”
”もしそんな技術が確立でもされたら、フレイヤちゃんがもっと壊れ装備作っちゃう”
”そこまで行ったらむしろ見てみたいまであるけどね”
”世界中の探索者や祓魔師がこぞって売ってくれって言いそうだなあ”
”今後そういうのが生まれてほしいと思いながら、このまま確立しないでくれって思ってしまう自分がいる”
「まあ、ないものねだりしても仕方がないですし、モンスター特攻がないなら圧倒的火力でゴリ押ししてしまえばいいだけの話です。結局この界隈は力こそ全てなのですから」
”考えが脳筋すぎるwwww”
”確かにそうだけどさあwwww”
”ぱわーisぱわー!”
”力こそパワー!”
”可愛い顔して考え方がほんまヒドwwww”
”Q.モンスター特攻がありません。どうしたらいいですか? A.火力で攻めましょう”
視聴者の言う通り少し脳筋すぎる考え方ではあるが、実際に力がある方が生き残りやすい。
もちろん知恵などもなければいけない場面というものあるので一概には言えないが、中には知恵なんかいらず圧倒的火力でゴリ押せてしまうものもあるから何とも言えない。
「ランスは皆さん、全員ではないでしょうけど過去配信のアーカイブで使っているのを観ているでしょうから、次はこの翼だけで行ってみましょう。丁度モンスターの群れが来ているみたいなので」
流れるコメントを拾いながら目に付いたものに適当に言葉を返しながら進んでいると、髪飾り型モンスター探知機が複数体のモンスターが接近してきていることを教えてくれる。
上層なのでブーツの強化によるランス突撃一発で終わるが、上層とはいえあまり大暴れしすぎると視聴者を退屈させてしまうのではと思い、ランスを壁にぶっ刺して背中から翼型移動デバイスを展開する。
”そーいやそれも武器になるって言ってたっけ”
”どんな使い方するのか楽しみ”
”わくわく”
視聴者もどうやってそれを武器運用するのか気になっているようだ。
これからどんな運命が待ち受けているのか知る由もないモンスター達が、遂に姿を見せる。
それは群れを成して行動しているブラッディウルフだった。数は二十八体はいる。
血塗れのような赤い狼達が一斉に声を上げて地面を蹴って接近してくるが、フレイヤも地面を蹴って上に跳び、空を踏んで更に上に跳ぶ。
そして広げた翼から二十八枚の羽根を分離させて、一枚一枚に搭載してあるスラスターを吹かせて急加速させ、的確に急所だけを狙って撃ち抜く。
”ふぁーーーーーーwwwwwww”
”ファンネルみたいになるとは言ったけど、マジでそうなるとは思わんやん”
”殺意たっけえwwww”
”昨日の雑談で羽一枚一枚にスラスターついてるって言ったてなあ”
”元が少し鋭利な形しているから、それに猛烈な勢いが加わるとこうなると。だとしてもだよwwww”
”そのうち爆撃機能付きの羽が出てきても、フレイヤちゃんだしで済ませられそう”
”そのうちフレイヤちゃん自体が、常識外れの武装に対する言葉になりそう”
”ブラッディウルフの群れって、上層の中だとかなり危険な部類なはずなのに”
”これがゴミを処分した強さの一端か”
「前から気になっていましたけど、いくら嫌いだからって、その……ゴミって言い方はあまりよろしくないかと。たまに見かけるお嬢様系配信者ではないのでお上品にとは言いませんけど、もう少しオブラートに包んであげてください」
まだ御影ジンの悪行を全て知ったわけではないが、フレイヤもあまりよろしくない悪いことをたくさんしていることくらいは認識している。
だが配信に来てくれている視聴者程彼に対して嫌悪感などは抱いていないので、悪口を言うのならせめてもう少し優しく言ってあげて欲しいとお願いする。
”了解です!”
”そうだね。もう少し言葉を選ぶべきだった”
”それじゃあこれからはあいつのこと廃棄物と呼ぼう”
”言い方少し変わっただけで内容変わらんの草”
”あの廃棄物を処分したあの盾は使う予定ある?”
”ワンパン王子とかもよさそう”
”ワンパン王子だとあいつが何かをワンパンしたように見える”
「結局結構酷い悪口言っていること自体変わらないあたり、本当に嫌いなのですね。家に帰ったら動画探して観てみたほうがいいでしょうか」
”ダメ”
”それだけはダメ”
”冗談抜きで死ぬほど胸糞悪いから”
”思い出すだけでも吐き気がする”
”いともたやすく行われるえげつない行為ってあるでしょ? あいつは素でそれをやるガチクズだから”
一体何をやらかしたのだと、むしろ気になってきた。
観ないほうがいいという警告が多く飛んでくるが、ここまで言われるとむしろ観てみたくなるので、帰ったらいくつか探して観ることにする。
それよりも、今日の配信のメインは下層の深域だとはっきりと言っているので、あまり上層で時間を潰すわけにはいかないと進行速度を上げる。
もちろんダンジョンの中にいるのでモンスターと遭遇するのだが、
「どいてください」
「ギャ!?」
醜悪な見た目の子供程度の大きさの西洋小鬼のゴブリンは、気味の悪い笑みを浮かべて襲い掛かってきたが、ランスで薙ぎ払って消滅する。
「そこ通してもらいますね」
「まっ!?」
日本の伝承に残るぬりかべを元に発生したモンスター、ディスターバーが道を阻むようにたたずんでいたが、強烈な蹴り一発で粉砕される。
「あなた方は近寄らないでください」
「「「キャアアアアアア!?!?」」」
ゴブリンとは遠い親戚にあたるらしい、機械へ悪戯を仕掛ける悪戯妖精のグレムリンの群れと鉢合わせるが、羽の射出で一匹残さず撃墜する。
”早い早いwww”
”歩きながら次々とモンスターが葬られて行くwwww”
”向こうからしたらフレイヤちゃんは魔王そのものだな”
”ディスターバーの突破がゴリ押しすぎてあかんwww まだ会社のオフィスにいるのに笑ってもーたwww”
”おい誰だよ、この子の過去動画とかフェイクなんじゃないかって言ったやつ”
”フェイクよりもよっぽどフェイクっぽいことやってて草”
”最初から最後までチョコたっぷりよろしくなあのお菓子みたいに、最初っから見どころたっぷりで課題に手が付かん”
”流石に美琴ちゃんほど進行速度早くはないけど、それでも公式に残されている上層最速突破記録より断然早いの草”
進めば進むほどコメント欄は加速していき、もうじき中層への入り口というところまで来ると、フレイヤのあまりの上層攻略速度に読んでいる暇がないくらいの速度でコメントが次々と流れていく。
「もうすぐ上層終わって中層に入りますが、皆さん退屈していないですか? 私、ちゃんと楽しませていますか?」
こんなにたくさんの人が見ていることが嬉しくなってつい楽しませようと意気込み、テンポが悪くなって退屈させていないだろうかと不安になり、視聴者に問いかけてみる。
”退屈する余裕なんて最初からないよ”
”むしろこの配信で退屈なシーンなんてあるの?”
”フレイヤちゃんは思っているよりもトーク力高いから、モンスターと戦っていなくても楽しめちゃう”
”どいつもこいつもワンパンで片付けられてて、冗談抜きで参考にならねえwww”
”上層の最も簡単な攻略法。出会い頭にモンスターをワンパンしましょう”
”こんなんデストロイ上層攻略やwwww”
”サーチだけついていないだけましだけど、もしこれがサーチ&デストロイだったらこれよりも酷かったんだろうなあ……”
”モンスター「ワイらよりもよっぽどモンスターな人間がいる」”
どうやら視聴者達は楽しめている様子なので、そのことにほっと安堵して中層の入り口までの残りの道のりを一気に進んでいく。
中層が近付くにつれてモンスターの数がじわじわと増え始めて来たのだが、しょせんは上層最深域。この程度脅威ですらないと言わんばかりに足を止めずに次々と倒してはずんずん進んでいく。
上層攻略はあくまでその先のメインディッシュである下層攻略の前菜に過ぎない。なのでサクッと踏破して中層へ続く入り口に到着する。
「ふう、これで上層攻略ですね。次は中層ですが……中層は上層より広くなるので、少しペースを上げますね」
”まだ早くなるのかよwwww”
”これ以上早くなるってことあんの!? しかも中層で!?”
”中層からは翼展開で超高速移動とシールドバッシュでモンスターの交通事故が起きるのかな?”
”一昨日の音声だけ配信でもあったなあ。登場の雄叫びがそのまま断末魔になったのが”
”こんな短期間に埒外の速度でダンジョン進む女子高生配信者が二人も生まれたのかよ……”
息一つ上げず汗も一つも流していない姿を見て、まだ本番は先なのにどんどん盛り上がっていくコメント欄。
同接もいつの間にか九万を超えており、なぜか達成感が得られた。
「え、同接九万!? いつの間にこんなに行っていたのですか!?」
”こっちも早いのよ”
”金髪美少女で軍服っぽい衣装着ててカッコ可愛くて、こんなの人が集まらないわけがない”
”ツウィーターに『ロマン兵器で大暴れ』がトレンド入りしてるんですけどwww”
”言うてまだそこまでロマン兵器登場していないけどね。頭おかしい性能のブーツならあるけど”
同接が九万を突破したことに驚いて声を上げると、コメント欄も九万人達成おめでとうと言うコメントや、そこまで行くのが早すぎるというコメントが数多く流れていく。
そんなコメントよりもフレイヤは、そこに映されている数字のほうが衝撃的だった。
同接九万なんて、早々叩き出せる数字じゃない。ましてや、登録者百万人を突破している大人気チャンネルでさえ、そんな気軽に出せるものでもない。
「こ、これはより撮れ高を意識しないといけませんね……。そんなことよりも、皆さんありがとうございます。ここで少しだけ小休止を挟んでから、下層に向けて中層の攻略を開始しますね」
急いては事を仕損じる。何をするにしてもゆっくりと、時には遠回りすることも大事だ。
急がば回れ。フレイヤが好きな言葉の一つだ。
ダンジョン中層に続く出入り口の近くにある手頃な岩に腰を掛けて足を組み、水分補給をしながら視聴者達と会話しながら軽い小休止を挟んだ。




