【コミカライズ】偽聖女だと婚約破棄されましたが、もふもふ皇子様のもとで幸せになります
「マリエッタ、今日この時をもって、お前との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業パーティー会場は、リアン王子の突然の宣言に水を打ったように静まりかえった。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
「自分の胸に手を当てて考えてみればよい。理由など明白だろう?」
「……わかりません」
リアン様の前まで歩き、優雅に一礼をして問いかけた。言葉の通り両手を胸に当てても、まったく身に覚えがない。首を傾げたあと、リアン様をまっすぐに見据えた。
「まったく可愛げのない」
きついと言われる切れ長の紫色の瞳、黒色のまっすぐな髪、真紅のドレスを着たわたしを、碧眼のつめたい眼差しが見返す。
「ここにいるローザが本物の『豊穣の聖女』だと大神殿が認めた。お前は聖女の務めである祈りも碌に捧げず、暇さえあればローザを虐めていたそうだな! シュライク公爵家の令嬢として、聖女、いや、元聖女として由々しき事態だ!」
わたしのみならず、シュライク公爵家を侮辱する発言に震えた。シュライク公爵家は、建国以来王家の忠臣として仕え続け、王家から強い信頼を受けている。わたしは生まれてすぐの魔力計測で聖女の力があると分かり、同じ年のリアン王子と婚約が結ばれた。
聖女は、聖なる魔力を身に宿している。魔力を込めた祈りを捧げ、大地を豊かにする。大きな実りをもたらす者は『豊穣の聖女』と呼ばれ、わたしは『豊穣の聖女』だった。
リアン様に寄り添う男爵令嬢のローザ様に視線を向ける。平民だったローザ様は、僅かに聖女の力があると、男爵家の養女として引き取られた。神殿の中では下級聖女だったと思う。
「……リアン様、私、睨まれて怖いです……」
怯えたようにリアン様の腕に縋るローザ。ピンク色の髪を華やかに編みこみ、青色のドレスを纏う。庇護欲をかき立てる亜麻色の瞳を潤ませてリアン様を見上げる姿は、リアン様の婚約者のよう。
「ローザ様を虐めたことはありませんし、聖女として祈りを欠かしたこともございません」
「ふんっ、口ではいくらでも言える。ローザの破かれたノートやドレス、お前がローザを階段から突き落とした目撃証言も揃っている。そもそも、お前が豊穣の聖女というのが間違いだったのだ!」
聖女の務めを朝早くに果たし、学園に通い、リアン様の遅れている仕事を手伝い、王子妃として教育を受ける生活を送っている。とても貴重で贅沢な自分の時間をローザ様の虐めに使うなんて、もったいなくてできない。
「マリエッタ様、私、もう嘘をつくことに耐えられなくて……。聖女の力がないマリエッタ様の代わりに神殿で祈っていたのは、私だとリアン様に正直にお伝えしたのです……」
わたしを見て、震えながら語るローザ。リアン様がローザの肩を抱きよせる。
「心優しいローザ、もう怖がることはない。勇気ある告白は、高潔な証だ。ローザこそ豊穣の聖女にふさわしい。マリエッタなどに心も身体も傷つけさせないと誓おう」
「リアン様……」
豊満な胸をリアン様の腕に押しつけ震えていたローザ様は、うつむいて勝ち誇ったように口元を歪ませて笑っている。蔑む顔は、リアン様から見えていない。
「私は真の聖女であるローザを新たな婚約者として迎えるつもりだ! マリエッタは聖女の名を騙る罪人である。元聖女ですらなく、偽聖女だ──よって、国外追放を言い渡す!」
国王陛下と王妃は不在。周りを見渡しても、リアン様を窘めることのできる人は誰ひとりいない。豊穣の聖女として国のために祈り、王子の婚約者として努力してきたのに、なにもできなかった虚しさが胸を染めていく。
わたしの中に僅かに残っていたリアン様への未練が断ち切れた。一刻も早くこの場を去り、シュライク公爵家に報告しようと思った、その時だった。
「──卒業パーティーの予定ではなかったのですか?」
男性の声がパーティー会場に響く。大きな声ではないのに、場を制するような声の主に振り向く。
「アーサー皇子……?」
私の横を通り過ぎるアーサー皇子の銀色の髪が煌めき、リアン様の前に立った。
アーサー皇子は、狼を祖先とした圧倒的な軍事力を持つガルーダ国の第一皇子。ひとつ歳下で、王立学園に留学にきていた。光の加減で、虹を溶かしたように見える不思議な銀髪、濃紺の瞳はガルーダ国の王族である証。
「アーサー、悪いが取り込み中だ」
「あいにく私も、卒業パーティーに招待されている。リアン、マリエッタ嬢と婚約を破棄した上、国外追放と聞こえたのだが──その言葉に間違いはないか?」
「あ、ああ……。聖女と偽っていたから当然だろう」
「そうか、わかった。それはよかった」
威圧を放っていたアーサー皇子が納得した様子に、わかりやすく安堵の表情を浮かべるリアン様。アーサー皇子がゆっくり振り向き、わたしをまっすぐに見つめた。
「マリエッタ嬢、私の妃になっていただけませんか?」
「…………え?」
「驚かせてしまったと思いますが、ずっと貴女をお慕いしていました」
突然の告白が理解できなくて、目を瞬かせる。婚約破棄されたわたしに、数回話しただけで想いを寄せてもらえる魅力があるとは考えられない。だけど、豊かなガルーダ国が聖女の力を欲しているとも思えない。意図が掴めなくて、アーサー皇子を見つめ返した。
「学園の裏庭で貴方と会うのが楽しみでした」
アーサー皇子は楽しそうに、それでいて、甘さを含んだ微笑みをわたしに向ける。わたしは、ますます意味が分からず戸惑いを深めた。
学園の裏庭でアーサー皇子に会ったことは一度もない。わたしが会っていたのは、毛並みのいいお利口な子犬。もふもふ撫でまわしたり、お腹が空いてそうな時には、聖女の祈りで果実を育て、与えていた。
「アーサーさまぁぁ、ちょっと待ってください……っ!」
ローザ様の声がパーティー会場に響き、顔を上げた。隣国といっても、ずっと大国のアーサー皇子の言葉を遮るなんて、リアン様も驚いて目を丸くしている。
「アーサー様、マリエッタ様は聖女だと嘘をついていた罪人なんですよ! そんな人を妃にしたら、後悔するに決まっています……っ! 本物の豊穣の聖女が必要なら、私がマリエッタ様の代わりになります。私の方がマリエッタ様より優秀ですから!」
「その言葉に偽りはないか?」
「もちろんです……っ!」
「それなら、マリエッタ嬢の代わりを任せるよ」
「まかせて下さい! アーサー様のために精一杯頑張りますので、見ていてくださいね!」
愛らしく頬を染めたローザ様に、アーサー皇子も満足そうにうなずく。先ほどリアン様と婚約をすると言っていたローザ様と、わたしに求婚してきたアーサー皇子の変わり身の早さに呆気に取られた。
アーサー皇子もリアン様もローザに惹かれてしまう。わたしは自分の不甲斐なさで、涙がこぼれそうになったとき。
「ああ。見届けることにしよう。あなたは、この国で存分に豊穣の聖女の務めを果たすといい。マリエッタ嬢の魔力の半分もないのに、立派を通り越して無謀な行いだが、ガルーダ国は喜んであなたを推薦しておこう。マリエッタ嬢にはガルーダ国でしあわせに暮らしてもらうから安心して欲しい」
「…………え?」
「…………へ?」
わたしの涙が引っ込み、ローザ様の口もぽかんと開く。
「あなたは、早急に大神殿に向かったほうがいいだろう。一日中祈ってもマリエッタ嬢の祈りの足元にも及ばないだろうが、ないよりはマシだろうからな」
「えっ、ちょっと、待って! 私が代わるのはお妃さまのほうでしょう──ねえ、アーサー様……っ!」
ローザ様が小走りでアーサー皇子に駆け寄り、腕を取る。潤んだ瞳のローザ様の後ろでリアン様の顔がどんどん青ざめていく。
「ローザ様、アーサー皇子から手を離してください!」
「まあ、マリエッタ様ったら、私がお妃さまに選ばれそうだからって嫉妬しないでください」
たわわな胸をこれでもかと押し付けて密着するローザ様に、全身から汗が噴き出す。今のやり取りで、どうしてそんな発想になるのかわからないが、ローザ様の発言と態度は、国交を断たれても仕方ないほどの不敬をしている。リアン様を見ても青ざめているだけで、止める様子もない。
アーサー皇子が深いため息を吐き、手を挙げる。控えていた衛兵がすぐに現れて、ローザ様を腕から引き離した。諦めないローザ様が叫ぶ。
「待ってください! 私はずっとずっとアーサー様をお慕いしていたんです……っ! 私の方がマリエッタ様より素敵なお妃さまになれます……っ」
「はあ、きみは何を言っているんだ? 先ほどからの発言といい……。そもそも複数の雄の匂いが染みつく者など論外に決まっている──不愉快だ。連れて行け!」
「っ!」
アーサー皇子の言葉にローザ様の顔色が変わった。本当ならアーサー皇子はもちろん、リアン様と結ばれることはできない。会場からローザ様が連れて行かれ、再び静寂が訪れる。アーサー皇子が振り向いて、眉をさげた。
「邪魔が入ってしまいましたね。マリエッタ嬢、そんな困った顔をしないでください」
「アーサー皇子、大変申し訳ございません……!」
「マリエッタ嬢が謝ることなど何もありませんよ。それに、謝罪をするなら──」
アーサー皇子が視線を流す。リアン様の肩がわかりやすく跳ねた。
「っ! アーサー皇子、す、すまない……っ!」
「今回は謝罪を受け入れます。リアン、婚約者の教育はきちんとしたほうがいい」
「いや、その、アーサー、その婚約者のことだが、少し行き違いがあったみたいなんだ。マリエッタ嬢は、やはり豊穣の聖女だったようだから、俺の婚約者のまま……ひっ」
「リアン王子、私はきちんと確認したはずだ。先ほどの言葉通りにあの女を豊穣の聖女とするか、ガルーダ国との国交を断つか好きな方を選べばよい──本物の豊穣の聖女を偽物だと国外追放するなど愚かとしか言いようがない」
冷たく言い放つアーサー皇子に、リアン様はがっくり膝を突いた。それを一瞥したアーサー皇子は、わたしに濃紺の瞳をまっすぐ向けた。
「マリエッタ嬢、また邪魔が入ってしまいましたね──話を続けても?」
「ええ……」
なんでもなかったように、にこりと笑みを浮かべてうながされる。
「裏庭でマリエッタ嬢に会っていたのは、私なのです」
「あの、どういうことでしょうか? わたしが会っていたのは、子犬ですけど……?」
「どのような子犬か覚えていますか?」
真面目な顔で聞かれて、訳がわからないままうなずいた。
「もちろん覚えています。銀色の毛並みで、光に当たると色とりどりに輝いていて、夜空みたいな深い紺色の瞳をした子犬です。言葉を理解しているみたいに賢い犬でした」
「あれは子犬ではなくて、狼です。私は先祖返りと呼ばれるくらい狼の血が濃いのです。自分の意思で狼の姿になることができます」
「っ! えっと……あの子犬が、狼で……アーサー皇子ということですか?」
「ええ、そうです」
「え? ええ……?!」
裏庭の子犬、いや、あの狼がアーサー皇子だったなんて。ほかの学生がいないから、ゆったり寛いでいた。お菓子を食べたり、真面目な書物も話題の恋愛小説を読む日もあった。もふもふな子犬を心ゆくまで撫でまわして、リアン様とローザ様のことを話したり、その日あった出来事を話していた。
でも、それは子犬だと思っていたからで、アーサー皇子だとわかっていたら絶対話してはいなかったことばかり。
「マリエッタ嬢の素顔を覗いてしまい、申し訳ないと思っています。狼の姿で裏庭にいたら、偶然マリエッタ嬢に出会ったのです。私に話しかけるマリエッタ嬢が忘れられなくて──会いたくて、毎日のように裏庭へ通ってしまいました」
「わ、忘れてください……っ!」
恥ずかしくて、穴があったら入りたい。わたしは両手で熱くほてった顔を覆う。もう恥ずかしすぎて、アーサー皇子に二度と顔を見せられない。
「顔を見せてください」
アーサー皇子の甘さを含んだ声が耳に響く。覆っていた両手を解かれ、やわらかく微笑まれる。目の前のアーサー皇子の濃紺の瞳、虹をまぶしたような銀髪は、裏庭で会っていた狼とそっくりで、アーサー皇子が狼なのだと心にすとんと落ちた。わたしの変化に気づいたアーサー皇子が嬉しそうに微笑む。
わたしの前に跪いたアーサー皇子は、わたしの手の甲にやさしく口付けた。
「マリエッタ嬢のことが好きです。狼は、番という運命の相手しか愛することができません。私が留学や外遊をしていたのは、どこかにいる唯一を見つけるためです」
アーサー皇子の紡ぐ言葉のひとつひとつに、胸が高鳴っていく。
「私の番は、マリエッタ嬢です。政略結婚ではなく、あなたと心を通わせ、愛し合いたい──どうか私の妃になってください」
また、頬が熱くなる。大国ガルーダ国のアーサー皇子が願えば、わたしの意思など関係なく婚姻を結べてしまう。それなのに、アーサー皇子は求婚してくれている。
今まで婚約者がいても、甘く囁かれることなど一度もなかった。令嬢の憧れを詰め込んだようなアーサー皇子に甘く見つめられ、心臓が鼓動を速めていく。どんな顔をしたらいいのかわからなくて視線が揺れた。
「マリエッタ嬢、かわいい」
「〜っ、か、からかわないでください……っ」
「本心しか言いません。私は聖女の力がなくても、自分の力でガルーダ国を発展させていく自信があります。だけど、マリエッタ嬢が私の隣にいてくれたら、一人の男として、しあわせになれます」
わたしはアーサー皇子の言葉に胸がどきどき高鳴って、目を逸らせなくなる。
「ところで、マリエッタ嬢。大きな狼の毛並みに埋もれるのに、興味はありませんか?」
「え?」
「学園では騒動になるので子犬の大きさでしたけど、大きさは自在に変えることができます。それにマリエッタ嬢の好きな小説に出てきた、尻尾と耳を生やした獣人の姿になることもできます──歳下の男は、駄目ですか……?」
自信に満ちていたアーサー皇子の瞳が不安に濡れた。狼だと聞いたせいで、裏庭の子犬の耳と尻尾が垂れ下がって見える気がする。中身は優秀で見た目も格好いいのに、年上の男性が理想だと裏庭で話したことを気にしている可愛いところもあるなんて、ずるいと思う。
ああ、気づいてしまったものはどうしようもない──裏庭の子犬にずっと素顔を晒していたせいで、深い紺色の瞳にじっと見つめられると嘘をつけない。
「…………駄目じゃないです」
握られた手からアーサー皇子の体温が伝わる。好きと自覚した途端、トクンと胸がひとつ大きく跳ねた。
「マリエッタ嬢、その返事は期待していいのでしょうか?」
「……はい」
「嬉しいです。私の妃になっていただけますか?」
「──わたしでよければ、よろこんで」
「マリエッタ嬢じゃなければ、駄目です。ありがとう」
わたしの返事に、アーサー皇子は心から嬉しそうに笑った。
それからリアン様とわたしの婚約は白紙に戻され、アーサー皇子と婚約を結び直した。
国王陛下と王妃から床に頭がつくような謝罪を受けたが、シュライク公爵の怒りは収まらなかった。リアン様は王位継承権を剥奪され、北の塔に幽閉。ローザ様は、豊穣の聖女になったものの祈りがまったく届かず、領地の作物が枯れていき厄災の聖女と呼ばれた。針の筵だった大神殿から宝石を持ち出したところを見つかり、平民の娼館に身を落とされた。
ガルーダ国へ向かう馬車。窓の外を見ながら卒業パーティーから怒涛に過ごした時間と、大きく道が変わってしまったリアン様とローザ様に想いを馳せ、息をついた。
「マリエッタ嬢、必ずしあわせにします」
肩をやさしく引き寄せられ、真剣な表情のアーサー皇子と見つめあう。返事の代わりに、わたしの唇を頬にそっとよせた。顔が赤く染まったアーサー皇子から、熱の籠った瞳を向けられる。
「狼の溺愛、……覚悟して」
アーサー皇子に息もできないくらい、甘くあまく口付けられて。今度はこれからはじまる甘い予感に、わたしは幸せの息をこぼした──…
fin.
読んでいただき、ありがとうございます♪
婚約破棄の話を書いてみたくて、頑張って書きました。
広告の下にある白いお星さまをクリックすると、青色のお星さまになります!
応援ポイントになるので、青星にしてもらえたらめっちゃ嬉しいです୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
よろしくお願いします!
〈追記R5.4.30〉
夏乃さまにいただきました୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
タイトルの「どう考えてもこっちを選ぶ皇子」って最高すぎて笑っちゃいました。
格好いいですよね。最初は括り髪で考えてくれていたのに、私の短髪好きを思い出して短髪にしてくれました♡
素敵なイラストありがとうございました♪
イラスト/夏乃さま
〈追記R5.5.1〉
オチが甘くない気がして、ちょっぴり変更୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
〈追記R5.5.2〉
ざまあ部分をちょっぴり改稿୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
少しスッキリするかな?
夏まつり様に描いてもらいました୧꒰*´꒳`*꒱૭✧
裏庭で逢瀬する二人♡
尻尾ぶんぶんしてる!かわいい!
猫目のマリエッタ。本人はつり目を気にしてるけど、優しくて美人なマリエッタはみんなに慕われています。
裏庭にみんながいない理由、マリエッタ様と子犬の戯れを見て癒されるファンクラブがあるからです。こっそり覗かれています♡
素敵なイラストありがとうございました♪
イラスト/夏まつり様