選択の刻
「能瀬君大丈夫か? モンスターにも性別ってあるんだな。勉強になったよ」
「いや、あれはヤバいっす。横目で見てたけどヤバいっす。完全に能瀬君をロックオンしてましたね」
「ロックオンですか……」
「モンスターなんで当たり前ですけどあの目はヤバいっす。完全に狙ってましたよ。自分じゃないのに鳥肌立って縮みあがったっす」
「ああ、あれは勘弁願いたい。美女なら大歓迎だがあれはな」
みていただけの海江田さんと山田さんでもこの怖がりようだ。
当然当事者の俺の恐怖は言葉にはできない。
「どうする御門? 一応は3階層まで来たわけだしここで引き返しても、もう怒られたりはしないと思うけど」
「英美里……」
英美里も俺の事を気遣ってくれてるのがわかる。
わかるけど、恐怖による精神的苦痛はあったけど、肉体的には無傷だし、まだ体力も余裕がある。
「いや、大丈夫だ。せっかくここまで来てるんだしもう少しモンスターを間引いてから帰ろう」
「……わかった。だけど無理はしないでね」
「うん」
「いけるのか。能瀬君、漢だな」
「すごいっすね。俺はついていくだけっす」
この時の俺は特殊な状況下でハイになっていたのかもしれない。
妙な使命感も手伝って先へと進む選択をしてしまった。
そして、それはすぐに後悔へと変わった。
メスマッパの群れ。
俺の選択が、その直後、世にも恐ろしい集団にあたってしまった。
海江田さんと山田さんのあの顔。
おそらく死ぬまで忘れる事は出来ないかもしれない。
人間恐怖を通り越すと無になるらしい。
驚きから恐怖に引きつり、そして最後は無へと至る。
そんな七面相のような表情を2人が見せるが、当然それによりモンスターが減るわけでも退却するわけでもない。
中学の国語で習った言葉、今なら意味がわかる。
後悔先に立たずとはこのことか。
結果、俺達はメスマッパ8匹と交戦状態へと入った。
こいつら普通にオスより強いかもしれない。
俺達を上回るパワーを誇り、スピードもかなり速い。
それに、俺達3人に相対すると発情バフとでもいえばいいのか、興奮状態に陥り更に力を発揮してくる。
「足止めします。『ゲルセニウムバイト』」
野本さんがメスマッパの行動を阻害し、どうにか一対一の状況を作り出してくれるが、これが長くは続かない。
この状況を作り出せてるうちに敵の数を減らさなければならない。
神様! 俺に力を! 目の前の恐怖に打ち勝つ力を!
「あああああああああ~!」
腹の底から無理やり声を絞り出し、口から発する。
さっき馬乗りに押したおされた事が頭を過る。
正面からぶつかれば押し負ける。
俺はメスマッパと距離を詰め、正面ではなくわざと斜め前へと踏み込む。