診療所にて 三
次の日の朝食はその漬物もどきを使った粥で、美味くはないが食べられる味になっていたので、ルークの自尊心は少なからず傷付いた。
朝食を食べながら、その日から、カヤルの講義が始まった。曰く、その難しい術というのはルークの夢に入り、夢を辿って兄王の意識を呼び出し、無事を伝えるというものらしい。
「そんなこともできるのか」
「夢というのはすべて繋がっているから、理論上はな。俺もやったことない術なんだ。今回はルークの夢に入るから、この術が成功するかどうかはお前によるところも大きい。だから最低限の下地は整えておきたい」
ノマは夕方に帰ってきた。カヤルはそれがわかっていたかのように風呂を沸かしていた。
「まあ、嬉しい。寒い中赤ちゃんのところに行ったら、他にも患者さんがいてねぇ、もうくたくただったのよ。カヤルさんも後で入りなさいね」
「いえ、俺は、……行水のほうがいいです」
「なんでだよ、寒いだろ。それも何か術と関係があるのか?」
「それはないが……」
カヤルは眉根を寄せてそれ以上答えなかった。
世界は、知ること、思考することで開ける、とカヤルは言った。
「一見無意味な思考を続けていると、それを愛してくれる存在が現れる。その存在に手助けしてくれるよう頼むのが、俺の使う術の正体だ。思考は人によって違うから、術がどんなものかも人によって違う。呪術とか、魔術とか、一応区別はできるが、人間が決めた呼び方に意味はないと、俺は思う」
「その存在って? 精霊とかか?」
「人による。俺の場合は自然の精霊達が多いな。あとは夢の司と、動物達と、他にも少し。人によって神とか、悪魔、霊、山や海そのもの、自分自身、飼っている猫だったりもするよ」
自然の中にいたほうがいいと言って、カヤルは家の裏手にある小川にルークを連れ出した。松葉杖を突いてルークはカヤルを追いかける。
自分の体力があまりにも落ちていて、ルークは衝撃を受けた。少し歩いただけで息切れがするのだ。それでも、家で縫い物をしているよりずっといい。
「世界の愛に比例して、人の中で生きるのが難しくなる」
川縁の地面に座り、片膝を立てて水面を眺めやりながら、カヤルは言った。
「カヤルは俺とノマさんと生活してんじゃんか」
「ノマさんからは微弱だけど、世界からの愛を感じる。あれだけ微かだったら、村でも生きられるだろう」
「俺は?」
「お前はよくわからん」
「なんだそれ……」
「目も髪も黒いしな。たぶん、例外か、愛される前か……ルーク、お前、生まれつき体に痣か、動かしづらい所はあるか?」
「痣なら、胸にあるぞ。背中にも」
「ちょっと見せろ」
ルークは着物の帯を緩め、前をはだける。寒さに身震いする。カヤルの整った顔が近付いて、その白い手がそっと胸に触れる。
「……うん。例外、かな。お前は。何の愛も受けてない。普通の人間だ」
「例外って、どういうことだ」
ルークは着物を直しながら訊く。
「術者は、受ける世界の愛に比例して、世界に愛されなかった普通の、大多数の人間に、愛されることはなくなる」
カヤルは無表情で言う。
「例外ってのは、そんな術者に対して普通の人間みたいに接せれる奴のことさ。前世は術者で、今世では愛を持たずに生まれてきたと言う人もいる。本当かどうか調べる術はないが……人を愛し、人に愛され、術者をも愛することができる」
そのカヤルの無表情を見つめながら、ルークは言った。
「お前だって、普通に人間だろ」
カヤルは疲れたようなあの笑みを返した。
「それはお前が普通じゃない」
その疲れたような、諦めたような顔が、ルークは酷く嫌だ。
(だって、お前はちゃんと、楽しそうに笑えるじゃないか)