荷馬車と逃走 五
狭い厩で、走れるよう、手足を曲げ伸ばす。
「いくぞ」というカヤルの低い声と共に馬の元に走り寄る。結界を出てからは迅速に行動せねばならない。
馬を解き放ち、壁を駆け上がりひらりと飛び乗ったカヤルに、ルークは困惑して声を投げかけた。
「ちょっと待て! 鞍は? 鐙は!?」
カヤルは盛大な舌打ちをして馬から降りた。
「お坊っちゃまが!」
悪態を吐き、ルークの足元で指を組む。そのまま足を掬い馬の上に放り投げられた。
「お、わ」
馬の首にしがみついて体勢を整える。手綱は着いているのでほっとする。
カヤルの馬が駆け始めた。ルークも後へ続く。
「おい、あいつらだ!」
「いたぞ! 追え!!」
後方で怒声がする。やはり馬の駆ける音でばれてしまう。ルークは必死でカヤルを追い、馬を走らせた。
「死ねやあああ!」
声がしたと同時、カヤルのほんの少し右を矢が掠めていった。ぞっとてルークは叫んだ。
「カヤル!」
「走れ!」
カヤルが叫び返す。馬が駆ける。少しでも早く。逃げ切れるように、少しでも遠く──。
ドンッと息の詰まる背後から蹴られたような衝撃でルークは落馬した。
「ルーク!」
カヤルが引き返そうと手綱を繰る。
嫌な音がした。自分の足が折れる音だった。認識した瞬間、内臓がひっくりかえるような激痛が体を貫いた。
「う、あああああッ!!」
ルークは右膝を押さえて痛みに叫ぶ。脛の骨が途中で折れ、肌を突き破っていた。種類の違う痛みが、矢の刺さった左肩でも燃えている。
「手間かけさせやがって」
カヤルより先に、人拐いの男の手がルークへと伸び──。
「止まれ!!」
凄まじい怒号が世界を震わせた。瞬間、人拐い達は皆ぴたりと動きを止め、馬は嘶いて立ち上がり、何人かが振り落とされた。
「戻れ」
カヤルの馬がゆっくりと駆けてくる。その目は人拐いを睨みすえている。主を落とした馬が逃げるように向きを変え走り去った。
「追うな。忘れろ」
馬から降りたカヤルは低く命じた。人拐い達はぼんやりと立ち尽くしている。
カヤルがルークへ駆け寄った。
「傷を見せろ」
カヤルは怪我の具合を確認すると口元を強く引き結び、手早く着物の裾を裂いてルークの膝上をきつく縛った。布の塊をルークに噛ませ、背後へ回る。
「堪えろ」
矢を折られ肩の痛みが灼熱し、ルークは布を食いしめて痛みを堪えようとした。
「……すまない」
なぜか、カヤルは謝った。なぜだろうと思ったが言葉にはならず、布で吸収しきれない激痛が口から漏れる。
馬が二人に駆け寄る。カヤルはルークを優しく支えると、馬へと押し上げた。ルークの後ろへ乗り、ルークを支える。
「頑張れ」
カヤルが声をかけたが、ルークは答えられなかった。馬が一歩踏み出す毎に振動が傷に響き、吐き気がする。
人体の警鐘ががんがんと意識を削り、自分がぼんやりしていくのを感じた。ルークはカヤルに支えられながら、気を失った。
馬具なしで馬に乗れるかわからなかったんですが(たぶん乗れない)全部ファンタジーですので温かい目で見守ってくださいませ。
ルークは見てなかったですが二人で乗る時はカヤルは土を操って踏み台にしたんじゃないですかね。
がばがば&鬱々ですが最後は明るく終わる予定ですのでお付き合い頂けましたら幸いです。