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【ヒイラギ】


ヒイラギさん へ


何からお伝えすればいいのかわかりませんがとにかくお伝えしなければならないことが何点か見つかってしまいました。


まず私ですが、ナオではない可能性があります。確証はありませんが十中八九、私はナオではありません。


この家に生まれたナオには降霊の才があるようで、お母様がそちらをビジネスにしてナオを酷使していた様子がわかる資料と日記を見つけました。一日に何件も降霊をするのは身体にも負担が大きいようで、ナオは降霊を強いるこの家から出たがっている様子です。


ここからは私の推測になるのですが、ナオは母親から、そして降霊というビジネスから逃げるために私たちを降ろしていたのではないかと思うのです。


ですがこの推測が正しい場合、私はもう、この世に身体を持っていないことになります。


そして何故今まで毎日違う魂を降ろしていたのに私だけこれ程長く降ろされているのか。それは私がヒイラギさんの楽曲を預かっているからだと。


私の才はロック・アンロックというもので、触れて願うことで私にしか開けられない鍵を掛けたり、目に見える鍵を解除することができます。


ヒイラギさんから預かった楽曲たちはお母様たちの手に渡らないようにしっかりとロックをかけた場所に保管してあるのですが、ここで私を手放すとヒイラギさんの楽曲たちは一生表に出られなくなってしまう。


ナオはヒイラギさんの音楽を愛していて、いくら現実逃避のためと言えど適当ではなく、ヒイラギさんの音楽を愛していた魂を選んで降ろしていたくらいです。だからナオは私を手放せないのではないかと。


ここまでわかったところで十六歳の私はどうしたらいいのかわかりません。具体的な解決策を持っているわけではないのですがどうしてもお伝えしなければと思った次第です。


支離滅裂な内容で申し訳ありません。ただ、私がもうこの世に存在しない者なのだとしたら元に還るべきですし、ナオをこの檻から救っていただきたいです。


ナオ より




前回届いた手紙とは打って変わってまとまりがなく鬱々と訴えかけるようなものに変わっていた内容にこれは本当に同一人物からのものなのかと一瞬疑ってしまったけれど、この特徴的な丸みを帯びた文字と誤字も脱字も修正された様子も見受けられない便箋。そして普通ではない、何かの記念に発行されたような切手。すべてがこの手紙はナオからのものだと訴えかけていた。


ナオ、正確にはナオが降ろした魂である彼女が伝えた事実と心緒を一番良い形で昇華するために僕が取るべき最善を、ソファに沈んだまま、段ボール一杯に詰め込まれた想いを前に考え込む。


手紙を開く前に一口だけ含んだコーヒーは嵩をほとんど減らすことなくそのまま冷めていった。






考えて、考えて、考え込むといつの間にか日は暮れ、そして白々と明け出した頃、やっと僕は立ち上がり一本の電話を掛けた。


朝も始まらぬ時間に何度もコールを鳴らしやっと受けた電話の向こうの者は僕の話をあっさりと受け入れすぐに行動に移し始めたのでなんだか拍子抜けしてしまう。


事が動くのは明日。日が完全に落ちる直前。


徹夜であるにも関わらず目が冴えてしまった僕は一度キッチンで温かいコーヒーを入れ直し、それを段ボールに詰め込まれた想いたちをお供に時間をかけて飲み切ると今日は一日掛けて部屋を掃除しようと決めた。






……三半規管に訴えかけるような荒い運転の中、後部座席の僕はそれに文句を言えない状況であることを酷く恨む。


そんな僕の心境など露知らず、運転席でその奇跡にも思えるギリギリで生還させているようなハンドル捌きを繰り広げる者が機嫌よく舌を回し続けている。


「いやー、ヒイラギ様からのご連絡なんて何年振りになりますか。不調であってもずっとお傍で支え続けていた甲斐がありました」


ヒュドラに支えられていた覚えなどない。そんな悪態をなんとか飲み込み「お前は今回の提案が好条件だったから食い付いただけだろう」と最大限の皮肉を投げつけるも、彼にはそんなもの衝撃にもならないようで、バックミラーで僕と目を合わせるとヘラヘラと笑って見せた。


「そんなそんな! 常日頃からヒイラギ様のお役に立てることがあれば矢面だろうが縁の下だろうが進んで力になりたいと思っている所存でございます。今回だって。ヒイラギ様の為と思えばヒールになることに抵抗なんてありませんでしたよ」


そうしゃあしゃあと言ってのけるヒュドラに言い返したい気持ちも勿論あったけれど、少なくとも今回の件に関しては僕が彼を利用している立場にあるので鼻から一つ息をついて窓の外に視線をやる。


日の暮れかける街で流れる景色の中に生きる人々を追い越して。たった一人の為に、いや、多くの魂の為に。これから起こす僕の行動が良い方向に作用すればいいなと願うと自然に脳内に音符が溢れ出し、唇をこじ開けて生まれて来た。


「……つきましたよ」


ひっそりと録音機のスイッチを押してから押し黙っていたヒュドラから久し振りになる声が聞こえて外を確認すると、そこには見慣れた建物。あれだけ通い詰めた、忘れるはずがないナオの家があった。


限りなく玄関扉に近づけて止められた車から降りると周囲は想像より落ち着いていたが少し離れた街路樹の陰に一組の報道陣らしき影が確認できた。見える範囲には一組だけでまだどこか潜んでいる可能性も無きにしも非ず。


目の前の家の屋根を見上げて、深く息を吸って、吐く。


それと同時に意を決すると、僕は口を開き、音符たちを風に乗せた。


華やかに舞う花びらの彩り。彼女が魅せてくれた感情と見える世界。


半日かけて三小節しか生まれなかった曲が、さっき完成したんだ。


大きく。深く。広く。


すべてのナオに届くように僕は、歌う。


不意に聞こえてきた世間を騒がし続けている歌声。それに気付いた通行人や野次馬たちがこぞって歓声を上げて近付いてくる。ヒュドラは「撮影中ですので!」と言いながらそれらを静止し、少し離れたところにある街路樹を指差す。その指の先にはこの機を逃してはならないと息巻いた様子の報道陣が堂々とカメラを構えていた。観客と化した人たちはこれを計画的な、ミュージックビデオかなにかの撮影だと勘違いをしてくれて、爛々とした目で静かに見守り始めた。


そんな様子を横目に臆することなくたった一つの目的に向けて歌い続けると、目の前の家の二階の窓、その一つが開かれたのが目に入る。


窓の真下に移動するとカーテンが開かれ、思い焦がれた少女の姿が視界に入った。


「……君のための曲ができたから、来たんだ」


少し瞳を潤ませたように見えるナオが何度も頷く。自然と口角の上がる自分自身を感じながら用意していた大き目のバッグを窓に向けて投げると急な行動に目を大きくしたナオが急いで手を伸ばし、しっかりと掴んだ。ナイスキャッチ。


「そのバッグに預けたCDたちと持ち出したい物を詰めて玄関から出ておいで。君のお母さんは今、家にはいないから安心して」


その言葉に一度大きく頷いたナオが目の前から姿を消したが、相当急いだのだろう、ものの数分、およそ三分足らずでナオが玄関ではなく再び窓から顔を出した。


「あの! ここから飛び降りてもよろしいでしょうか!? 」


予想外の発言があまりに衝撃的で上手く言葉を返せずにいると続けてナオが発する。


「自室に内側からロックを掛けたいのです。先にバッグを落とすので受け取っていただけますか? 破損しないようにお洋服をクッション代わりに詰めていますので! 」


そう言うと間髪入れずにバッグが降ってくる。それをしっかりと受け止めると慌てて駆けつけたヒュドラが素早くバッグを引っ手繰った。


話の流れを汲むと次に降ってくるのは、ナオ本人だ。


顔を上げると細く小さな少女の身体が既に身を乗り出した状態でこちらからの合図を待っている。一人が降りてくるんじゃない。これまでの多くの魂を受け止めなければいけないんだ。


意を決した表情のナオを裏切ることなんてできない。広げる両手が震えないように、なんとか心を落ち着けるために目の前のナオの為に生まれた曲を脳内で音符に変える。自然と穏やかになっていく内を自覚してナオに笑顔を向けるとそれを合図と受け取ったナオが窓枠に足を掛け、窓枠を掴んでいた両手を離すと、跳ねるように空中へ。


そうして真っ直ぐ、僕の手の中へ飛び込んできた。


初めて触れる体温。


抱きとめた身体はあまりに細くて折れてしまいそうだった。






「電話が鳴りやまないんですよぉ。そうですよね。曲の題材にさせてもらった謝礼のお話しの為に事務所に呼び出したのに、私自身が事務所にいないのですから」


交換条件として提示していたものが無事に手に入ったヒュドラは荒い運転をしながら機嫌よく高らかに笑う。後部座席の僕の隣。今になって震え出した勇敢な少女の顔を覗き込むとナオはどこか気まずそうに微笑んで見せた。


「あの高さからよく飛び降りたなって。あの時は恐怖よりこの身を、ナオを守らなくてはという気持ちが強くて薄れていたのですけれど」


「どうして部屋に内側からロックを掛けたんだい? 」


「……単なる悪巧みです。簡単にナオの部屋に入って欲しくないなと思って。あの部屋にどうしても入りたい場合はあの高さに届くはしごを用意して窓から入るしか方法がなくなりました。ですが、部屋に入ったとしてもあの部屋にお母様の利になるようなものはなにもありません。そこまで労力と時間、もしかしたらお金まで掛けてやっと辿り着いた部屋になにもないのってちょっとした嫌がらせになると思いませんか? 」


そう言ってはにかむナオからはやはり十六歳相応のあどけなさが漂う。


「なにより、ナオの唯一の憩いの場であったあの場所にできることなら立ち入って欲しくありませんもの。面倒だからそのままにしておくという選択肢を取っていただけたらそれが一番ですし、入り込んで損したと思っていただけるのもいい。本当に単純な悪巧みでした」


話しながら彼女が開けたバッグの中には僕が以前預けたCDが数十枚と僕がこれまでに世に出した作品が数枚、クッション変わりに適当に詰められた様子の彼女の洋服、そして何やら冊子のようなものが三冊現れた。


「よかった。CDはすべて無事です。ケースにも大きな傷は見られません」


「その冊子は? 日記か何か? 」


「いえ」


そう言って開かれた冊子。


中には等間隔で几帳面に色とりどりの切手が並べられていた。


「……ナオのものです」


数ページパラパラと捲って、とあるページで止まる手。そのページには不自然に二か所分の空きがある。


「僕、手先は器用じゃないんだ。帰ったらここを埋めるのを手伝って欲しい」


ナオは「ありがとうございます」と少し高めな声で礼を言うと柔らかな表情を僕に向けた。





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