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【ナオ】


早朝、朝の4時に起きて物音を立てないように部屋を出る。


家の中はとても静か。さすがにお母様も起きてはいないのだろう。物音を立てないように忍び足でお母様の部屋の前へ行き、そっとドアノブに触れて捻ることなくそのままロックを掛けた。


これから遂行する作戦をお母様には知られたくないので実行する間だけ念のためのロック。この間にお母様が部屋から出ようとしないことを願って。


……ロック、それが私の才。


触れて念じることで私にしか開けられない、見えない鍵を掛けることができる。だからヒイラギさんから預けられたCDたちも誰にも持ち出すことができないはずなのだ。


逆にどんな鍵でも開けることのできるアンロックという才とセットで授かって生まれてきたのだけれど犯罪やプライバシーの侵害に繋がってしまいそうなのでこちらを実用したのは才に気付いて試した一度だけ。


いくら早朝とはいえポストまでの数百メートルを歩くのはまだ少し怖い。かと言ってお母様に託してもきちんとヒイラギさんの元へ届くとも思えない。


そこで思いついた一か八か。それをこれから試すのだ。


寝間着のまま玄関へ向かいしゃがみ込んで時が来るのを待つ。思いの外肌寒くて上着を持たずに来たことを後悔したけれど部屋に取りに戻ったときの物音でお母様が起きてしまう可能性を考えると余計なことはしないのが得策だ。


寝間着という単なる薄い布一枚に包まれた両腕を擦りながらドアの真ん前に座り込んだ状態を続けていると、キーという軽いブレーキ音がドアの向こうに聞こえた。


カチャンと自転車が止められる音、そしてそれから降りてこちらに近付いてくる砂利を蹴る音。心待ちにしていた音が立て続けに鼓膜を震わせ、私は震える身体で立ち上がる。


郵便受けに差し込まれる朝刊。それを即座に抜き取り、ここまで持ってきていた封筒をドアの向こうへと、落とした。


新聞配達の方がそれに気付いてくださるかは純粋な賭け。ですが、まだ手の離れぬ内に抜き取られたことでギョッとして立ち止まってくださっていたのでその場にいる内に封筒を落とすことが出来た。


「あ、あの、お手数なのですがそちらを近くのポストに投函していただけないでしょうか」


新聞配達の方が屈んで封筒を拾う姿がシルエットで伝わる。その場に立ち止まって封筒を裏表と観察している様子。


「ご存知かもしれませんが私、不用意に外に出られなくて。お礼も出来ませんし何より顔も見せぬ形のお願いになってしまって申し訳ないのですが」


私の話が終わるまでそこにいてくださったその人はそのまま何も言わず、シルエットと砂利の音はドアの前を離れて遠ざかっていってしまった。


了承も拒絶もないまま遠くへと運ばれた手紙は無事に届けられるのだろうか。不安になりはするけれどあの方がそれに気付かずに放置されてお母様や野次馬に拾われるよりは何倍も増し。まあ、あの方が開封して面白がって、どこかに出してしまう可能性もあるのですけれど。


もうこんな場所で身体を震わせる必要はない。一度お母様の部屋の前でノブに触れてロックを解除し、自室へ戻る。すっかり冷えてしまったベッドに潜り込み、身体を丸めて温かくなっていくのを待ちながら目を閉じた。


再び瞼を開けた時、まだ私でいられますように。いつも瞼を閉じる時に願うこれは、誰かの迷惑になってはいないでしょうか。






……部屋のノックで目を覚まし、窓の外の明るさを実感すると、やはり私は私だった。


何度も繰り返し鳴らされる渇いた音に返事を返すと何の躊躇いもなくドアが開かれ、うんざりした表情のお母様が部屋に入ってはきたものの入り口から一歩進んだ辺りから距離を詰めることなく腕組みをした体勢で、ベッドで上半身のみを起こした私に話し掛けてきた。


「あなた、いつまで寝ているの? 」


そう問われて時計を見ると正午から少し右にズレたところに短針があり、普段と比べると大分寝過ごしてしまっていることに気付く。


「申し訳ありません、お母様。今から支度を」


「まあ、今日は取材が入っていないからいいのだけど」


最近は一日の取材の量が減ってきたな、とは思っていた。やはり私の存在も一種の流行だったのでしょう。これで段々と静かな生活に還っていってまたヒイラギさんともお会いできる日が来るのなら、その日を想うだけで生きていけそうな気がしてきた。


その繰り返す先で私が私でなくなる可能性も大いにあるのだけれど。


「では、何か私にご用事が? 」


「中身の確認だけをしにきたのよ。あなた、昨日と同じナオで間違いないかしら」


ええ、と答えるとお母様は表情に失望を浮かばせながらもそれを悟られまいと微笑み「そう」と一言返し再びドアノブに触れ、ドアを開けた。


本当にそれだけなのか、と思い視線で見送ると一度視界から消えた姿が再び戻ってくる。


「貴方自身はそろそろ話題が薄れてきたし、そろそろ降霊を再開させたいわ。三年もストップしていたのにどのルートから話を聞きつけるのか、貴方の才への依頼は未だに沢山来るのよ。今度からは費用を少し上げてお小遣いを渡すようにするから、拗ねないで頂戴ね」


そう言い残し、パタンと閉められるドア。


意識もしたことのなかった才の名前たった一つが、私の中で絡まっていた糸を少しずつ解し始めた。







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