第68話・16 (閑話)ベロシニア子爵(6)
竜騎士の噂を聞いた人々の反応です。
ベロシニア子爵がしつこく再登場します。
私は、この3年間密かにイスラーファの子供の行方を捜していた。
勿論子供はイスラーファと同行しているだろうが、イスラーファよりも見つけやすいのではと思っている。
子供は同じぐらいの子供で集まって仲間を作って遊ぶ、樹人の子と言えども同じだろう。
イスラーファとて自分の子供を一人っきりでいつまでも隠して育てる事はしないだろう。
果たしてイスラーファの子は男の子だろうか女の子だろうか?
私は子供を一目見ればイスラーファの子か分かる確信がある。
3年前に見たイスラーファのすがたは此の目に焼き付いている。
色白で、金髪碧眼、白い上服に青いスカート。
初めて見た時はベロ大橋の砦前に在る広場へ北の街道から入って来た時だった。
背は高からず低からず細身の体にしなやかな動き。
始めて見る光景に好奇心に満ちた目を輝かせていた。
花にたとえるなら、桜草だろうか淡いピンク色のほほをした顔。
広場を横切って砦まで歩く姿から目が離せなかった。
私はイスラーファを見た時から何かおかしい気持ちがする。
思えば馬車の中で二人っきりになった時、何故イスラーファの体を触ったのだろうか?
今思えば家まで護衛と共に帰るのが当たり前なのに、何故護衛を下げたのだろう?
乳の匂いがした時、何故怒りと悲しみが同時に込み上げてきたのだろう?
全ては今更である。
イスラーファを追う事は王権により止められている。
しかし、イスラーファの子を追う事は止められていない。
私はイスラーファが魔女の姿で医者をしているのは間違いないと思っている。
魔女の恰好は身を隠すのに最適だ、そして身元も隠せる。
私と同じ考えをした者は多く居る様だ。
魔女を調べる最中に、私の手の者が同じ事を調べる者達を見かけたと言っている。
だが子供まで調べる者はいない様だ。
最初の2年間は国内の大都市を中心に調べて回った。
誰もが考える事は同じなのだろう、頻繁に妨害を受ける様になった。
そこで私は、方針を変え田舎の集落や部落を中心に調べる事へ変えた。
田舎を回らせて噂話や出来事を広く集めさせると幾つか気になる事が出てきた。
カカリ村で肺病の治療が成功しつつある、と言う事が一つ。
この事が本当ならオウミ国にとって大いに良き事だが、イガジャ領の魔女が治療方法を見つけたのは気に入らない。
他には、イガジャ領で「腹張り」と呼ばれているその地域だけの病を治す方法を見つけた、と聞いた。
調べると、病の原因として巻貝が仲立ちしているそうで、生石灰を撒いて退治すると病に罹らなくなったと言うのだ。
更に病そのものも魔女が治癒して完治したそうだし、飲み水迄確保する魔術を使ったと部落の人が感謝している。
イガジャ領にはおばば様と呼ばれる有名な魔女が居る事で有名だ。
彼女の成果と言われればそうかもしれない、分からないが何か引っかかる。
子供から再度調べるべくカカリ村へ手の者を出して調べさせたが、その男が男爵に捕まってしまった。
「何を知りたいのか知りませんが、こそこそと調べるのなら相応の覚悟でまいられよ。」
と言われて追い返されてしまった。
結局この3年間はカカリ村を調べたいが手出しできずに見ているだけだった。
盗賊団の事は大公殿下への陛下からの通達が在って知った。
ロマナム国との戦争が終結して2月も経たないぐらいで傭兵が盗賊になって暴れ始めた。
西の大公様も警戒していたようだが盗賊団の方が素早くて幾つかの集落が犠牲になった。
西の大公軍に追われてコガジャ族の土地へ逃げ込んだ事で、硬い守りのコガジャ族の集落を攻め落とせずコガジャ族と応援に来たイガジャ領兵に囲まれて殲滅させられた。
戦争が終わるとよくある事だが、今回の盗賊団討伐には大きく違う事が在った。
飛竜に乗った竜騎士なる者が、盗賊団をブレスで焼き殺した出来事だ。
私は飛竜と竜騎士の事を更に知るために、盗賊団討伐の栄誉を称える凱旋式典に、キララ・ベラスケ大公殿下(北の大公)名代として出席した。
確かに飛竜のデモンストレーションには驚いた、頭の上すれすれに飛竜が飛んで行くのだ。
肝をつぶすのも仕方が無いだろう、忌々しい事にイガジャ男爵はこちらを見てほくそえんでいたがな。
だが、確信したぞ!
カカリ村にイスラーファが居る、子供も居るのは間違いないだろう。
そもそも飛竜を退治した時、イスラーファがイガジャ男爵を助けたのだからイガジャ男爵は感謝しただろう。
かくまう事は予想していても良かった。
魔女独特の衣装は身を隠す格好の姿だ、魔女の中にイスラーファが居るに違いない。
そうでなければ、イガジャ領内の数々の画期的な治療方法など出てくる訳がない。
全ては勘だが、飛竜の飛行とイガジャ男爵のほくそえんだ顔を見て確信した。
「相応の覚悟でまいられよ。」と男爵が言うなら大公殿下の威を借りて大ぴらにやってやろうじゃないか。
飛竜などと言う近隣の迷惑になりかねん物騒な生き物を飼っているなど、隣接する大公殿下は安全かどうか調べる必要が在る事柄なのだ。
部下の領地は「不入り」の権利を持つと言えど、飛竜と言う脅威の前には領地の安寧を損なうと言う理屈が通るのだ。
大公軍を上げて隅々まで調べてやろう。
次回から過去編の第1部最終章「別れ」です。