第68話・13 (閑話)イガジャ男爵(3)
イガジャ男爵から見た盗賊団討伐です。
「イガジャ領軍は29日の夜12時(午前5時)にカカリ村周辺から順次移動を始めました。」
ダンガー隊長がやって来て報告する。
わしが報告を受けているのは、前日決めた事が始まった事だ。
この後わしも領軍を率いて出発する、見送りの人出が広場を囲んでいる。
イライファ集落から最も遠いカカリ村周辺の移動から始まって、北のイルク山へ移動するに従って人数を増して行く。
イルク山の尾根を越えコガジャ族の地へと3日で4百名余りが移動する強行軍の始まりだ。
3年前と違って、近年の領の道は整備されつつある。
これもイスラーファ様から提供していただいた金貨6千枚のおかげだ。
おかげで石灰鉱山の開発や治療所の設置、道路の整備など領内開発を進める事ができた。
道の整備状況から、領内から徴兵された集落毎の兵士が指定された集落へ1日以内に移動が可能だと、わしは判断した。
イガジャ領の傭兵の雇用先が特殊(王家の影組織)で日時と場所を指定しての移動に慣れがある事も判断材料になった。
イスラーファ様から貸りたままのインベントリのカバンは領軍に必要な武器防具と薬に大量の野営道具を入れてダンガー隊長が担いでいる。
ほとんどの必要物資をカバン一つでまかなえるから行軍の速さは目を見張るほど早い。
と言っても必要な物資は更に多い、足りない物資は野営する近くの集落から集めているし、兵の一人一人が背嚢に寝具と食料を入れて歩いている。
出発して2日目には全軍がそろい領境の峠を明日越えればイライファ集落のある尾根の裏へと出る。
出発を日の出る昼1時(午前6時)にずらしここからは音無しの行軍をする。
馬にはハミをさせ、麦わらで編んだ靴を履かせる。
兵には鎧を脱がせ(武装はしている)インベントリのカバンに名札を付けて入れる。
各々の兵は背嚢に寝具替わりの毛布と防水布、それから1日分の食べ物と水を持たせている。
イガジャ領軍400名がイルク山の峠を越え、イライファ集落の西側から静かに近寄る。
盗賊団に気が付かれては不意打ちが出来なくなる、包囲して竜騎士が空からブレス攻撃で盗賊団を砦からたたき出す事で殲滅する。
大雑把な計画だが出来無くは無いだろうと思う。
イスラーファ様の育てた竜騎士とワイバーンが空から襲ってくれば、盗賊団などいかほどの事が在ろうか。
奴らは算を乱して逃げ出すに決まっておろう、包囲した我らは逃げ出した盗賊を打ち取れば良いだけの簡単な事よ。
日の沈む前に盗賊の砦とは集落を挟んだ反対側に着く事が出来た、今は盗賊団に見つからない様に出来るだけ音を出さずに陣を構えさせる。
陣地の構築でも音を極力出さない様に、予め用意した丸太を紐で三角形に縛った柵を作り並べる事で槌音を出さずに陣地を作れた。
盗賊の砦からは見えないイライファ集落の西に陣を構え終わった。
集落の周りに展開させた見張りには盗賊の見張りを見つけ次第必ず殺せと言いつけている。
こうしてイスラーファ様の偵察から4日目、イライファ集落の西側へ着陣した。
西の大公領を荒らしまわった盗賊団をわしらが打ち取ればその武名はオウミ王国中に知れ渡るじゃろう。
これまで影の者共とさげすまれてきた我らに、竜騎士と言う他に無い力が備わるのじゃ。
これからはさげすむ事より竜騎士のイガジャとしてうらやまれる事じゃろうて。
「ふふふっ、ふっはぁっはっはっ。」いかんいかん気を引き締めねば、まだ事は成してもおらん。
先に来ていたコガジャ族のイシス殿と息子のマキナ殿が軍議のために来陣された。
挨拶の中で盗賊団の頭ブロンソの名を出すと、イシス殿が知っているそうだ。
「あやつはロマナム国に雇われとった傭兵じゃ、戦では残忍な事で有名な奴じゃっど!」
「彼奴の傭兵団は戦う振りだけして、戦場近くの村を略奪する事で有名じゃで。」
そうか盗賊団に落ちぶれる様な者ばかりが集まって傭兵団を作ってたか、益々ここで殺しておく必要が在る。
考え込んでいたら、伝令が来て「魔女殿が見えられました。」と報告した。
イスラーファ様の報告は詳細で盗賊団の姿が目に見えるようだった。
イシス殿もおばば様の事は知っていただろうが、部下にイスラーファ様の様な魔女が居る事は初めて知っただろう、自慢したいが自重しなければ。
イスラーファ様の報告を受けて軍議が始まった。
わしは盗賊を飛竜のブレスで追い出して、逃げ出した所を待ち受けたイガジャ領軍で打ち取りたい。
飛竜の事を言っていないので、盗賊を追い出す役目をコガジャ族がすると思っているのだろう。
イシス殿は収穫間近の小麦の収穫を大事にしたいから砦を包囲する事を先にしたいと言い張る。
砦を包囲してじっくり攻めたいと思っている様だ。
うまく飢えるのを待てれば損害は少ないと思うが、盗賊は早めに逃げるだろう。
しかも、包囲するとなると陣形を薄く引き伸ばさねばならぬ、盗賊の襲撃に遭えば被害が大きいだろう。
夜5時(午後10時)を過ぎて動く時間が無くなって来たので、此方が折れた。
盗賊が逃げ出す前に包囲し、砦を日の出の昼1時(6時)と共に尾根近くまで攻め寄せる。
一番盗賊が攻撃して来ると思われる南西から南東へイガジャ領兵が布陣する。
これは次の北東からのコガジャ族の移動に合わせて、飛竜を使うための交換条件にするためだ。
飛竜に砦をつつかせ盗賊を追い出させる、逃げる盗賊を我らが待ち受け殲滅する。
最初に思った構想と近く被害が多少多めに出るが上手く行く自信がある。
イシス殿とマキナ殿は飛竜隊と聞いて想像できない様だが、イガジャ領軍がつつき出す役割を引き受ける事は了解してくれた。
自分たちに被害が少ない事を喜んでいる様だ。
先ほどイスラーファ様が乗って来たゴーレム馬をちらりと見ていたので飛竜隊をゴーレム馬部隊と思ったのかもしれない。
夜8時(午前1時)領軍を移動させて予定地点に展開させた。
出来るだけ音をさせない様に鎧の中に麦わらを入れ、隊長には展開先の位置をしっかり覚えさせた。
夜12時(午前5時)までに領軍の展開は終わり、夜明けを待つ。
夜が明けた、ラッパを鳴らし、鐘を叩いて領軍を前進させる、尾根の向こうからもラッパの音が聞こえてきた、コガジャ軍も動き出した様だ。
盗賊の砦から叫び声が聞こえてきた、此方の動きを今頃知ったのだろう、だがもう遅い。
尾根の下に領軍が並び、盗賊を待ち受ける用意が出来た。
そろそろ飛竜のブレス攻撃の頃合いだ。
東の空から2頭の飛竜が急降下して来る、「来た!」いよいよ始まるぞ!
飛竜のブレスは直ぐに終わった、だがその後に上がった悲鳴と火の手は下から見ていても良く分かった。
もう1頭がブレスを吐き出した、途端に上がったのは悲鳴と言うより多くの人間が上げる断末魔の叫びだ。
飛竜から目が離せない、大きく回り込んだ飛竜がもう一度やって来る、今度は2頭が並んでいる。
アリスじゃ! 細い体でブレスを吐き出す飛竜に乗っている、直ぐ上の砦の門が燃え上がった。
おお、儂は飛竜がここまで恐ろしい生き物だとは思っても居なかった、盗賊に哀れみを覚える事が在るとは思っても居なかった。
空からの襲撃に為す術も無くただ焼かれて行く、少しでもブレスを浴びると転げ回って火を消そうとしても一度付いた火は消えない。
尾根を転がり落ちる盗賊が後を絶たない、我を取り戻し領軍に命令する。
「者共、盗賊共を打ち取るのじゃ!」
打ち取ると言うより、苦しむ盗賊に止めを刺して楽にしてやる事の繰り返しだ。
運良くブレスを逃れた盗賊も戦意を無くし逃げる事しか考えていないのだろう、領軍を見て絶望した顔で打ち取られて行く。
盗賊団の討伐は終わった、山狩りも数人しか見つけられなかった。
運良く逃げられても、イスラーファ様の言葉じゃないけど、山の中で飢え死にだろう。
カカリ村へ凱旋し、盛大に飛竜の上げた栄誉を称えるお祭りをする頃には、飛竜の衝撃から今後の事柄へと考えが移ってきた。
北の大公からイガジャ領を独立させる事が出来るかもしれない。
飛竜を持つ強み、イガジャ領の小領故の弱み、この事を旨くバランスを取り独立領として認められることは不可能では無いかもしれない。
わしは深く考え込んで行った。
飛竜の事が広く伝わる事で新たな事柄が動き出します。