第68話・3 竜騎士見習いの戦(3)
イライファ集落の攻防戦が始まっています。
昼7時(午後0時)頃イルク山の北西にあるイライファ集落へ近づいた。
空から見るとカカリ村と似た、尾根の先端の独立峰に作られた城塞集落で山城と言って良いだろう。
円錐形の独立峰の尻尾がイルク山から伸びた尾根と繋がりそうで切れたような地形だ。
尻尾の中程に土を盛り上げ柵を張り巡らした城壁が在り、その中央に集落への門が在る。
その門と周りの城壁を挟んで戦いが始まっていた。
攻めているのが盗賊団の集まりだろう、幾つかの塊に成って門や城壁に攻め寄せている様に見える。
上空から見ると、攻め寄せている盗賊団の後方にも集団が2つ在る、百人位の集団が3つ交代しながら攻撃している様だ。
戦場に最も近いイルク山から伸びた尾根には開けた場所が在り、其処へ囲いを設けて砦を作っているのが此の傭兵団をまとめている頭が居る場所だろう。
ここにも2百人は居そうだが、半分ぐらいは盗賊に脅されて荷駄を運ばされている村人かもしれない。
武装していない人の集まりが幾つか在って牛や馬の世話をしていたり、荷物を移動していたりしている。
囲いの中にはテントと思しき物が幾つも並んでいるので盗賊団の根拠地で間違いないだろう。
砦の中心に小屋が一つ建てられていて、その周りに荷車や樽が積み上げられている、少し離れて牛や馬が居るので盗賊の頭が居る場所で間違いないだろう。
ラーファとアリスの偵察している間の飛行航路の指示をレイに出す。
「レイ、イライファ集落を中心に反時計回りに円を描く軌道を取って」
「了解、イライファ集落から2ワーク(3㎞)離れて、高度1/3ワーク(500m)で反時計回りに円軌道を巡行速度(60㎞/h)で取ります。」
レイが飛行航路の確認に声を出します。
後ろのアリスを振り返ると、頷いて了解した事を知らせてきます。
アリスが眼下の様子をスケッチする為の準備を始めている。
アリスの準備も順調の様なので、ラーファも自分の仕事を始める事にした。
「了解、それで良いわ」ラーファも了解します。
レイがワイバーンを軌道に乗せれば、いよいよ使い魔の出番だ。
ラーファは使い魔で、アリスはスケッチを描く事で情報を収集する。
ラーファは使い魔に7級の迷宮毛長灰色狼を選び、頭が居るであろう小屋へ侵入する積りだ。
使い魔の召喚はラーファの右手の上に迷宮毛長灰色狼の闇妖精を呼び出した。
召喚陣から出て来た使い魔は空中を滑る様に移動し、障害物を何も無いかのように通り抜けて小屋の中へと侵入した。
実際に空中や地面の中でも関係なく移動できるし小屋の屋根や壁は使い魔にとって障害物では無い、移動は魔力の在る物で無いと遮る事は出来ない。
小屋の中は数人のむさ苦しい男たち十数人が屯する人口密度の高い暑苦しい場所で、換気の為か屋根と壁にしている丸太との間が丸っと空いている。
小屋の中にも壁際に樽や箱が積み上げられていて、倉庫の様になっている。
入り口にしている小屋の前の広場に面した場所で大声がした。
「まだ門が抜けねぇのか! ちったぁ働いてんのかぁ! ちんたらしてんじゃねぇよ!」
一人の男が入り口にしているただの布切れを広げて怒鳴り散らしている。
怒鳴られているのは、小屋の前に立って居る背の高い男だ。
「ブロンソの頭に伝えてくれ!」
怒鳴られても顔色一つ変えずに怒鳴る男をギロリと睨む、怒鳴った男の方がビビッて居る様だ。
「弓でけん制しながら梯子を使って門や壁を超えようと何度かやってみたが、向こうも守りが硬ぇ。」
「3度が3度跳ねかえされっちまった。5人も死んじまったし、ケガ人が半分も出ちまった。」
背の高い男は大声を上げた男を睨みつけたまま、声を張り上げる。
奥から禿げ上がった頭で髭が口の周りから揉み上げまで繋がった大柄な男が、先ほどの怒鳴り散らしていた男をどけて前へ出て来た。
「カルロの、破城槌はまだできんのか、出来たら門破りを直ぐにさせろ!」
「門さえ破れたら、総攻撃じゃ! いいか攻め初めてもう3日に成る、このままじゃと食い物が持たん!!」
禿で髭の男に言われてカルロと呼ばれた男は、初めて恐れるかのように体を縮めた。
「分かった、今破城槌用の大木を運んどる所じゃ、後ろで遊んどる奴らをやって、運ばせる、門の前まで運んだらぶっつけて破ってやるで。」
そこで気合を取り戻したのか、頭を上げて言った。
「ブロンソの頭らぁ、総攻撃ん時は何時もん通り皆に気合を入れて貰いてぇ!」
「おうさ、そん時ゃ俺も前に出るぞ!!」
ブロンソの話を聞いてカルロは急いで出て行った。
ブロンソは禿げ上がった頭を掻きながら先ほど横にどけた大声を上げていた男に言った。
「おい、ケッチ、荷物を運ばせた奴らを追い出せ!もう要らん!」
そう言って、声に凄みを増して言葉を重ねる。
「追い出す時は腕でも足でも何処でも良いから切っとけ、後で敵に回られてもかなわん。」
「一思いに殺さないんで?」
「馬鹿野郎!殺すと後片付けが土掘ったりとかめんどくせぇじゃねぇか。」
「へい頭、男はそうしやすが女はどうしやす?」ケッチと呼ばれた男がブロンソに聞く。
「女か! まだ使えるのは残せ、飯も作らせてるからなぁ、使えなくなった奴は一緒に追い出せ。」
ケッチが外へ出て行く、ブロンソの命令を実行するのだろう。
ラーファはその姿を使い魔を通してじっと見ていたが、心の中に吹き荒れる激しい感情に揺さぶられて何も考えられ無くなっていた。
あいつは何と言った!
「腕でも足でも何処でも良いから切っとけ」だと!
「使えなくなった奴」などと女を物の様に言うな!
ラーファは彼らの言葉をこれ以上聞きたくなくて、使い魔を使って火球を撃ち込んでしまいそうに成った。
何とか正気を保って魔術行使を止めているのは、レイとアリスへの責任感が在るからで、一人だったら小屋へ突撃していた。
後ろを振り返ってアリスの手元を見ると盗賊の砦が描かれている、細部まで描き込まれているので報告する時に使うと分かりやすいだろう。
前の席のレイもワイバーンを予定の軌道から逸れない様に常に周りに視線をやっている。
二人とも自分の仕事を熟している姿を見てラーファも冷静に考えれるように心を宥めた。
それでも冷静な心から程遠かったので、ラーファは小屋の中から使い魔を外へ出した。
背の高いカルロと呼ばれた男が砦の出口へ向かう姿が見えた。
ラーファは閃いた。
『そうだ! 破城槌を使えない様にしてやろう』
盗賊団の総数が4百人程と思っていたより多そうです。
盗賊達の会話の内容はラーファを激怒させたようですね。