第56話・4 (閑話)イガジャ男爵(2)・4
イガジャ族とキラ・ベラ市の大公家との抗争には隠された意図が在った。
傭兵として名が売れる事は歓迎できることだったが、諜報の名声は逆に雇う方に警戒されて専属に成るか使い捨ての様な雇われ方を強要されるようになった。
専属に成った内の一人が北の大公に謀略を仕掛けたカークレイの祖父のハードリイだった。
ハードリイはイガジャ族の比較的有力な集落の長の跡継ぎとして生まれた。
ただ他と違ったのは彼の父は東の大公(現王家)に仕える闇組織の長に傭兵から出世して成った男だ。
ハードリイの父はムコライ・オウミ東大公に雇われて専属の諜報員として働き始めた。
大公は彼の能力と忠実な働きを買って影の組織の長に据えた、同時に人質として妹が大公の側室になった。
これは影の組織の長に成る時にハードリイの父が大公との主従契約の一つとして契約した。
行く行くは妹の生んだ子供を影の長に据える事が狙いだった。
情報を集める影の集団の長は最も信頼できる主の血筋の者が務めなければやがて疑心暗鬼の末崩壊すると考えたのだ。
ハードリイが父の跡を継いだ時、叔母の子供は未だ10才だった、その子が後を継ぐまでの数年間影の組織を預かる事に成っていた。
カークレイが10才位まで初代男爵であったハードリイ前男爵が生きていて良くオウミ王国建国時の話をしてくれた。
その中にイガジャ領の成り立ちについて話してくれた事が在った。
ハードリイは建国の王となったドーニップル・ムコライ・オウミ国王の下で他の3人の大公達の情報収集に当たっていた影の長の2代目だった。
当時は国王では無く大公の一人だったドーニップルに今のキラ・ベラ市の大公で3代前のジートミル大公が条件付きで降伏した時の事だ。
東の大公ドーニップルに押され領地を削られていた北の大公ジートミルは、南の大公が跡継ぎ問題から家臣の分裂を招き東の大公に臣従した事で西の大公を頼ったがロマナム国との国境紛争を抱える西の大公は早くから優勢な東の大公と臣従の契約を行い援軍を得る事でロマナム国に対抗する事が何とか出来ていた。
孤立した北の大公は東の大公に対抗出来る様な強力な軍隊を欲した。
幸い北の大公領には広い大地から取れる食料が豊富にあり、軍馬も多く飼育している。
当時の大公が用いていた軍隊の装備は譜代の家臣団だと盾と片手剣を持った歩兵と馬に乗った軽装備の騎馬隊、他に弓の部隊がいるぐらいだった。
契約して臣従している豪族などは集落から徴集した農民を集めた集団で武装と言っても農作業用の鎌や良くて槍かただの棒切れを持つ者もいた。
追い込まれた北の大公に重装歩兵と重装騎兵の構想を進めるロマナム国から政争に敗れて逃れて来たと言う者が現れた。
それはロマナム国が最近取り入れ始めた兵種で西の大公の軍を散々打ち破り西の大公が東の大公の家臣となった原因でもあった。
非常に強力な兵種であったが、武装に膨大なお金が掛かる事と鉄や皮などの資源を大量に必要とした。
北の大公は闇の森ダンジョンからの資源採取を考え家臣の部隊を派遣したが、闇の森ダンジョンの魔物は強く兵を失う方が多かった。
そこにイガジャ族の土地にダンジョンが在るらしいと聞いた北の大公がその噂に飛びついた。
北の大公ジートミルは譜代の家臣団の半分と領内からかき集めた兵と物資を次男に託して攻め込んだ。
重装の兵種を北の大公に勧めたのもイガジャ族の領地にダンジョンが在ると偽ったのもカークレイの祖父ハードリイだった。
勿論彼が直接北の大公に話をしたのでは無く、それらしい経歴を作って間者を送り込んだのだ。
狙いは無理な武装化を行なわせてお金を使わせる事だけで無く、中途半端な部隊を作らせ運用を混乱させるのが目的だった。
西の大公からの情報を得ていたカークレイは重装の兵種はある程度の数を揃える事で初めて効果が在る事を知っていた。
重装備の重さで素早い動きが出来無くなる為少数では直ぐに囲まれてしまうのだ。
効果が出るには千の数を揃えなければ東の大公に対抗出来無いだろうと計算していた。
北の大公がそれだけの数を揃えるには資源が在ったとしても経済的に破綻するだろう、さらにダンジョンの件も経済的なダメージを負わせて戦えなくさせるのが目的でもあった。
ただし、一方的に被害を受けるイガジャ族から見るとダンジョンが在るとジートミル大公に思い込ませることに成功したハードリイは裏切者と言える。
裏には隠れた意図が在った、イガジャ族の族長には当時娘しか子供はいなかった為婿に優秀な者を迎える事を前々から公言していた。
ハードリイは族長の娘から頼まれてその婿として名乗りを上げたのだが、婿として通用するか試してみると言われて族長と戦いその時は敗北を喫してしまった。
力で勝てなかったのでイガジャ族長から頭を下げて頼んでくるように北の大公を嗾けたのだ。
ハードリイの思惑は北の大公から攻められて窮したイガジャ族長が東の大公に助けを求めるだろうと思ったのだ。
東の大公に取次出来るのは影の組織を率いるハードリイしか居ない、イガジャ族長はハードリイに頭を下げて頼むだろうと。
しかし、思惑と違って状況はイガジャ族の優勢で戦いは中断してしまった。
そして思いもよらない事態へと進んで行った。
北の大公が東の大公にイガジャ族を討伐することを条件に臣従してしまったのだ。
ハードリイはイガジャ族が助けを求めて来たら王家専属の諜報組織の人材供給元にする事を条件に北の大公を倒す様に東の大公へ進言する積りだった。
状況的にも北の大公を倒す絶好の機会だろう、まさか北の大公の方から臣従して来るなど予想外だった。
北の大公ジートミルは高慢で教示も高く誰かの足下に侍るなど考えられ無い男だと思っていた。
だが大公の兵は偽情報に振り回され分断され各個撃破されて壊滅していた。
さらに総大将の次男をイガジャ族に暗殺されていたのだ。
ジートミル大公はあまりの憤慨に全てを捨ててでもイガジャ族と族長へ復讐を願ったのだ。
大公家が残らなくて良いからイガジャ族を滅亡させてくれと最初は願った。
東の大公は此れを無理だと撥ねつけた、実際族滅など東の大公の軍全てが攻めても無理だろう、イガジャ族は山奥へと逃げれば良いだけなのだから。
結局、大公家として残るのなら族滅では無く族長を打ち取り首を取る事で良いと交渉は決着した。
東の大公もキラ・ベラ市で籠城戦を行う事を考えたら族長の首一つなら安いものだと思った。
そして建国後イガジャ族をイガジャ男爵領として大公家の寄り子にする事にした。
これは最後まで反抗した北の大公への罰だ、反抗的な寄り子を持て余すだろう。
イガジャ族も鎖につないで置きたい東の大公はイガジャ族の鎖を王家の影の組織への人材供給元にする事で彼らの雇い主に成る事にした。
そしてハードリイにイガジャ族の族長を説得して今回の件を認めさせる様に命令した。
「ハードリイを自分の娘と娶せる事でイガジャ族の族長に据える、それなら受ける。」
ハードリイからその事を聞いたイガジャ族の族長は自分の首一つで収まるならと差し出す覚悟をしたのだ。
族長はイガジャ族も長く続いた戦に疲弊し、どこかで戦を終わらせなければイガジャ族としてオウミ王国建国後も生き残れないと思っていた。
問題は、北の大公がイガジャ族の族長を打ち取り首を取る事を望んでいる事とイガジャ族が強い者でなければ族長と認めない事だ。
イガジャ族が納得する長の交代と北の大公が希望する族長の首を打ち取る為にハードリイと族長は、イガジャ族の中で反乱を起こし下剋上で族長を討ちイガジャ族の族長の地位を手に入れる茶番劇をする事にした。
ドーニップル大公の使者としてイガジャ族の族長の要塞に赴いたハードリイは打ち合わせ通りにその夜族長を討つために反乱を起こした。
死者は10名、それにイガジャ族長が出た反乱だが族長以外は死んで無い、しかし死者が出た事に成った。
死んだとされた10名はドーニップル大公の間諜として影の仕事へ着く事に成る。
族長の首を得て大公を引退したジートミルはオウミ王国建国後直ぐに死んだ、暗殺だったと噂が在ったが真相は分からない。
北の大公に成った前大公の長男は軍事は苦手だったが商業については才能が在った。
彼はイガジャ領の商人が大公領へ入る事を拒否しイガジャ領との流通を大公領の商人に支配させる事でイガジャ領を経済的に締め付けた。
彼は父の暗殺をイガジャ族がやった事だと死ぬまで思っていた。
ハードリイは木材や食料品の流通を握られても、伐採から加工までを死守しかろうじてイガジャ領の産業を守った。
前北の大公ジートミルの暗殺に付いては何も語らなかった。
後には薬の生産を一大産業へと育てる事に成功する。
イガジャ族長はハードリイと死合う時に「わしを倒さん限り娘はやらん!」と言って戦ったらしい。
カークレイがハードリイおじい様から話を聞くときは何時も最後にこの話が出て来た。
何時もお話の最後に「お前を倒してローレシアを貰い受ける。」と言っておばあ様に求婚した顛末を聞かされた。
今の大公もあまり性格が良くない男だが、当時の遺恨が残っているのが大公家とイガジャ家の間にある当時からの間柄だ。
今飛竜と言う未曾有の災害が降りかかっているイガジャ領だが、大公はイガジャ男爵が一度大きく失敗して被害を出さない限り手助けする事は無いだろう。
被害を最小限に出来るかどうかは、今飛竜の元に向かっているイスラーファ様の使命の成否に掛かっている。
祈るような気持ちでイスラーファ様が帰るのを待っていたカークレイにとってイスラーファ様がゴーレム馬に乗って帰って来た時の第一声が。
「イガジャ男爵様、任務完了です、飛竜5頭のブレスを封じる事に成功しました」だった。
聞いた瞬間、カークレイにとってイスラーファ様が神様の様に光り輝いて見えた。
イガジャ男爵にはラーファは救い主に見えたようです。