第56話・2 (閑話)イガジャ男爵(2)・2
ラーファを追い詰めた山狩り時のカークレイ男爵側の視点です。
やがて日が昇り、松明を消してゆっくり隊列を揃えて登る。
この登りで膝を痛めてしまった、ゆっくりと痛みが増していく。
ベロシニア子爵のがなり立てる声は、正直登るのに四苦八苦していたのでほとんど覚えていない、ただ残り岩の彼女が静かに佇んでいるのを覚えているぐらいだ。
ベロシニア子爵のがなり立てる言葉の終り頃にやっと残り岩の近くまでたどり着いた。
そこで見た岩の周りが、小石を積み上げた奇妙な作り方で囲われているのに驚いた。
領民達も登ると小石が崩れそうで、上の残り岩までどうやって登ろうかと戸惑っていた。
残り岩の周りを物凄い風が吹き始めた。
「…者ども捕まえろ!」とベロシニア子爵の声が聞こえた。
領民の後ろから教導(督戦)している傭兵がベロシニア子爵の「捕まえろ!」の掛け声で「鬨の声だ!」と命令してきたのには怒りが沸いた。
傭兵から命令されて領民は「ワーッ」と声を出している、これも悲しいかな現実だ。
今回駆り出された者は集落で木材の運搬に携わる商家の雇い人が多い、大公様の威光に従う者共だ。
傭兵の一人がもう一度命令した「鬨の声を上げるんだ」
傭兵から命令されて領民は「ワーッ」と2度目の声を出している。
ベロシニア子爵達が居る場所から矢が射られた。
矢じりに何か袋が括りつけられている。
矢は風が吹いている場所まで来ると風に吹き飛ばされてしまった。
「粉を吸い込むな!」「鼻や口をスカーフで覆うんだ!」とっさに周囲の者に叫んでいた。
矢の先につけた袋から粉が舞っている、やがてその粉が下へと落ちて来た。
「ゲホッゲホッ」「ギャー!」「鼻がイテェー!」粉を被った領民達から悲鳴が上がった。
カークレイも少し吸い込んだので分かったが、刺激の在る唐辛子や胡椒などの何か強烈な刺激を目や鼻そして口の中に起こす物だった。
領民の後ろから教導(督戦)している傭兵が何度も「鬨の声だ!」と命令してきたのには怒りが沸いた。
この状況で声を上げれば更に被害が出るだろう。
無理やり声を出したので刺激の在る粉を吸い込んで鼻を抑えて蹲る領民が居る。
カークレイの命令を守って声を出していない者はイガジャ族ばかりだ。
傭兵がこちらを睨んでいるが無視した。
イガジャ男爵にベロシニア子爵以外からの命令など下せる者は此処には居らぬ。
ベロシニア子爵の再度の声掛けが在った。
しかしその声はイスラーファ様が話し出した為かき消されてしまった。
イスラーファ様の声は他を圧して響き渡った。
「聞きなさい、オウミの国の民よ!」で始まる呼びかけは切々と貴族の理不尽な行いを糾弾した。
イスラーファ様の怒りや最後に言った「…その様な者達を軽薄する!」と言われたときはベロシニア子爵の行いを身をもって知っているカークレイは共感する思いだった。
「ピーッ」「ピーッ」「ピーッ」突然3度笛の音がすると、教導(督戦)していた傭兵の顔つきが変わった。
傭兵がその笛の音を聞いた後で「総攻めだ!かかれ、かかれ!!」と言って来た。
傭兵だけに分かる指示が在ったのだろう。
残り岩を囲んでいくつかの集団に分かれ、此れから攻める小石の積み上がった砦を意識しながら隊列を整えた。
教導(督戦)する傭兵から攻め登れと命令された何人かが背負った棒を組み立てた梯子を小石の山に立てかけて登りだした。
小石が積み上がった場所に足を掛けた途端、「ガラガラ」と雪崩を打って小石が崩れて来た。
梯子に乗って登ろうとした者達が小石の雪崩と共に落ちて来た。
落ちて来た者の中にはひどいケガを負ったものもいる様だ。
カークレイは落ちて来た領民を助ける為、引き連れて来た領兵にケガ人を後ろへ下げるように命令していた。
ケガ人は後で纏めてイタロ・カカリ村へ連れて行き、おばばに見てもらおう。
今の所幸いにも死人や手の施しようも無いケガ人はいない様だ。
その時周囲の人々から驚きの声が上がったので、残り岩の方を見たカークレイはとんでもない光景を見てしまった。
その翼は人より大きかった、でも軽々と風に乗って上へと舞い上がって行った。
人が翼の下に乗っている、人が翼に乗って空を飛んでいたのだ!!!
だが奇跡はその後にやって来た。
空を飛ぶと言う前代未聞の事をやってのけたイスラーファ様は空高く舞い上がった。
そして空の悪魔と戦ったのだ。
飛竜が飛んできているのはイスラーファ様の乗った翼が高く舞い上がった後、方向を西へと変え進み始めた時に進行方向の先に居るのが見えた。
下から見上げる空の戦いは、静かでクルクル回っているだけに見えた。
イスラーファ様が飛竜に何度か魔法で攻撃するのが見えた。
飛竜が身を躱して大きく動いて空高く上昇していく、イスラーファ様も負けじと空高く舞い上がる。
お互いに正面からぶつかる様なコースで近寄っていく、イスラーファ様が魔法で攻撃し飛竜が交わしながら両者は段々と近づいて行った。
次に起こった事は時が止まったかのような光景だった。
飛竜が大きく口を開けた、ブレスを吐く積りだ!!
イスラーファ様はまだ近寄って行っている、ブレスに巻き込まれると思った瞬間、飛竜の首から上が火と煙に包まれた。
少しして「ドーォォン」と木霊す音が聞こえて来た。
その時の感動は忘れられない、空の悪魔と恐れられる飛竜を正面から対峙して倒せる存在が居たのだ!!
現に飛竜は頭を失い落下して来ている。
イスラーファ様は南へと飛んで行った。
徴集されかき集められた村人達は此の後も10日以上ラーファの捜索でこき使われます。
イガジャ男爵は足を痛めてこの日他のケガ人と共に村へ帰っておばば様の治療を受けています。
代わりにダンガー隊長が代表で出張っています。
イガジャ男爵から見た飛竜とラーファの最初の戦いでした。