第39話 (閑話)ベロシニア子爵(4)
オウミ王の使者と大公殿下の前での話です。
こいつが来ていたとは、陛下も本腰を入れて対応してきたようだ。
イタロ・カカリ村で受け取った陛下の通達書の写しは樹人への対応を厳しく規制して横暴な事を禁ずる通達だった。
違反した者には処罰するとしか書かれて居なかったが、イスラーファの件はとても不味い事になりそうだったので、うまく後始末を付ける事が出来て良かったと思う。
この後王の使者が帰るまでイスラーファが見つからなければ何の問題にも為らないだろう。
彼女は魔術医で魔術師で子持ちと言うオウミ王国に取って歓迎したい条件をこれでもかと持った樹人なので今回の件が政治的弱みにでもなれば影響は大公殿下まで及んでしまう可能性が在った。
しかし、我々が10日以上かけても探し出せなかった事は、既にイスラーファが大公領を出ている可能性が高い。
イスラーファが大公領内で見つかる事は無いだろうし、もし他の領地で見つかっても今回の件は形の上では解決しているので問題は無い。
王の使者として来た、ガランデァス・ドネ・ルガンスク伯爵は私の王都で共に学んだと言う意味では学友だ、しかし立ち位置は王家側と大公側で対立している、だから敵とも言う。
彼に大公殿下の前でイスラーファを罪人として追いかけまわし、挙句の果てに山で飛竜が出て来てその飛竜退治の功績を広く民に知られてしまい、罪をなかった事にした顛末を揶揄されてしまった。
こちらもイスラーファがエルフ系の人族だと言った事で人族として対応する事は問題が無いと主張している。
それをネチネチと大公殿下の前で陛下の権力をちらつかせて何時までも嫌味を言ってくる。
「大公閣下、イスラーファ殿との諍いは双方の誤解だったとして解決されたようですが、よろしゅうございましたな、解決していなければ色々面倒な事に成っていたかもしれません。」
ガランの奴め、大公殿下へ勿体ぶった当てこすりを言いやがって、陛下の御意向を金科玉条の如く振り回して勝手な事をほざきよってからに。
ベロシニア子爵は顔をにこやかに保つだけで精いっぱいで、後ろ手で強く握りしめた拳を振るわせた。
「代官殿の知らせからしてエルフだと強く示唆しておりましたのに。」
と紙の束を我らに見せながら顔を顰める、あたかも我らがその知らせをないがしろにしたとでも言いたげだ。
紙の束の中には私がイスラーファを調べた調書も一緒に在るはずだ。
どうせ落ち度を見つけられず、嫌味しか言えないからネチネチと言いたい放題に言っているだけだ。
我らが聞き流せばそれ以上何も出来ないくせに、今は我慢の時だ。
「ホレツァの町の代官イブンハディ・ルイザス殿よりの書簡に寄ればイスラーファと言うエルフらしき女人が町に逗留しダキエ銀貨と銅貨を使って宿泊したと知らせて来ておりますな。」
束ねた書類を捲って、恐らく代官の報告書なのだろう紙面を勿体ぶった所作で周りに見せる。
「しかも闇の森ダンジョンの在る方から町へ来たと、町へ入る時に言葉を交わした門番が証言しているそうではないですか。」
「更に宿に宿泊中に冒険者の5人組から襲われて逆に討ち果たしています、代官殿の調べでは冒険者のクラスは上級に位置づけされるほど技量が在ったそうですぞ。」
ガランの話はこちらを不愉快にさせ、陛下の御意向に背くような事が在ればこのぐらいでは済まさんぞと知らしめる為にこちらが十分知って居る事を再三再四取り上げイラつかせる事に在る。
「王都に来た警邏隊の隊長に寄れば、闇の森ダンジョンへ入る冒険者の中でもトップクラスで稼ぎも良かったそうですよ。」
「そのような者が5名で襲ってきて3名を打ち取り、2名に重症を負わせているような腕利きの魔術師。」
「信じられますか、たかが1人のエルフ系の魔術師だとしたらあまりにも技量が高いと思いませんか、エルフ系の人族では無く、エルフその者ではないのかと思いませんか?」
「万を超える年月を魔術師としての技量を上げる事に費やす事が出来るような人間離れした技量だと。」
大公殿下が身じろぎして不快感を露わにされておられる。
大公殿下も良く堪えておられるがそろそろ限界だろう、少しガランの矛先を変えてやる必要が在りそうだ。
「お話を遮る事をお許しいただきたい、ガラン殿。」
此処は私が少し反論して、大公殿下の御不快を鎮めて差し上げよう。
「私は直接イスラーファに問いただし聞いているのでございますよ。」
お前が持っている調書にもしっかり書いてあるようにな。
「エルフ系の人族だと、本人がエルフ系の人族だと言い張るのに、お前は魔術の技量が高いのでエルフだと決めつけるのはいかがかと。」
ガラン殿がこちらを向いてニヤリとする、大方ベロシニア子爵が相手なら言いやすいとでも思っているのだろう。
「ふん、例え本人がエルフ系の人族だと言ってもエルフとして対応してしかるべきでは無いですかな。」
柄の無い所に柄をすげるような事を言いおって、御里が知れると言う物よ。
「人は樹人の血が家系に入って居れば何代立とうとその血を誇る物です、今回にしても本人が樹人で無いと言っている事は、嘘判別魔道具が是と判別しているのですよ。」
エルフと認める様な事は断じてない事を知らしめてやろう。
「一つお聞きしたい、イスラーファは直接『樹人では無い』と言ったのですかな?」
「貴方がお書きになった調書では『私は先祖に樹人が居たと思っている』と書かれていますが、御記憶ですかな?」
調書に難癖をつけ始めたのは、イスラーファの言い逃れをつつく積りだろうな、嘘判別魔道具は使いずらい魔道具だから後からなら幾らでも難癖が言える。
「確かにそう言った言い回しだったが。」
「そうです、そう言った言い回しなのがおかしいですよね、否定するのなら何故直接樹人では無いと言わないのでしょうか?」
ガランの奴目、イスラーファが言い逃れした事をさも私が騙されているかのように言いおってからに。
「更に重要な情報がございます。」
「イスラーファは調書の中で『両親と違ってエルフ的な容姿に成った』と言っています。」
「つまり両親はエルフ的ではなかった、つまりエルフの様な姿では無かったと言っているのです。」
「そして自分はエルフ的な容姿に成ったと言っています。これはエルフ系だと言っている様に聞こえますが樹人の中ではエルフの様な姿だと言ったのですよ。」
ふん、そんな事は最初から分かっているエルフ系の人族でも同じ事が言えるから騙された振りをしているだけだ。
私はイスラーファをこの目で見たからこそエルフだと断言できるのに、直接会っていないガランが言い切るとは、何がそう思わせたのだろうか?
「一つ良い情報をお聞かせいたしましょう、我が国がダキエ商人から得た情報にダキエ国のエルフの次期王として予定されていた女性は妖精族の出で、夫がエルフだと言う事です。」
「ご存じのようにエルフの王は女性が成るのですからイスラーファと言う女性はダキエの次期女王候補、皇太女だと思えるのですよ、両親はエルフ的では無かったでしょうよ妖精族なのですから。」
皇太女だと!そんな情報が在ったのか、その事をもっと早く知って居れば、作戦をイスラーファへの後援に切り替えたのに、くそっ!
「私の推察では、妖精族もエルフの血が入って居ても不思議では無いでしょう、イスラーファは先祖の血が出た為、エルフ的な容姿なのでしょう。」
勝ち誇ったかのようなガランの言葉が広間に響き渡った。
だからどうだと言うのだろう、此方がイスラーファをエルフだと認める事は断じて無い。
「其れは貴重なお話をありがとうございました、此の件はイスラーファが言った言葉の解釈の違いでございますな、事の真実は本人に聞いて見ないと分からない事かと。」
ガランも何時もの少し人を小馬鹿にしたような笑顔に戻る、私も同じような顔をしているのだろう、お互い似た者同士だと自他共に認めあって来たのだから、ここらで議論は終わりにするのが良いだろう。
「そもそも、イスラーファが自分は樹人だと言わなかった事こそが事実なのです、陛下のお心に沿って樹人への対応は慎重にいたしますが、樹人では無いと言う人物までは対応しかねます。」
何と言われようとこの事に尽きる事はお互い分かって居る事、これで茶番は終わりだな。
お互い腐れ縁の間柄なので、手の内は分かり合っている。
こちらの知らない情報も手に入れた事だし、そろそろ潮時だな。
さて、イスラーファが最近子供を産んでいる事は絶対に秘密にしなければ、此の件は唯一の彼の知らない事なのだから。
ガランデァス・ドネ・ルガンスク伯爵へとにこやかに笑いかけながら、ベロシニア子爵は彼をこの後の正餐に誘う為に近づいて行った。
村の魔女見習いのお話の裏側でベロシニア子爵達が如何しているかのお話です。
ベロシニア子爵はイスラーファから乳の匂いがした事は王様へは秘密にするようです、今の所大公様と側近達ぐらいしか知らないのですから秘密にしても当分は知られる事は無いでしょう。
御里が知れる⇒子爵は大公の子、対して伯爵は伯爵の子なので見下して田舎者と言っています。