第38話 (閑話)イガジャ男爵(1)
イスラーファがジョモス村で怪しい騎馬隊を見た日の次の日です。
イガジャ男爵はベロシニア子爵様の命で、村人の徴集を知らせて来た大公様の親衛隊から内容が書かれた紙を受け取ると、中身を読んでいった。
内容はイスラーファ・イスミナ・エルルゥフに対する山狩りに村人を出す様に要請する内容だった。
何故山狩りしてまで捕まえたいのかは知らせに来た親衛隊の一人が大公様の御意向だと述べたので凡その経緯が分かってしまった。
名前からしてダキエ国のエルフっぽいので政変で逃れたエルフの女を自分の後宮へ入れたいのだろう。
罪深い事をすると思った。
男爵でしかないこの身ゆえに大公様へ楯突く事など考えられ無い事なので、要請通りに村人を集める事にした。
徴集人数は各村毎に10名だが、此の山岳領地を治めるイガジャ男爵には徴集された村人の食料や必要とする山狩り用の道具を別に用意しなければならない。
ジョモス村はイガジャ男爵領ではないけれど今回は男爵へ食料などは負担して欲しいらしい。
合わせて10村で300名と少し、何日山狩りをするのか書いていないが最低でも半月分は用意する必要が在るだろう。
ベロシニア子爵様と親衛隊50騎分に傭兵50人は村の宿に泊まるそうだ、支払いは建前では大公様が用意する事に成っているが、直接の支払いはイガジャ男爵が立て替える事に成る。
貴族への食糧や馬への飼い葉等はキラ・ベラ市から取り寄せる事に成るだろう。
臨時の支払いが出来る様に村の商人から借り入れをする必要が出て来たので、イガジャ男爵はため息がでてきそうだ。
春の納税は終わったので、此の件の支払いは秋の納税の時に成るのだろうが、物納に対しての査定の金額は何時も安すぎるきらいが在るが今回はそれが逆に幸いしそうだ。
例年通りの査定なら今回の件で相殺される物納が1割ぐらい下げられそうなのがイガジャ男爵の唯一の慰めだ。
「ご苦労だった、人数は用意して連絡が在り次第出発出来る様にしよう、ベロシニア子爵様には良しなにお伝え下され。」
大公様の親衛隊に通達の返事を伝えると、イガジャ男爵は親衛隊の騎馬が立ち去るまで家の前の庭(広場)で見送っていた。
騎馬が視界から消えると家へ帰るべく振り向いた時、声が掛かった。
「父上、急な連絡が在ったと聞きました、如何な事で在りましたか?」
長男の次期イガジャ男爵になるサンクレイドル・イガジャ、が慌てて来たのか上着も手に持ったまま駆け付けたようだ。
「クレイ、慌てるような事では無い。」
「大公様の御意向でダキエ国のエルフ系の女を山狩りして捕まえようとの思し召しじゃ。」
「それはまた、樹人様を捕まえようなどと大公様はダキエ国が怖くは無いのでしょうか?」
クレイはとんでもない事が起こったかのように息を飲んでこわばった顔をしている。
「聞いた話では樹人では無いそうじゃ、エルフの血が入った人族と言う事らしい。」
そう言ってやるとやっと安心したのか、大きく息を吐いた。
「エルフ系の人間としてもダキエ国から遣って来たのでしょうが、やっぱり此の冬の政変絡みでしょうか?」
そう言って大きく首を振った。
政変と言ってもオウミ王国まで聞こえて来たのは聖樹が燃えてダキエの王様達が亡くなったとしか分からん。
「政変が在ったのかどうだかさえも良く分かっておらんのじゃ、お前もくれぐれも言いふらしたりせんようにな。」
「はい、気を付けます、では村人には徴集する時に何と言いましょうか?」
クレイは少し真面目過ぎる所が在るのが玉に瑕じゃのう。
「その事なら山狩りでイスラーファと言う女を捕まえる為とそのまま言えば良いのじゃよ。」
ダキエ国の事など言わずとも良い事は黙っている事じゃ。
「そうですね、樹人様かもしれないなどと思われたら村人が怖気づいてしまいますから。」
「それでなくても戦争が起きて周りが騒がしくなってきているのですから。」
クレイも凡その事を推測しているのだろう、最近の世相を気にするような事を言う。
「そうじゃのう、ダキエ国が乱れてからこの国の周辺もきな臭くなってきたのう。」
「ル・ボネン国の奴らが敵のロマナム国に戦を仕掛けた来たのもそこら辺が火元に成っているんじゃろう。」
イガジャ男爵としては西での戦は、まだ離れた場所の事だとしか感じられなかった。
いつの世でも中間管理職の悲哀は終わりません。
上からは規則に照らせば真っ当だがしかし無茶な仕事を押し付けられ、下からは身につまされる嘆願が上がり、いつの世も胃を傷めながら働くのが中間管理職なのは世の習いなのでしょう。